――永遠なんてないんだな。
 なぁ玲央。確かに玲央はそう言ったけど、俺からしてみれば、お前らは永遠に一緒にいるんだろうなって思ってたよ。病めるときも健やかなるときもって愛を誓い合って、死がふたりを分かつまで、一緒にいるもんだと思ってたよ。
 いつかふたりが結婚したとき、友人代表のスピーチかなんかで、こう言ってやろうと思ってたのに。もう、この思いを口にすることはないらしい。
――なんか、寂しいな。
 行き場を失ったふたりへの思いと、寂しさを抱えながら、俺は夢の世界へと落ちていった。



 目を開けるとそこは、輝きに満ちた美しい世界だった。もう何度もここに来ているけれど、相変わらず俺は景色の美しさに感動してしまう。
 俺はゆっくりと歩き出し、晴陽を探す。晴陽がいつもいる橋の辺りまで来てみたけど、晴陽の姿はない。世界がこの姿ということは、晴陽は来ているはずなのに。
「晴陽ー?どこにいるの?」
 大きい声で呼びかけてみても返事はない。なんだ、もしや探せということか。かくれんぼでもしようという晴陽からのお誘い?
 なら乗ってやろうじゃないか。俺は世界を歩き回り、建物の中にも入り、晴陽を探す。かなりくまなく探しているはずなのに、見つからない。
 ここで見つからなかったら一旦休憩しよう、と思いながら俺は大きい扉の前に立った。その建物は教会のような建物で、真っ白な壁が一際目を引いた。
 俺は重たい扉を押し開け、中に入ると、俺に背を向けて立っている晴陽がいた。真っ正面にある大きいステンドガラスを、じっと見つめている。
「ここにいたんだ。探すの苦労したよ」
「ごめん。麻耶くんが夢に来たのは気づいたんだけど、せっかくならこういうかくれんぼみたいなのもありかなって思って」
 木製のベンチに腰掛けて、ステンドガラスを眺める。薔薇のような模様をしたそれは、青々しい光を放っていた。
「ここ、綺麗だね。教会?」
「そうみたい。わたしもよく分からないけど」
 晴陽はステンドガラスの方に走っていき、その小さな手でガラスにそっと触れた。青い光に包まれて、晴陽が異世界にいるように見える。
「あ、晴陽。今日、急に電話してごめん。出れなかったでしょ」
「え?あぁ、うん。ちょっと用事で。ごめんね」
 用事か、なら仕方ないか。
「そうだ、晴陽聞いてよ。羽坂さんと玲央が別れちゃって」
「え!?あのふたりが?ほんとに?」
「ほんと。俺もまだ受け入れてない。話せば長くなるけど、聞く?」
 うん、と頷いた晴陽が俺の隣に座る。俺の拙い語彙力ではうまく表現できないところもあったが、晴陽は最後まで話を聞いてくれた。
「えぇ、何それ。お互いのためを思って?わたしからしたら、全然お互いのためになってないと思うんだけど」
「やっぱそう思うよね。でも羽坂さんはもう無理の一点張り。あの人自分がこうと決めたらてこでも動かない人だから。ふたり、もう終わりなのかな」
「んー、あくまでもわたしの考えだけどさ。終わりってことは、ないんじゃない?」
 俺の手に触れながら、晴陽が話す。指先で手の甲を撫でたり、軽く叩いたりしてくる。くすぐったいからやめてほしい。
「ふたりは今でも、お互いが好きでしょ?本当に心から好きだからこそ、そうやって今も想い続けられると思うの。だから、これからもふたりの心の中には、お互いが在り続けるんじゃない?」
 心の中には、お互いが在り続ける。そういうものなのかなと思うが、晴陽が言うならきっと、そうなのだろう。
「心の中で星みたいに光って――いつかまたその星を手に入れるんだって思って、ふたりとも強く輝いたりするんじゃないかな」
 出会ってから今まで、晴陽が紡ぐ言葉は綺麗だ。いつか「ポエミーでしょ、笑っていいよ」なんて言っていたけれど、俺の心にはじんと響いた。
 確かに、晴陽の言う通りかもしれない。もし仮に俺が晴陽と離れ離れになったとしても、俺は晴陽のことを忘れられない。忘れるどころかより一層晴陽のことを想って、生きるような気がする。
 晴陽のいない世界で何が指針になるだろうと考えると、浮かんでくるのは晴陽なのだ。晴陽がいなくても俺は晴陽を想い、晴陽のために生きる。
 晴陽が俺を嫌いになったのだとしたら――もう一度好きになってもらえるくらい、輝いてやろうと思うかもしれない。
「……やっぱり、晴陽の言葉って綺麗。好き」
「そう?そんな風に言ってもらえたことないから、素直に嬉しい」
 はにかむように微笑むと、晴陽は白いスニーカーを履いた足を上下に揺らした。晴陽はずっと楽しそうだ。
「あ、そうだ。わたし羽坂さんの気持ちもなんとなく分かるよ。"女の面倒な恋心"ってやつ」
「え、分かるの?俺あれあんまり意味分からなくて」
「分かるよ、だって女だし。じゃあ分かった、麻耶くんにも分かるように説明してあげるよ」
 こほん、と咳払いをして晴陽が話し始める。
「じゃあ麻耶くん、誰かのこと思い浮かべて。例えば好きな人とか」
「分かった」
 好きな人なんて、目の前にいるのに。俺は晴陽のことを頭に思い浮かべながら、話の続きを聞いた。
「その人と自分は付き合ってて、他の人から見てもラブラブだって思われるくらいの関係なの。でもある日、相手の浮気が発覚して」
 晴陽が浮気?嫌だ、そんなの耐えられる気がしない。
「耐えられないな、そんなの」
 自分でも無自覚に、声に出してしまっていたらしい。晴陽が一瞬驚いたような顔をした。
「わたしも、耐えられないと思う。で、話を戻すね」
「ごめん、遮っちゃって」
「ううん。浮気されても自分は相手のことが好きで、一緒にいたいって思うけど、一回浮気されちゃったら、嫌でもそのことがちらつかない?」
 そう言われてみればそうだ。晴陽と一緒にいたい。そう願う一方で、他の男の影を感じながら一緒にいるのは嫌だ。
――女の影を感じながら、好きな人と一緒にいたくない。
 ああ、こういうことか。こんな簡単なことを、どうして俺はあの時分からなかったのだろう。
「……羽坂さんの気持ち、分かったって顔してる」
 ほっぺをつつかれながらそう言われた。うん、と返すと晴陽は頬から手を離し、にやりと笑った。
「分かってくれたならいいよ。ってこれ、わたしが言う台詞じゃないのか」
 俺は笑いながら立ち上がると、晴陽に手を差し出した。晴陽が俺の手を取り、手を繋ぐ。そのままふたりで、赤い絨毯の上を歩く。
「ねぇ、晴陽」
「なに?」
 ふと、聞きたいことが浮かんだ。ただその質問に対する答えを、聞きたくないと思ってしまっている自分がいる。
 しかし言葉は一度溢れてしまえば止まらず、すらすらと俺の口から出てきた。
「晴陽は、ずっと一緒にいてくれる?」
 早く答えを聞きたい、いや聞きたくない。晴陽が答えるまでの数秒は、永遠のように感じられた。
――永遠なんてないんだよ。
 いや、ある。晴陽となら、俺は――。
「……ごめん、麻耶くん」
 ゆっくりと、晴陽の手が離れる。晴陽は俺の一歩後ろで立ち止まると、俺を真っ直ぐ見つめた。
「ずっと一緒には、いれない」
 途端に、息が苦しくなった感覚がした。