「あ、あなたは……あんたは! ──ゼント! ゼント・ラージェント……!」
なぜだ? どうしてこの車椅子に乗ったエルフの女性──アシュリーの母は、俺の名前を知っているんだろう?
「私だよ、久しぶりね……ゼント」
若くて美しい、エルフ族の女性は言った。エルフ族は年をとらないから、何歳かは分からない。
「私よ、エルサだよ」
「エルサ……エルサ……ええーっ?」
俺は目を丸くした。エルサといえば、20年前、俺が所属していた魔物討伐パーティー「龍の盾」のメンバー。
「龍の盾」のメンバーは、今は夫婦だが、勇者ゲルドンと聖女フェリシア、俺──荷物持ちのゼント。……そして、勝ち気な特攻隊長、女剣士エルサだ。皆、幼なじみだ。
「エ、エルサ……お、お前なのか。本当にエルサなのか」
「……ああ。あんまりまじまじと見ないで。恥ずかしいから」
「え……と、車椅子には、どうして乗っているんだ?」
「体調が悪くてね……すぐに、ふらついちゃうんだ」
彼女の体は痩せている。痛々しいくらいだ。
「あ、あの……私、外に行って遊んでくる」
アシュリーはそう言って、武闘家養成所の外に出て行った。俺たちに気を使ったんだろう。
「ちょ、ちょっと手をさわっていいか」
俺が言うと、エルサは嫌がらず、うなずいてくれた。
俺は彼女の手を握って、彼女の手の甲をさわった。細い。力が伝わってこない。
「……話してやるよ。何があったのかを──ついてきて」
エルサは車椅子を、奥の部屋に向かわせた。
俺とエルサは、奥の部屋に入っていった。
◇ ◇ ◇
その部屋の中には、眼鏡をかけた40代くらいの女性が、立派な机の前に座っていた。この人もエルフ族か……? おや? 耳は長くない。
彼女の机の上のは、水晶球が置かれている。
「ようこそ、ゼント・ラージェントさん」
う、うわっ。この人、すでに俺の名前を知っている?
「あなたの名前が、水晶球に出ているわ。──私はミランダ。ミランダ・レーンよ。よろしく」
このミランダって人は、占い師……?
「ふふっ、エルサ。私の予言は当たったでしょう。『今月、この村に人間族の男性がやって来て、あなた──エルサは救われる』って」
「……救われるかどうかは分からないけど……。まさか、ゼントが来るとはね」
エルサはフッとため息をついた。
すると、ミランダというこの女性は口を開いた。
「私は、この『ミランダ武闘家養成所・ルーゼリック村支部』の社長、責任者をしております。エルフ族と人間族のハーフですけどね。今はエルサの治療を私がしつつ、武闘家の育成、指導をしております」
「ミランダは、私の恩人なの」
エルサはミランダを見ながら、俺に言った。
ミランダさんとエルサは、深いつながりがあるようだな。
「私は『魔法』の類も使えます」
ミランダさんは言った。
「あなたはエルサのご友人ね。すべてこの水晶球の情報によって、理解しています。ゼント君、あなたがエルサの過去を知りたいこともね」
俺がエルサの過去を知りたい?
そ、その通りだ。幼なじみのエルサに、何があったのか……知りたい。
どうして、こんなに痩せて、車椅子に乗るまでになってしまったんだ?
……が、知るのはちょっと怖い。このミランダという女性が、話をしてくれるのか?
「エルサ。では、ゼント君にあなたの過去を教えてあげなさい」
ミランダさんが言うと、エルサは少し考えてから……しばらくしてうなずいた。
そして躊躇しつつ、それでいて決意したように、机の上の水晶球に触れた。
「ゼント……あなたに教えてあげる。私になにがあったのかを」
エルサが念を込めると、水晶球が光り、俺たちはその光に包まれた。
◇ ◇ ◇
周囲を見渡すと、そこは草原だった。
「え? ここはどこだ?」
俺は自分の体を見た。何と、半透明になって、草原に立っていた。
(ここは過去の世界だよ)
エルサの声がした。
(ゼント、あんたが「龍の盾」を抜けた約3年後だ。今から17年前だな)
エルサはエルフの魔法を使って、俺に自分の過去を見せようとしているのか。じゃあ、今の声は、今、車椅子に座っている現在のエルサの声というわけか。
その時!
「どりゃああああっ!」
聞き覚えのある声がした。
草原で、男が二足歩行の狼系モンスター、ワーウルフと戦っている。──その男は、若きゲルドンだ! そして、後ろには剣を持ったエルサがいる。17年前のエルサか。
フェリシアは? いない。代わりに、15歳くらいの銀髪少年がいる。
……誰だ、こいつ。
ドガアッ
ゲルドンはワーウルフに前蹴り一閃。
ザムッ
そして、手に持った剣で、ワーウルフの胸を切り裂く。するとワーウルフは光り、宝石の原石に変化した。この世のモンスターは、すべて宝石の原石から生まれている。
すると、後ろから全長5メートルはある大ネズミ──ビッグマウスが現れた。
ビッグマウスは素早く、エルサに突進してくる。
サッ
しかし、エルサはすぐにそれをかわし、同時に背中の剣を引き抜いた!
ズバッ
エルサはビッグマウスを剣で一閃。すぐに倒して宝石にしてしまった。
モンスターは全ていなくなった。討伐完了だ──。
ゲルドンとエルサ、そして新しいパーティーメンバーらしき銀髪少年は、そばにいる俺に気づかない。
そうか、俺は半透明の姿になっているから気づかないのか。
「さすがはエルサだ」
ゲルドンは、なれなれしくも、エルサの肩に自分の腕をかけた。
「調子はいいみたいじゃねえか。エルサ」
「……どういうつもりだ、ゲルドン」
エルサはゲルドンの手を払いのけた。
「あんたの妻、フェリシアは今、身重で、お前の屋敷で休んでいるんだろう。ゲルドン、お前の赤ん坊を産むんだぞ。いちいちあたしに絡むな」
「ああ? かんけーねえよ」
ゲルドンはニヤニヤ笑いながら言った。
「フェリシアが俺の妻だろうが、俺は大勇者だぜ? エルサ、俺とこっそり付き合おう」
「バ、バカ言うな!」
「おい、エルサ、頼むよ。フェリシアのヤツ、俺を束縛しやがってさあ。他の女に近づかせないんだ。ストレスたまるぜ」
ゲルドンは、無理矢理エルサを抱きしめようとした。
「バカ!」
パシイッ!
エルサは、ゲルドンの頬を平手で叩いた。
「フェリシアを裏切る気か? あたしたちの幼なじみだろ。あんたの妻だろ!」
「ああ、そうだよ。だから何だ?」
ゲルドンはひょうひょうと言った。
「この世の女は、全部俺のものだ。なんたって俺様は大勇者なんだからよ。何やったっていいんだよ、俺は」
「貴様!」
エルサはゲルドンをにらみつけた。
(おいおい……やべえぞこりゃ)
俺は半透明の体で、一部始終を見ていた。
俺はすべてを理解した。17年前、ゲルドンは、エルサに不倫を持ちかけていたのか!
(ゼント……あんたに続きを見せる)
今の時代のエルサの声が、俺の耳の中に響いた……!
なぜだ? どうしてこの車椅子に乗ったエルフの女性──アシュリーの母は、俺の名前を知っているんだろう?
「私だよ、久しぶりね……ゼント」
若くて美しい、エルフ族の女性は言った。エルフ族は年をとらないから、何歳かは分からない。
「私よ、エルサだよ」
「エルサ……エルサ……ええーっ?」
俺は目を丸くした。エルサといえば、20年前、俺が所属していた魔物討伐パーティー「龍の盾」のメンバー。
「龍の盾」のメンバーは、今は夫婦だが、勇者ゲルドンと聖女フェリシア、俺──荷物持ちのゼント。……そして、勝ち気な特攻隊長、女剣士エルサだ。皆、幼なじみだ。
「エ、エルサ……お、お前なのか。本当にエルサなのか」
「……ああ。あんまりまじまじと見ないで。恥ずかしいから」
「え……と、車椅子には、どうして乗っているんだ?」
「体調が悪くてね……すぐに、ふらついちゃうんだ」
彼女の体は痩せている。痛々しいくらいだ。
「あ、あの……私、外に行って遊んでくる」
アシュリーはそう言って、武闘家養成所の外に出て行った。俺たちに気を使ったんだろう。
「ちょ、ちょっと手をさわっていいか」
俺が言うと、エルサは嫌がらず、うなずいてくれた。
俺は彼女の手を握って、彼女の手の甲をさわった。細い。力が伝わってこない。
「……話してやるよ。何があったのかを──ついてきて」
エルサは車椅子を、奥の部屋に向かわせた。
俺とエルサは、奥の部屋に入っていった。
◇ ◇ ◇
その部屋の中には、眼鏡をかけた40代くらいの女性が、立派な机の前に座っていた。この人もエルフ族か……? おや? 耳は長くない。
彼女の机の上のは、水晶球が置かれている。
「ようこそ、ゼント・ラージェントさん」
う、うわっ。この人、すでに俺の名前を知っている?
「あなたの名前が、水晶球に出ているわ。──私はミランダ。ミランダ・レーンよ。よろしく」
このミランダって人は、占い師……?
「ふふっ、エルサ。私の予言は当たったでしょう。『今月、この村に人間族の男性がやって来て、あなた──エルサは救われる』って」
「……救われるかどうかは分からないけど……。まさか、ゼントが来るとはね」
エルサはフッとため息をついた。
すると、ミランダというこの女性は口を開いた。
「私は、この『ミランダ武闘家養成所・ルーゼリック村支部』の社長、責任者をしております。エルフ族と人間族のハーフですけどね。今はエルサの治療を私がしつつ、武闘家の育成、指導をしております」
「ミランダは、私の恩人なの」
エルサはミランダを見ながら、俺に言った。
ミランダさんとエルサは、深いつながりがあるようだな。
「私は『魔法』の類も使えます」
ミランダさんは言った。
「あなたはエルサのご友人ね。すべてこの水晶球の情報によって、理解しています。ゼント君、あなたがエルサの過去を知りたいこともね」
俺がエルサの過去を知りたい?
そ、その通りだ。幼なじみのエルサに、何があったのか……知りたい。
どうして、こんなに痩せて、車椅子に乗るまでになってしまったんだ?
……が、知るのはちょっと怖い。このミランダという女性が、話をしてくれるのか?
「エルサ。では、ゼント君にあなたの過去を教えてあげなさい」
ミランダさんが言うと、エルサは少し考えてから……しばらくしてうなずいた。
そして躊躇しつつ、それでいて決意したように、机の上の水晶球に触れた。
「ゼント……あなたに教えてあげる。私になにがあったのかを」
エルサが念を込めると、水晶球が光り、俺たちはその光に包まれた。
◇ ◇ ◇
周囲を見渡すと、そこは草原だった。
「え? ここはどこだ?」
俺は自分の体を見た。何と、半透明になって、草原に立っていた。
(ここは過去の世界だよ)
エルサの声がした。
(ゼント、あんたが「龍の盾」を抜けた約3年後だ。今から17年前だな)
エルサはエルフの魔法を使って、俺に自分の過去を見せようとしているのか。じゃあ、今の声は、今、車椅子に座っている現在のエルサの声というわけか。
その時!
「どりゃああああっ!」
聞き覚えのある声がした。
草原で、男が二足歩行の狼系モンスター、ワーウルフと戦っている。──その男は、若きゲルドンだ! そして、後ろには剣を持ったエルサがいる。17年前のエルサか。
フェリシアは? いない。代わりに、15歳くらいの銀髪少年がいる。
……誰だ、こいつ。
ドガアッ
ゲルドンはワーウルフに前蹴り一閃。
ザムッ
そして、手に持った剣で、ワーウルフの胸を切り裂く。するとワーウルフは光り、宝石の原石に変化した。この世のモンスターは、すべて宝石の原石から生まれている。
すると、後ろから全長5メートルはある大ネズミ──ビッグマウスが現れた。
ビッグマウスは素早く、エルサに突進してくる。
サッ
しかし、エルサはすぐにそれをかわし、同時に背中の剣を引き抜いた!
ズバッ
エルサはビッグマウスを剣で一閃。すぐに倒して宝石にしてしまった。
モンスターは全ていなくなった。討伐完了だ──。
ゲルドンとエルサ、そして新しいパーティーメンバーらしき銀髪少年は、そばにいる俺に気づかない。
そうか、俺は半透明の姿になっているから気づかないのか。
「さすがはエルサだ」
ゲルドンは、なれなれしくも、エルサの肩に自分の腕をかけた。
「調子はいいみたいじゃねえか。エルサ」
「……どういうつもりだ、ゲルドン」
エルサはゲルドンの手を払いのけた。
「あんたの妻、フェリシアは今、身重で、お前の屋敷で休んでいるんだろう。ゲルドン、お前の赤ん坊を産むんだぞ。いちいちあたしに絡むな」
「ああ? かんけーねえよ」
ゲルドンはニヤニヤ笑いながら言った。
「フェリシアが俺の妻だろうが、俺は大勇者だぜ? エルサ、俺とこっそり付き合おう」
「バ、バカ言うな!」
「おい、エルサ、頼むよ。フェリシアのヤツ、俺を束縛しやがってさあ。他の女に近づかせないんだ。ストレスたまるぜ」
ゲルドンは、無理矢理エルサを抱きしめようとした。
「バカ!」
パシイッ!
エルサは、ゲルドンの頬を平手で叩いた。
「フェリシアを裏切る気か? あたしたちの幼なじみだろ。あんたの妻だろ!」
「ああ、そうだよ。だから何だ?」
ゲルドンはひょうひょうと言った。
「この世の女は、全部俺のものだ。なんたって俺様は大勇者なんだからよ。何やったっていいんだよ、俺は」
「貴様!」
エルサはゲルドンをにらみつけた。
(おいおい……やべえぞこりゃ)
俺は半透明の体で、一部始終を見ていた。
俺はすべてを理解した。17年前、ゲルドンは、エルサに不倫を持ちかけていたのか!
(ゼント……あんたに続きを見せる)
今の時代のエルサの声が、俺の耳の中に響いた……!