それはいきなりの告白だった。

「好きです」

 黒髪ロングヘアの、きれいな女の子が、顔を真っ赤にして僕に告白してきたのだ。驚く周囲、固まる僕。

「き、君は、誰だ?」
「あ、申し遅れました。私……ソフィア・ミフィーネと申します……」
「す、好きってどういうこと?」
 
 僕は本当にバカみたいに聞いた。

「レイジ君が好きなんです……。ファンなんです」

 このソフィアという女の子は、静かに言った。え? ファン? あ、そういうこと?

「ランダーリア体育館で、ボーラス選手との試合を、観ていたから……」

 ソフィアの顔は、ますます真っ赤だ。ソフィアは握手を求めてきたので、僕はアリサを横目で見ながら、恐る恐る握手をした。
 アリサはニコニコ笑っている。目は笑っていなかったが。
 その時、訓練所の向こうの方で、中年男性が声を上げた。

「おーい、ソフィア! 練習相手が来たぞ」
「あの人、私の先生です……」

 するとソフィアは、な、何と、自分の口元を僕の耳に近づけた。
 ぬっ、ぬおおおっ!

(……ディーボ・アルフェウスという生徒に、気を付けて)

 え?

 ソフィアは小声でそう言うと、先生の方に向き直った。

「じゃあ、レイジ君……また後で」

 ソフィアはスラリとした容姿に似合わず、かわいらしくパタパタと走っていった。そして何と、訓練所真ん中の、練習用リングの上に上がってしまった。

「レイジ君、ソフィアのことが気になるのかな?」

 横にはいつの間にか、僕と同じ、十六歳くらいの少年が立っていた。知らない少年だ。い、いつ、そこにいたんだ? 気配が感じられなかった。ソフィアと同様に、白いローブを羽織っている。

「僕は、宮廷直属バルフェス学院の生徒、ディーボ・アルフェウスといいます」

(ディ、ディーボ!)

 さっき、ソフィアが注意しろ、と言ってきた少年か? いや、驚くべき部分はそこだけじゃない。彼の所属している学院だ!

「き、君はバルフェス学院の生徒なのか?」

 僕は目を丸くしながら聞いた。
 グラントール王国で最高の魔導体術(まどうたいじゅつ)養成学校と名高い、あの宮廷直属バルフェス学院の生徒?
 よく見ると、他の魔導体術(まどうたいじゅつ)養成学校の生徒がちらほらいるようだ。十一月は養成学校の修学旅行シーズンだし、他の学校も、ここに修学旅行に来ているらしい。
 ディーボの身長は、僕と同じくらい! 約158センチから160センチ。体重も僕と変わらない、60キロ前後だろう。
 この小柄な少年が、バルフェスの生徒?

「じゃ、同じローブを羽織っているソフィアは……」
「そうだよ、ソフィア・ミフィーネはバルフェス学院の生徒だ。ソフィアは、バルフェス内のランキングで三位なんだよ」

 あ、あの美しい女の子が、バルフェスの三位だって? いや、女の子が強いのは珍しくないけど、あんなにおとなしそうな女の子が、バルフェス学院の三位だったなんて?

「ほら、見て。ソフィアの練習試合が始まる。それを見ればソフィアの強さが分かるよ」

 ディーボに言われるまま、僕は練習用リングを見やった。周囲にはたくさんの大人たちが集まってきている。バルフェスの生徒の練習試合ということで、魔導写真機(まどうしゃしんき)で撮影している者もいるようだ。報道記者も、ここに来ているのか?
 ソフィアの相手は……うわ! でかい女の子だ! 確か、ギルタン学院の女ドワーフ、ドンカ・ブルボーネだ! 彼女は確か、春期団体戦の大会で、僕が所属していたドルゼック学院に勝ったメンバー。身長180センチ、体重88キロ。女子の魔導体術家(まどうたいじゅつか)では重量級に入るだろう。確か、マークを三十秒で殴り倒していたっけ……。
 一方、ソフィアは約身長165センチくらいか? 体重は……45キロくらい? 言うまでもなく軽いだろう。

「ちょっと待ってくれ」

 僕はあわててディーボという少年に言った。

「ブルボーネはドワーフ族の実力者だ。ソフィアは大怪我だけでは済まないぞ!」

 しかしリング上のソフィアは、相手に礼をし、半身に構えている。すぐに練習試合が始まりそうだ。

「心配する必要ないよ。ほら、見て」

 ディーボはそう言った。
 一方、リング上のブルボーネはニヤニヤ笑って、「いくよ、お嬢ちゃん!」と叫んで、ソフィアに殴りかかった。

 ──ソフィアはサッと左のパンチをかわした。
 するとソフィアはブルボーネの前で、くるりと正面を向いたのだ! すぐにブルボーネの脇に腕と肩を差し入れ──屈んだ!

 次の瞬間、ブルボーネは二メートルは吹っ飛んでいた。投げだ!

「いまのはソフィアの『一本背負い』だね」

 ディーボが解説してくれた。な、何て見事な「投げ」なんだ? あんなに人が吹っ飛んだ投げを見たのは、初めてだ。

 リング上に転がったブルボーネは、キッとソフィアをにらむと、今度は走り込んで、右フックを繰り出した。
 しかしソフィアは両手をクロスさせ、ブルボーネのアゴに、その両手を当てにいった。

 ズダン!

 ブルボーネの巨体はひっくり返ってしまった。

「す、すごい」

 僕は声を上げてしまった。恐らく「魔力」を込めた「当て身技」なんだろうが、まるでブルボーネが壁にでもぶつかったようだ。

「このヤロー!」

 ブルボーネはフラフラと立ち上がり、中段蹴りを出す。まるで丸太のような太い脚だ。まともに喰らったら、相手はあばらが折れるだろう。
 しかしソフィアはすずしい顔で、その蹴りをいとも簡単に右腕で抱え込んで──掴んでしまった。すぐにブルボーネの左足を右方向にひねる。

「う、うまい!」

 僕は叫んでいた。
 ブルボーネはバランスを崩し、仰向けに倒れた。ソフィアはそのままジャンプし、自分の膝をブルボーネの腹部に叩き落した!

 ズドッ

 鈍い音がした。

 ソフィアはサッと離れる。

「そ、そこまで!」

 ブルボーネの担当指導者が、リング上にあわてて上がり込んだ。ブルボーネは腹を押さえてうめいている。すぐに施設常駐の治癒魔導士もリング上に上がったが、特に治癒魔法は唱えないようだ。打ち身用の薬だけを、ブルボーネに貼りつけている。
 
 ソフィアは最後の膝落としを、手加減したようだ。

 それにしても──勝負は決した。僕も周囲の野次馬も、ソフィアのあまりの強さに声が出なかった。ソフィアは一礼している。

「い、一体、彼女は……ソフィアは何者なんだ?」

 僕はディーボに聞いた。

「僕と同じ、バルフェスの学生だよ。ああ、僕はバルフェス内ランキングの一位だけど」
「え? じゃあ、君はソフィアより強いのか!」

 僕は目を丸くして、ディーボを見た。

「そう。レイジ君、君もエースリートの一位だし、二月の個人戦で、僕とソフィアと闘うことになるかもしれないね」

 二月の個人戦……! あっ、そうだった。来年の二月に、グラントール王国主催の、学生魔導体術(まどうたいじゅつ)個人戦トーナメントがあるんだった!
 ディーボは、「では」と言って、ソフィアの方に行ってしまった。ソフィアはリング上から、僕に向かってかわいらしく手を振っている。僕も手を振ったが、僕の手は震えていた。

 一方のブルボーネは、肩を落とし、すごすごとリングを降りた。

 宮廷直属バルフェス学院……! 何て手強いんだ!