ディーボ・アルフェウスの控え室に、バルフェス学院の生徒たちがあわてたように入ってきた。
 入ってきた生徒たちの中には、バルフェス学院の三年生、ダニー・ラスとマイク・イーサン、そしてソフィア・ミフィーネがいる。
 ディーボは床にマットを敷き、瞑想(めいそう)をしていた。

「ディーボさん!」
 
 ダニーが声を上げた。
 ディーボはカッと目を開いた。

「何だ! 瞑想(めいそう)中だぞ!」
「も、申し訳ありません!」
「用件は?」
「グローバスさんが、敗北しました!」
「何?」
 
 ディーボは立ち上がった。

「それは本当なのか?」

 ディーボはいつになく声を震わせた。

「ほ、本当です。レイジに敗れました」
「くっ」

 ディーボは壁を(なぐ)りつけた。

(僕は、宮廷護衛隊長になるはずの人間だ。それくらいの人間なのだ!)

 宮廷護衛隊長になるには条件があった。グラントール王の提出した二つの条件だ。「自分(ディーボ)がこの学生トーナメントを優勝する」「他のバルフェス学院の生徒も、三位以内に入賞させる」──。

 しかし!

 バルフェス学院二位のグローバスが負けたことで、「他のバルフェス学院の生徒も、三位以内に入賞」の条件のクリアが、ほぼ無くなったと言えるのだ。

「何を見ている! 出ていけっ!」

 ダニーやマイクはあわてて出て行った。しかし、ソフィア・ミフィーネだけが控え室に残っていた。

「ディーボ」

 ソフィアが腕組みをしながら言った。

「あなたの側近(そっきん)ともいえる、グローバスは負けました。完敗ですよ。あなたの指導方法は間違っていたんじゃないですか?」
「……黙れっ! 僕は、グローバスには大した指導はしていない。あいつはもともと強かったからな」
「そうですよね。あなたが指導したのは……あなたに従ってくれる生徒だけ……」
「黙れ!」
「すでに私の相手、ローガー・ザイクルさんは怪我で棄権(きけん)しています。私の今日の試合は、ありません。あなたがボーラスさんに勝つと、あなたの準決勝は、私──ソフィア・ミフィーネとの勝負、となります」

 ディーボはため息をついた。
 ん? そうか。「他のバルフェス学院の生徒も、三位以内に入賞させる」という条件は、まだ可能性が残っていた。
 我がバルフェスの──目の前の、ソフィア・ミフィーネがいるではないか。

(準決勝は僕とソフィアの試合になるだろう。僕はボーラスに勝つだろうからな)

 その準決勝は、ソフィアに棄権(きけん)を持ち掛け、ソフィアを三位決定戦に回させる。ソフィアがその三位決定戦に勝てばいい……。

 ──そう考えたが、ディーボはソフィアを見やった。
 いやいや、この方法はダメだ!

 この女は棄権(きけん)に応じないだろう。この生真面目(きまじめ)な女は、八百長(やおちょう)なんてもってのほか、と考える性格だ。
 そしてこれが最も重要な問題だが、この女に八百長(やおちょう)をもちかけ、その噂を広められてもまずい。

 くそ! ならばやはり、この女と闘うことになる。

 ソフィアは口を開いた。

「ディーボ、今日のあなたの相手は、体重差のあるボーラスさんです。どうやって勝つというのですか? 彼はグローバスの弟ですよ」
「グローバスの弟? ふん、関係ない。叩き潰すだけだ」

(そう、今日は正攻法(せいこうほう)でいかせてもらう。僕の真の力を、見せつけてやる!)

 ディーボはまたマットの上にあぐらをかいた。ソフィアはじっとディーボを見ている。ディーボはまた、瞑想(めいそう)の中に入っていった。

 ◇ ◇ ◇

 トーナメントの第二回戦は、どんどんと進んでいく。

(まあ、何とかグローバスに勝ったな……)

 まず、Aブロック。僕──レイジ・ターゼットがグローバス・ダイラントを倒して勝ち上がった。フェンリル学院一位のマステア・オリーダも勝ち上がった。
 Bブロックは、ソフィア・ミフィーネとゾーグール学院の街コボルト族、ローガー・ザイクルの試合が予定されていた。しかし、ローガーが棄権(きけん)したらしい。ソフィアが勝ち上がった。

 そして、今日の最後の試合──。ディーボ・アルフェウスとボーラス・ダイラントの試合がこれから始まる。

 僕は、試合会場の特別席で、ディーボとボーラスの試合を観戦することにした。お客にとっても、僕にとっても注目の一戦だ。
 ディーボがボーラスの巨体をどう仕留(しと)めるのか? それとも、ボーラスが強力なパンチで、小柄なディーボを粉砕するのか。

 ケビンはベクターの車椅子を押して、ベクターを病院に連れていってしまった。アリサは女子下級生への「型」指導のため、学校に戻ってしまった。
 
 僕の左隣にはルイーズ学院長が座っている。すると、僕の右隣に誰かが座った。体がでかい! 魔導体術家(まどうたいじゅつか)か?

(う、うわ!)

 僕は声を上げそうになった。
 何と、ボーラスとグローバスの父、デルゲス・ダイラントが座ったのだ! 髪型はオールバック、おしゃれな口ひげを生やしている。

「久しぶりだな、レイジ・ターゼット。俺もこの試合を観戦することにした」

 デルゲスは言った。僕は逃げ出したくなったが、逃げられる雰囲気ではなかった。

「どういう風の吹き回し? デルゲス」

 僕の横から、ルイーズ学院長がデルゲスに言った。

「あなた、息子が闘うのよ。こんなところでゆっくり観戦している場合?」
「ふん……息子だろうが何だろうが、勝ったものこそ至高(しこう)

 うわぁ……すごい思考の親だ……。ボーラスもグローバスもあんな上から目線の性格になるのは仕方なかったのか。

 すでにディーボとボーラスはリング上に上がって、向き合っている。

 ボーラスはディーボに向かって、「おい、このチビ野郎!」と声を上げている。

「俺は最近、機嫌が悪いんだ! てめぇのようなチビをぶっとばして、さっさと準決勝にコマを進めるぜ。それとも、こないだのベクターのように、わざと俺様の骨を折る気か? そうはさせねえぜ」
「そんな必要はもうない」
 
 ディーボは笑った。

「なぜなら、今日は、僕の真の実力を見せる日だからね」

 その時、試合開始のゴングが鳴らされた!