「レイジ君が通る花道の両側を、バルフェス学院がすべて買い取ったのは、当然企みがあってのことだよ」

 スキル鑑定士の少女、ララベルは言った。

「入場してきた君に、物を投げつける、罵声(ばせい)を浴びせる……」
「え?」

 僕は声を上げた。

「僕に、物を投げつけるっていうんですか? まさかそんな──」
「いや、花道の席を買い取って、相手選手に物を投げたり、罵声(ばせい)を浴びせたりする卑怯(ひきょう)な選手を、あたしは何人か見たことがある。あたしはこれでも魔導体術(まどうたいじゅつ)マニアでね。そういったひどいシーンを、実際に見たよ。ディーボも同じことをしてくると予想する」
「まさかそんな……」
「あたしの(かん)は当たるね。あたしは占い師でもある。ディーボはそうって、試合前からレイジ君の心を折ろうとしてくるはずだよ!」
「そ、そんな!」

 バルフェス学院の生徒たちが、僕に物を投げたり、罵声(ばせい)を浴びせてくる? そ、そんなひどいことをしてくるのか? 信じたくはないが、本当にそうなったら?

「じゃあ、もし、そんなことになったら、僕はどうすれば良いんですか?」
「簡単なこと。君がするべきことは──」

 ララベルは僕に耳打ちした。

「ええーっ?」

 僕は声を上げた。

「そうすれば、相手の嫌がらせを、逆に利用できるよ!」

 ララベルは胸を張った。ベクターとケビンは眉をひそめている。ルイーズ学院長とアリサは心配そうな表情だ。

 ◇ ◇ ◇

 そしてついに、試合開始時間になった。

 僕はアリサと一緒に、スタジアムに入場──花道に入った。

 ドオオオッ

 すさまじい歓声が起こる。グラントールスタジアムは超満員だから当然だ。今日は世界各国の要人も見に来ている。もちろん、エースリート学院の生徒も、観に来てくれている。
 しかし、僕が通る予定である花道の両側の席は、バルフェス学院の生徒で埋まっているのだ。制服でバルフェス学院の生徒だと分かる。
 すると──。

「弱ぇぞ、レイジ!」
「てめぇなんか、負けちまえ!」
「泣いて帰ることになるぞ!」
「さっさとディーボにKOされちまえ!」

 う、うわぁ、すさまじい罵声(ばせい)だ! ほ、本当にララベルの言う通りだった。

(うわっ!)

 何かが頭に当たった。ま、丸めた菓子パンだ! 一個どころか、三、四……六個も僕の頭にあたった。これ、王立競技場の売店でたくさん売っている菓子パンじゃないか。
 アリサは僕の盾になってくれたが、後ろから菓子パンの狙い撃ちだ。投げつけてくるものって、菓子パンだったのか!

 お、おっと、いかん! 僕はララベルに耳打ちされたアドバイス通りにした。

 ニヤッ

 僕は笑った。そして叫んだ。

「そ、そんな小細工は、僕には効かないぞ!」

 僕は菓子パンについていた砂糖を頭につけながら、胸を張って歩いた。
 また、菓子パンが投げられてくる。

 くそ! しつこいヤツらだ!
 
 ──しかし、その時、僕の体が──光った?
 すると、投げつけられた菓子パンが、僕の手前で強風にあおられたように、空に舞い上がって、どこかに消えてしまった……。

「な、なんだ? ちきしょう!」

 バルフェス学院の生徒たちは、急いで無数の菓子パンを投げつけてくる。しかし、その菓子パンは、僕の体に触れる前に、強風にあおられたように、空に舞い上がってしまった。

「う、うわあああ……! 魔法だ」
「か、神の仕業だ!」
「あ、あのレイジって野郎、神様に守られてるぞ!」

 パン投げ係のバルフェス学院の生徒たちは、震えあがっている。

(あっ!)

 僕はピンときた。

【ユニークスキル】神の加護 神の加護により、人の悪意をはね返す

 こ、これが、【ユニークスキル】神の加護 の効果か!
 パンをはね返したのが、このユニークスキルの効果であることは、間違いなかった。
 す、すごい!

「この野郎!」

 一番前に座っていた、バルフェス学院の生徒が、また何かを投げてきた! 
 う、うわっ! 

 小石だ!

 危ない!

 すると──また僕の体は光り、小石がパーンと風船みたいにはじけ飛んだ!

「ひいいいいっ! 石が消え去っちまった!」
「か、神だ……!」
「い、いや、悪魔じゃねえのか?」

 花道横の席を陣取っている、バルフェスの生徒たちが、震えあがっている。
 
 僕はワハハ! と(なか)ば強引に笑いながら、試合用リング前に辿り着いた。
 石を投げるなんて、信じられないヤツらだ!

 でも、【ユニークスキル】神の加護 のおかげで、助かった!

 リング上に上がると、すでにディーボ・アルフェウスが待っていた。

 罵声(ばせい)と菓子パン+小石地獄は抜けたか。

 僕はリングに上がると、アリサに頭の砂糖を払ってもらった。ユニークスキルが発動する前、少し菓子パンが当たったからだ。
 ディーボは、そんな僕をじっと見ている。

「ディーボ、手下に菓子パンを投げつけさせるとは、面白いアイデアだ。しかも小石まで用意しているとはな」

 僕はディーボに言った。

「試合前から、僕の心を折ろうとして、君が指示したんだろう?」
「……何のことかな? 証拠があるのかい?」

 ディーボはいつも通り、ひょうひょうと言った。

「──ま、まあ、笑ってリング上に上がって来るとは思わなかったがね……。しかも、君は何か魔法のような力を使ったようだが……。あ、あれは何なんだ?」

 ん? ディーボの表情は、少し引きつっていたようだった。やっぱり、彼が生徒に指示していたのか?

 いや、今は試合直前だ。集中しよう。

「レイジ!」
 
 アリサがリングサイドに上がって、僕の体術グローブをぽんぽん、と叩いた。いつものおまじないだ。

「結果は考えずに、ただ心のままに動けばいいと思う。大丈夫、大丈夫」
「お、おう」

 アリサのアドバイスを聞いた僕は、返事をした。ようし、大丈夫、大丈夫──その通りだ。
 僕は振り向いた。ディーボはもうすでに構えている。

 試合開始のゴングが鳴った。

 決勝開始!

 ディーボの表情が一変した。

 ──笑っているのだが、まるで悪魔のような(こお)り付いた笑顔だった。