準決勝第二試合は、ソフィア・ミフィーネとディーボ・アルフェウスの試合だった。

 ソフィアのセコンドには、約束通りアリサがついたが、僕も心配だから手伝うことにした。

「ねえ、お客さんの雰囲気、変じゃない?」

 アリサが試合場の周囲を見回して言った。観客は満員だ。

「ああ……」

 僕はうなずいた。

 恐らく観客席は、ほとんどがバルフェス学院の生徒で埋まっているだろう。ディーボもソフィアも、バルフェス学院の生徒だからだ。それにしては静かだ。観客のバルフェスの生徒たちは、何だか困惑しているような、戸惑っているような、異様な雰囲気が試合場を包んでいる。

 バルフェス学院の生徒たちは皆、心の中ではディーボをどう思っているのか? それは分からない。

 すでにソフィアもディーボもリング上に上がっている。どちらも宮廷直属バルフェス学院のエリート。間違いなく強い。

 ただ疑問がある。
 ディーボはなぜか、試合開始直後は弱い。物凄く弱く見えるのだ。相手の技を一方的に受けてしまう。
 ベクター戦、ボーラス戦も、試合序盤は魔導体術家(まどうたいじゅつか)の初心者レベルの弱さだ。しかし結局、ディーボはなぜか勝っているのだ。なぜだ?

 まさか、この試合も……?

「ソフィア、今日は君をなるべく傷つけずに、倒そう」

 ディーボはクスクス笑い、さらにニヤッと笑った。

「君は大事な──仲間だからね」

 ソフィアは柔軟体操で体を動かしながら、まったくディーボの顔を見ない。

 学生の男女の試合なので、顔から上は攻撃しないルールだ。魔導体術(まどうたいじゅつ)では、男女の試合はさほど珍しくない。

 ◇ ◇ ◇

 すぐに試合のゴングが鳴らされた。

 二人ともすり足で、そろそろと近づいていく。攻撃しない。攻撃しないのではなく、できないのだ。二人とも、(すき)がないからだ。
 ソフィアの全身は、青白い光をまとっている。
「魔力」だ! ソフィアは魔力を全身に張りめぐらしている。ソフィアは本気で、ディーボに勝とうとしている。

 動いたのはソフィアの方だった。

「はああっ!」

 気合と共に右前蹴り。ディーボはそれをさばく。ソフィアが左ボディーストレート。ディーボはひじでそれを受け──。ソフィアの手首を掴んだ。
 ソフィアはあわてて手を引っ込める。ソフィアは、ディーボの投げを警戒している。すぐに、ディーボが左ボディーブロー。

「掴んだ!」

 アリサが叫んだ。
 
 ソフィアがディーボの腕を掴んでいた。
 ソフィアがくるりと正面を向き、ディーボの左脇に腕を入れ──。そのまま、物凄い勢いで投げた!
 ソフィアの得意技、『一本背負い』だ!

 ダーン

 すごい音がした。ディーボは勢いよく背中から落ちた。

 ソフィアの投げは、とんでもなく素早い! ディーボは頭こそ打たなかったが、背中を強く打ったので、顔をしかめながらソフィアを見上げる。
 ソフィアは何もしない。ディーボが立ち上がるのを待っているだけだ。

 だが──。

 ディーボが少し笑ったような気がした。まさか……あんな投げをくらっておいて、笑っている余裕などありはしないだろう。

 ディーボは立ち上がり、今度は右脇腹へのパンチを放ってきた。するとソフィアは、うまいことディーボの左手首と右首筋を掴んでいた。ゆっくり彼女が片膝をつくと──。
 ディーボはすでに投げられていた。

 うおおおっ……。すごい! ディーボは、1メートルはすっ飛んだか。

「真空投げ……!」

 アリサが声を上げた。

「えっ、そんな投げ技があるのか?」

 僕は驚いてアリサに聞くと、アリサはうなずいた。

山嵐(やまあらし)と同じくらいに、今は使い手がほとんどいない、伝説の投げ技だよ。ソフィア……強い!」

 ディーボはヨロヨロと立ち上がる。息も絶え絶えだ。ソフィアは勝機とにらんだか、前蹴りを繰り出した。足には青白い光が輝いている。

 その時、ディーボの目がギラリと光ったような気がした。
 その前蹴りの足先を掴んで、(ひね)った! するとソフィアは一回転し、リングに叩きつけられたのだ!

 な、何ていう力なんだ? これは技じゃない。力だけでソフィアは投げられてしまった! ソフィアはリング上に倒れ込んでいる。

『ダ、ダウン! 1……2……!』

 審判団はソフィアをダウンとみなした! 

 ソフィアはフラフラと立ち上がろうとする。
 一方のディーボは薄ら笑いだ。まるで、今までソフィアに投げられていたことが……「なかったか」のように!

(ま、まただ……!)

 僕は試合前に感じた予感を思い出していた。ディーボは試合序盤は弱い。しかし、試合時間を経ると異様に強くなってしまう! なぜだ?

「まさか……これって、ディーボの……」

 アリサが言った。

「『ユニークスキル』!」
「な、なんだよ、それ? 普通のスキルじゃないのか?」
「とても珍しいスキルなのよ。スキルは、そもそも『神様にいただいた、特別な能力』と言われている。その中でも、その人にしか備わっていない、とても強いスキルをユニークスキルというらしいわ」
「ど、どんなスキルなんだ、それって」
「わ、わからないよ。そんなの。『スキル鑑定人』でもない限り──」

 そもそも僕は、ディーボが「スキル」を持っている、ということすら知らない。それどころか、それより強い、『ユニークスキル』なんてものを持っているって……?

『4……5……6……』

 ダウンカウントは続いている。ソフィアはようやく、膝に手をかけて立ち上がろうとし始めた。
 すると──。

「おや、レイジ君たちは、ようやく気付いたのかい?」

 ディーボはリング上から、僕らに話しかけてきた。もう、ソフィアが立ち上がる(さま)を、ゆったり眺める余裕がある。よく見ると、ディーボの体の周りには、何と、薄い闇色(やみいろ)の「気」が立ち上っている。な、なんなんだ、あの奇妙な色の「気」は? 
 ディーボは口を開いた。

「まさか君たち──。ディーボ・アルフェウスは、序盤が弱すぎる──。そんなことを、本気で思っていたんじゃないだろうね?」

(ううっ……!)

 なんなんだ? 違うのか? まさか、ディーボの序盤は全て……。

『8……9……』

 ソフィアはダウンカウントが9の時に、ようやく立ち上がった。

「でやああああーっ」

 ソフィアは前進した。

 ああっ! これはディーボの得意としているパンチ──、「直突(ちょくづ)き」! ソフィアもできたのか? しかし!
 
 ディーボはそれを待っていたようだ。ディーボはパンチを避け、彼女の右肩に自分も直突(ちょくづ)きを叩きつけた。
 ソフィアの肩へ、カウンター攻撃! 
 ディーボの正確無比なパンチが決まった!

「うああっ!」

 ソフィアは声を上げ、右肩を押さえた。真っ青な顔で、膝をつく。肩を負傷したらしい。
 あの技は、僕がボーラス戦で放った、肩への急所蹴りと同じだ。ディーボのヤツ、それをパンチでやってしまうとは。

 これは──。ディーボの攻撃が見事だった、としか言いようがない。危険な攻撃ではなく、まっとうな打撃で正確に人体の急所をついたわけだ。

「さっきまでの勢いはどうした? 肩を負傷したな」

 ディーボが言う。ソフィアは悔しそうに、右肩を押さえ、苦痛に顔をゆがめながら、また立ち上がった。

 ああ、ダメだ。ソフィアの肩が動かない。アリサがタオルを持った。タオルをリングに投げ入れると、ソフィアの敗北が決まってしまう。しかし、アリサは躊躇(ちゅうちょ)している。
 治癒魔導士たちがリング上に入ってこようとしたが、ソフィアが、「待ってください」と声を上げた。

「勝敗は、私自身が決めます」

 ソフィアは左拳で、ディーボの胸を叩いた。しかし、それが効くわけがない。今度は蹴りを繰り出す。ゆっくりだ。ディーボはそれをかわす。
 もう、肩が痛くて仕方ないのだろう。

 アリサは唇をかみしめながら、放り込むはずのタオルをギュッと握った。

 ソフィアは決意したように、肩を押さえながら、ディーボに告げた。

「参りました……」

 それを聞き届けた治癒魔導士は、審判団の方を振り返って指示している。すると──。

『勝者! ディーボ・アルフェウス! 五分二十二秒、ギブアップ勝ち!」

 ソフィアは悔しそうだが微笑んで、リング下に降り立った。アリサはソフィアを守るようにして、治癒魔導士のところに連れていった。
 
 僕はディーボをにらみつけた。
 ディーボは僕をリング上から見下ろして、笑っている。

「レイジ君、もう一度聞く。僕──ディーボ・アルフェウスは、序盤が弱いと思っていたんじゃないのかい?」
「お、思っていた。でも、どうやらそれは違うみたいだ」

 僕は思い切って言った。ディーボの秘密……! ディーボの持つユニークスキルは、いったい何なんだ? いや、そもそも彼は、スキルやユニークスキルなんてものを持っているのか?

「演技だったんだな……! 序盤を弱く見せる理由があったんだ!」
「演技……ねえ。ちょっと違うかな」

 ディーボはクスクス笑った。

「ま、序盤はわざと『相手の技を受けていた』ってことさ。ベクター戦も、ボーラス戦も、この試合もね」

 わざと? ど、どういうことなんだ?
 
 ──それにしても、この試合内容に関しては、ディーボの逆転勝ちだ。文句は言えなかった。

「──い、いい試合だった」

 僕はぎごちなく言った。

「いい試合? どこかだ?」

 ディーボは鼻で笑った。

「ソフィアは我がバルフェス学院の反逆者だよ。彼女にはさっさと消え去ってもらいたかったからね。僕が勝って良かったよ」

 こいつ! ソフィアに敬意を払わないなんて……!
 するとディーボは口を開いた。

「さて、次の試合──レイジ君、君はどうなるかな?」

 とうとう、僕とディーボは、決勝で試合をすることになった。