俺とアシュリーは馬車に乗り、アシュリーの故郷、ルーゼリック村に向かっていた。
 馬車は山を越え、途中、テントで野宿をして一泊。

 やがてようやくルーゼリック村に到着。

「懐かしい!」

 アシュリーは声を上げた。
 水車小屋や花畑、キャベツ畑、牧場がある、質素な村だ。
 何と、妖精がキラキラと宙を飛んでいる。初めて見た。

 村人を見ると、全員若く、耳がとがっている。
 
「そうか、アシュリーはエルフ族だったな。ま、まさか、ここはエルフの村なのか?」
「そうです! エルフだけが住む村ですよ!」

 アシュリーはニコッと笑って言った。俺は驚いた。おとぎ話の世界みたいだな……。
 
 すると、その時!

「でやあああーっ!」

 いきなり、横から大声がした。

 ビュッ

 誰かの拳──つまりパンチが横から飛んできたのだ。

「う、うおっ!」

 俺はあわてて素早くそれを()けた。

 シャッ

 今度はそいつの横蹴りが、目の前をかすめる!

「くっ」

 俺は横蹴りが飛んできた方を見やった。エルフ族の男がいる。彼は一歩前に進み出る。また蹴りか?

 ドガッ

 俺は素早く、右前蹴りを彼の胸に叩き込んでやった。

「うおっ!」

 その男は叫び、3メートルは吹っ飛び、地面に尻持ちをついた。

「イテテ……」

 男はそううめき、顔をしかめながら立ち上がった。

「な、何なんだよ、急に? 誰だ?」

 俺はそう言いつつ、男を見た。髪を後ろにしばったエルフ族の男が、そこに立っていた。──イケメンだ。

「お、お前、誰だ? 何で襲ってきた!」

 俺が腹を立てて聞くと、彼は質問に答えずに逆ギレしてきた。

「うっせえ! 俺様のパンチや蹴りを、()けやがって! しかも前蹴りをカウンターで合わせてくるとは……。てめえこそ何者だよ?」

 エルフ族の男は、くやしそうに言った。どうやら武闘家(ぶとうか)らしい。

「ローフェン!」

 アシュリーはため息をついて、その男に注意した。

「彼はお客様のゼントさんよ! 謝ってください!」
「ほー、お客様ねえ?」

 ローフェンという男は、ピューと口笛をふいて笑った。

「こいつ、単なる客にしては、強いぜ? そうとう……やるな!」
「おい、急に襲ってくるなんて、どういうつもりなんだ?」

 俺が聞くと、彼はまた、ピューッと口笛を吹いた。

(ひま)だったんでな」
「ひ、(ひま)?」
「それに強いヤツが来たみたいだから、手合わせしようと思っただけだ。お前、武闘家(ぶとうか)だな? ふん。じゃあ、この村にある、『ミランダ武闘家(ぶとうか)養成所・ルーゼリック支部』に行ってみろよ」

 ローフェンは言ったが、アシュリーは、「まったくローフェンったら。失礼な……」と、まだプリプリ怒っている。

「ふん、ゼントね……覚えとくぜ」

 そして彼は村の奥に歩いていってしまった。

「ミランダ武闘家(ぶとうか)養成所……?」

 どこかで聞いたことがあった。

 すると、アシュリーが説明してくれた。

「このグランバーン王国に、とても数多くの支部がある、武闘家(ぶとうか)養成所です。エルフ族と人間が共同経営しています。その支部の1つが、このルーゼリック村にあるのです。──母もそこにいますので、今から案内します」

 聞いたことがある! 俺が訓練生の時、「ミランダ武闘家(ぶとうか)養成所」に所属希望していた武闘家(ぶとうか)訓練生が、何人もいたっけ……。有名な武闘家(ぶとうか)養成所なんだな。

 俺はアシュリーについていった。
 
 村の奥には、丸太とレンガで出来た、ひときわ大きな屋敷があった。

 ◇ ◇ ◇
 
 屋敷の中に入ると、熱気がムアッと感じられた。

「ハアッ!」
「デヤッ」
「トオッ」

 若いエルフ族たちが、六名ほど、格闘技の練習にはげんでいる。
 サンドバックを蹴ったり、武闘(ぶとう)リングに上がって、対人練習をしていた。

「違う、シシリー。足の動きが遅いよ」

 左の方で声がした。
 
 声がした方を向くと、車椅子に乗っている女性がいた。年齢は──20代前半くらいに見える女性だ。メチャクチャ美人だ。耳が長いので、エルフ族だろう。

 しかし──とても()せており、体調が悪そうだ……。

「シシリー、もっと力を抜いて」

 それでも、若い女性武闘家(ぶとうか)を指導している。

(ん?)

 俺は……この車椅子の女性に見覚えがあるような気がした。
 ……いや、そんなはずはない。エルフ族の大人の女性に、知り合いなんかいたっけ?

「私の母です」

 アシュリーは言った。え? そうなのか? 確かにアシュリーと似てはいるが……。

(そ、それにしてもきれいな人だなあ)

 こんな若い女性が、アシュリーのお母さん? そんなバカな。

 ……あ、そうか。エルフ族は年をとらないんだっけ。20代に見えても、実は100年生きているエルフなんてのはたくさんいる。

 車椅子の女性は、俺に気付いたようだ。

「あら? 人間族の方? ようこそ、ルーゼリック村へ……ゴホッ」

 女性は──アシュリーの母親らしき女性は、車椅子に座りながら、ゴホゴホと(せき)をしながら、俺を見た。

 アシュリーはあわてて、女性の背中をさすった。

「ママ、大丈夫? アシュリーだよ。帰ってきたよ」
「ええっ? アシュリー、よく無事で帰ってこれたわね……嬉しいわ、ゴホッ」

 どうやら本当に親子のようだが、車椅子の女性は若く見えるから、姉妹のようだ。

「あ、あの、無理をしないでください」

 俺は言った。

「ええ、あ、ありがとう。……え?」

 アシュリーの母は、俺をまじまじと見た。

「あ、あなたは……あんたは! ──ゼント! ゼント・ラージェント……!」

 ええっ? どうしてこのエルフの女性は、俺の名前を知っているんだ?