準決勝が終わった翌日、僕は学校に登校した。

(今日は疲れが残っているし、練習は休もう……)

 そう思いながら校門をくぐり、校庭に入ると……おや? 何だか騒がしい。

 青い作業着を着た人たちが三十名くらい、校庭に整列していた。見たことのない人たちだ。学校の外には、馬車がたくさん停車している。
 何だ? 何があった? 生徒たちも困惑して、作業着の連中を見ている。

 アリサが僕のもとに駆けてきた。

「大変!」
「どうした?」
「サラさんと、バルフェス学院の学院長が、押し問答しているの!」
「何だって?」

 僕は首を傾げながら、アリサと学院長室に駆けこんだ。そこにはルイーズ学院長と、一人の男性──老人が何かを話している。怒鳴り合っているようだ。
 老人は──確か、バルフェス学院の学院長、ボイド・デニル氏だ。新聞で何回か見たことがある。デニル学院長の後ろには、さっき校庭に整列していたような、青い作業着を着た男たちが三名、腕を組んで立っていた。

「さあ、覚悟を決めて、バルフェス学院の傘下(さんか)に入りなさい」

 デニル学院長はルイーズ学院長に言った。

「我々が、あなたの学院の器具類、道具類を無料で運搬(うんぱん)してやる、と言っているのですよ。我々があなた方のために用意した、新しい校舎にね」
「余計なお世話です!」
「吸収合併は、すでに決まっている。このエースリート学院は、もうバルフェス学院のものだ。前から言ってあるじゃないですか」
「冗談じゃない! 無料で器具、道具類を運搬(うんぱん)? 言い方を変えれば、撤去(てっきょ)しろと言っているようなものじゃないですか!」

 ルイーズ学院長は机を叩いた。

「バルフェス学院がこのエースリート学院を吸収合併する──? そんな話は、そちらが勝手に決めたことよ!」
「すでに話してあるはずです」
「いえ、納得していません」
「理由は、ルイーズ学院長、あなたがよくご存知のはずだ。魔王が復活することを予見し、学生魔導体術家(がくせいまどうたいじゅつか)たちも、兵士として動員することになるんですよ。それをまとめあげる。それが我々、宮廷直属バルフェス学院の役目です」

「魔王が復活?」

 僕はアリサと顔を見合わせた。

「あの人、バルフェス学院の学院長だろ? 今、魔王が復活って……」
「い、言ってた。それは初耳……」
 
 アリサも戸惑い気味だ。

「とにかくですね!」

 ルイーズ学院長は、バシッと机を叩いた。

「私たちの生徒を、バルフェス学院の生徒にするつもりは、ありません。拒否いたします。よって、デニル学院長の後ろにおられる『引っ越し屋』の皆さんには、お帰りいただきます! 余計なお世話、ありがとうございました!」
「くっ……、この、強情な」

 デニル学院長はギロリとルイーズ学院長をにらんだ。そして後ろの作業員の方を振り返った。

「おい、今日のところは帰るぞ」

 作業員たちはこくりとうなずいた。するとデニル学院長は、ルイーズ学院長の方をまた振り返った。

「この小さな学院も、トーナメントが終わる二月末までで終了ですぞ。後はもう強引にでも、ここの設備を撤去(てっきょ)させてもらう。今日は穏便(おんびん)にことを進めようと思ってきたのに、バカなお人だ」
「学生トーナメントは、我がエースリート学院の生徒が優勝します!」
「ありえません。我がバルフェス学院は、魔導体術(まどうたいじゅつ)の超エリートの集まりですぞ。こんな私立の学院などに負けるわけがない」
「我がエースリート学院が──レイジ・ターゼットが、ディーボ・アルフェウスに勝ったら、どうなさいますか!」
「だからそれがありえない! ああ、そうそう、最後に言い忘れていました」

 デニル学院長はニヤリと笑った。

「このエースリート学院は、もう教育機関としての資格は、すでに失っております。ですから、生徒がこの学校を卒業しても、学歴にはなりませんので、そのつもりで」
「な、何ですって?」
「よし、帰るぞ」

 デニル学院長と作業員たちは、ドカドカと学院長室を出ていった。ルイーズ学院長は椅子に腰かけ、頭を抱えてため息をついている。

 ど、どうしたらいいんだ、これ……。

「サラさん! 学院はどうなっちゃうの?」

 アリサがルイーズ学院長のところに駆け寄った。

「……サラさん、大丈夫?」
「心配させる話を聞かせちゃったわね」
「う、うん。でも、噂は聞いてたよ」
「そう……。じゃあ生徒たちは皆、吸収合併の話は知ってるのね」
「あ……うん」

 アリサがそう言うと、ルイーズ学院長は疲れ切った顔をして、首を横に振った。
 僕は言った。

「僕がトーナメントで優勝すれば、何かが変わるんですか?」
「え? ああ、そうね……」

 ルイーズ学院長は言いづらそうに言った。

「レイジ、あなたに背負わせるようで情けないけど……。確かにあなたが優勝すれば、バルフェスより強いエースリートが吸収合併されるのはおかしい、という議論は出ると思うわ」
「じゃ、じゃあ、僕が決勝で、ディーボに勝てば良いんですね?」

 ルイーズ学院長は、驚いた顔で僕を見た。僕は続けて言った。

「か、勝ちます。見ていてください」

 恩人が困っている。そう言うしかなかった。
 そして彼女はハンカチを取り出し、涙をぬぐった。そして立ち上がって僕の手をとった。

「あなた……強くなったわね。強い言葉を言えるようになったのね」
「ど、どうも」

 強くなった、と言われると、ちょっと自信がなくなってきたが。

「そうなると、ディーボに勝たなきゃいけない」

 アリサが言った。

「でも、あのディーボって子、よく分からない強さだよね」

 僕が戸惑っていると、アリサは続けた。

「最初はやられているのに、最後には結局、勝っている。しかも、相手に怪我をさせて勝つことが多いよ」

 うーん……確かに。ディーボ・アルフェウスという少年は、今までにない不気味な「強さ」「残虐(ざんぎゃく)性」を持った選手だ。体格も僕と同じくらい小柄。
 しかし、あのボーラスに完勝しているということは、間違いなく強いはずだ。

「ディーボ・アルフェウスについて、情報を集めるべきね。でもどうやったら……」

 ルイーズ学院長は腕組みをした。
 すると、アリサが口を開いた。

「ディーボって子、レイジと同じように、『スキル』を持っているとは考えられない?」
「え?」
「しかも、もしかしたらそれより強い、その人にしか備わっていない『ユニークスキル』も持っているかもしれない!」

 僕とルイーズ学院長は顔を見合わせた。そ、そうか。アリサはディーボVSソフィア戦で、そんなことを言ってたっけ。

 ディーボがスキルを持っている! しかも、普通のスキルより強い、『ユニークスキル』を持っている? まさか……! いや、彼の強さなら、ありえる?
 アリサは続けた。

「レイジは謎の『秘密の部屋』に行って、強さを獲得したんでしょう? ディーボにも、もしかしたら、似たようなことがあったのかも」
「そうだわ。そうよ……! ディーボの強さは悪魔的。不気味な強さよ。謎を解明しないと、ダメね」

 ルイーズ学院長はうなずいた。

「わかったわ。じゃあ、私の知り合いの、魔導体術(まどうたいじゅつ)にも詳しい『スキル鑑定士』のところに行きましょう!」

 僕は首を傾げた。な、何だ? そんな職業があるのか?

 ルイーズ学院長は、自信たっぷりに言った。

「その『スキル鑑定士』なら、ディーボの強さの秘密を教えてくれるかもしれないわ!」