リングに音が響いた。
僕の右飛び膝蹴りが、ケビンのアゴに入っていた。僕は大きく飛び上がって、膝蹴りを繰り出したのだ。
「ごえ」
ケビンはうめき声をあげながら、後ろに倒れる。彼が、「ケビン・タックル」を繰り出してきたので、カウンターの状況になった。しかも僕の膝蹴り自体も、全体重が乗っていた。
……ケビンはピクリとも動かない。失神しているようだ。
カンカンカン!
その時、ゴングが鳴った。
『勝者! レイジ・ターゼット! 四分二十秒、KO勝ち!』
ルイーズ学院長の魔導拡声器の声が響いた。静まり返る校庭。倒れているケビン。ぼんやりして立っている、魔導体術家としては貧弱な体の僕。
一体、何が起こっているんだ?
「や、やったああああー!」
リング上に駆け上がってくるのはアリサだった。
「どうなっちゃってるのー! レイジ、すごおーい」
アリサは僕を抱きしめたが、すぐにハッと気づいて、僕から離れた。アリサの顔は真っ赤だ。
「あ、これは勢いで……。今のは無し。でも、おめでとう……」
それを呆然と見ていたのは、観客の生徒たち……。そして、仲間達に頬を叩かれ、失神から目を覚ましたケビンだった。
彼はリング上に座りながら、僕をぼんやり見て口を開いた。
「お、おい。一体何なんだ、お前……。教えてくれ……教えてくれよ。何が起こったんだ。俺は負けたのか……」
ケビンはそう言いながらも、目は泳いでいる。するとルイーズ学院長は、簡易の魔導拡声器で声を上げた。
「このレイジ・ターゼットは我が校の新入生です! 彼は小柄ですが、ランキング三位のケビンを倒しました!」
そして続けた。
「私が特別に、我がエースリート学院に編入させたのです。今後、生徒諸君は、レイジ・ターゼットと仲良くするように!」
僕は、本当に強くなったのか。信じられない。夢じゃないだろうか。あんなに弱かった僕が、あの恐ろしい山鬼族、ケビンを倒してしまうなんて。
観客の生徒たちは、まだ騒然としている。
その時!
ケビンは僕を目の前にして、口を開いた。
ひいいっ! な、何か言うぞ!
「こんなのは、偶然だ……。そうだろう」
「は、いや、そうなのかな……」
「ちきしょう、こんなはずじゃない……こんなヤツに……」
ケビンは拳をリングに叩きつけている。
「くっ、この野郎」
ケビンは顔を上げて、僕をにらみつけた。うわっ、ヤバい!
しかし、ケビンの表情はフッと柔らかくなった。
「だが……実力はお前の方が、全然上だった」
ケビンはリング上にあぐらをかいた。
「圧倒的な実力差だ。俺の負けだ」
ケビンが……僕を認めた?
すると、ケビンは両膝をリングについた。うわぁ……えらいことになってきた。
「お前はすごい。強さに関しては、チビだとかヒョロガリだとか関係ねえ」
「ケ、ケビン」
ケビンは震えている。や、やばいぞ。どうしたんだ?
「た、た、頼むっ! 俺を君のお友達にしてくれええーっ!」
はああああーっ? お友達ぃ?
ケビン、君、そんなんで良いのか。ケビンは僕の腕を掴んだ。
「ね、お願い! そうだ、団体戦のメンバーになってくれ。今度、俺たちはドルゼック学院のヤツらと公式試合を行う。ボーラスってヤツらと試合を組んでるんだ。その試合のために、一緒に闘ってぇくれえ!」
ボボボボボボーラス! ムリムリムリ! ムリムリムリ! しかし、僕の声などは誰も聞いていない。生徒たちから割れんばかりの拍手が巻き起こっている。
「す、すげえヤツがあらわれた! 体は貧弱だけど!」
「わけがわかんねえけど、とにかくレイジは、俺たちの仲間だ!」
「レイジ、お前は最強になれるぞぉ! 我がエースリートの新星だ!」
その光景をギロリと見ていたのは、ケビンの仲間の一人だった。体格はそれほど大きくない。身長175センチ、68キロくらい? 魔導体術家としては中量級といった体格か。黒髪で、眼鏡をかけていて、真面目そうな少年だ。パッとみたら、魔導体術をやるような人間には見えない。しかし目は物凄く鋭い。ケビンよりある意味怖い……。
アリサは彼に気付くと、僕に耳打ちした。
「あいつはベクター・ザイロスってヤツ。このエースリート学院、ランキング一位よ。もしかしたら彼、あなたに何か仕掛けてくるかも。三位を倒しちゃったんだからね」
「えええ……っ? 生徒を試合で倒すと、つけ狙われるの?」
「そりゃそうだよ。みんな、『強さ』に関心があるからね。強い君に、興味があるのよ」
「か、関心! 興味!」
僕に関心だって? 興味だって? こんなに目立たない、バカにされ続けてきた僕なのに。
エースリート学院では、アリサとルイーズ学院長……とケビンだけが、弱かった僕を知っている。ともかく、この強さは一体何なんだ? あの地下室──「秘密の部屋」は何だったんだ? ルイーズ学院長なら知っているはずだ。すぐに、問いただしてみなければ!
◇ ◇ ◇
その頃……グラントール王国北部、ライドー山の中腹では……。
自然豊かな山の広場で、ドルゼック学院の英雄たち、ボーラス、エルフ族のジェイニー、ホビット族のマークたちがキャンプを行っていた。来週、エースリート学院との公式試合があるので、そのための特訓に来ている。魔導体術の特訓キャンプは、教師の許可があれば休日でなくても許されるのが普通だ。
ボーラスたちはログハウスの前のベンチに座って、何やら話していた。彼らの中には、見慣れない獣人族が一人いた。狼男系の獣人族《じゅうじんぞく》だ。
「よし、今度のエースリート学院との公式試合、俺たちが完全に勝利するぞ」
巨漢のボーラスが三人に言った。マークはニヤリと笑った。
「今の状況はこうね。いでよ、ランキング情報!」
ジェイニーは自分の魔法で、空中に光る掲示板を表示した。ジェイニーはエルフ族で、簡単な魔法が使えるのだ。
その情報板には金色に光る文字で、こう書かれている。
『学生魔導体術学校、学院ランキング』
『1位 宮廷直属バルフェス学院 生徒数300人 今年度勝利数124』
『2位 グロウデン学院 生徒数3200人 今年度勝利数120』
『3位 ギルタン学院 生徒数2300人 今年度勝利数100』
『4位 ドルゼック学院 生徒数8000人 今年度勝利数99』
『5位 エースリート学院 生徒数1000人 今年度勝利数97』
マークはうなずきながら言った。
「先輩、俺らドルゼックは、今度の公式試合でエースリートに二回勝てば、ランキング三位に浮上します。ギルタンは公式試合は今月はしないそうですし。エースリートは、あのデクノボーのケビンがメンバーに入るらしいッス。ヤツはバカだから、攻略しやすいッスよ」
「最高ね」
ジェイニーは腕組みをして言った。
「三位ともなれば、雑誌の取材がくるわよ。私も、ファッションや化粧にもっと気を使わなくてはならないわね」
「ワハハ! そうだ、俺たちはどんどん昇り詰める!」
ボーラスはゲラゲラ笑った。
「なんせ俺の親父は第九十代世界大会優勝者、デルゲス・ダイラントだからなあ! 後ろだても凄い。安心して練習しようぜ!」
ボーラスはまた笑った。最近出てきたお腹のぜい肉が揺れる。すると、獣人族の男──アルザー・ライオが口を開いた。彼は、レイジ・ターゼットの代わりに練習メンバーに加入した。
「で、俺は何をすればいいんだ? 練習実践試合か? 組手か? いつでもやってやるぞ」
「お? おお、アルザー」
ボーラスは頭をかきながら言った。
「いや、違う。お前の役目は、そういった実践練習の相手じゃないんだ。団体戦正式メンバーじゃないからな。ミット持ちをしてもらいたいんだ」
「ミット持ち?」
アルザーは眉をひそめた。ボーラスは笑いながら口を開いた。
「そうだ。パンチングミットを持って、俺たちのパンチや蹴りを受けてもらいたい」
「何? 練習試合や実践練習はさせてくれないのか?」
「ああ、ま、まあそういうことだ。だって、お前は俺たちがよっぽどの怪我をしないかぎり、公式試合には出られないわけだから。団体戦は三名……つまり俺、ジェイニー、マークと決まっているからな」
ボーラスはそう言ったが、アルザーは黙っていた。
「とにかく俺たち、ドルゼックの英雄メンバーに入れるだけで、凄いだろう」
「まあな」
アルザーは首筋をポリポリかきながらつぶやいた。ちなみにボーラスたちの後ろにあるログハウスは、ボーラス・ダイラントの父、デルゲス・ダイラントが所有する別荘だ。デルゲス・ダイラントの別荘は、世界に十二もあるらしい。
山の草原広場で、ボーラスたちの練習が始まった。
しかしこの後、ボーラスたちは気付かされることになる。練習メンバーをやめさせ、退学までさせてしまったレイジが、どれだけ自分たちに貢献していたのかを。
僕の右飛び膝蹴りが、ケビンのアゴに入っていた。僕は大きく飛び上がって、膝蹴りを繰り出したのだ。
「ごえ」
ケビンはうめき声をあげながら、後ろに倒れる。彼が、「ケビン・タックル」を繰り出してきたので、カウンターの状況になった。しかも僕の膝蹴り自体も、全体重が乗っていた。
……ケビンはピクリとも動かない。失神しているようだ。
カンカンカン!
その時、ゴングが鳴った。
『勝者! レイジ・ターゼット! 四分二十秒、KO勝ち!』
ルイーズ学院長の魔導拡声器の声が響いた。静まり返る校庭。倒れているケビン。ぼんやりして立っている、魔導体術家としては貧弱な体の僕。
一体、何が起こっているんだ?
「や、やったああああー!」
リング上に駆け上がってくるのはアリサだった。
「どうなっちゃってるのー! レイジ、すごおーい」
アリサは僕を抱きしめたが、すぐにハッと気づいて、僕から離れた。アリサの顔は真っ赤だ。
「あ、これは勢いで……。今のは無し。でも、おめでとう……」
それを呆然と見ていたのは、観客の生徒たち……。そして、仲間達に頬を叩かれ、失神から目を覚ましたケビンだった。
彼はリング上に座りながら、僕をぼんやり見て口を開いた。
「お、おい。一体何なんだ、お前……。教えてくれ……教えてくれよ。何が起こったんだ。俺は負けたのか……」
ケビンはそう言いながらも、目は泳いでいる。するとルイーズ学院長は、簡易の魔導拡声器で声を上げた。
「このレイジ・ターゼットは我が校の新入生です! 彼は小柄ですが、ランキング三位のケビンを倒しました!」
そして続けた。
「私が特別に、我がエースリート学院に編入させたのです。今後、生徒諸君は、レイジ・ターゼットと仲良くするように!」
僕は、本当に強くなったのか。信じられない。夢じゃないだろうか。あんなに弱かった僕が、あの恐ろしい山鬼族、ケビンを倒してしまうなんて。
観客の生徒たちは、まだ騒然としている。
その時!
ケビンは僕を目の前にして、口を開いた。
ひいいっ! な、何か言うぞ!
「こんなのは、偶然だ……。そうだろう」
「は、いや、そうなのかな……」
「ちきしょう、こんなはずじゃない……こんなヤツに……」
ケビンは拳をリングに叩きつけている。
「くっ、この野郎」
ケビンは顔を上げて、僕をにらみつけた。うわっ、ヤバい!
しかし、ケビンの表情はフッと柔らかくなった。
「だが……実力はお前の方が、全然上だった」
ケビンはリング上にあぐらをかいた。
「圧倒的な実力差だ。俺の負けだ」
ケビンが……僕を認めた?
すると、ケビンは両膝をリングについた。うわぁ……えらいことになってきた。
「お前はすごい。強さに関しては、チビだとかヒョロガリだとか関係ねえ」
「ケ、ケビン」
ケビンは震えている。や、やばいぞ。どうしたんだ?
「た、た、頼むっ! 俺を君のお友達にしてくれええーっ!」
はああああーっ? お友達ぃ?
ケビン、君、そんなんで良いのか。ケビンは僕の腕を掴んだ。
「ね、お願い! そうだ、団体戦のメンバーになってくれ。今度、俺たちはドルゼック学院のヤツらと公式試合を行う。ボーラスってヤツらと試合を組んでるんだ。その試合のために、一緒に闘ってぇくれえ!」
ボボボボボボーラス! ムリムリムリ! ムリムリムリ! しかし、僕の声などは誰も聞いていない。生徒たちから割れんばかりの拍手が巻き起こっている。
「す、すげえヤツがあらわれた! 体は貧弱だけど!」
「わけがわかんねえけど、とにかくレイジは、俺たちの仲間だ!」
「レイジ、お前は最強になれるぞぉ! 我がエースリートの新星だ!」
その光景をギロリと見ていたのは、ケビンの仲間の一人だった。体格はそれほど大きくない。身長175センチ、68キロくらい? 魔導体術家としては中量級といった体格か。黒髪で、眼鏡をかけていて、真面目そうな少年だ。パッとみたら、魔導体術をやるような人間には見えない。しかし目は物凄く鋭い。ケビンよりある意味怖い……。
アリサは彼に気付くと、僕に耳打ちした。
「あいつはベクター・ザイロスってヤツ。このエースリート学院、ランキング一位よ。もしかしたら彼、あなたに何か仕掛けてくるかも。三位を倒しちゃったんだからね」
「えええ……っ? 生徒を試合で倒すと、つけ狙われるの?」
「そりゃそうだよ。みんな、『強さ』に関心があるからね。強い君に、興味があるのよ」
「か、関心! 興味!」
僕に関心だって? 興味だって? こんなに目立たない、バカにされ続けてきた僕なのに。
エースリート学院では、アリサとルイーズ学院長……とケビンだけが、弱かった僕を知っている。ともかく、この強さは一体何なんだ? あの地下室──「秘密の部屋」は何だったんだ? ルイーズ学院長なら知っているはずだ。すぐに、問いただしてみなければ!
◇ ◇ ◇
その頃……グラントール王国北部、ライドー山の中腹では……。
自然豊かな山の広場で、ドルゼック学院の英雄たち、ボーラス、エルフ族のジェイニー、ホビット族のマークたちがキャンプを行っていた。来週、エースリート学院との公式試合があるので、そのための特訓に来ている。魔導体術の特訓キャンプは、教師の許可があれば休日でなくても許されるのが普通だ。
ボーラスたちはログハウスの前のベンチに座って、何やら話していた。彼らの中には、見慣れない獣人族が一人いた。狼男系の獣人族《じゅうじんぞく》だ。
「よし、今度のエースリート学院との公式試合、俺たちが完全に勝利するぞ」
巨漢のボーラスが三人に言った。マークはニヤリと笑った。
「今の状況はこうね。いでよ、ランキング情報!」
ジェイニーは自分の魔法で、空中に光る掲示板を表示した。ジェイニーはエルフ族で、簡単な魔法が使えるのだ。
その情報板には金色に光る文字で、こう書かれている。
『学生魔導体術学校、学院ランキング』
『1位 宮廷直属バルフェス学院 生徒数300人 今年度勝利数124』
『2位 グロウデン学院 生徒数3200人 今年度勝利数120』
『3位 ギルタン学院 生徒数2300人 今年度勝利数100』
『4位 ドルゼック学院 生徒数8000人 今年度勝利数99』
『5位 エースリート学院 生徒数1000人 今年度勝利数97』
マークはうなずきながら言った。
「先輩、俺らドルゼックは、今度の公式試合でエースリートに二回勝てば、ランキング三位に浮上します。ギルタンは公式試合は今月はしないそうですし。エースリートは、あのデクノボーのケビンがメンバーに入るらしいッス。ヤツはバカだから、攻略しやすいッスよ」
「最高ね」
ジェイニーは腕組みをして言った。
「三位ともなれば、雑誌の取材がくるわよ。私も、ファッションや化粧にもっと気を使わなくてはならないわね」
「ワハハ! そうだ、俺たちはどんどん昇り詰める!」
ボーラスはゲラゲラ笑った。
「なんせ俺の親父は第九十代世界大会優勝者、デルゲス・ダイラントだからなあ! 後ろだても凄い。安心して練習しようぜ!」
ボーラスはまた笑った。最近出てきたお腹のぜい肉が揺れる。すると、獣人族の男──アルザー・ライオが口を開いた。彼は、レイジ・ターゼットの代わりに練習メンバーに加入した。
「で、俺は何をすればいいんだ? 練習実践試合か? 組手か? いつでもやってやるぞ」
「お? おお、アルザー」
ボーラスは頭をかきながら言った。
「いや、違う。お前の役目は、そういった実践練習の相手じゃないんだ。団体戦正式メンバーじゃないからな。ミット持ちをしてもらいたいんだ」
「ミット持ち?」
アルザーは眉をひそめた。ボーラスは笑いながら口を開いた。
「そうだ。パンチングミットを持って、俺たちのパンチや蹴りを受けてもらいたい」
「何? 練習試合や実践練習はさせてくれないのか?」
「ああ、ま、まあそういうことだ。だって、お前は俺たちがよっぽどの怪我をしないかぎり、公式試合には出られないわけだから。団体戦は三名……つまり俺、ジェイニー、マークと決まっているからな」
ボーラスはそう言ったが、アルザーは黙っていた。
「とにかく俺たち、ドルゼックの英雄メンバーに入れるだけで、凄いだろう」
「まあな」
アルザーは首筋をポリポリかきながらつぶやいた。ちなみにボーラスたちの後ろにあるログハウスは、ボーラス・ダイラントの父、デルゲス・ダイラントが所有する別荘だ。デルゲス・ダイラントの別荘は、世界に十二もあるらしい。
山の草原広場で、ボーラスたちの練習が始まった。
しかしこの後、ボーラスたちは気付かされることになる。練習メンバーをやめさせ、退学までさせてしまったレイジが、どれだけ自分たちに貢献していたのかを。