宮廷保養訓練施設にて、修学旅行の二日目。

 アリサは屋外広場で、魔導体術(まどうたいじゅつ)の「型」を下級生の女の子たちに教えていた。アリサの型は見事だ。グラントール王国「型」試合で、三位入賞をしたこともあるそうだ。
 蹴り、突き、ひじ打ち、見事なスピードで技を見せていく。
 アリサはまるで先生のように、下級生の女の子たちに声をかけた。

「はい、しっかり技を放ったら、ビシッと止めること。これが重要だよ」
「はーい! アリサ先輩!」
「怪我をしないようにね!」

 アリサは女の子たちのあこがれの先輩のようだ。

 ◇ ◇ ◇

 一方、僕はルイーズ学院長に、保養訓練施設の会議室に呼び出されていた。

 一階の奥の会議室に行くと、部屋の中は薄暗かった。奥の壁に貼りつけられた魔導鏡(まどうきょう)(記録した映像を映し出すための、魔法の鏡。円型)には、魔導体術(まどうたいじゅつ)の試合の映像が映っていた。
 椅子に座ってその映像を見ているのは、ルイーズ学院長だ。
 その時、パッと部屋が明るくなった。天井の魔導ランプが点灯した。

「来たわね」

 ルイーズ学院長は振り返った。僕は立って、ルイーズ学院長の話を聞くことにした。一体、何の話をするのだろう?

「まあ、楽にしなさい。さて、二月の個人戦、レイジには出場してもらうことになったわ。それはもう分かっていますね」
「は、はい」

 う、うわ~。きた!

「グラントール学生魔導体術(まどうたいじゅつ)個人戦トーナメント」は、その年度の最強の学生を決定するトーナメントといっても過言ではない。それに僕が出場できるというのだ。信じられない気持ちだ。名誉なことだけど、ちょっと怖くなった。
 ちなみに出場予定だった十二月の冬期団体戦は、急遽(きゅうきょ)、下級生が出場するらしい。

 しかし、ルイーズ学院長は浮かない顔だ。そういえば、ルイーズ学院長の顔は、修学旅行初日の昨日から、ずっと考え深げだ。

「が、学院長、一体、どうかしたんですか?」
「……レイジ、あなたは今や、我がエースリート学院のNO1魔導体術家(まどうたいじゅつか)。きちんと言わなければならないわね」
「えっ?」
「エースリート学院は、無くなるかもしれないのよ……」
「えええ? ど、どういうことですか?」
 
 僕はあまりに驚いて、声を上げた。一体、どうして?

「それに……すでに、私は、もう魔導体術家(まどうたいじゅつか)じゃないわ」

 ルイーズ学院長は、さみしそうに言った。意味がさっぱり分からない。
 ルイーズ学院長は話をしてくれた。どうやらエースリート学院は、宮廷直属バルフェス学院に吸収合併される計画があるそうだ。つまり、エースリート学院の生徒は、バルフェス学院所属となってしまう。
 そしてルイーズ学院長は、バルフェスの魔導体術(まどうたいじゅつ)指導長に逆らったので、魔導体術家(まどうたいじゅつか)の資格を失ったそうだ。

「な、なんでそんなことになるんですか? 一体、誰がルイーズ学院長の資格を、はく奪したんですか?」

 僕は本当に驚いて聞いた。するとルイーズ学院長はつぶやくように言った。

「私の魔導体術家(まどうたいじゅつか)としての資格をはく奪したのは、ディーボ・アルフェウスよ」
「ええ? 昨日、会ったバルフェスの生徒ですか?」

 僕は昨日、一緒にソフィアの練習試合を観戦した少年を思い出した。

「だ、だって、彼はバルフェスの生徒じゃないですか。魔導体術(まどうたいじゅつ)指導長って、先生がするものでしょう?」
「ディーボは生徒でありながら、魔導体術(まどうたいじゅつ)指導長なのよ。バルフェスは魔導体術(まどうたいじゅつ)養成学校では、最も権威があるわ。その指導長に『やめろ』と言われたら、従うしかないわ」
「そ、そんなバカなことがあるんですか!」

 僕はドルゼック学院を退学にされた日、ルイーズ学院長が声をかけてくれたことを思い浮かべていた。その時は困惑したけど、今考えると、本当に助かった。感謝している。

「冗談じゃない。どうしてルイーズ学院長が、そんな仕打ちを受けなきゃならないんですか? エースリートも無くなるなんて……」
「……レイジ。エースリート学院がバルフェス学院に吸収合併されない方法が、一つだけあるの」

 ルイーズ学院長は、カバンから一枚の紙を取り出した。僕は声を上げた。

「うっ、これは!」



『グラントール王国学生魔導体術(まどうたいじゅつ)個人戦トーナメント 対戦表 一回戦』

 Aブロック

『レイジ・ターゼット(エースリート学院一位)VSライガナ・ジェス(ドルゼック学院三位)』

『グローバス・ダイラント(バルフェス学院二位)VSレビン・ゾイラス(ゾーグール学院一位)』

『マステア・オリーダ(フェンリル学院一位)VSゲブンザ・ボリガ(ギルタン学院二位)』

『シンシア・マルカ(フェンリル学院二位)VSパターヤ・マイキ(グロウデン学院一位)』


 Bブロック

『ソフィア・ミフィーネ(バルフェス学院三位)VSジェイニー・トリア(ドルゼック学院二位)』

『ローガー・ザイクル(ゾーグール学院二位)VSドンカ・ブルボーネ(ギルタン学院三位)』

『ボーラス・ダイラント(ドルゼック学院一位)VSニッカネン・マソカ(グロウデン学院二位)』

『ディーボ・アルフェウス(バルフェス学院一位)VSベクター・ザイロス(エースリート学院二位)』



「もう、一回戦の対戦表が発表されたわ。来年の二月、トーナメント一回戦が、グラントール王立競技場で行われます」

 僕は自分の一回戦の試合を確認した。うーん、ドルゼック学院三位か……。知らない選手だけど、ドルゼック学院というのはやりにくいな。
 おや?

(ん? ちょっと待てよ……)

 僕はAブロック、つまり自分が勝ち進んだ時に当たる選手──つまり二回戦で当たる可能性のある選手を見て、唖然とした。

「グローバス・ダイラント! ダ、ダイラント? ど、どういうことです? まさか、ボーラスとかデルゲス・ダイラントと何か関係があるわけじゃありませんよね?」
「関係大ありよ。グローバス・ダイラントは、デルゲス・ダイラントの長男。ボーラスの兄よ」
「う、うわあっ!」

 僕は頭を抱えた。あのボーラスに兄なんていたのかよぉおおお! しかも、兄の方はドルゼック学院じゃなくて、宮廷直属バルフェス学院所属じゃないか!

 ルイーズ学院長は、ため息をついて言った。

「あなたには、このトーナメントで優勝してほしいの」
「ゆ、優勝!」
「それが、我がエースリート学院が助かる、ただ一つの手段です。バルフェス学院の上をいけば、私たちの方が優れているという証明になるのだから」
「そ、それはそうですけど」
「その優勝を目指す上で──注目してほしい試合があるの」

 ルイーズ学院長は、Bブロックの一番下を指差した。

『ディーボ・アルフェウス(バルフェス学院一位)VSベクター・ザイロス(エースリート学院二位)』

「あっ……!」

 僕は声を上げた。ディーボの対戦相手は、ベクターなのか! しかし、僕はディーボの試合は見たことがない。彼のことは良く知らないのだ。

 ガチャリ

 その時、ノックとともに、会議室の扉が開いた。

「入ってよろしいでしょうか、ルイーズ学院長」

 女の子の声がした。

「待っていたわ。よく来てくれたわね」

 ルイーズ学院長が女の子に声をかけた。会議室の中に入ってきたのは、ソフィア・ミフィーネだった。彼女は昨日の練習試合で、ドワーフ族の強豪、ブルボーネに完勝した。圧倒的な強さだった。

 ソフィアは一体、何者なんだろう? どうしてルイーズ学院長が、ソフィアをここに呼んだのだろう?

「レイジ君──。今のバルフェス学院は腐りきっています」

 ソフィアは僕の手を取って、いきなり言った。

「どうか私たち、バルフェス学院の生徒を救ってください!」

 ええっ? 僕は呆然とした。