僕がグローバス・ダイラントに勝ち、ディーボがボーラス・ダイラントに勝った次の日。
エースリート学院で授業を受けた放課後──。
「レイジ、アリサ、視聴覚室に来なさい」
僕らはルイーズ学院長に呼び出された。
「あっ!」
僕らが視聴覚室に行くと、驚いた。そこには、バルフェス学院のソフィア・ミフィーネがいたからだ。い、一体どうしたんだ?
ソフィアは、とある映像記録を持ってきたらしい。
「それを一緒に見てほしいのです。バルフェス学院には、相談する人がいなくて……」
彼女は言った。
視聴覚室では、魔導鏡という壁に貼り付けた円形の魔導装置を使って、記録映像を鑑賞することができる。
魔導鏡には、宮廷直属バルフェス学院の、訓練所の映像が流れている。何と、ディーボが木の棒で生徒を殴っている。これは、ディーボが生徒たちを訓練所で指導している映像だ!
「ひどいわね」
ルイーズ学院長はため息をつき、首を横に振りながら言った。
「他の大人──教師たちは、なぜディーボを……彼を止めないのかしら」
「ディーボはアルフェウス家という貴族の出身だからです」
ソフィアは静かに言った。
「彼の父は、魔導体術世界大会の準優勝者で、元宮廷護衛隊ですから。地位と権力を持っています。それに、ディーボ自身が、バルフェス学院の一位であることが原因です」
「なるほど、それはよく分かるわ。その学院のランキング一位は、学院の広告搭だから」
ルイーズ学院長は、僕をちらりと見ながら言った。僕はちょっと冷や汗をかいた。
「冗談よ」
そして今度は、ソフィアの方を見ながら言った。
「バルフェス学院の生徒であるあなたが、よくこんな映像を隠し撮り出来たわね」
「ええ、飛行型魔導撮影機を使えば、魔力操作で天井から撮影できるのです」
「でも、よく教えてくれたわ。これは本当に大問題よ」
ルイーズ学院長は魔導鏡の映像を消して、僕らの方に向き直った。
「で、ソフィア──六日後の準決勝はディーボと試合するのでしょう? その試合は学生の男女混合試合だから、顔から上は攻撃できないルールになる。でも、あのディーボって子、『壊し屋』よ。あなたもただでは済まないかも」
「もちろん、私は、ディーボと闘います」
ソフィアはきっぱりと言った。
「ねえ、考え直して、ソフィア!」
アリサが声を上げた。
「あのディーボって人、本当に危ないよ。ベクターは大怪我しているじゃないの。あのボーラスだって、敵わなかった。棄権した方がいいよ」
「……棄権はできません。ディーボは、私を敵対視している。それならば、私も立ち向かわなければなりません」
「じゃあ、もっとヤバいじゃん。もしかしたらディーボは、あなたを怪我させてくるかもしれない! そもそもソフィア、あなたはバルフェス学院に味方がいるの?」
「いいえ。担当コーチはいますが、表面上の付き合いだけ。いつも一人ぼっちです。私がディーボに反目していることを、周囲の人間も知っているから」
「そ、そうなんだ。じゃあ、準決勝のセコンドは?」
「誰もつきません。一人で試合します。レイジさんの援護射撃になれば」
ソフィアは僕を見た。そうか、僕が決勝で彼と闘うことを想定して言っているんだな。確かに、ソフィアとディーボの闘いは、僕がディーボと闘う場合、参考になるかもしれない。でも……。
アリサは言った。
「じゃあ、あたしはソフィアのセコンドにつくよ!」
「ええっ? あなたが?」
ソフィアが驚いた顔をした。
「ええ。了承してくれる? 確か、別の学院の生徒がセコンドについても、ルール上は問題ないはずだよ」
「嬉しいです……。でも」
「ソフィアの力になりたいんだよ」
アリサはちょっと涙ぐんで言った。
「だってソフィア、一人で頑張ってるし……。あたし、応援したい」
「……分かりました。仲間ができたようでうれしい。こちらからもお願いします」
ソフィアはアリサの手を取った。しかしアリサはすぐ言った。
「でも、危なくなったら、遠慮なくタオルを投げるよ」
「実力勝負ですから、問題ありません。……私、エースリート学院の生徒なら良かった」
ソフィアはしみじみと言った。
「皆、親切なんですね。バルフェス学院は皆、自分のことばっかり」
「現在のバルフェス学院を変えていくのが、あなたの役目なのかもしれないわ」
ルイーズ学院長は言った。
「ソフィア、ディーボとの試合、しっかり見せてもらうわよ」
「はい」
ソフィアは決意したように言った。
◇ ◇ ◇
学生トーナメントの準決勝の日がやってきた。
今度の僕の相手は、フェンリル学院一位……マステア・オリーダ。アリサはソフィアの試合のセコンドにつく。だからこの試合は、ケビンがセコンドについてくれた。
僕がリングに上がると、マステアは僕の方を見ずに、客席に向かって手を振っていた。
「キャアーッ! マステアさーん!」
「かっこいい~!」
どうやら、女性ファンがたくさんいるらしい。マステア・オリーダは大変な美男子だ。長髪を後ろでしばっている。彼は魔導体術ローブをなびかせジャンプしたり、客席の女性ファンに向かって何かしゃべりかけたり、試合前から忙しそうだ。
「あのヤロ~! 見せつけやがって」
セコンドのケビンが声を上げた。
「レイジ、あの野郎をぶっとばしちまえ!」
ケビンは最近、モテないのでイライラしているようだ。
すると……。
「レイジ君!」
マステアはニコッとさわやかに笑い、右手を差し出してきた。握手か。
「お手柔らかにお願いするよ! 君との試合を楽しませてもらう。最後に勝つのは間違いなく僕だがね」
僕は苦笑いをしながら、彼──マステア・オリーダの握手に応じた。
試合開始のゴングが鳴った。
ん? マステアはダラリと両腕をたらした。ノーガード? 何かを狙っているのは分かる。
彼はニヤリと笑ったように見えた。素早くパンチが飛んでくる。下から体術グローブの側面で打ってきた! 変則的なパンチだ!
(フリッカージャブか……!)
僕は素早く分析した。二発、三発、グローブの側面で打ってくる。
でも、彼は挙動にそれほど変化をつけないので、防ぐことができる!
僕が彼の三発のパンチを手で防御すると、マステアは驚いたような顔をした。
「ぼ、防御された? 僕のパンチが……」
チャンス! 僕は、この日のためにとっておいた蹴り技を──彼の腹に叩き込んだ。
ドガッ
「ぐへええっ!」
マステアは声を上げた。
僕は左足指の腹で、マステアの腹を蹴り上げたのだ。蹴りの軌道は、ほぼ回し蹴りと同じだ。
彼はよろめきながらも、構えた。長身の選手がやりがちなのは──。
「こ、このぉっ!」
マステアの上から振り下ろすパンチだ! 僕はそれを読んでいた。
そのパンチをかわし、もう一発、僕の蹴り技だ!
ドスッ
今度は右足の指の腹で、彼の腹を蹴る! また当たった!
「う、うごぉ……」
マステアは再び声を上げる。
これは、ルイーズ学院長に教えてもらった技で、「三日月蹴り」という蹴り技だ。三日月蹴りは避けられやすいが、当たればかなり強烈に相手にダメージを与えることができる。
マステアは意外と根性がある! まだダウンしない!
だけど──もらった!
僕はすぐに、彼の足に下段蹴りを叩き込んでやった。彼がバランスを崩すと同時に、左ストレートを放った。
「あ」
完全にマステアの鼻に入ってしまった。
マステアは鼻血をブーッと噴き出した。彼はしゃがみ込む。
「だ、大丈夫か?」
僕は心配したが、マステアは、「う、うるさい!」と声を上げた。
「試合続行だ!」
マステアは立ち上がって構えた。僕は、今度はボディーブローを右横腹に叩き込んでやった。彼はうっ、と唸ったが耐える。しかし彼の鼻血は止まらない。もうリング上は血まみれだ。
「ちょっと試合を止めて!」
声を上げたのは、治療班席に座っていた治癒魔導士だ。あわててリングに入ってきて、マステアの鼻を確かめた。
「あー……うーん。ダメだね、これは」
治癒魔導士はリング外に向かって、手でバツの字を作った。
「はあああ?」
マステアは、治癒魔導士に向かって、目を丸くして声を荒げた。マステアは何となく顔が真っ青だが、大丈夫だろうか。
「あんた、何言ってんの? 試合はこれから……!」
「いやいや、出血多量だよ。血が止まらないだろ」
「おいおいおいおい~! だってまだ一分も経ってないじゃん! ねえ……うう……」
おや? マステアの様子が変だ。
マステアはぐらりと治癒魔導士に倒れ掛かった。何と、失神している。
「あー、こりゃ脳震盪だわ。さっきのパンチが効いてるね。ま、すぐに回復するでしょ。はい、試合終了!」
治癒魔導士はそうつぶやくと、リング外の審判団に合図した。
するとゴングが鳴らされ、『勝者! レイジ・ターゼット! 五分三十五秒、ドクターストップ!』と放送で告げられた。
えーっと……。勝った、ってことで良いのかな? 僕はさっさとリングを降りた。振り返ると、マステアはリング上で横になり、ぐったりしている。……まだ鼻血が出てるな。
「つ、強ぇ~、レイジ……」
「体は小さいのに、何であんなに強いんだ?」
観客も僕を見て騒いでいる。
さあ、次は……! ついにディーボとソフィアの試合だ!
準決勝第二試合は、ソフィア・ミフィーネとディーボ・アルフェウスの試合だった。
ソフィアのセコンドには、約束通りアリサがついたが、僕も心配だから手伝うことにした。
「ねえ、お客さんの雰囲気、変じゃない?」
アリサが試合場の周囲を見回して言った。観客は満員だ。
「ああ……」
僕はうなずいた。
恐らく観客席は、ほとんどがバルフェス学院の生徒で埋まっているだろう。ディーボもソフィアも、バルフェス学院の生徒だからだ。それにしては静かだ。観客のバルフェスの生徒たちは、何だか困惑しているような、戸惑っているような、異様な雰囲気が試合場を包んでいる。
バルフェス学院の生徒たちは皆、心の中ではディーボをどう思っているのか? それは分からない。
すでにソフィアもディーボもリング上に上がっている。どちらも宮廷直属バルフェス学院のエリート。間違いなく強い。
ただ疑問がある。
ディーボはなぜか、試合開始直後は弱い。物凄く弱く見えるのだ。相手の技を一方的に受けてしまう。
ベクター戦、ボーラス戦も、試合序盤は魔導体術家の初心者レベルの弱さだ。しかし結局、ディーボはなぜか勝っているのだ。なぜだ?
まさか、この試合も……?
「ソフィア、今日は君をなるべく傷つけずに、倒そう」
ディーボはクスクス笑い、さらにニヤッと笑った。
「君は大事な──仲間だからね」
ソフィアは柔軟体操で体を動かしながら、まったくディーボの顔を見ない。
学生の男女の試合なので、顔から上は攻撃しないルールだ。魔導体術では、男女の試合はさほど珍しくない。
◇ ◇ ◇
すぐに試合のゴングが鳴らされた。
二人ともすり足で、そろそろと近づいていく。攻撃しない。攻撃しないのではなく、できないのだ。二人とも、隙がないからだ。
ソフィアの全身は、青白い光をまとっている。
「魔力」だ! ソフィアは魔力を全身に張りめぐらしている。ソフィアは本気で、ディーボに勝とうとしている。
動いたのはソフィアの方だった。
「はああっ!」
気合と共に右前蹴り。ディーボはそれをさばく。ソフィアが左ボディーストレート。ディーボはひじでそれを受け──。ソフィアの手首を掴んだ。
ソフィアはあわてて手を引っ込める。ソフィアは、ディーボの投げを警戒している。すぐに、ディーボが左ボディーブロー。
「掴んだ!」
アリサが叫んだ。
ソフィアがディーボの腕を掴んでいた。
ソフィアがくるりと正面を向き、ディーボの左脇に腕を入れ──。そのまま、物凄い勢いで投げた!
ソフィアの得意技、『一本背負い』だ!
ダーン
すごい音がした。ディーボは勢いよく背中から落ちた。
ソフィアの投げは、とんでもなく素早い! ディーボは頭こそ打たなかったが、背中を強く打ったので、顔をしかめながらソフィアを見上げる。
ソフィアは何もしない。ディーボが立ち上がるのを待っているだけだ。
だが──。
ディーボが少し笑ったような気がした。まさか……あんな投げをくらっておいて、笑っている余裕などありはしないだろう。
ディーボは立ち上がり、今度は右脇腹へのパンチを放ってきた。するとソフィアは、うまいことディーボの左手首と右首筋を掴んでいた。ゆっくり彼女が片膝をつくと──。
ディーボはすでに投げられていた。
うおおおっ……。すごい! ディーボは、1メートルはすっ飛んだか。
「真空投げ……!」
アリサが声を上げた。
「えっ、そんな投げ技があるのか?」
僕は驚いてアリサに聞くと、アリサはうなずいた。
「山嵐と同じくらいに、今は使い手がほとんどいない、伝説の投げ技だよ。ソフィア……強い!」
ディーボはヨロヨロと立ち上がる。息も絶え絶えだ。ソフィアは勝機とにらんだか、前蹴りを繰り出した。足には青白い光が輝いている。
その時、ディーボの目がギラリと光ったような気がした。
その前蹴りの足先を掴んで、捻った! するとソフィアは一回転し、リングに叩きつけられたのだ!
な、何ていう力なんだ? これは技じゃない。力だけでソフィアは投げられてしまった! ソフィアはリング上に倒れ込んでいる。
『ダ、ダウン! 1……2……!』
審判団はソフィアをダウンとみなした!
ソフィアはフラフラと立ち上がろうとする。
一方のディーボは薄ら笑いだ。まるで、今までソフィアに投げられていたことが……「なかったか」のように!
(ま、まただ……!)
僕は試合前に感じた予感を思い出していた。ディーボは試合序盤は弱い。しかし、試合時間を経ると異様に強くなってしまう! なぜだ?
「まさか……これって、ディーボの……」
アリサが言った。
「『ユニークスキル』!」
「な、なんだよ、それ? 普通のスキルじゃないのか?」
「とても珍しいスキルなのよ。スキルは、そもそも『神様にいただいた、特別な能力』と言われている。その中でも、その人にしか備わっていない、とても強いスキルをユニークスキルというらしいわ」
「ど、どんなスキルなんだ、それって」
「わ、わからないよ。そんなの。『スキル鑑定人』でもない限り──」
そもそも僕は、ディーボが「スキル」を持っている、ということすら知らない。それどころか、それより強い、『ユニークスキル』なんてものを持っているって……?
『4……5……6……』
ダウンカウントは続いている。ソフィアはようやく、膝に手をかけて立ち上がろうとし始めた。
すると──。
「おや、レイジ君たちは、ようやく気付いたのかい?」
ディーボはリング上から、僕らに話しかけてきた。もう、ソフィアが立ち上がる様を、ゆったり眺める余裕がある。よく見ると、ディーボの体の周りには、何と、薄い闇色の「気」が立ち上っている。な、なんなんだ、あの奇妙な色の「気」は?
ディーボは口を開いた。
「まさか君たち──。ディーボ・アルフェウスは、序盤が弱すぎる──。そんなことを、本気で思っていたんじゃないだろうね?」
(ううっ……!)
なんなんだ? 違うのか? まさか、ディーボの序盤は全て……。
『8……9……』
ソフィアはダウンカウントが9の時に、ようやく立ち上がった。
「でやああああーっ」
ソフィアは前進した。
ああっ! これはディーボの得意としているパンチ──、「直突き」! ソフィアもできたのか? しかし!
ディーボはそれを待っていたようだ。ディーボはパンチを避け、彼女の右肩に自分も直突きを叩きつけた。
ソフィアの肩へ、カウンター攻撃!
ディーボの正確無比なパンチが決まった!
「うああっ!」
ソフィアは声を上げ、右肩を押さえた。真っ青な顔で、膝をつく。肩を負傷したらしい。
あの技は、僕がボーラス戦で放った、肩への急所蹴りと同じだ。ディーボのヤツ、それをパンチでやってしまうとは。
これは──。ディーボの攻撃が見事だった、としか言いようがない。危険な攻撃ではなく、まっとうな打撃で正確に人体の急所をついたわけだ。
「さっきまでの勢いはどうした? 肩を負傷したな」
ディーボが言う。ソフィアは悔しそうに、右肩を押さえ、苦痛に顔をゆがめながら、また立ち上がった。
ああ、ダメだ。ソフィアの肩が動かない。アリサがタオルを持った。タオルをリングに投げ入れると、ソフィアの敗北が決まってしまう。しかし、アリサは躊躇している。
治癒魔導士たちがリング上に入ってこようとしたが、ソフィアが、「待ってください」と声を上げた。
「勝敗は、私自身が決めます」
ソフィアは左拳で、ディーボの胸を叩いた。しかし、それが効くわけがない。今度は蹴りを繰り出す。ゆっくりだ。ディーボはそれをかわす。
もう、肩が痛くて仕方ないのだろう。
アリサは唇をかみしめながら、放り込むはずのタオルをギュッと握った。
ソフィアは決意したように、肩を押さえながら、ディーボに告げた。
「参りました……」
それを聞き届けた治癒魔導士は、審判団の方を振り返って指示している。すると──。
『勝者! ディーボ・アルフェウス! 五分二十二秒、ギブアップ勝ち!」
ソフィアは悔しそうだが微笑んで、リング下に降り立った。アリサはソフィアを守るようにして、治癒魔導士のところに連れていった。
僕はディーボをにらみつけた。
ディーボは僕をリング上から見下ろして、笑っている。
「レイジ君、もう一度聞く。僕──ディーボ・アルフェウスは、序盤が弱いと思っていたんじゃないのかい?」
「お、思っていた。でも、どうやらそれは違うみたいだ」
僕は思い切って言った。ディーボの秘密……! ディーボの持つユニークスキルは、いったい何なんだ? いや、そもそも彼は、スキルやユニークスキルなんてものを持っているのか?
「演技だったんだな……! 序盤を弱く見せる理由があったんだ!」
「演技……ねえ。ちょっと違うかな」
ディーボはクスクス笑った。
「ま、序盤はわざと『相手の技を受けていた』ってことさ。ベクター戦も、ボーラス戦も、この試合もね」
わざと? ど、どういうことなんだ?
──それにしても、この試合内容に関しては、ディーボの逆転勝ちだ。文句は言えなかった。
「──い、いい試合だった」
僕はぎごちなく言った。
「いい試合? どこかだ?」
ディーボは鼻で笑った。
「ソフィアは我がバルフェス学院の反逆者だよ。彼女にはさっさと消え去ってもらいたかったからね。僕が勝って良かったよ」
こいつ! ソフィアに敬意を払わないなんて……!
するとディーボは口を開いた。
「さて、次の試合──レイジ君、君はどうなるかな?」
とうとう、僕とディーボは、決勝で試合をすることになった。
準決勝が終わった翌日、僕は学校に登校した。
(今日は疲れが残っているし、練習は休もう……)
そう思いながら校門をくぐり、校庭に入ると……おや? 何だか騒がしい。
青い作業着を着た人たちが三十名くらい、校庭に整列していた。見たことのない人たちだ。学校の外には、馬車がたくさん停車している。
何だ? 何があった? 生徒たちも困惑して、作業着の連中を見ている。
アリサが僕のもとに駆けてきた。
「大変!」
「どうした?」
「サラさんと、バルフェス学院の学院長が、押し問答しているの!」
「何だって?」
僕は首を傾げながら、アリサと学院長室に駆けこんだ。そこにはルイーズ学院長と、一人の男性──老人が何かを話している。怒鳴り合っているようだ。
老人は──確か、バルフェス学院の学院長、ボイド・デニル氏だ。新聞で何回か見たことがある。デニル学院長の後ろには、さっき校庭に整列していたような、青い作業着を着た男たちが三名、腕を組んで立っていた。
「さあ、覚悟を決めて、バルフェス学院の傘下に入りなさい」
デニル学院長はルイーズ学院長に言った。
「我々が、あなたの学院の器具類、道具類を無料で運搬してやる、と言っているのですよ。我々があなた方のために用意した、新しい校舎にね」
「余計なお世話です!」
「吸収合併は、すでに決まっている。このエースリート学院は、もうバルフェス学院のものだ。前から言ってあるじゃないですか」
「冗談じゃない! 無料で器具、道具類を運搬? 言い方を変えれば、撤去しろと言っているようなものじゃないですか!」
ルイーズ学院長は机を叩いた。
「バルフェス学院がこのエースリート学院を吸収合併する──? そんな話は、そちらが勝手に決めたことよ!」
「すでに話してあるはずです」
「いえ、納得していません」
「理由は、ルイーズ学院長、あなたがよくご存知のはずだ。魔王が復活することを予見し、学生魔導体術家たちも、兵士として動員することになるんですよ。それをまとめあげる。それが我々、宮廷直属バルフェス学院の役目です」
「魔王が復活?」
僕はアリサと顔を見合わせた。
「あの人、バルフェス学院の学院長だろ? 今、魔王が復活って……」
「い、言ってた。それは初耳……」
アリサも戸惑い気味だ。
「とにかくですね!」
ルイーズ学院長は、バシッと机を叩いた。
「私たちの生徒を、バルフェス学院の生徒にするつもりは、ありません。拒否いたします。よって、デニル学院長の後ろにおられる『引っ越し屋』の皆さんには、お帰りいただきます! 余計なお世話、ありがとうございました!」
「くっ……、この、強情な」
デニル学院長はギロリとルイーズ学院長をにらんだ。そして後ろの作業員の方を振り返った。
「おい、今日のところは帰るぞ」
作業員たちはこくりとうなずいた。するとデニル学院長は、ルイーズ学院長の方をまた振り返った。
「この小さな学院も、トーナメントが終わる二月末までで終了ですぞ。後はもう強引にでも、ここの設備を撤去させてもらう。今日は穏便にことを進めようと思ってきたのに、バカなお人だ」
「学生トーナメントは、我がエースリート学院の生徒が優勝します!」
「ありえません。我がバルフェス学院は、魔導体術の超エリートの集まりですぞ。こんな私立の学院などに負けるわけがない」
「我がエースリート学院が──レイジ・ターゼットが、ディーボ・アルフェウスに勝ったら、どうなさいますか!」
「だからそれがありえない! ああ、そうそう、最後に言い忘れていました」
デニル学院長はニヤリと笑った。
「このエースリート学院は、もう教育機関としての資格は、すでに失っております。ですから、生徒がこの学校を卒業しても、学歴にはなりませんので、そのつもりで」
「な、何ですって?」
「よし、帰るぞ」
デニル学院長と作業員たちは、ドカドカと学院長室を出ていった。ルイーズ学院長は椅子に腰かけ、頭を抱えてため息をついている。
ど、どうしたらいいんだ、これ……。
「サラさん! 学院はどうなっちゃうの?」
アリサがルイーズ学院長のところに駆け寄った。
「……サラさん、大丈夫?」
「心配させる話を聞かせちゃったわね」
「う、うん。でも、噂は聞いてたよ」
「そう……。じゃあ生徒たちは皆、吸収合併の話は知ってるのね」
「あ……うん」
アリサがそう言うと、ルイーズ学院長は疲れ切った顔をして、首を横に振った。
僕は言った。
「僕がトーナメントで優勝すれば、何かが変わるんですか?」
「え? ああ、そうね……」
ルイーズ学院長は言いづらそうに言った。
「レイジ、あなたに背負わせるようで情けないけど……。確かにあなたが優勝すれば、バルフェスより強いエースリートが吸収合併されるのはおかしい、という議論は出ると思うわ」
「じゃ、じゃあ、僕が決勝で、ディーボに勝てば良いんですね?」
ルイーズ学院長は、驚いた顔で僕を見た。僕は続けて言った。
「か、勝ちます。見ていてください」
恩人が困っている。そう言うしかなかった。
そして彼女はハンカチを取り出し、涙をぬぐった。そして立ち上がって僕の手をとった。
「あなた……強くなったわね。強い言葉を言えるようになったのね」
「ど、どうも」
強くなった、と言われると、ちょっと自信がなくなってきたが。
「そうなると、ディーボに勝たなきゃいけない」
アリサが言った。
「でも、あのディーボって子、よく分からない強さだよね」
僕が戸惑っていると、アリサは続けた。
「最初はやられているのに、最後には結局、勝っている。しかも、相手に怪我をさせて勝つことが多いよ」
うーん……確かに。ディーボ・アルフェウスという少年は、今までにない不気味な「強さ」「残虐性」を持った選手だ。体格も僕と同じくらい小柄。
しかし、あのボーラスに完勝しているということは、間違いなく強いはずだ。
「ディーボ・アルフェウスについて、情報を集めるべきね。でもどうやったら……」
ルイーズ学院長は腕組みをした。
すると、アリサが口を開いた。
「ディーボって子、レイジと同じように、『スキル』を持っているとは考えられない?」
「え?」
「しかも、もしかしたらそれより強い、その人にしか備わっていない『ユニークスキル』も持っているかもしれない!」
僕とルイーズ学院長は顔を見合わせた。そ、そうか。アリサはディーボVSソフィア戦で、そんなことを言ってたっけ。
ディーボがスキルを持っている! しかも、普通のスキルより強い、『ユニークスキル』を持っている? まさか……! いや、彼の強さなら、ありえる?
アリサは続けた。
「レイジは謎の『秘密の部屋』に行って、強さを獲得したんでしょう? ディーボにも、もしかしたら、似たようなことがあったのかも」
「そうだわ。そうよ……! ディーボの強さは悪魔的。不気味な強さよ。謎を解明しないと、ダメね」
ルイーズ学院長はうなずいた。
「わかったわ。じゃあ、私の知り合いの、魔導体術にも詳しい『スキル鑑定士』のところに行きましょう!」
僕は首を傾げた。な、何だ? そんな職業があるのか?
ルイーズ学院長は、自信たっぷりに言った。
「その『スキル鑑定士』なら、ディーボの強さの秘密を教えてくれるかもしれないわ!」
次の日、僕はさっそく、ケビンと、病院からひそかに抜け出したベクターとで、ディーボ・アルフェウス対策を始めることにした。ベクターは車椅子に乗っている。
場所はエースリート学院の訓練所の練習用リングだ。僕はリングに上がった。ケビンはすでに、リング上に上がって、ストレッチをしている。
(ん? 何か視線を感じるな……?)
にらみつけられるような、嫌な視線だ。誰かに見られてる?
「何やってんだ!」
ベクターがリング下から、僕に声をかける。
「レイジ! 集中しろ!」
「あ、ああ」
「よし、特訓開始だ」
ケビンが声を上げた。
ケビンは僕に対して、掴みにかかる。彼は素早く僕の腰を持ち、魔導体術着の袖を掴んで、僕をひょいっと投げてしまった。
「う、いてっ!」
「ダメだ、レイジ。そんなに簡単に投げられては。投げに付き合うな」
「な、投げられないようにするには、どうしたらいいんだ?」
僕は背中をさすり、立ち上がりながらケビンを見て言った。
「ディーボに掴まれたら、ヤツの手を引き剥がせ」
ケビンの話に、リング下の車椅子のベクターはうなずいた。
「その前に、ディーボに掴まれないようにしろ。掴まれそうになったら、すぐ手を引っ込めろ!」
「ええ? パンチとかを出したら、すぐ掴まれそうだなぁ」
僕がそう言っている間に、ケビンは素早く僕に近づいた。すぐに僕の足を自分の足で内側から払った。
ドダン!
「い、いてぇ! 何するんだ!」
背中を打った僕が声を上げると、ケビンは首を横に振った。
「油断するんじゃねえ! これも投げ技だぜ」
「足が来るなんて聞いてないぞ」
「だから練習するんだよ。今日は百回はお前を投げる」
「お、おいおい~! そんなに投げるのか」
おや? また敵意のある嫌な視線を感じる。僕は訓練所の周囲を見回した。あれ? 倉庫の方に、誰かがいる? 誰だ?
一体何者──?
その時、後ろの方から、「レイジー! 集中!」と女の子の声がした。
声を出したのは、女子下級生に魔導体術の「型」を教えている、アリサだ。
「レイジ、練習あるのみ、だよ!」
アリサが声を上げると、下級生の女の子たちも、こっちに声をかけてきた。
「レイジさーん! 応援してます!」
「優勝して!」
「かっこいい~!」
下級生の女の子たちは、キャアキャア言っている。アリサは、「さ、こっちも練習、練習」と下級生たちを落ち着かせている。
僕は頭をかきながら、特訓を続けることにした。
◇ ◇ ◇
放課後、僕はすぐに学校を出た。今日は、ギルドの書類整理のアルバイトがある。明日の放課後は、ルイーズ学院長の知り合いの、スキル鑑定人に会う予定だ。
(何かと忙しいな……)
さて、アルバイトに行くには、公園を通った方が近道だ。
しかし……また嫌な視線を感じる。公園には誰もいない。
僕は振り返った。
「調子良さそうッスね、レイジセンパイ」
公園の木陰から出てきたのは、制服を着崩した、エースリート学院の生徒だった。
バーニーだ! 修学旅行の時に、絡んできたヤツだ。
「お前か? 僕が練習している時、倉庫の方から見ていたのは」
「あ、バレてましたか」
バーニーはポケットに手を突っ込んだまま、僕をにらみつけた。
「勝負しましょうよ、久しぶりに」
(うっ……!)
僕は周囲を見回した。何と、エースリート学院の制服を着た少年たちが、ぞろぞろと公園に入ってきたのだ。三人、いや五人、いや、もっとだ。二十五名の少年たちだ。全員、僕の方を見ている。
(こいつはマズいな)
バーニーは、三年生、二年生、一年生の不良たちを集めてきたようだ。(魔導体術養成学校は、十二、十三歳が一年生である)
くそ、この人数で襲いかかってくる気なのか? さすがに、この人数でこられると……どうなる?
「修学旅行の時の借り、返させてもらうぜ」
「だめだ、やめてくれ」
僕は首を横に振った。
「ディーボとの試合が近づいている。誰も怪我をさせたくないし、こっちも怪我をすると困る」
「はあ? 俺、修学旅行の時、あんたに腹パンでやられたんスよ? ムカついてたんスよね~」
バーニーがそう言った時、少年の集団から、二人の少年が前に出た。背が高いヤツと、背が低いが体が分厚い少年だった。
「背が高いのが、ボルグ・マーシュ。街のケンカでは負けたことがない。背が低いのがランデア・パリシ。魔導体術十五歳の部で三位。俺ら三人と勝負してもらうぜ」
「おい、待っ──」
すぐさま、背が高いボルグが殴りかかってきた。
僕は彼の拳の軌道を見極めた。彼を怪我させないように、素早く腹にパンチを喰らわせた。
「ぐぼほ」
ボルグはうめきながら、崩れ落ちる。今度はパリシが後ろから跳び蹴り。不良がよくやる手だ。後ろから背中を狙うってやつだ。
僕はそれをかわすと、膝を彼の脇腹に叩き込んでやった。
「まぼ」
ランデアが脇腹を押さえて、うずくまる。
「てめぇ、化け物かぁああああっ!」
バーニーは素早く近づいてきて、頭突きをしてきた。──頭突き! この攻撃は受けたことがない。まさにケンカ技だ!
ベキイッ
僕は、バーニーのアゴに肘をかち上げてやった。向こうから頭を出してくれたのだから、簡単にカウンター攻撃をとれる。
バーニーは、僕の肘の直撃を受けて、地面に倒れ込んだ。
三人は地面に尻持ちをついて、目を丸くして僕を見上げている。周囲の二十三名の手下たちも、騒然としている。
「う、うわあ……すげえ」
「攻撃が見えなかったぜ」
「ヤベエ……あのセンパイ」
下級生たちの騒ぎをよそに、僕はバーニーに言った。
「もういいだろ」
「ち、ちくしょう……」
バーニーの横にいたボルグが、懐から何かを取り出した。キラリと光っている! ナ、ナイフだ! くそ!
「やめろ」
バーニーがボルグの手首を押さえた。
「でも、バーニーさん」
「やめろって言ってんだ! ナイフを地面に置け。そんなモンであの人は倒せねえってことが分かっただろ!」
バーニーが怒鳴ると、ボルグは渋々、ナイフを地面に放った。周囲のバーニーの手下たちは、驚いたように顔を見合わせている。
「あ、あんたすげぇよ。俺ら三人をいっぺんに……。あんた何モンだ? いや、そんなこと聞いてもしょうがねえか。学生トーナメント決勝進出者だもんな……」
バーニーは立ち上がり、僕を見て言った。
「──納得いなかなかったんだ。修学旅行の時、あんたに三十秒もかからずに、やられたから……」
「おい、不良やってるより、ちゃんと魔導体術の訓練をしろ」
僕は説教してやった。人に説教するのは、初めてかもしれない。
「真面目になれよ」
「あ、……そ、そうッスね」
バーニーは頭をかきながら、周囲の少年たちを見回した。
「お、おい、おめえら、レイジさんに頭下げろや!」
周囲のバーニーの手下たちは驚いていたが、やがて僕に頭を下げだした。バーニーも、ボルグもランデアも頭を下げている。
まったく、しょうがないヤツらだなあ。でも、ディーボとの決勝前に、怪我しなくて良かった。
「あ、今、思いついたんスけどね……」
バーニーは言い辛そうに言った。
「け、決勝戦、観にいっていいスか?」
僕はため息をついた。
「ああ、うん。別にいいけど」
「よおしっ! 全力でレイジさんを応援するぜえっ!」
バーニーは声を張り上げた。
「おうっ!」
そこにいる手下連中が、全員返事をする。
僕は苦笑いした。変な援軍ができてしまったが、まあ、いいか。
明日はルイーズ学院長と、スキル鑑定人に会う予定だ。ディーボの秘密が分かるかもしれない!
次の日、学校の昼休み、僕はアリサに誘われて、一緒に昼食をとることになった。
「ねえ、アモル川を見に行こうよ」
アリサが言った。
エースリート学院の校舎の左には、アモル川という大きな川が流れている。
仲の良い生徒たちは、この川辺で一緒に昼食をとるのが慣例だ。川辺は校舎の敷地内だから、入って良いことになっている。
僕らは川辺のベンチに座った。しばらく黙って、売店で買った、ナッツバターパンとアプルの実を食べた。
「久しぶりに来たけど、いい景色だね。それに最高に良い風」
アリサが風に吹かれた髪を直しながら言った。
アモル川はとてもきれいな川で、ランダーリア鮭が名産だ。鮭を捕まえるための舟が、川を渡っている。
アリサは口を開いた。
「ディーボとの試合のこと、どう考えているの?」
「そ、そりゃあ……」
僕は言いづらかった。
「怖いさ。ディーボは危険だ。彼は実力はあるけど、相手に怪我をさせることも躊躇なくできる。でも僕、エースリート学院のために頑張ろうと思う。だって、この学校、無くなっちまうかもしれないんだろ」
「うん、そうだよね……」
アリサは川を見ながら言った。
「でもね、レイジ。君、エースリートのために頑張らなくていいよ」
「えっ?」
「サラさんやあたしや、ベクター、ケビンのために頑張らなくていいよ」
「ど、どういうことだよ」
僕は驚いてアリサの顔を見た。アリサは続ける。
「レイジはレイジのために闘ってほしいんだ。エースリートのことは考えなくていいの」
「え、だってさ、僕が頑張らなきゃ、エースリート学院はなくなっちまうんだぜ?」
「しょうがないよ、そうなっちゃったら」
「お、おいおい」
「レイジ、ずっと皆のために頑張ってきたんだよね。けっこう、背負ってきたの、あたし見てたよ。あたし、レイジが弱かった時のことを知ってる」
「あ、うん」
そういうえば、アリサとの出会いは、ケビンに絡まれているところを助けた時だった。ボコボコにされたけど……。
「ケビンに公園で絡まれていたあたしを、君は助けてくれた」
「ケビンに殴られたけどな」
「レイジは……エースリート学院でケビンやベクターと試合をする前から、心が強かったんだなって……思う」
アリサの言葉が、僕の心に溶けていく。
「ディーボ戦は、全然、気張らなくていいの」
「でもさ、負けるわけにはいかないよ」
「大丈夫、結果がどうなろうと、あたし、レイジについてくから」
アリサはそう言って、はにかむように笑った。
「ディーボとの試合は、結果を考えないで闘って。大丈夫だから。どうなったって、大丈夫だから」
僕らはただ、川を眺めていた。
◇ ◇ ◇
放課後、僕はルイーズ学院長に連れられ、街の外れの屋敷に行った。「スキル鑑定士」に会うためだ。アリサは学校で治癒魔法を習うため、特別授業を受けているらしい。ケビンは下級生と練習。ベクターは病院にいるはずだ。
その屋敷の天井にはシャンデリア、床には豪華な赤い絨毯が敷いてある。
(古そうな屋敷だなあ……)
僕がそう考えていた時、屋敷の奥から、小柄な少女がトコトコ歩いてきた。三角帽を被った、魔法使いのような少女だ。
彼女は口を開いた。
「ようこそ!」
少女は僕を見るなり、「今話題のレイジ君って、君かぁ~。かわいいじゃ~ん」と言って、僕の腕に絡みついてきた。
「う、うわっ」
「ララベル、うちの生徒に絡まないで」
ルイーズ学院長はその少女に注意した。少女の名前は、ララベル、というらしい。
「おひさし~、ルイーズ」
ララベルという少女は、まるで親友のようにルイーズ学院長に挨拶した。
「だ、誰なんですか? この子?」
「この人が、スキル鑑定士のララベル・アルトマイヤーよ。年齢は約二百三十歳」
「あ~! 年齢のことは言うな~!」
ララベルは、ルイーズ学院長の言葉をかき消すように叫んだ。ルイーズ学院長は説明しだした。
「ララベルはね、二百年以上前に死んじゃった鑑定士よ。二百歳弱まで生きたわ」
「に、二百歳……?」
「死んで約十四年間、『あの世』で暮らしていたそうよ。その後、神様から許可をもらい、記憶を持ったまま赤ん坊に転生したってわけ」
なるほど、わからん。僕は色々、口出しをしないことにした。ルイーズ学院長は、少女ララベルの説明を続ける。
「その赤ん坊が十六年生きて、今にいたる、と。前世からの記憶を入れると、だいたい今、約二百三十歳」
「は……はあ。前……世……?」
「さ、あたしの説明はもういいでしょ! こっちにきて!」
ララベルは僕の手を引っ張って、玄関の右の部屋に案内してくれた。
そこは、本棚や薬瓶の棚がたくさん置いてある部屋だった。部屋の真ん中には、水晶球が置いてある机もあった。
ララベルは椅子に座り、机の上にある水晶球を見て言った。
「へえー。レイジ君は良いスキルを持ってるじゃーん。これがサーガ族の『秘密の部屋』で身に付けたスキルかー」
どうやら水晶球を見ると、僕が「秘密の部屋」で手に入れた「スキル」を透視できるらしい。
僕はずっと気になっていたことを聞こうと思った。
「僕は……そのスキルに助けられて、今までの試合に勝つことができたのでしょうか?」
「ん? 不思議なことを聞くね。スキルは、その人が生まれた時、すでに備わっているんだよ。スキルが発動する時期というのは、運命としか言えないけどね。……えーっと」
ララベルは水晶球を見やりながら、「君のスキルは……」とつぶやいた。
【スキル】大魔導士の知恵 常人の七倍の判断力
【スキル】龍王の攻撃力 常人の七倍の攻撃力
【スキル】獣王の筋力 常人の七倍の筋力
【スキル】神速 常人の七倍の瞬発力
「……だね。これら四つのスキルは、すでに君と一心同体だよ」
「一心同体……」
「だから、今まで君が強敵を倒してきたのは、君の実力なんだよ。レイジ君の試合は、魔導鏡で見てたよ。こんな小柄な子がさ~、大きいヤツらをバタバタ倒しちゃうなんて、最高! レイジ君、本当に努力したね!」
僕はララベルに褒められたようだ。でも、僕はまだ疑問だった。
「ええ、ありがとう。でも、どのスキルが作用して、僕は勝ってきているんでしょうか?」
「え? うーん……。どのスキルも強力よ。とくに、この【スキル】神速は珍しいわね。この四つのスキルを同時に持っているってことが、とんでもないことだからね……」
ララベルは答える。
この水晶球の表示を見ると、僕はユニークスキルを持っていない、ということになる。普通のスキルしか持っていないのだ。
でも、もしディーボが本当に、ユニークスキルを持っていたら?
今度の試合……僕は……。
ルイーズ学院長は深く考えている僕をじっと見ていたようだったが、すぐに口を開いた。
「さて、本題に入りましょう。ディーボ・アルフェウスという子の鑑定をお願いしておいたはずだけど……」
「ああ、ディーボのスキルね」
ララベルは急に真面目な顔つきになった。
「確かに、彼はスキルを持っているわ」
ララベルは静かに言った。やっぱりか……。
ララベルは話を続ける。
「ディーボのスキルは四つあるわ。そのうち二つは、レイジ君、君と同じスキルよ!」
な、何だって? どういうことだ?
「そして、四つのうち二つは、ユニークスキル(その人だけに備わった、強力なスキル)! しかも、そのうち一つは、よく分からない。謎なのよ」
僕とルイーズ学院長は、顔を見合わせた。
(ま、まさかディーボが本当に、ユニークスキルを持っているなんて! しかも二つも!)
僕は驚いた──が、この後、僕も隠されたユニークスキルを持っていることが判明することになる!
どうやらディーボは、僕と同様に、スキルを四つ持っており、僕と同じスキルを二つ持っているらしい?
しかもそのうち二つは、ユニークスキル(その人だけに備わっている強力なスキル、能力)。その内の一つは、ララベルでも知らない謎のユニークスキル……だそうだ。
ララベルは言った。
「ディーボって子の試合映像を魔導鏡で見て、鑑定したんだよ~ん」
「ララベル、ディーボも『秘密の部屋』に行ったということ?」
ルイーズ学院長の問いに重ねるように、ララベルは言った。
「うーん……彼はアルフェウス家の息子でしょう? 『秘密の部屋』に入る資格のある、サーガ族と何か関係があるのかまでは、今の段階では分からない」
ララベルはいったん言葉を切った。
「さてと、ディーボのスキルをこれから見せるよ。──と、その前にレイジ君。ディーボの試合を間近で見ていたでしょう? 彼の試合には、どの試合にも共通点があるよ。何か分かる?」
「共通点って……」
僕はしばらく考えていたが、ピンときた。
「ああ、それは、気付いていました。ディーボは必ず最初、攻撃を受ける。ダウン寸前になることもありました」
「どうして、彼は最初に攻撃を受けると思う?」
「いや……分かりません。彼はバルフェス学院の一位です。彼なら、先手攻撃で有利に展開できるはずだと思いますけど」
「うん、その通り。じゃあ、ディーボのスキルを見せるよ!」
ララベルは水晶球に文字を映し出してみせた。水晶球の表面にはこう書かれてあった。
ディーボ・アルフェウスのスキル
【スキル】大魔導士の知恵 常人の七倍の判断力
【スキル】龍王の攻撃力 常人の七倍の攻撃力
【ユニークスキル】痛みの反響魔導力 痛みを二倍にして返す
【ユニークスキル】??? 鑑定不可能
「こ、これは!」
ルイーズ学院長が声を上げた。
「上の二つは、レイジと同じ! 『大魔導士の知恵』と『龍王の攻撃力』は、レイジも持っているスキル! その下の『痛みの反響魔導力』は……?」
「敵から受けた攻撃を、二倍にして返す、特殊なスキルよ。これこそが、彼のユニークスキル! 彼独自だけが持つことができる、強力なスキルだよ」
ララベルは説明した。
「だ、だから相手の攻撃を受けていたのか!」
僕は声を上げた。ララベルはうなずいた。
「相手の攻撃を受けた時の『痛み』が、自分の『気』に混ざり合い、攻撃力が高まる、というわけ」
「こ、怖いな……。でも、最も下の『???』は何なんですか?」
「これは、分からない。あたしの水晶球でも見ることができなかったんだよね~。しかも貴重なユニークスキルみたいだし」
ララベルは腕組みをした。
「いや~、屈辱だわ。あたしが鑑定することができないスキルが存在するとは」
「一体、どんなスキルなのかしら」
ルイーズ学院長も首を傾げている。僕は思い切って聞いた。
「僕にはユニークスキルはないんですか?」
「ない」
ララベルの即答に、僕は肩を落とした。
「ないと思うけど……水晶球よ、もう一度、レイジ君のスキルを出して」
ララベルはそう言いながら、僕に手をかざして、水晶球をもう一度のぞく。
「ん……? えええっ?」
レイジ・ターゼットのスキル
【スキル】大魔導士の知恵 常人の七倍の判断力
【スキル】龍王の攻撃力 常人の七倍の攻撃力
【スキル】獣王の筋力 常人の七倍の筋力
【スキル】神速 常人の七倍の瞬発力
【ユニークスキル】神の加護 神の加護により、人の悪意をはね返す ←新着!
【ユニークスキル】??? 鑑定不可能 ←新着!
「えええ~? さ、さっきまでは水晶球に映ってなかったのに! レイジ君のスキルが増えてる! こんなの初めて!」
ララベルは目を丸くして、声を上げた。
「し、しかも、ユニークスキルが二つ! ひ、一つは……【ユニークスキル】神の加護? こんなの初めて見た……。もう一つは? ええ? また鑑定不可能~! キィ~! 再び屈辱~」
「あ、あの~」
僕はララベルに聞いた。
「突然、僕のスキルが増えたんですか?」
「違うわよ、多分、水晶球が隠してたんだわ!」
「どうして突然、水晶球に僕のユニークスキルが現われたんでしょうか?」
「そ、そうね~。水晶球は知能を持っているのよ。その水晶球が、今日、この時間まで、あなたに備わっていた二つのユニークスキルを、隠しておいた方がよいと判断したんじゃないかしら……多分」
「それってどういう……。あ、そもそも、この僕の隠されていたユニークスキルって一体、何なんですか?」
「え、えーっと……。一つめの【ユニークスキル】神の加護 の方は、『神の加護により、その者の意志で人の悪意をはね返す』って書いてある……うーん……私もよくわからない。もう一つの、『???』の方は、これは鑑定ができないってこと。あたしも知りたい! ぎゃー! 屈辱!」
ララベルは一通り叫んだあと、ようやく落ち着きながら言った。
「当日は、あたしもレイジ君とディーボの試合を観るから。ディーボとレイジ君の謎のユニークスキル、その時に解明できたらいいよね~」
ララベルは悔しそうに言った。
ディーボ……スキル鑑定士でも鑑定できないスキルを持つ少年……。一体、何者なんだ? 勝負をすれば、彼の正体が分かるのだろうか?
それに、僕にも同様に、『神の加護』っていうユニークスキルと、鑑定できないユニークスキルがあるって?
それって、どんなスキルなんだろう?
◇ ◇ ◇
そしてついに、決勝当日──ディーボ・アルフェウスとの試合の日が来た。
空は晴天。雲一つない、素晴らしい天気に恵まれた。決勝の対戦場所は、王立競技場「グラントールスタジアム」だ。
王立競技場の敷地内には、スタジアムが三つある。魔導体術の学生トーナメントや一般トーナメントは、決勝のみ、グラントールスタジアムで行われる。グラントールスタジアムは、グラントール王国国民にとって、特別な場所なのだ。
五万人収容できて、座席、壁、柱などは大理石、金、銀、などがふんだんに使われている。壁などに彫られた装飾も、グラントールの職人たちが彫り上げた美しく豪華なものだ。
ちなみに雨が降った時は、天井の屋根が、魔導力によって閉じる。
「えーい!」
「やああっ!」
リング上では、幼年部の子どもたちによる、魔導体術演武が行われている。
拍手も盛大だ。
すでに客席は、僕とディーボの決勝目当てのお客で、五万人の超満員だ。学生トーナメントの決勝は、国民的行事の中でも最も大きな行事の一つだ。
二時間後には、僕とディーボの試合が行われる。
◇ ◇ ◇
僕は控え室で試合開始時間を待っていた。控え室には、ルイーズ学院長、ケビン、車椅子に乗ったベクター、スキル鑑定士のララベルがいる。
「の、喉が渇いたな」
僕はケビンに飲料水をもらった。手がプルプル震える。……あー、緊張する。し、試合中におしっこ、ちびったらどうしよう……。
ルイーズ学院長は、「まあ、緊張するのは仕方ないわよね」と言った。
「グラントールスタジアムで闘える魔導体術家なんて、大人でもほとんどいないんだから」
「……にしても、レイジよぉ。震えすぎじゃねえのか」
ケビンは腕組みをしながら僕に行った。僕は言い返した。
「僕の身にもなってみてくれよ。今日はグラントール王や王族たちも来てるって話だぞ」
僕が文句を言うと、ケビンは呆れたように言った。
「パンチが正確に打てないぜ、こりゃあ」
その時、控え室の扉が勢いよく開いた。
「ちょっと、変なことになってるよ、レイジ!」
控え室に飛び込んできたのは、アリサだった。
「レイジ側の花道両側の席が、全部、バルフェス学院の生徒や関係者に買われているみたい」
「どういうことだ?」
僕は首を傾げて聞いた。花道とは、選手がスタジアムに入り、試合リングに上がるまで歩く道のことだ。左右に観客がいて、声援を送ってくれる。
僕が試合する場合、花道両側の席には必ず、エースリート学院の生徒たちが座って、声援を送ってくれていた。
しかし今日は何と、敵側のバルフェス学院の生徒が座ることになる? 僕は嫌な予感がした。
「フン、それはバルフェス学院の──。ディーボ・アルフェウスの作戦だよ」
スキル鑑定士のララベルは言った。
「こざかしい真似をするよね、ホントに」
「作戦? ディーボは何を企んでいるんですか?」
僕が聞くと、ララベルはニヤリと笑った。
「レイジ君。これをはね返さないとダメだよ。逆にはね返したら、試合前の段階で、君が精神的優位に立つかも……」
「ええ? どういうことです?」
僕はルイーズ学院長と顔を見合わせた。
「レイジ君が通る花道の両側を、バルフェス学院がすべて買い取ったのは、当然企みがあってのことだよ」
スキル鑑定士の少女、ララベルは言った。
「入場してきた君に、物を投げつける、罵声を浴びせる……」
「え?」
僕は声を上げた。
「僕に、物を投げつけるっていうんですか? まさかそんな──」
「いや、花道の席を買い取って、相手選手に物を投げたり、罵声を浴びせたりする卑怯な選手を、あたしは何人か見たことがある。あたしはこれでも魔導体術マニアでね。そういったひどいシーンを、実際に見たよ。ディーボも同じことをしてくると予想する」
「まさかそんな……」
「あたしの勘は当たるね。あたしは占い師でもある。ディーボはそうって、試合前からレイジ君の心を折ろうとしてくるはずだよ!」
「そ、そんな!」
バルフェス学院の生徒たちが、僕に物を投げたり、罵声を浴びせてくる? そ、そんなひどいことをしてくるのか? 信じたくはないが、本当にそうなったら?
「じゃあ、もし、そんなことになったら、僕はどうすれば良いんですか?」
「簡単なこと。君がするべきことは──」
ララベルは僕に耳打ちした。
「ええーっ?」
僕は声を上げた。
「そうすれば、相手の嫌がらせを、逆に利用できるよ!」
ララベルは胸を張った。ベクターとケビンは眉をひそめている。ルイーズ学院長とアリサは心配そうな表情だ。
◇ ◇ ◇
そしてついに、試合開始時間になった。
僕はアリサと一緒に、スタジアムに入場──花道に入った。
ドオオオッ
すさまじい歓声が起こる。グラントールスタジアムは超満員だから当然だ。今日は世界各国の要人も見に来ている。もちろん、エースリート学院の生徒も、観に来てくれている。
しかし、僕が通る予定である花道の両側の席は、バルフェス学院の生徒で埋まっているのだ。制服でバルフェス学院の生徒だと分かる。
すると──。
「弱ぇぞ、レイジ!」
「てめぇなんか、負けちまえ!」
「泣いて帰ることになるぞ!」
「さっさとディーボにKOされちまえ!」
う、うわぁ、すさまじい罵声だ! ほ、本当にララベルの言う通りだった。
(うわっ!)
何かが頭に当たった。ま、丸めた菓子パンだ! 一個どころか、三、四……六個も僕の頭にあたった。これ、王立競技場の売店でたくさん売っている菓子パンじゃないか。
アリサは僕の盾になってくれたが、後ろから菓子パンの狙い撃ちだ。投げつけてくるものって、菓子パンだったのか!
お、おっと、いかん! 僕はララベルに耳打ちされたアドバイス通りにした。
ニヤッ
僕は笑った。そして叫んだ。
「そ、そんな小細工は、僕には効かないぞ!」
僕は菓子パンについていた砂糖を頭につけながら、胸を張って歩いた。
また、菓子パンが投げられてくる。
くそ! しつこいヤツらだ!
──しかし、その時、僕の体が──光った?
すると、投げつけられた菓子パンが、僕の手前で強風にあおられたように、空に舞い上がって、どこかに消えてしまった……。
「な、なんだ? ちきしょう!」
バルフェス学院の生徒たちは、急いで無数の菓子パンを投げつけてくる。しかし、その菓子パンは、僕の体に触れる前に、強風にあおられたように、空に舞い上がってしまった。
「う、うわあああ……! 魔法だ」
「か、神の仕業だ!」
「あ、あのレイジって野郎、神様に守られてるぞ!」
パン投げ係のバルフェス学院の生徒たちは、震えあがっている。
(あっ!)
僕はピンときた。
【ユニークスキル】神の加護 神の加護により、人の悪意をはね返す
こ、これが、【ユニークスキル】神の加護 の効果か!
パンをはね返したのが、このユニークスキルの効果であることは、間違いなかった。
す、すごい!
「この野郎!」
一番前に座っていた、バルフェス学院の生徒が、また何かを投げてきた!
う、うわっ!
小石だ!
危ない!
すると──また僕の体は光り、小石がパーンと風船みたいにはじけ飛んだ!
「ひいいいいっ! 石が消え去っちまった!」
「か、神だ……!」
「い、いや、悪魔じゃねえのか?」
花道横の席を陣取っている、バルフェスの生徒たちが、震えあがっている。
僕はワハハ! と半ば強引に笑いながら、試合用リング前に辿り着いた。
石を投げるなんて、信じられないヤツらだ!
でも、【ユニークスキル】神の加護 のおかげで、助かった!
リング上に上がると、すでにディーボ・アルフェウスが待っていた。
罵声と菓子パン+小石地獄は抜けたか。
僕はリングに上がると、アリサに頭の砂糖を払ってもらった。ユニークスキルが発動する前、少し菓子パンが当たったからだ。
ディーボは、そんな僕をじっと見ている。
「ディーボ、手下に菓子パンを投げつけさせるとは、面白いアイデアだ。しかも小石まで用意しているとはな」
僕はディーボに言った。
「試合前から、僕の心を折ろうとして、君が指示したんだろう?」
「……何のことかな? 証拠があるのかい?」
ディーボはいつも通り、ひょうひょうと言った。
「──ま、まあ、笑ってリング上に上がって来るとは思わなかったがね……。しかも、君は何か魔法のような力を使ったようだが……。あ、あれは何なんだ?」
ん? ディーボの表情は、少し引きつっていたようだった。やっぱり、彼が生徒に指示していたのか?
いや、今は試合直前だ。集中しよう。
「レイジ!」
アリサがリングサイドに上がって、僕の体術グローブをぽんぽん、と叩いた。いつものおまじないだ。
「結果は考えずに、ただ心のままに動けばいいと思う。大丈夫、大丈夫」
「お、おう」
アリサのアドバイスを聞いた僕は、返事をした。ようし、大丈夫、大丈夫──その通りだ。
僕は振り向いた。ディーボはもうすでに構えている。
試合開始のゴングが鳴った。
決勝開始!
ディーボの表情が一変した。
──笑っているのだが、まるで悪魔のような凍り付いた笑顔だった。
ついに決勝が始まった。
僕とディーボはリング上で構えている。ディーボは打ってくるのか? 守るのか?
するとディーボがいきなり踏み込んできた! 右のストレートパンチ!
ビュオッ
速い! 単なるストレートパンチではなかった。
僕はすんでのところでかわした。普通、ストレートは体をひねるが、そのまま直線的に入り込んできた! ノーモーション・パンチか!
挙動が分かりにくい──。
ヒュッ
ディーボの左から右のフック! そして軽いジャブ。
僕はすべて手で打ち払った。
今度は僕の攻撃だ。
左ストレート!
ディーボは素早く後退する。すぐに僕は前進し、ボディーブローから、下段蹴り! しかし、ディーボは全てカットする。
下段蹴りは、スネではなく、足の裏でカットされてしまった。
(ここだ!)
僕はワン・ツーからの中段蹴り。ディーボは受けたが、これはおとりだ。僕の右アッパー。しかしディーボは、涼しい顔でかわしてしまう。
代わりに、今度はディーボが左ジャブ、左ボディー。同じ腕で素早く打ってきた。僕はそれを手で払いのけると、隙を見つけて右ストレートを放った。しかし、ディーボはそれさえも、身をかがめてかわしてしまった。
直後、ディーボの右直突き!
僕はそれを読んでいたので、後退してかわす。
ウオオオ……。
「すげえ……」
「速い」
「見えたか、今の攻防?」
観客たちの声が聞こえてくる。
すると、ディーボはすぐさま、足を前に運んだ。
何と!
僕の胴に抱きついてきた! 組み付くのが、これまた速い。これは倒すのが狙いだ。肩と側頭部を使って、左右どちらかに押し倒してくるはずだ。
僕はふんばって、すぐさま、ディーボの腕を引き剥がす。
──離れることに成功した! これはケビンとベクターとの特訓の成果だ。
「へえー……ここまでやるとはね」
ディーボは愉快そうに笑っている。
「うれしいよ……。僕と互角に闘える人間がいてくれたことが」
ゆらり、ディーボの体が揺れた。
ディーボが消え……た、と思った時、彼は目の前に現れていた。僕は腕を掴まれ、彼は正面を向いた。
ボーラスを痛めつけた、伝説の投げ技がくる!
「変形山嵐! 切り抜けて!」
アリサの声がする。僕は彼に掴まれた手を引き剥がした。
驚いた彼の顔がそこにあった。そこに隙ができていた。
僕は彼の顔めがけて、右ストレートを放っていた。しかしディーボは姿勢を低くし、五ミリ程度の差でパンチをかわす。
観客がざわめいている。
「ど、どっちの攻撃も当たらねえじゃねえか!」
「レベル高ぇ~」
しかし、ディーボはまた組みつけてきた。恐らく、「変形山嵐」を狙っているのだろう。僕は、同じように彼を引き剥がそうとした。
しかし、彼は離れない。
僕は動いて、彼を転ばせようとした。しかし、彼は僕の胴に組み付いたままだ。
僕は強引に、僕の胴を掴んでいるディーボの手を引き剥がすことにした。しかし、もの凄い力だ。なかなか離れない!
ううっ……!
僕が立ち、彼が組み付いて、一分が経過した。僕が動こうとすると、彼も動く。彼が動こうとすると、投げを放ってくる危険性があるので、僕もすぐ反応する。
ディーボが僕の胴に組み付いたまま、二分が経過。
三分が経過……。こんな状況、初めてだ!
また観客がざわめきだした。
「おい、なんとかしろよ、この状態!」
「試合になってないぞ!」
「バカ、真剣勝負なんだぞ、こういう状況になっても何もおかしくない」
すると、審判団の一人が、リング上に上がってきた。組み合っている僕らを見て、言った。
「いったん、離れなさい!」
僕らはうなずいて、組むのをやめた。その審判団の一人は、リング下に降りて、「再開!」と叫んだ。
僕らは離れて、また構える。
ウオオオオッ……。
観客はどよめく。
ディーボは足をふらつかせた。ん? さっきの三分の組み合いで、スタミナを失ったのか。足しきりに気にして、顔をしかめている。
(怪我か? 罠か?)
僕がディーボを観察していると、ディーボはすさまじい速さで、僕の方に近寄ってきた!
ディーボは素早く、僕の腕を取った。ディーボは僕の腕を取りつつ前を向くと、僕の右スネを自分の右足裏で払った!
またディーボの変形山嵐!
「レイジ!」
アリサが声を上げる。
(ディーボ! 読んでいたぞ!)
僕はディーボの首を、腕で抱えた。
「ぐっ」
ディーボが声を上げた。
ディーボの首に、僕の締めが決まりかけたのだ。そのまま一緒に、前に倒れ込んだ。
僕はすぐさま距離を取り──。ディーボが立ち上がって、振り返った直後を狙い……。
僕は、ディーボのアゴに──突き上げるパンチ、右アッパーを決めていた。
手ごたえがあった。
吹っ飛ぶディーボ。
場内は、ドオオオッと騒然となった。すべてがゆっくり時間が流れていくように思えた。
ディーボはリング上で仰向けになっている。完全に、アゴの急所にアッパーが決まった。あれは立ち上がれないはずだ。
審判団の団長があわてて、「ダウンカウントをしろ!」と声を上げた。
『ダウン! 1……2……3……4……!』
カウントが進んでいく。
しかし、ディーボはぴくりと動いた。やがてゆらりと体を起こしたのだ。
顔は真っ青で、滝のような汗をかいている。
これで終わるのか? それとも? 僕は身構えた。
「これで終わるわけないだろ?」
ディーボはそう言いながら、ゆっくり立ち上がろうとしている。顔は笑っている。
僕は、彼のユニークスキル(その人だけに備わっている強力なスキル、能力)──。
【ユニークスキル】痛みの反響魔導力 痛みを二倍にして返す
【ユニークスキル】???
を思い出していた。
そうだ、ディーボがこれで終わるわけがない。必ず、何かを隠しているはずだ!
ディーボに対する、ダウンカウントが続いている。
『5……6……7……』
ディーボはゆっくりと立ち上がろうとする。薄気味悪く笑っていた。
「よっと」
カウント8で、彼は立ち上がってしまった。試合続行だ。
「ディーボ、君のユニークスキル……『痛みの反響魔導力』は、いつ出てくるんだ?」
僕は思わず、ディーボに聞いた。
ディーボは驚いた表情を見せたが、またニヤリと笑った。
「よく知ってるね……スキル鑑定士に調べてもらったのかい」
僕は答えなかった。ディーボの全身に目を凝らすと、彼の体から、緑色の「気」が立ち上がっていた。これが、『痛みの反響魔導力』か!
さっき僕はディーボに、アッパーを喰らわせた。つまり……彼の受けたダメージが、僕に……二倍になって返ってくるのか?
「ここからの僕は危険だ」
ディーボはそう言い、緑色の残像を残しながら、パンチを放った。
ブンッ
僕はかわしたが、風圧がすごい。グローバス・ダイラントよりも威力のあるパンチかも?
今度はディーボの下段蹴りだ! セオリー通り、スネで受ける。
ぐぐっ……。
なんて威力だ? 痛い! スネがへし折れるかと思った。が、こんなところでひるんでいるわけにはいかない。
ディーボはジャブ──を放ったと思ったら、軌道が変化した。右肘っ!
かわした──いや、今度はアッパーが下から飛んでくる! 僕は両手をクロスさせて、アゴを防ぐ。
しかし、ディーボの攻撃は終わらなかった。
次の瞬間、僕のガードの上から、右中段蹴り! 蹴り技が得意な選手がよくやる、腕の破壊を目的とした攻撃だ!
続いて、左ボディー、右脇腹へのパンチ、続けて──ディーボ、得意の直突き!
ガスッ
(あ、危ない、危ない……)
僕は直突きを、手で防いでいた。それにしても、見事な攻撃だ……!
観客も、ディーボの連続攻撃に、ため息をついている。
「や、やばいぜ、ディーボ……」
「止まらねーじゃん」
「レイジ、押されてるんじゃねーか?」
うおっ! ディーボが体を回転させた。裏拳!
僕は両手で防御していた。しかしすごい威力だ。手がしびれた。
「油断したね」
ディーボは素早く左フックを放っていた。僕は再びとっさに両腕で防御した。しかし、あまりの威力に吹き飛んでしまい、リング上に尻もちをついた。
観客が騒然となる。
「レイジがダウンか?」
「倒れたぞ!」
いや……ダメージはない!
ディーボも首を横に振った。
「レイジ君、君はダウンしていないだろう? スリップダウンだ。さあ、闘おう」
「ああ」
僕はすぐに立ち上がった。
僕には秘策があった。ディーボには気付かれていない。ケビンとベクターと一緒に練習した技がある!
僕は少しディーボに近づいた。すると案の定、彼は、僕に素早く組み付いてきた。
「いい加減、投げられろ!」
ディーボは苛立っている。またもや変形山嵐を狙っているようだ。
しかし──残念だったな!
僕は彼の腕を取り、くるりと前を向いた。そして彼のスネを、足で払った。
「あっ」
ディーボは声を上げた。
僕は彼を投げた。変形山嵐で──。
ディーボを投げた!
ドターン
ディーボは首から落ち、「うぐ」という声を上げた。彼はリング上にうずくまっている。
『ダウン! 1……2……3……』
カウントが始まった。倒れたディーボは、僕をにらみつけていた。
「お前……、よくもやってくれたな。僕の得意な技で僕を投げるとは」
僕は黙っている。ダウンカウントは続いている。
『5……6……7……』
「審判っ! 黙れっ!」
ディーボは怒鳴りつつ、膝に手をかけて、ヨロヨロと立ち上がった。おや? 彼の体を包む「気」が弱まった? もう闘う気がないのか?
「屈辱……! 屈辱だぞ……レイジ」
「いけない!」
声を上げて、リング下に駆け寄ってきたのは、ララベルだった。
「何か、恐ろしいものが来る!」
ん? 観客がざわめいている。皆、空を見上げている。何だ……? 空に変なものが浮かんでいる。「影」のような……黒いものだ。
おや?
その空の「影」から、何かが落ちてくる。いや、その「影」が意図的に何かを落とした、といった方が適切か? よく分からない。
真っ逆さまにディーボの頭上に、「何か」が落ちて来る。
な、何か長細いもの? いや、板状のものか? 違うな……。でも、たいして大きなものではなさそうだ。
ディーボはリング上にそれが落ちる瞬間、手でパッとつかみ取った。お、お見事、と言いたいが、そんな場合じゃない。
あれは……!
長さ三十センチ、横十センチの……鞘? あの刀やナイフを包む、鞘という代物だ。茶色いから、動物か何かの皮でできているのだろう。
でも、それが何を意味している? ディーボは、何をしでかそうとしているんだ?
「ディーボの隠されたユニークスキルが分かったよ!」
ララベルが水晶球を片手に持って叫んだ。
「【ユニークスキル】魔王との契約! 空に浮かんでいるのは、『魔王の分霊』だよ!」
ララベルの言っている意味が分からない。ディーボはその空から落ちてきた皮の鞘を両手で持ち、何かを念じている。
え?
ディーボは皮の鞘から、何かを引き抜いた。
ギラリ
中から不気味に光る、プラチナ色の大きめのナイフが出てきた。ナイフなのに、異様な迫力がある。長さが三十センチもあるからだろうか。
「お、おい。意味がわからないぞ。試合中に……」
僕が声を上げると、ディーボは首を横に振りながら言った。
「レイジ君、感謝する。良い試合だった。だが悪いけど、ここからは良い試合になりそうにないよ」
「な、何を言っているんだ?」
「リング上が血まみれになる。この『魔閃の短刀』で、君を斬りつけるからね──」
その瞬間、空から凄まじい勢いで、空に浮かんでいた「影」が降りてきた。そのまま、ディーボの体に、ヒュッと入ってしまったのだ。
ディーボがまとった「気」は、緑色から闇色に変化した。
そして──もっと驚くべきことが起きていた。ディーボの口には牙が生えていた。まるで獰猛な獣のようだ。
ディーボが魔物になってしまった?
「し、試合を中止させなさい!」
ルイーズ学院長が、審判団席に座っている審判団に訴えた。
「ディーボは刃物を持っているわ! 反則よ!」
ケビンが僕を助けに入ろうと、リングに上がろうとした。ちょうどその時、ディーボは再び何やらブツブツと念じだした。その途端、リングの周囲には、見えないガラスのような壁が張り巡らされたのだ。
ケビンはその壁の「妖気」に押し返されて、リング下に吹っ飛んだ。
その壁は透明だが、気味の悪い闇色がかっている。
誰も僕とディーボの立っているリング上には、入ることができない。
「おい、ディーボ……」
僕はディーボに声をかけたが、ディーボは薄ら笑いを続けるだけだ。
「気をつけて!」
ララベルは叫んだ。
「ディーボはもう人間ではない! 『魔王と契約』した、魔物になってしまっている!」
ディーボ、一体、君は……?
「説明してやろう」
ディーボは静かに僕に言った。
「空に浮かんでいたのは、魔王の分霊。『東の果ての国』の『不死鳥山』に封印された、魔王の魂のかたわれさ」
「ディーボ、君は正気なのか?」
ディーボは僕の問いに答えない。
「魔王の分霊を、僕のユニークスキル『魔王との契約』の力で、東の果ての国より、呼び寄せたのさ」
ディーボの持っているナイフが、ギラリと光る。
「この短刀は、『魔閃の短刀』。神話の時代、魔王が勇者と闘った時に使用したとされるものだ。魔王の分霊に持ってきてもらった」
「き、君は、魔物になってしまったのか?」
「魔物? いや、分からない。魔王の分霊が、僕の体に憑りついただけさ……」
「──君は、僕と、そのナイフで闘うのか?」
僕は聞いた。答えは分かっている。
「その通り。これから、僕と君の『死合い』が始まる」
ディーボはつぶやいた。
「どちらかが死ぬまで、終わらない」
僕は驚いていた。まさか素手と武器の闘いになるとは……。
それにしても──「死合い」だって? 「死ぬまで終わらない」だって? 冗談じゃない!
僕は魔導体術家として、ディーボをきっちり「試合」の中でKOする!
僕は覚悟を決めた!