翌日の朝八時半、僕はアリサと待ち合わせをして、エースリート学院に行くことになった。昨日の、地下室──「秘密の部屋」での出来事はなんだったのか。
それに加えて、確か、ドーソン叔父さんを殴り倒した気がしたけど……。
(あれは夢だったのかな?)
体には何にも変化はない。
幾分がっかり、少しホッとしながら、エースリート学院の門をくぐった。
エースリート学院は、ドルゼック学院とはかなり雰囲気が違っていた。
数々の最新の鍛錬器具が設置されている。一方、ドルゼック学院にも鍛錬器具はたくさんあるが、皆、中古で古いタイプのものばかりだったはずだ。
「ドルゼックよりは規模は小さいけど、エースリートは真面目に、武術に向き合っているって感じだな」
僕が感心しながらつぶやくと、アリサはフフッと笑った。
「サラさんって、生徒が強くなるものは、全部与えるって方針なのよ」
金持ちだが、ゆるやかな校風のドルゼックとは、真逆の雰囲気だな。こんな優良な学院に、僕が来て良いのだろうか? そんなことを考えながら、僕はアリサと一緒に学院長室に入っていった。
「失礼します」
僕はあいさつした。ん……? この学院長室……?
「待っていましたよ」
ルイーズ学院長の声が聞こえた。この学院長室、とにかく広い! 何と、体育館のような広さの、道場だ! その道場の真ん中に、ルイーズ学院長が目をつむり、一人であぐらをかいて座っている。
すると、彼女はカッと目を見開いた。
「サラさん?」
アリサは驚いて、声を上げた。
「レイジ、来たわね」
ルイーズ学院長はいきなり立ち上がり、ツカツカと僕に近づいた。なんだなんだ、急に? ルイーズ学院長は、僕の手の甲を手に取って、僕の「三ツ星のアザ」を見やった。
そして僕の顔をじっと見た。
まるで何かを見透かすような目だ。
「地下の、『秘密の部屋』に行ったのね?」
「えっ、分かるんですか?」
僕は驚いて、ルイーズ学院長に聞いた。
「あなたの体に、大変化が起こっていますよ」
「そんなバカな」
「『スキル』をもらったでしょう?」
僕はハッとした。確かにあの「秘密の部屋」で、「スキル」というものをもらった。ルイーズ学院長は、なぜかすべてお見通しのようだ。しかし、僕の体には全く変化はないじゃないか。
「あそこは、単なる奇妙なカラクリ仕掛けの地下庭園でしたよ。確かに変な声がして、『スキルを装備させた』と言うんです。でも、何もならなかった」
「確かスキルって……」
アリサが何かを思い出すように言った。
「神様からいただいた、天才的な能力とかのことを言うのよね?」
アリサがつぶやくように言うと、ルイーズ学院長はうなずいた。アリサは説明を続ける。
「昔から魔導体術に伝わる、奥義みたいなものでもあるらしいわ。『スキル』『能力』『奥義』色んな言い方があるらしいけど」
「へえ? そんなものがあるんだ。でも、僕には何も関係ない話だよ」
僕がのん気にそう言うと──。
「いいえ!」
ルイーズ学院長は真剣な顔で、叫んだ。
「あなたは完全に変化しています。私はその人物の『気』を見ることができるのです。もともとあなたに備わっていた能力が、引き出されていますよ。おめでとう」
「い、いや、何も変わっていないじゃないですか」
「いえ、大変化があなたに訪れました。あなたは大変なことになる。歴史を変える」
「れ、歴史? やめてくださいよ、そんな冗談……」
「私は冗談を言っていませんよ」
ルイーズ学院長は、ピシャリと言った。彼女の顔は真剣そのものだ。
「あなたはサーガ族の生き残りなのです。ゴブリンやトロールなど、魔物と互角に闘える、最強の魔導体術家……! それがあなたです」
ゴブリンやトロール? 屈強な魔導体術家たちが、無残にもあの魔物たちに、殺されるニュースが毎日のように報道されているじゃないか。あんなバケモノと闘ったら、確実に殺される。互角に闘える人類なんて存在しないよ。
「そ、それが本当だとすると、昨日、僕が叔父さんを殴り倒したのは……夢では」
「夢ではありません。本当の出来事です。私は私の執事の報告によって、この街のすべての出来事を知っています」
ルイーズ学院長は部屋の横に立っていた、若い青年を指差した。燕尾服を着ている。
「彼は私の執事、セバスチャンです。彼はああ見えて、魔導士でね。彼はあなたの叔父の家に出向き、扉を完全に閉める魔力を、扉にかけてくれました」
「じゃ、じゃあ、叔父さんはどうなったんですか?」
「あなたの叔父は、今朝、仕事に行きましたよ。さあ、私が用意したエースリート学院の魔術体術着に着替えなさい」
ルイーズ学院長はなおもそう言って、部屋のロッカーを指差した。随分、用意が良いなあ。こんな僕なんかに、どうしてここまでしてくれるんだ? アリサはロッカーから、着替えを持ってきてくれた。
僕は学院長室の小さい更衣室で、魔導体術着に着替える。
青いシャツ、魔導体術スパッツ、黒いアンダーシャツ。そして魔導体術家の証である青いローブ。へえ、これがエースリート学院の魔導体術着かあ。全体的に青を基調としているんだな。
なかなかカッコイイ……。いやいや、そんなのん気なことを言ってる場合じゃない。これからエースリートの新入生になるんだから。
着替え終わった僕を見てうなずいたルイーズ学院長は、今度は部屋の横に備え付けてある、「魔導拡声器」に向かって口を開いた。
『全校生徒諸君、これから、新入生の練習試合を行います』
魔導拡声器は学院中に響いている。ん? 新入生? 僕のことか?
『試合企画係は、すぐに試合場にある屋外試合用リングの準備をしておきなさい。新入生の相手は、武術系四年一組! ケビン・ザークを指名します。ケビンは準備しておきなさい』
はあああ? ケケケッケケケケケビン・ザーク? 昨日、僕が公園で、ボッコボコにされた、色男の山鬼じゃないか! 学院長、あんた何してんの!
「サラさん、ケビンとレイジを戦わせるの? 無茶だよ!」
アリサも驚いて叫んだ。
「ケビンはエースリートの三位だよ? レイジは病院送りにされちゃう!」
「そ、そうだよねー」
僕は小さく言った。まったくもって、アリサの言う通りだ。このチビの弱い体で、あのケビンと試合をしたら、病院送りどころか殺される。
しかし、ルイーズ学院長は、ギラリと僕をにらんで言った。
「覚悟を決めなさい! あなたは強くなったのです。そのうち、ドルゼック学院の学生英雄、ボーラスとも戦うことになるでしょう。そして元世界王者、デルゲス・ダイラントともね」
は? いやいやいやいや。それはない。ボーラスと? あのデルゲス・ダイラントと? 絶対にそれはない!
しかしルイーズ学院長は、僕に構わず話を続けた。
「それに一つ言っておきますよ! 言葉を改めなさい!」
「こ、言葉? ど、どういうことでしょうか」
「言葉は、『言霊』なのです。発する言葉によって、人生は変わる。あなたは弱々しい言葉ばかり並べているから、精神まで弱くなっているのです。これを機会に、『強い言葉』を発しなさい! さあ、外に行きましょう」
弱々しい言葉! 僕はドキッとしたが、これからあのケビン・ザークと戦うのだ。言葉なんて改めている余裕なんてあるわけないじゃないか。
「よくわからないけど」
アリサは僕に言った。
「サラさんの、『あなたは強くなった』って話、信じるしかないんじゃない? レイジ、とにかく試合場に行こう」
アリサは僕の腕を引っ張った。女の子の手、あったかい……。いや、そんな感動をしている場合じゃない。エースリートの生徒の皆さん、これから地獄のショーを見れるよ!
うう……帰りたい。僕はエースリート学院に来たことを完全に後悔し始めていた。
これから僕と、あの恐ろしい山鬼、ケビンとの対決が始まる!
それに加えて、確か、ドーソン叔父さんを殴り倒した気がしたけど……。
(あれは夢だったのかな?)
体には何にも変化はない。
幾分がっかり、少しホッとしながら、エースリート学院の門をくぐった。
エースリート学院は、ドルゼック学院とはかなり雰囲気が違っていた。
数々の最新の鍛錬器具が設置されている。一方、ドルゼック学院にも鍛錬器具はたくさんあるが、皆、中古で古いタイプのものばかりだったはずだ。
「ドルゼックよりは規模は小さいけど、エースリートは真面目に、武術に向き合っているって感じだな」
僕が感心しながらつぶやくと、アリサはフフッと笑った。
「サラさんって、生徒が強くなるものは、全部与えるって方針なのよ」
金持ちだが、ゆるやかな校風のドルゼックとは、真逆の雰囲気だな。こんな優良な学院に、僕が来て良いのだろうか? そんなことを考えながら、僕はアリサと一緒に学院長室に入っていった。
「失礼します」
僕はあいさつした。ん……? この学院長室……?
「待っていましたよ」
ルイーズ学院長の声が聞こえた。この学院長室、とにかく広い! 何と、体育館のような広さの、道場だ! その道場の真ん中に、ルイーズ学院長が目をつむり、一人であぐらをかいて座っている。
すると、彼女はカッと目を見開いた。
「サラさん?」
アリサは驚いて、声を上げた。
「レイジ、来たわね」
ルイーズ学院長はいきなり立ち上がり、ツカツカと僕に近づいた。なんだなんだ、急に? ルイーズ学院長は、僕の手の甲を手に取って、僕の「三ツ星のアザ」を見やった。
そして僕の顔をじっと見た。
まるで何かを見透かすような目だ。
「地下の、『秘密の部屋』に行ったのね?」
「えっ、分かるんですか?」
僕は驚いて、ルイーズ学院長に聞いた。
「あなたの体に、大変化が起こっていますよ」
「そんなバカな」
「『スキル』をもらったでしょう?」
僕はハッとした。確かにあの「秘密の部屋」で、「スキル」というものをもらった。ルイーズ学院長は、なぜかすべてお見通しのようだ。しかし、僕の体には全く変化はないじゃないか。
「あそこは、単なる奇妙なカラクリ仕掛けの地下庭園でしたよ。確かに変な声がして、『スキルを装備させた』と言うんです。でも、何もならなかった」
「確かスキルって……」
アリサが何かを思い出すように言った。
「神様からいただいた、天才的な能力とかのことを言うのよね?」
アリサがつぶやくように言うと、ルイーズ学院長はうなずいた。アリサは説明を続ける。
「昔から魔導体術に伝わる、奥義みたいなものでもあるらしいわ。『スキル』『能力』『奥義』色んな言い方があるらしいけど」
「へえ? そんなものがあるんだ。でも、僕には何も関係ない話だよ」
僕がのん気にそう言うと──。
「いいえ!」
ルイーズ学院長は真剣な顔で、叫んだ。
「あなたは完全に変化しています。私はその人物の『気』を見ることができるのです。もともとあなたに備わっていた能力が、引き出されていますよ。おめでとう」
「い、いや、何も変わっていないじゃないですか」
「いえ、大変化があなたに訪れました。あなたは大変なことになる。歴史を変える」
「れ、歴史? やめてくださいよ、そんな冗談……」
「私は冗談を言っていませんよ」
ルイーズ学院長は、ピシャリと言った。彼女の顔は真剣そのものだ。
「あなたはサーガ族の生き残りなのです。ゴブリンやトロールなど、魔物と互角に闘える、最強の魔導体術家……! それがあなたです」
ゴブリンやトロール? 屈強な魔導体術家たちが、無残にもあの魔物たちに、殺されるニュースが毎日のように報道されているじゃないか。あんなバケモノと闘ったら、確実に殺される。互角に闘える人類なんて存在しないよ。
「そ、それが本当だとすると、昨日、僕が叔父さんを殴り倒したのは……夢では」
「夢ではありません。本当の出来事です。私は私の執事の報告によって、この街のすべての出来事を知っています」
ルイーズ学院長は部屋の横に立っていた、若い青年を指差した。燕尾服を着ている。
「彼は私の執事、セバスチャンです。彼はああ見えて、魔導士でね。彼はあなたの叔父の家に出向き、扉を完全に閉める魔力を、扉にかけてくれました」
「じゃ、じゃあ、叔父さんはどうなったんですか?」
「あなたの叔父は、今朝、仕事に行きましたよ。さあ、私が用意したエースリート学院の魔術体術着に着替えなさい」
ルイーズ学院長はなおもそう言って、部屋のロッカーを指差した。随分、用意が良いなあ。こんな僕なんかに、どうしてここまでしてくれるんだ? アリサはロッカーから、着替えを持ってきてくれた。
僕は学院長室の小さい更衣室で、魔導体術着に着替える。
青いシャツ、魔導体術スパッツ、黒いアンダーシャツ。そして魔導体術家の証である青いローブ。へえ、これがエースリート学院の魔導体術着かあ。全体的に青を基調としているんだな。
なかなかカッコイイ……。いやいや、そんなのん気なことを言ってる場合じゃない。これからエースリートの新入生になるんだから。
着替え終わった僕を見てうなずいたルイーズ学院長は、今度は部屋の横に備え付けてある、「魔導拡声器」に向かって口を開いた。
『全校生徒諸君、これから、新入生の練習試合を行います』
魔導拡声器は学院中に響いている。ん? 新入生? 僕のことか?
『試合企画係は、すぐに試合場にある屋外試合用リングの準備をしておきなさい。新入生の相手は、武術系四年一組! ケビン・ザークを指名します。ケビンは準備しておきなさい』
はあああ? ケケケッケケケケケビン・ザーク? 昨日、僕が公園で、ボッコボコにされた、色男の山鬼じゃないか! 学院長、あんた何してんの!
「サラさん、ケビンとレイジを戦わせるの? 無茶だよ!」
アリサも驚いて叫んだ。
「ケビンはエースリートの三位だよ? レイジは病院送りにされちゃう!」
「そ、そうだよねー」
僕は小さく言った。まったくもって、アリサの言う通りだ。このチビの弱い体で、あのケビンと試合をしたら、病院送りどころか殺される。
しかし、ルイーズ学院長は、ギラリと僕をにらんで言った。
「覚悟を決めなさい! あなたは強くなったのです。そのうち、ドルゼック学院の学生英雄、ボーラスとも戦うことになるでしょう。そして元世界王者、デルゲス・ダイラントともね」
は? いやいやいやいや。それはない。ボーラスと? あのデルゲス・ダイラントと? 絶対にそれはない!
しかしルイーズ学院長は、僕に構わず話を続けた。
「それに一つ言っておきますよ! 言葉を改めなさい!」
「こ、言葉? ど、どういうことでしょうか」
「言葉は、『言霊』なのです。発する言葉によって、人生は変わる。あなたは弱々しい言葉ばかり並べているから、精神まで弱くなっているのです。これを機会に、『強い言葉』を発しなさい! さあ、外に行きましょう」
弱々しい言葉! 僕はドキッとしたが、これからあのケビン・ザークと戦うのだ。言葉なんて改めている余裕なんてあるわけないじゃないか。
「よくわからないけど」
アリサは僕に言った。
「サラさんの、『あなたは強くなった』って話、信じるしかないんじゃない? レイジ、とにかく試合場に行こう」
アリサは僕の腕を引っ張った。女の子の手、あったかい……。いや、そんな感動をしている場合じゃない。エースリートの生徒の皆さん、これから地獄のショーを見れるよ!
うう……帰りたい。僕はエースリート学院に来たことを完全に後悔し始めていた。
これから僕と、あの恐ろしい山鬼、ケビンとの対決が始まる!