次の日、学校の昼休み、僕はアリサに誘われて、一緒に昼食をとることになった。

「ねえ、アモル川を見に行こうよ」

 アリサが言った。

 エースリート学院の校舎の左には、アモル川という大きな川が流れている。
 仲の良い生徒たちは、この川辺で一緒に昼食をとるのが慣例だ。川辺は校舎の敷地内だから、入って良いことになっている。

 僕らは川辺のベンチに座った。しばらく黙って、売店で買った、ナッツバターパンとアプルの実を食べた。

「久しぶりに来たけど、いい景色だね。それに最高に良い風」

 アリサが風に吹かれた髪を直しながら言った。

 アモル川はとてもきれいな川で、ランダーリア鮭が名産だ。鮭を捕まえるための舟が、川を渡っている。
 アリサは口を開いた。

「ディーボとの試合のこと、どう考えているの?」
「そ、そりゃあ……」

 僕は言いづらかった。

「怖いさ。ディーボは危険だ。彼は実力はあるけど、相手に怪我をさせることも躊躇(ちゅうちょ)なくできる。でも僕、エースリート学院のために頑張ろうと思う。だって、この学校、無くなっちまうかもしれないんだろ」
「うん、そうだよね……」

 アリサは川を見ながら言った。

「でもね、レイジ。君、エースリートのために頑張らなくていいよ」
「えっ?」
「サラさんやあたしや、ベクター、ケビンのために頑張らなくていいよ」
「ど、どういうことだよ」

 僕は驚いてアリサの顔を見た。アリサは続ける。

「レイジはレイジのために闘ってほしいんだ。エースリートのことは考えなくていいの」
「え、だってさ、僕が頑張らなきゃ、エースリート学院はなくなっちまうんだぜ?」
「しょうがないよ、そうなっちゃったら」
「お、おいおい」
「レイジ、ずっと皆のために頑張ってきたんだよね。けっこう、背負ってきたの、あたし見てたよ。あたし、レイジが弱かった時のことを知ってる」
「あ、うん」

 そういうえば、アリサとの出会いは、ケビンに絡まれているところを助けた時だった。ボコボコにされたけど……。

「ケビンに公園で絡まれていたあたしを、君は助けてくれた」
「ケビンに殴られたけどな」
「レイジは……エースリート学院でケビンやベクターと試合をする前から、心が強かったんだなって……思う」

 アリサの言葉が、僕の心に溶けていく。

「ディーボ戦は、全然、気張らなくていいの」
「でもさ、負けるわけにはいかないよ」
「大丈夫、結果がどうなろうと、あたし、レイジについてくから」

 アリサはそう言って、はにかむように笑った。

「ディーボとの試合は、結果を考えないで闘って。大丈夫だから。どうなったって、大丈夫だから」

 僕らはただ、川を眺めていた。

 ◇ ◇ ◇

 放課後、僕はルイーズ学院長に連れられ、街の外れの屋敷に行った。「スキル鑑定士」に会うためだ。アリサは学校で治癒魔法を習うため、特別授業を受けているらしい。ケビンは下級生と練習。ベクターは病院にいるはずだ。
 
 その屋敷の天井にはシャンデリア、床には豪華な赤い絨毯(じゅうたん)が敷いてある。

(古そうな屋敷だなあ……)

 僕がそう考えていた時、屋敷の奥から、小柄な少女がトコトコ歩いてきた。三角帽を被った、魔法使いのような少女だ。
 彼女は口を開いた。

「ようこそ!」

 少女は僕を見るなり、「今話題のレイジ君って、君かぁ~。かわいいじゃ~ん」と言って、僕の腕に絡みついてきた。

「う、うわっ」
「ララベル、うちの生徒に絡まないで」

 ルイーズ学院長はその少女に注意した。少女の名前は、ララベル、というらしい。

「おひさし~、ルイーズ」

 ララベルという少女は、まるで親友のようにルイーズ学院長に挨拶した。

「だ、誰なんですか? この子?」
「この人が、スキル鑑定士のララベル・アルトマイヤーよ。年齢は約二百三十歳」
「あ~! 年齢のことは言うな~!」

 ララベルは、ルイーズ学院長の言葉をかき消すように叫んだ。ルイーズ学院長は説明しだした。

「ララベルはね、二百年以上前に死んじゃった鑑定士よ。二百歳弱まで生きたわ」
「に、二百歳……?」
「死んで約十四年間、『あの世』で暮らしていたそうよ。その後、神様から許可をもらい、記憶を持ったまま赤ん坊に転生したってわけ」

 なるほど、わからん。僕は色々、口出しをしないことにした。ルイーズ学院長は、少女ララベルの説明を続ける。

「その赤ん坊が十六年生きて、今にいたる、と。前世からの記憶を入れると、だいたい今、約二百三十歳」
「は……はあ。前……世……?」
「さ、あたしの説明はもういいでしょ! こっちにきて!」

 ララベルは僕の手を引っ張って、玄関の右の部屋に案内してくれた。 
 そこは、本棚や薬瓶の棚がたくさん置いてある部屋だった。部屋の真ん中には、水晶球が置いてある机もあった。
 ララベルは椅子に座り、机の上にある水晶球を見て言った。

「へえー。レイジ君は良いスキルを持ってるじゃーん。これがサーガ族の『秘密の部屋』で身に付けたスキルかー」

 どうやら水晶球を見ると、僕が「秘密の部屋」で手に入れた「スキル」を透視できるらしい。
 僕はずっと気になっていたことを聞こうと思った。

「僕は……そのスキルに助けられて、今までの試合に勝つことができたのでしょうか?」
「ん? 不思議なことを聞くね。スキルは、その人が生まれた時、すでに備わっているんだよ。スキルが発動する時期というのは、運命としか言えないけどね。……えーっと」

 ララベルは水晶球を見やりながら、「君のスキルは……」とつぶやいた。


【スキル】大魔導士の知恵 常人の七倍の判断力

【スキル】龍王(りゅうおう)の攻撃力 常人の七倍の攻撃力

【スキル】獣王(じゅうおう)の筋力 常人の七倍の筋力

【スキル】神速(しんそく) 常人の七倍の瞬発力


「……だね。これら四つのスキルは、すでに君と一心同体だよ」
「一心同体……」
「だから、今まで君が強敵を倒してきたのは、君の実力なんだよ。レイジ君の試合は、魔導鏡で見てたよ。こんな小柄な子がさ~、大きいヤツらをバタバタ倒しちゃうなんて、最高! レイジ君、本当に努力したね!」

 僕はララベルに褒められたようだ。でも、僕はまだ疑問だった。

「ええ、ありがとう。でも、どのスキルが作用して、僕は勝ってきているんでしょうか?」
「え? うーん……。どのスキルも強力よ。とくに、この【スキル】神速(しんそく)は珍しいわね。この四つのスキルを同時に持っているってことが、とんでもないことだからね……」

 ララベルは答える。

 この水晶球の表示を見ると、僕はユニークスキルを持っていない、ということになる。普通のスキルしか持っていないのだ。
 でも、もしディーボが本当に、ユニークスキルを持っていたら?

 今度の試合……僕は……。

 ルイーズ学院長は深く考えている僕をじっと見ていたようだったが、すぐに口を開いた。

「さて、本題に入りましょう。ディーボ・アルフェウスという子の鑑定をお願いしておいたはずだけど……」
「ああ、ディーボのスキルね」

 ララベルは急に真面目な顔つきになった。

「確かに、彼はスキルを持っているわ」

 ララベルは静かに言った。やっぱりか……。
 ララベルは話を続ける。

「ディーボのスキルは四つあるわ。そのうち二つは、レイジ君、君と同じスキルよ!」

 な、何だって? どういうことだ?

「そして、四つのうち二つは、ユニークスキル(その人だけに備わった、強力なスキル)! しかも、そのうち一つは、よく分からない。謎なのよ」

 僕とルイーズ学院長は、顔を見合わせた。

(ま、まさかディーボが本当に、ユニークスキルを持っているなんて! しかも二つも!)

 僕は驚いた──が、この後、僕も隠されたユニークスキルを持っていることが判明することになる!