俺はミランダさんの魔法で、エルサの過去──17年前の出来事を半透明の体で見ている。

 モンスター討伐が終わった後、フェリシアを妻にしているゲルドンは、あろうことか、エルサに不倫(ふりん)関係になることを持ちかけた──。

 ゲルドンとエルサ、そして新しいパーティーメンバーの銀髪(ぎんぱつ)の少年(名前不明)は、モンスターを討伐(とうばつ)した。
 その後、中央地区のギルドへ向かった。グランバーン王国最大のギルドだ。

「おい、バルーゼ、ワーウルフとビッグマウスを討伐(とうばつ)したぜ」

 ゲルドンはギルドに着くと、さっそくギルドマスターのバルーゼ氏に言った。ゲルドンの(ほお)は、エルサにぶたれて赤くなっている。

「ほぉー! あの難敵、ワーウルフとビッグマウスをですか? さすがですね!」

 ギルドのマスター、バルーゼはもみ手をしながら大げさに言った。ふん、大勇者のゲルドンに頭が上がらないってのか。
 するとゲルドンはニヤニヤ笑いながら、後ろのエルサを指差し、バルーゼに言った。

「それでだな。このエルサが、一身上の都合で、ギルドをやめたいんだとよ」
「な、何?」

 エルサは後ろから、驚いたように声を上げた。

「あたしがギルドをやめたい? ゲルドン、何を言ってるんだ? あたしはそんなことを希望した覚えはない!」
「──バルーゼ、命令だ。さっさとエルサのギルドの登録を抹消(まっしょう)してくれ」

 若きゲルドンはエルサの訴えを無視して、冷たくバルーゼに言った。バルーゼは困惑した表情で、ゲルドンとエルサを交互に見ている。
 お、おい、ゲルドン。お前、何を言っているんだ? 意味分からんぞ。

 一方、クスクス笑っているのは、銀髪(ぎんぱつ)少年だ。一体、こいつは誰なんだ?

「おい! 何を血迷ったことを言っているんだ、ゲルドン!」

 エルサは声を上げた。

「ギルドの登録がなければ、あたしはどうやって生活すればいいんだ! 今まで剣士一本でやってきたんだぞ。バルーゼ、ゲルドンの言っていることは無視してくれ!」

 すると、ゲルドンは何と暴力的なことか、エルサの胸ぐらをつかみ上げた。

「じゃあ、エルサ──。俺とのさっきの約束、受け入れてくれるよな。受け入れなきゃ、娼婦(しょうふ)にでもなって、体で(かせ)ぐんだな」

 ドガッ

「うっ……」

 エルサは床に放り投げられた。
 そうか! ゲルドンは再び、エルサに自分と不倫(ふりん)関係になることを持ちかけている。それを受け入れろ、と(あん)に迫っているのだ。

 周囲の人々は、驚いてゲルドンたちの方を見ている。

 この世の人間は、皆、ギルドに加入している。そこから職業を手に入れるのだ。ギルドをやめるとなると、まともな仕事につくことは不可能だ。
 つまり──ギルドから登録抹消(とうろくまっしょう)されれば、この世でまともに生きていくことは不可能。
 一度、登録抹消(とうろくまっしょう)されれば、三年間は再登録できない。

「な、なんだ、何かトラブルか?」
「いやまて、ありゃ、勇者のゲルドンじゃねえのか?」
「お、本当だ。グランバーンの大スターじゃねえか。何のさわぎだ」

 ギルドにいた人々は、(うわさ)をし始めた。

「ゲルドン様、もうそれくらいで」

 謎のもう一人のパーティーメンバー、銀髪(ぎんぱつ)の少年は笑いながら言った。

「いや、しかしだな、セバスチャン」

 ゲルドンは床に投げつけられたエルサを、にらみつけながら言った。セバスチャン? 誰だ?

「皆が見ていますから、ここのところはおさめて」

 銀髪(ぎんぱつ)少年──セバスチャンは静かにアドバイスした。ゲルドンはハッとして、あわてて周囲の人たちに言った。

「お、おお! さわがしくして悪かったな。別に何でもねぇよ。ちょっとした、金のトラブルさ」

 ゲルドンはエルサを見やりながら言った。金のトラブル? 大ウソだ。
 ゲルドンは、しゃがみ込み、静かに言った。

「エルサ──。お前とフェリシアは親友だったな。だけど関係ねえよ。エルサ、お前が俺様を受け入れたら、今後、いい生活をさせてやるぜえ?」

 ゲルドン……まるで悪魔のような顔だ。

 パシイッ

 エルサはまた、ゲルドンの右頬(みぎほお)を平手で叩いた。

「断る! 幼なじみの──親友のフェリシアを裏切れない!」
「……強情な女だ」

 ゲルドンは右頬(みぎほお)をさすりながら舌打ちし、セバスチャンとともに、外に出ていった。

(後は……現実の世界で話す。戻ろう)

 現在のエルサの声が、俺の耳元で響く。

 俺は──冷や汗をかいていた。何でこんなことになっているんだ?