僕は、恐ろしい山鬼族の生徒、ケビンと闘うことになってしまった。
 僕の体格は156センチ、58キロ。しかし、目の前の生徒、ケビンの体格は……約182~184センチ、おそらく77~78キロくらいだ。
 常識で考えれば、殺される。

 しかし、試合は始まってしまっている!
ケビン、今度は左ジャブと右ストレート。つまりワンツーパンチだ。今度は多少速い。僕はその二連のパンチを腕で受け、今度は彼の脇腹にボディーフック。つまり左横からの大振りのパンチ。チョンと当てる。
 何と、これも見事にカウンター。

「うっ、くっ」

 ケビンは何かを感じたようで、僕から離れた。観客はドッと笑った。

「おいおいおい~!」
「ケビンちゃんよぉ!」

 観客たちはあおりはじめた。や、やばい。ケビンが怒るぞ。

「そんなヒョロガリ相手に、何やってんの?」
「遠慮せずに、ボコッちゃえよ~。そんな野郎」

 僕はあわてた。み、身勝手なことを言いやがって! ケビンが本気になっちゃうだろ。僕が心の中で文句を言っている時、ケビンは決心したようだ。

 今度は左ジャブ三連打! 僕の顔に向かって、軽いパンチを打ち下ろす! 今度はスピードが速い! しかも魔力が込められていて、拳に青白い光がまとわりついている。本気の左ジャブだ!

 シャシャシャ!

 僕は全て……よけた! 体をそらし、腕で受け、三発目は肩で防御した。見える……! ケビンのパンチが全部見える。何だ? そうか、「ミット持ち」の経験が活かされているのか?
 そして、この光景には見覚えがある。昨日、ドーソン叔父さんのパンチをすべて手で払い落した時だ! あの時、叔父さんのパンチが、全て見えていた。

「な!」

 ケビンは真っ青な顔だ。

「お、お前?」

 すると今度はケビンは本気で、左下段蹴りだ! これは足の太ももを攻撃するのではなく、足首を()りにいく攻撃だ。つまり、僕を転ばせるための攻撃なのだ。
 これをやられたら、ケビンは調子づいてしまうはずだ。
 避けなければ! 

 シュ

 僕は無意識にジャンプしていた。そして……僕は左フックを、ケビンのアゴに決めていた。

 ケビンが、「あぐ」という声を出したのを聞いた。
 僕は、完全に彼のアゴをとらえた。完璧な一撃だった。スピード、タイミング、すべて完璧だった……。

 ドサ

 ケビンが倒れた。……ケビンが倒れた! リング上に尻持ちをついている。セコンドであぜんとしているアリサの顔が見える。
 僕もあぜんとしていた。何が……起こったんだ? 僕が本当に、ケビンを倒したのか?

 ドヨドヨドヨッ

 観客席がざわめいている。衝撃的な光景だ、無理もない。

「ケビンが倒れたぞっ! エースリート三位のケビンがダウンだ!」
「おいおいおいおい! あの弱そうなヤツに倒されたぞ!」
「なんだこれ、なんだこれ~!」

 ルイーズ学院長は即座に魔導拡声器(まどうかくせいき)を使い、『カウント! 1、2、3、4』と声を上げた。

「ま、待て……や! こらあああっ!」

 ケビンがフラフラになりながら、立ち上がった。そう、僕はケビンをダウンさせたのだ。練習試合で、ボーラスたちからダウンさせられるのは、ほぼ毎日だった。しかし、今、僕はケビンという強敵を、逆にダウンさせている!
 何が起こっているのか、よく分からない。でも僕は、なぜか少し落ち着いている。

「てめえーっ、うがあああーっ」

 ケビンは僕に両手で掴みかかった。逆上だ。僕の魔導体術着(まどうたいじゅつぎ)の胸ぐらをつかみ上げ、投げた!
 しかし僕はリング上でゴロリと回転し、投げの威力を最小限にして、そのまま立ち上がった。
 彼が何をしてくるのかが、完全に予測できた。だから受身(うけみ)をとれたのだ。

「そんな技は効かない」

 僕は勇気を出して言ってみた。

「ひ、ひい、な、何だ、お前はよぅ……」

 ケビンの顔は真っ青だ。お、おや? 意外に言葉の効果があったようだ。ケビンは動揺(どうよう)している。無理もない。こんな弱そうな僕にパンチを全てかわされ、ダウンさせられたのだから。

「し、仕方ねえっ!」

 ケビンは真っ青な顔で、十歩も後ろに下がる。何をする気だ?

「砕け散ってもらうぜ、ガキィ!」

 観客はざわめいた。

「おい、やべぇぞ!」
「ケビンの必殺技だ」

 アリサは声を上げた。

「レイジー! あいつは、『ケビン・タックル』をする気よ! よけてぇ!」

 ケビンは僕に向かって走り込んでくる。あの巨体で、体当たりをされたら、ひとたまりもない。今までの僕ならば。

 ドガッ

 音がリング上に響いた──。

 僕の右飛び膝蹴(ひざげ)りが、ケビンのアゴに入っていた。
 
 ──完璧だった。