俺の腕の中の晴陽は、依然として瞳に涙を浮かべたまま、遠くを見つめている。口を真一文字に引き結んで、決して涙をこぼすまいとしているところが晴陽らしい。
 泣いてもいいのに。今日だけで何度も思ったことを、改めて強く思う。
 泣いて、縋ってきてよ。もし抱えていることがあるんだったら、ぜんぶ打ち明けてよ。そうしてくれたら、俺は何もかもを捨てて晴陽のために生きられる。仕事も友達もすべて投げ出して、晴陽を救うためだけに、生きる。
 どれだけ願おうが晴陽は何も言ってくれない。涙ひとつこぼさない。その強さに、少し困ってしまうほどだ。俺のことも、少しは頼ってよ。
 ねぇ、晴陽。
 俺は今、すごく困ってる。晴陽がお別れの理由を何一つ言ってくれないし、全く感情を出してくれないから。
 だったら、さ。
「……ねぇ、晴陽」
 晴陽の耳元で、囁くようにそう言った。一瞬、晴陽の身体がびくっと震える。
 晴陽の身体に回っている俺の腕に触れながら、彼女は俺に問う。
「なに、麻耶くん」
――少しくらい、晴陽のこと、困らせてもいいよね?

「――好きだよ」

 途端に、晴陽の瞳が揺れたのが分かった。
 やっぱり、困らせちゃったかな。でも、俺だって困ってるし。それに、今日がもう最後なんでしょ。だったら少しくらい、いいよね。
 晴陽は何も言ってこない。うん、という反応も、わたしもだよ、とか言う返事も、何もない。
 仕方なく俺はゆっくりと身体を離した。手のひらに、指先に、身体中に。晴陽の体温が残っているまま。
 ゆらゆらと、晴陽は歩き出した。行かないで、どうか。振り返ってよ。
 わたしも好きだよ、の一言でもいい。また会おうね、という言葉でもいい。なんでもいいから振り向いて、俺を見て、何か言って。
 俺の幻想は叶うことなく、晴陽は扉を押し開け、教会から出て行った。
 その瞬間俺は崩れ落ち、声を上げて泣く。どうして、どうして。
 泣いている間も、俺は晴陽のことだけを考えていた。俺を呼んでくれる明るい声。他の誰のものでもない透き通った声が、大好きだった。ぱあっと花開くみたいな笑顔。いつもいつも笑っていて、その笑顔に数え切れないほど元気をもらってきた。
 その笑顔は、もう見れない。晴陽の声を聞くことも、きっともうない。
――好きだよって言って貰えることも、ない。
 苦しい。ただひたすらに苦しい。
 拭っても拭っても、涙が溢れてくる。
 ひとりきりの世界に、俺の泣き声が響いていた。