「おい、ゼント。お前、俺たちの魔物討伐(とうばつ)パーティー、『龍の盾』から出ていってくれねえかなあ!」

 バーン!

 幼なじみの勇者ゲルドンは、イライラして机を叩きながら声を上げた。最初は、彼の言っている意味がわからなかった。

 ──ここは宿屋、「獅子王亭(ししおうてい)」。この街ではかなり大きい宿屋だ。

「お、おい。冗談はよしてくれよ。本気じゃないよな?」

 俺は引きつりながら笑って言った。

 俺の名前はゼント・ラージェント。グランバーン王国のマール村出身。十六歳の魔物討伐家(とうばつか)──魔法剣士だ。

 ゲルドンとは、十年以上もいつも一緒だ。ただ、ゲルドンは俺のことを、子どもの頃からずっといじめている。
 では、どうして一緒に行動しているのか? ゲルドンは本当に強いヤツだからだ。俺は彼の強さに関しては、尊敬していた。

 そう──ゲルドンは、王国に百人しかいない「勇者」だった。

「俺が冗談を言うはずねーだろうが。クソ野郎。出ていけって言ってんだ」

 ゲルドンは俺の胸ぐらをつかんだ。

 ゲルドンの後ろに立っている聖女のフェリシア、女剣士(おんなけんし)のエルサはただ黙っている。
 フェリシアは街で(うわさ)になるくらいの美女。回復魔法が得意だ。一方のエルサはエルフ族。エルサも結構かわいい。
 フェリシアはオレの彼女だ。付き合っている。俺の大事な人だ。ちなみに手は(つな)いだこともないし、キスもまだだ。俺は……ものすごい恥ずかしがり屋だった。
 
 だが、フェリシアはなぜかうつむいて何も言わない。

「本当に俺らの魔物討伐(とうばつ)パーティーから、出ろっつってんだ! クソ弱いんだよ、お前はっ!」

 バシャッ

 ゲルドンが、自分の飲んでいたぬるい紅茶を俺にぶっかけてきた。これも昔からやられる、いじめだ。訓練学生時代は、牛乳を頭からぶっかけられた。

 俺ら四人は、マール村で育った幼なじみ。魔物討伐(とうばつ)訓練学校も一緒だった。

「や、やめてくれ、ゲルドン」

 俺はそう言ってただ、我慢していた。紅茶にまみれながら。

 ゲルドンは、性格も口も悪いが勇者だ。
 彼は体の大きさも俺より二倍はある。強い男で、誰からも頼られる。魔物をバッタバッタとなぎ倒す、すごい剣豪だ。格闘も強い。ちなみに父親は村長だ。

 さて俺は、身長161センチの小柄な魔法剣士。ゲルドンがひょいと持ち上げる(おの)を、俺は持ち上げることができない。一言で言うと、俺はメチャ弱い。魔法? 使えない。訓練学校時代、必死に勉強したが、覚えられなかった。

 俺は子どものころから、ゲルドンにいじめられていた。ゲルドンにいきなり、背中や顔を殴られることもしばしばあった。理由? ムシャクシャしてたから、らしい。

 それでも俺は、幼なじみとして、ゲルドンの強さを尊敬していた。だから彼が俺に、「パーティーメンバーを出ていけ」と言うなんて、思いもしなかった。

「お、俺にパーティーを抜けてほしい理由は?」

 俺はゲルドンの真意を問いただそうと聞いた。

「俺はお前たちの役に立っているはずだが」
「役に立ってねえよ!」

 ゲルドンが声を上げた。

「お前は魔法剣士を名乗っているが、剣も魔法もまともに扱えねえ。お前の役割は、単なる雑用と荷物持ちだろうが!」
「俺の役割? 魔物討伐(とうばつ)の時、薬草、地図、毒消し草を忘れずに持ってくる。他には、武器や防具の整理。大事なことばかりだろう?」
「ほとんど、フェリシアの魔法で代用できるだろう! お前は役立たずなんだよ!」

 ゲルドンが再び、俺の胸ぐらをつかむ。

 分かっている。分かっているんだ。
 俺は弱い。単なる荷物持ちで役立たずだ。この間は、下級モンスターの毒兎(どくうさぎ)(きば)を皮膚に受け、フェリシアの解毒魔法で、やっと助かった。
 
 だが、俺の恋人、フェリシアは俺の味方になってくれるはずだ。俺はすがるような目で、フェリシアを見た。

「ゲルドンさんの言っていることは、正論ですよ、ゼント」

 えっ……。フェリシアはゴミでも見るような目で、俺を見ている。お、おい。そんな目で俺を見るなよ。恋人同士だろ?

 しかし、もっと俺を地獄に叩き落すような事実が、これから語られるとは、思いもしなかった。

「俺様とフェリシアはな、今、つきあってるんだ」

 ゲルドンはうすら笑いを浮かべて言った。

「え、何だと?」

 俺がぼんやり言うと、女剣士(おんなけんし)のエルサがめんどうくさそうに言った。

「にぶい男だね。フェリシアは弱いあんたに愛想(あいそ)をつかして、ゲルドンと付き合うことにしたんだよ」

 エ、エルサ、マジで言ってんのか? 俺はフェリシアを見た。

「ウソだよな? フェリシア……」

 フェリシアはひきつった笑いを、俺に向けた。

「何もとりえもない人が、聖女の私と付き合うなんて、ハッキリ言って不安です。将来の収入……お金のことを考えると……」

 金? あ、愛情にそんなの関係あるかよ!
 フェリシアは俺らの生まれた、マール村の神父の娘。名士の娘だ。しかも美人。

 ゲルドンは、フェリシアの肩を抱き寄せながら言った。

「俺の方が将来性があって、(かせ)げるってよ。弱キモ男のゼントよぉ」
「て、てめえ! 俺の彼女を奪いやがったな!」
 
 俺はゲルドンの胸ぐらをつかんだ。勇者であり、「グランバーン王国の未来をになう男」と(たた)えられる、ゲルドンの胸ぐらをつかんだのだ。

 案の定、俺はいとも簡単に、投げ飛ばされて、壁に叩きつけられた。い、痛い。体中がバラバラになりそうな痛みだ。

 ガスッ

 ゲルドンは、床に倒れた俺の側頭部(そくとうぶ)を、足で踏みつけた。

「うう……」

 俺は泣いた。悔しくて泣いた。ゲルドンは足で、俺の(ほお)をグリグリ踏みつける。

「おい、見ろよ。こいつ、泣いてやがるぜ! ガハハ!」

 ゲルドンが声を上げた時、小さくフェリシアが言った言葉が耳に入った。

「ほんと、キモい……」

 俺が、「キモい」だって? ち、ちきしょう。なんでこんなことになったんだ? 何が悪かったんだ?

「というわけだ」

 ゲルドンはつぶやくように言った。

「お前は、もう俺らと関わらないでくれ。俺の出世にも響くし、邪魔だ。じゃあな、ゼント」

 俺は体中の痛みを感じながら、宿屋を出ていくゲルドン、フェリシアを見た。

 一方、エルサは椅子と机の位置を直し、俺を起こしてくれた。
 
「ゼント、あんたは才能あるのに」

 エルサはつぶやくように言った。

 え? どういうことだ?

「ゼントはすごい武闘家(ぶとうか)としての才能があるって言ってんの。素手の闘いの才能があるはずだ。あたしはよく分かってるよ」

 え? 何言ってんだ? 俺は魔法剣士だぞ。しかも武闘家(ぶとうか)──素手の闘いの才能? クソ弱いオレに、そんな才能なんかあるわけないだろう。

 俺はうなだれて言った。

「なぐさめてくれるのはありがたいけど……。俺には剣術の才能も、武闘家(ぶとうか)の才能もない」
「……ま、そう思うのも良いけどさ、残念。……じゃあ」

 エルサは、二人のあとについていく。

(……俺は成り上がってやる!)

 俺は心の中で叫んだ。何かでゲルドンを見返してやりたい。商人とかギャンブラー、僧侶に転職してもいい。
 その時はそう思った。
 しかしだ。

 俺は、故郷に帰って……引きこもりになった。

 その日から、二十年間も。