僕に話しかけてきた大人の女性は、グラントール王国国民なら誰でも知っている、超有名人に違いない!
 僕は思い切って、女性に聞いた。

「あ、あのう、あなたはサラ・ルイーズ?」
「……ええ。私はサラ・ルイーズです。エースリート学院の学院長をしております」

 やっぱりそうだ。もちろんサラ・ルイーズは、有名な私立エースリート学院の学院長として有名な女性だ。若干二十二歳の時、魔導体術(まどうたいじゅつ)の学校を建造した。
 しかし、もっと有名な話がある。サラ・ルイーズは、グラントール王国世界魔導体術(まどうたいじゅつ)大会、一般の部で、十八歳から四連覇を成し遂げた女性なのだ。……デルゲス・ダイラントの一回きりの優勝ではない。四年連続だ! グラントール国民なら誰でも知っている、国民的英雄だ! しかも美人……。
 アリサは言った。

「サラさんは、あたしの育て親。あたしはみなし子なの」
「へえ……そうなんだ」
 
 アリサは僕と境遇(きょうぐう)が似ているらしい。僕も両親がいない。

「サラさんは有名人だよ。でも独身。三十五才で、結婚適齢期(けっこんてきれいき)を過ぎてる。結婚に興味がないらしいの」
「アリサ、余計なことは言わなくていいの。あなた、自分を助けてくれた人に、ちゃんとお礼を言った?」
「……言ったよ。でもさー、男の子に助けられるなんて」

 アリサはそう言って、また僕からそっぽを向いた。あ、そういうことか。僕に助けられたのが悔しかったのか。

「アリサ、あなたね、もう少し素直になりなさい」

 サラ・ルイーズは静かにアリサをしかった。
 僕は緊張して、ケビンにやられた痛みもちょっと我慢して、直立不動だ。こ、こんな国民的有名人と、(じか)に話せるなんて!

「そんなに緊張しないで」

 サラ・ルイーズは、僕をたしなめた。

「それにしても、あなたのさっきの動き……。そう、ケビンの攻撃を受けた動き。面白かったですよ」
「え? ああ、ありがとうございます」
「そうね、私はあの動きを見たことがある。サーガ族の……。待って、あなた、その手の甲を見せてみなさい」

 急に、サラ・ルイーズは僕の手をとった。そして僕の手の甲をしげしげと見つめた。

「あなた!」

 彼女は叫んだ。

「三ツ星のアザがある!」
「え? ああ」

 僕はルイーズさんが何を驚いたのか分からなくて、首を傾げた。

「確かに、三ツ星のアザは、子どもの時からあります」

 ルイーズさんの言う通り、僕には右手の甲に、不思議な三ツ星のアザがある。手の甲の真ん中に、星のような黒いアザが、三つ並んでいる。小さい頃は、カッコイイと思っていたが、さすがに十六才になると、こんなアザはどうでも良くなった。

「あなた」

 ルイーズさんは聞いてきた。

「制服を着ているけど、その制服は確か、ドルゼック学院のものでしょう」
「はい、そうです。でも、ドルゼック学院に在籍していましたが、今日、退学になったんです」
「退学? どうして?」
「その、僕が弱すぎるから、だそうです。ドルゼック学院の面汚(つらよご)しだからって」
「そんな理由で、魔導体術(まどうたいじゅつ)の学校を退学になるなんて、聞いたことがない。魔導体術(まどうたいじゅつ)の学校は、弱い人を強くするための場です。ドルゼック学院の学院長は、デルゲス・ダイラントだったわね。あの男はインチキをやって、魔導体術(まどうたいじゅつ)世界大会で優勝した男だから」
「ええ? インチキ?」

 僕は(おどろ)いた。信じられない。

「あなたは、ひどい学院に入学していたのですね。では明日、私の学院──エースリート学院に来なさい。すぐ入学手続きをします」
「は、はあああ?」

 僕は失礼だと思ったが、思わず声を上げてしまった。
 ドルゼック学院は、全校生徒八千人の巨大な学校だが、学費は無料で試験も筆記のみ。
 一方、エースリート学院は千人で中規模。難しい筆記試験と実技試験があるから、人数が絞られているんだ。私立で、入学費も学費も高い。
 ドルゼックよりは学院の規模は小さいが、エースリートは本物の魔導体術家(まどうたいじゅつか)育成学院と噂されている。授業もかなり厳しいらしい。

「どういうこと? サラさん」

 アリサも驚いているようだ。

「い、意味がわかりません」

 僕は声を震わせて聞いた。

「そんなこと、できるわけないじゃないですか。エースリート学院は、厳しい入学テストもあるし、選ばれた魔導体術家(まどうたいじゅつか)の少年少女しか、入学できないはずです」
「黙りなさい」

 ルイーズさんはピシャリと言った。

「あなたは、自分の隠された能力を知らない……!」

 ルイーズさんはゆっくり後ろを振り向いた。後ろには、高さ二メートルはある、デルゲス・ダイラントの石の彫像がある。デルゲス・ダイラントがこの公園に、一億ルピーも寄付したそうだ。

「こんな風に──破壊しなさい!」

 ヒュオッ

 ルイーズさんはすさまじい速さで、石の彫像に向かって(けん)を放った。い、いや、見えなかった!

 ドーン!
 
 と音がして、いきなりデルゲス・ダイラントの彫像がバラバラになってしまった! ふ、粉砕だ! 粉々だ……。ど、どうなっているんだ? これがルイーズさんの、英雄のパンチ! なんてすごいんだ!

「あなたもこんな風に、強いパンチ、そして蹴りを手に入れることができますよ」

 ルイーズさんは言った。

「私のエースリート学院に来ればね。でもその前に──。あなたが本当にサーガ族の生き残りであるならば、『秘密の部屋』に行く必要がある」
「『秘密の部屋』?」
「サーガ族は、『秘密の部屋』を必ず、地下に造り、残す風習があるのです」
「『秘密の部屋』……地下……」
「その『秘密の部屋』を見つけなさい。さ、アリサ、行きますよ」

 ルイーズさんはもう行こうとしていた。

「あ……助けてくれてありがと」

 アリサはそう言って、顔を赤らめた。

「えっと……じゃあね」

 そして僕に手を振り、あわてて、ルイーズさんを追いかける。

「秘密の部屋」……。それは地下にある……? そんなものどこにあるんだ?
 ──いや、僕はすぐに気が付いた。「秘密の部屋」は……秘密の地下室は……ある!
 でも、そこは僕がこの地上で、もっとも恐れている場所にあるのだった。