足を大怪我したベクターは、競技場近くのグラントール王立総合病院に運ばれた。
ベクターの足は治癒魔導士たちにより、すぐに検査。当然、面会謝絶。僕らはその日、ベクターの見舞いに行けなかった。
翌日は休日だった。僕とケビンはようやくベクターを見舞うことができた。僕の次の対戦相手、強敵、グローバス・ダイラントとの試合は六日後だから、まだ余裕はある。
病室に入ると、ベッドにベクターが横になっていて、足を吊って寝ていた。睡眠中か……。
「ちっきしょお……」
ケビンは、ベクターの変わり果てた姿を見て、悔しそうに声を上げた。
「あのディーボの野郎……本当に汚ねえヤツだ。わざとベクターの足を壊すなんてな! ベクターは愛嬌のないヤツだったが、こんなことになるとはよぉ……」
「愛嬌がなくて悪かったな」
ベクターが目を開き、いきなり言葉を発したので、僕らは飛び上がるくらい驚いた。お、起きていたのか。
「症状はどうなんだ?」
僕があわてて聞くと、ベクターはのんきにベッドの上で伸びをした。
「複雑骨折だ。全治三ヶ月ってとこらしい。ただ、車椅子を使えば、外に出られる。悪いけど、ちょっと外に出たいんだが」
ベクターがそう言ったので、ケビンは彼を車椅子に乗せてやった。僕はベクターの車椅子を押すことにした。怪我をした友人の世話をするなんて初めてだ。
◇ ◇ ◇
外は良い天気だった。空には飛竜の配達便が飛んでいる。僕らは病院の敷地内の芝生広場に入った。
ベクターは静かに話し出した。
「あのディーボってヤツ、闘ってみて分かったことがある」
「な、何か弱点を発見したのか?」
僕は驚いてベクターを見やった。ベクターは口を開いた。
「確かにヤツは強い。僕の蹴りをいとも簡単につかまえちまったんだからな。でもあいつ、本気で魔導体術をやってないというか……」
「え? 意味がわからんぞ」
ケビンが首を傾げた。
「何と言うかな。魔導体術自体にあまり関心がない……。いや、これもちょっと違うか……うーん」
ベクターは考えている。
「そんなバカなことがあるかよ。魔導体術に関心がないなら、なんで昨日のリングに上がって、お前を怪我させたんだよ」
ケビンが聞く。しかしベクターもまだ答えが出ていないらしく、腕組みをしていた。
「いや……僕もちょっと変なことを言っていると思う。そうだな、言い方を変えれば、ディーボは、魔導体術を好きじゃないんだよ。──ああ、ピッタリの言葉があった」
「どんな言葉だ?」
僕が聞くと、ベクターが言った。
「『憎しみ』だ。試合をしていた時、ディーボから、『憎しみ』の心を感じたんだ」
「よく分からねえな。難しいこと言うなよ」
ケビンは頭をかいた。
しかし、僕は何となくベクターの言っていることが分かった。
◇ ◇ ◇
次の日の午後、宮廷直属バルフェス学院では──。
校舎の外に造られた訓練施設で、生徒たちが魔導体術の練習を始めていた。
訓練施設は二十棟もある。クラスごとに何と何と一つずつあるのだ。たくさんの最新ウエイトトレーニング機器も備えられ、練習用リングもそれぞれの施設に二つずつあった。大変な豪華な設備だ。
バルフェス学院、3年A組の訓練施設では、14歳から15歳の生徒たちが、一生懸命、訓練に励んでいた。すると、その訓練施設に、誰かが入ってきた。
「おい……ディーボさんだ」
「静かにしろ」
騒がしい生徒たちの声が、一瞬にして静まり返った。
ディーボ・アルフェウスが入ってきたのだ。彼は制服ではなくスーツを着ており、手には、一メートルの樫の木の棒を持っている。一緒に歩いてきたのは、グローバス・ダイラントだ。
「僕に構わず、練習を続けろ」
ディーボは生徒たちにそう言いながら、練習用リングを見やった。
3年A組の有望株、男子のダニー・ラスとマイク・イーサンがこれから練習を始めるところだった。しかし、ディーボが入ってきたので、直立不動になった。それくらい、ディーボの学校での地位は高い。
「何をやっている。練習試合を始めて」
ディーボは静かに二人に言った。横にいるグローバスは静かにニヤニヤ笑っている。
ダニーとマイクは、あわてて練習試合を始めた。
さすがにバルフェス学院の生徒だ。パンチも蹴りも基本ができており、見事な練習試合を見せていた。
ドガッ
その時、ダニーのパンチが、マイクのこめかみに当たった。マイクは倒れ、ダニーはあわてて、「おい、大丈夫か」と心配そうに駆け寄った。
「何をしている!」
ディーボがそう怒鳴りながら、リング上に上がってきた。
「は、いえ」
ダニーはあわててディーボに言った。マイクはリング上で仰向けになって、ぐったりしている。
「カウンターで急所のこめかみに当たってしまいました。治癒魔導士を呼んでこないと」
「攻撃の手を休めるな」
「え? ディーボさん、マイクはダウンしています」
「叩き潰せ!」
「はっ?」
ディーボは手に持った樫の木の棒で、ダニーの腕を叩いた。
「ギャッ!」
「相手が倒れても、叩き潰せ!」
「は、はい!」
ダニーは馬乗りになって、マイクの顔を殴りつけた。ダニーは殴りながら泣いていた。
「もっと殴れ! 非情になれ!」
ディーボは、ダニーの背中を棒でバシンと叩く。ダニーは泣きながらも、マイクを殴り続ける。マイクはすでに失神している。
「よーしよし」
ディーボはダニーを抱きしめた。
「ダニー、凄いじゃないか。君はやればできる」
「え? あ、ありがとうございます」
「よく非情になれたな。君は、すごい選手になれるぞ。選抜メンバーの候補にしてやれるかもしれない」
「えっ? そ、そうですか! ありがとうございます!」
ダニーは泣きながら、ディーボの手を握った。マイクはまだ失神している。騒ぎを聞きつけた治癒魔導士が、リング上に飛び込んできた。それと入れ替わりに、ディーボはリング下に降りた。
「おい、ディーボ」
グローバスはひきつって笑いながら言った。
「随分、熱い指導じゃねえか。だが、最後、褒めていたのは指導者としてか」
「……指導? ふん、あんなのは演技だ」
「え? なんだと?」
「散々、恐怖を与えた後で、優しくしてやる……。これは心理的な技術だよ」
ディーボはそう言ってニヤリと笑った。薄気味の悪い笑顔だった。
グローバスはあわてて聞いた。
「お、おい、じゃあ、すべて計算なのか?」
「そうだ。借金して失意のどん底にいる人間に、百万ルピーなどの大金を与えてやるのと似ている。そうすれば誰でも、神に助けられたと思うくらいに、その者に感謝するだろう」
ディーボは続けた。
「恐怖を与えて絶望させ、その後ゆっくり、優しくしてやる。それを繰り返すことで、だんだんと心を支配できる……」
グローバスはディーボの言葉にゾッとした。ディーボは続ける。
「すべて僕の将来の、商売を見据えた行動だ。十年後の二十六歳で、僕は年間、十億ルピー稼ぐ予定だよ。そのために、今から徹底して、生徒たちを支配する。彼らが将来、僕の操り人形になって働くわけだ」
ディーボは別の生徒の方にスタスタ歩いていく。
「さぼるな! 手がちぎれるまで、腕を鍛え上げろ!」
バシイッ
また樫の木の棒で、生徒を叩きのめす。グローバスはディーボの後ろ姿を見て、冷や汗をかいていた。そんな光景を、ソフィア・ミフィーネが悲しそうな顔で見ていた。
その時、スーツ姿の老人が、あわてて訓練所に入ってきた。
「坊ちゃま!」
「おい」
ディーボは老人に言った。
「学校では坊ちゃまはやめろ、と言っただろ。なんだ、デニル学院長」
彼の名はボイド・デニル。ディーボの父の部下であるが、バルフェス学院の学院長も務めている。
「グラントール王が、ディーボ様に会いたいとおっしゃっています。すぐに城へ!」
「……ふむ、分かった」
ディーボは表情を変えず、ただ静かに言った。
ベクターの足は治癒魔導士たちにより、すぐに検査。当然、面会謝絶。僕らはその日、ベクターの見舞いに行けなかった。
翌日は休日だった。僕とケビンはようやくベクターを見舞うことができた。僕の次の対戦相手、強敵、グローバス・ダイラントとの試合は六日後だから、まだ余裕はある。
病室に入ると、ベッドにベクターが横になっていて、足を吊って寝ていた。睡眠中か……。
「ちっきしょお……」
ケビンは、ベクターの変わり果てた姿を見て、悔しそうに声を上げた。
「あのディーボの野郎……本当に汚ねえヤツだ。わざとベクターの足を壊すなんてな! ベクターは愛嬌のないヤツだったが、こんなことになるとはよぉ……」
「愛嬌がなくて悪かったな」
ベクターが目を開き、いきなり言葉を発したので、僕らは飛び上がるくらい驚いた。お、起きていたのか。
「症状はどうなんだ?」
僕があわてて聞くと、ベクターはのんきにベッドの上で伸びをした。
「複雑骨折だ。全治三ヶ月ってとこらしい。ただ、車椅子を使えば、外に出られる。悪いけど、ちょっと外に出たいんだが」
ベクターがそう言ったので、ケビンは彼を車椅子に乗せてやった。僕はベクターの車椅子を押すことにした。怪我をした友人の世話をするなんて初めてだ。
◇ ◇ ◇
外は良い天気だった。空には飛竜の配達便が飛んでいる。僕らは病院の敷地内の芝生広場に入った。
ベクターは静かに話し出した。
「あのディーボってヤツ、闘ってみて分かったことがある」
「な、何か弱点を発見したのか?」
僕は驚いてベクターを見やった。ベクターは口を開いた。
「確かにヤツは強い。僕の蹴りをいとも簡単につかまえちまったんだからな。でもあいつ、本気で魔導体術をやってないというか……」
「え? 意味がわからんぞ」
ケビンが首を傾げた。
「何と言うかな。魔導体術自体にあまり関心がない……。いや、これもちょっと違うか……うーん」
ベクターは考えている。
「そんなバカなことがあるかよ。魔導体術に関心がないなら、なんで昨日のリングに上がって、お前を怪我させたんだよ」
ケビンが聞く。しかしベクターもまだ答えが出ていないらしく、腕組みをしていた。
「いや……僕もちょっと変なことを言っていると思う。そうだな、言い方を変えれば、ディーボは、魔導体術を好きじゃないんだよ。──ああ、ピッタリの言葉があった」
「どんな言葉だ?」
僕が聞くと、ベクターが言った。
「『憎しみ』だ。試合をしていた時、ディーボから、『憎しみ』の心を感じたんだ」
「よく分からねえな。難しいこと言うなよ」
ケビンは頭をかいた。
しかし、僕は何となくベクターの言っていることが分かった。
◇ ◇ ◇
次の日の午後、宮廷直属バルフェス学院では──。
校舎の外に造られた訓練施設で、生徒たちが魔導体術の練習を始めていた。
訓練施設は二十棟もある。クラスごとに何と何と一つずつあるのだ。たくさんの最新ウエイトトレーニング機器も備えられ、練習用リングもそれぞれの施設に二つずつあった。大変な豪華な設備だ。
バルフェス学院、3年A組の訓練施設では、14歳から15歳の生徒たちが、一生懸命、訓練に励んでいた。すると、その訓練施設に、誰かが入ってきた。
「おい……ディーボさんだ」
「静かにしろ」
騒がしい生徒たちの声が、一瞬にして静まり返った。
ディーボ・アルフェウスが入ってきたのだ。彼は制服ではなくスーツを着ており、手には、一メートルの樫の木の棒を持っている。一緒に歩いてきたのは、グローバス・ダイラントだ。
「僕に構わず、練習を続けろ」
ディーボは生徒たちにそう言いながら、練習用リングを見やった。
3年A組の有望株、男子のダニー・ラスとマイク・イーサンがこれから練習を始めるところだった。しかし、ディーボが入ってきたので、直立不動になった。それくらい、ディーボの学校での地位は高い。
「何をやっている。練習試合を始めて」
ディーボは静かに二人に言った。横にいるグローバスは静かにニヤニヤ笑っている。
ダニーとマイクは、あわてて練習試合を始めた。
さすがにバルフェス学院の生徒だ。パンチも蹴りも基本ができており、見事な練習試合を見せていた。
ドガッ
その時、ダニーのパンチが、マイクのこめかみに当たった。マイクは倒れ、ダニーはあわてて、「おい、大丈夫か」と心配そうに駆け寄った。
「何をしている!」
ディーボがそう怒鳴りながら、リング上に上がってきた。
「は、いえ」
ダニーはあわててディーボに言った。マイクはリング上で仰向けになって、ぐったりしている。
「カウンターで急所のこめかみに当たってしまいました。治癒魔導士を呼んでこないと」
「攻撃の手を休めるな」
「え? ディーボさん、マイクはダウンしています」
「叩き潰せ!」
「はっ?」
ディーボは手に持った樫の木の棒で、ダニーの腕を叩いた。
「ギャッ!」
「相手が倒れても、叩き潰せ!」
「は、はい!」
ダニーは馬乗りになって、マイクの顔を殴りつけた。ダニーは殴りながら泣いていた。
「もっと殴れ! 非情になれ!」
ディーボは、ダニーの背中を棒でバシンと叩く。ダニーは泣きながらも、マイクを殴り続ける。マイクはすでに失神している。
「よーしよし」
ディーボはダニーを抱きしめた。
「ダニー、凄いじゃないか。君はやればできる」
「え? あ、ありがとうございます」
「よく非情になれたな。君は、すごい選手になれるぞ。選抜メンバーの候補にしてやれるかもしれない」
「えっ? そ、そうですか! ありがとうございます!」
ダニーは泣きながら、ディーボの手を握った。マイクはまだ失神している。騒ぎを聞きつけた治癒魔導士が、リング上に飛び込んできた。それと入れ替わりに、ディーボはリング下に降りた。
「おい、ディーボ」
グローバスはひきつって笑いながら言った。
「随分、熱い指導じゃねえか。だが、最後、褒めていたのは指導者としてか」
「……指導? ふん、あんなのは演技だ」
「え? なんだと?」
「散々、恐怖を与えた後で、優しくしてやる……。これは心理的な技術だよ」
ディーボはそう言ってニヤリと笑った。薄気味の悪い笑顔だった。
グローバスはあわてて聞いた。
「お、おい、じゃあ、すべて計算なのか?」
「そうだ。借金して失意のどん底にいる人間に、百万ルピーなどの大金を与えてやるのと似ている。そうすれば誰でも、神に助けられたと思うくらいに、その者に感謝するだろう」
ディーボは続けた。
「恐怖を与えて絶望させ、その後ゆっくり、優しくしてやる。それを繰り返すことで、だんだんと心を支配できる……」
グローバスはディーボの言葉にゾッとした。ディーボは続ける。
「すべて僕の将来の、商売を見据えた行動だ。十年後の二十六歳で、僕は年間、十億ルピー稼ぐ予定だよ。そのために、今から徹底して、生徒たちを支配する。彼らが将来、僕の操り人形になって働くわけだ」
ディーボは別の生徒の方にスタスタ歩いていく。
「さぼるな! 手がちぎれるまで、腕を鍛え上げろ!」
バシイッ
また樫の木の棒で、生徒を叩きのめす。グローバスはディーボの後ろ姿を見て、冷や汗をかいていた。そんな光景を、ソフィア・ミフィーネが悲しそうな顔で見ていた。
その時、スーツ姿の老人が、あわてて訓練所に入ってきた。
「坊ちゃま!」
「おい」
ディーボは老人に言った。
「学校では坊ちゃまはやめろ、と言っただろ。なんだ、デニル学院長」
彼の名はボイド・デニル。ディーボの父の部下であるが、バルフェス学院の学院長も務めている。
「グラントール王が、ディーボ様に会いたいとおっしゃっています。すぐに城へ!」
「……ふむ、分かった」
ディーボは表情を変えず、ただ静かに言った。