僕がボーラスに勝利した二日後。エースリート学院全校生徒は、校庭での朝礼に呼び出された。ケビン、ベクター、アリサ、そして僕──レイジ・ターゼットは壇上に立っている。
 全校生徒約千名が、皆、僕らの方を見ているのだ。すごい光景だ。
 生徒指導長であり六十代の中年男、マダール・ピムは壇上に上がり、全校生徒の前で、魔導拡声器(まどうかくせいき)に向かってこう声を上げた。

「おとといの我がエースリート学院とドルゼック学院の試合、諸君は客席で応援していたと思う。我々、エースリートの代表メンバーは、見事、勝利をおさめた!」

 全校生徒は大拍手。ピム先生は横にいる僕を指差した。

「中でも、エースリートNO1の実力を誇るレイジ・ターゼット君は、あの巨漢、ボーラス・ダイラント選手を一撃で倒してしまったのだ!」

 また大拍手。僕は頭をかいた。

「さあ皆さん、ご一緒に! 万歳三唱! バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」

 げええ? ば、万歳三唱? やりすぎじゃないの? 僕はそう思ったが、生徒たちも一緒になって、万歳三唱している。ノリがいいなー、皆。
 僕は恥ずかしくて、顔から火が出そうだった。ケビンとベクターは苦笑いしている。
 一方、僕のセコンドについてくれたアリサといえば、目をうるませている。やがてハンカチを取り出して、涙をふいた。

「お、おい」

 僕は驚いてアリサに聞いた。

「ど、どうしてアリサが泣いているんだよ」
「だって……。レイジ、頑張ったもん。あたし、誇らしくて……」

 まいったなあ、本当に。生徒たちは、僕たちに声援を送ってくれている。ピム先生は拍手や万歳を手でおさめ、言った。

「さて、ドルゼック学院を打倒した記念だ。我々は何と、『宮廷保養訓練施設』に、二週間宿泊できることになった!」

 ドオオオオッ

 今日、最も強い、生徒のどよめきが起きた。整列した生徒たちの声が聞こえてくる。

「マジかよ……『宮廷保養訓練施設』といえば、超豪華な王立の保養施設だぜ」
「ああ。温泉、遊園地、プール、遊び場……。すごい施設が何でもあるって聞くぜ」
「すげえ、すげえよ!」

 生徒指導長の言葉に、僕も驚いた。「宮廷保養訓練施設」は、グラントール王国国王の護衛隊、「宮廷護衛隊」のための保養、訓練施設だ。すさまじいお金がかけられた豪華な宿泊施設で、一般人は立ち入ることすらできない。
 しかし今回、どうやら特別に許可が出たらしい。

 すると、僕の横に立っていたケビンが首を傾げながらつぶやいた。

「でも、何で急に、そんなすげぇ場所に宿泊できることになったんだ?」
「事情を推理すればだな」

 ベクターが眼鏡を擦り上げながら言った。

「エースリートは六年前から、ずっとドルゼックに負け越していた。今回の勝利を観戦したエースリートの後援会の老人連中が、それはもう喜んだらしい。エースリートの後援会が、僕たち生徒をねぎらおうと、宮廷にかけあったんだと思う。なぜ宮廷がOKを出してくれたのかは、知らんが」

 僕はため息をついた。それにしても、こんなに大騒ぎになるとは。ちょっと恥ずかしい。
 整列したクラスメートから、僕たちに声がかかる。

「レイジー! お前らは学園の英雄だ!」
「二月の、グラントール学生大会の個人戦も頼むぞ!」

 そ、そうだった。学生大会の個人戦が、来年二月にある。エースリート学院は、今年の十二月の冬期団体戦は出場しないことになったから、個人戦に集中しているんだった。はああ……。プレッシャーかかるなあ。
 あれ? ところでルイーズ学院長がどこに行ったんだ? 姿が見えないようだけど。

 しかしその時ちょうど、このエースリート学院がとんでもない事態に陥っていることを、僕は知らなかった……。
 
 ◇ ◇ ◇

 その頃、ルイーズ学院長は、「宮廷直属バルフェス学院」の前にいた。目の前にそびえるのは、七階建ての巨大な校舎だ。校舎の横には、とてつもなく広い体育館がある。その横にはバルフェス学院が勝ちとった賞状や盾、トロフィーを展示してある博物館もある。

「まったく……何から何まで、エースリートとは比べ物にならないくらい豪華ね」

 ルイーズ学院長はため息をつきながら、校舎の玄関に入った。
 生徒数はたった三百人。しかし、その生徒一人一人に、大人の指導者がつく。
 まさに「宮廷護衛隊」を目指す学生のための魔導体術のエリート養成学校だ。

 ルイーズ学院長は、一階の会議室に入った。
 机の前に、体のでかい中年の男と、白いローブを羽織った十六、七歳くらいの目の鋭い、賢そうな少年が座っていた。

 中年男は、髪形をオールバックにした筋骨隆々の男。身長は192~193センチ、体重は88キロ前後あるだろう。

「久しぶりね、デルゲス」

 ルイーズ学院長は、彼の手前に座った。この中年男こそ、第九十代魔導体術(まどうたいじゅつ)世界大会優勝者、デルゲス・ダイラントだ。ボーラスの父親でもある。
 彼は座っているだけで、すさまじい威圧感がある。
 ルイーズ学院長は聞いた。

「あなた、おとといの学生対抗団体戦には来ていなかったようだけど……。どうしてあなたまで、ここにいるの?」
「俺は、魔導体術(まどうたいじゅつ)協会の会長として、ここに呼び出された」

 デルゲスは、ルイーズ学院長をにらみつけた。

「ルイーズ、おとといは、恥をかかせてくれたな。俺は仕事で見に行けなかったが、息子が泣いて帰ってきやがったぜ」
「私たちを──エースリートをナメてるからよ、デルゲス。息子は拳に『魔石石膏(ませきせっこう)』を入れていたようだけど、役に立たなかったようね」
「何?」

 デルゲスが立ち上がろうとした時、隣に座っていた白ローブの少年が、「話し合いをしましょう」と言った。

「ルイーズ学院長、僕は宮廷直属バルデス学院、指導長のディーボ・アルフェウスです。生徒ですが、三ヶ月前、魔導体術指導長に就任しました。よろしく」
「えっ、何ですって?」

 ルイーズ学院長は驚きの表情で、このディーボという少年を見やった。身長は160センチ前後くらい。体重は、58キロから60キロ? レイジと同じくらい小柄。目が鋭い少年だ。
 この少年が、学院の魔導体術(まどうたいじゅつ)指導長? バルフェスの指導長といったら、副学院長と同じくらいの権限を持つ。魔導体術(まどうたいじゅつ)の指導の全権を担うからだ。しかも、生徒が指導長に就任するなんて、聞いたこともない。

「どういうこと? あなた、生徒じゃないの?」

 ルイーズ学院長は目を丸くして、少年を見た。

「十七歳ですから、バルフェスの生徒ですよ。生徒としては午前中まで。午後からは魔導体術(まどうたいじゅつ)指導長の仕事をしています」
「は、はあ……」

 ちなみに、エースリート学院の魔導体術指導長は、ルイーズ学院長が兼任している。ディーボは口を開いた。

「僕は、魔導体術(まどうたいじゅつ)に加え、経営学、心理学、運動生理学を三歳の頃から徹底的に学んでいます。魔導体術(まどうたいじゅつ)の生徒の指導方法も、実質、僕の考えで進めているのです」

 ルイーズ学院長は、眉をひそめてデルゲスを見た。

「ディーボの言っていることは本当だ」

 デルゲス・ダイラントは真面目な顔で言った。

「グラントール王国最高の魔導体術(まどうたいじゅつ)養成学校、バルフェス学院の魔導体術(まどうたいじゅつ)指導長は、十七歳の少年だったってわけだ。こいつは天才だぜ」

 デルゲスは笑って言った。
 ルイーズ学院長は注意深く、このディーボという少年を見た。

「例えば、指導用の魔導体術(まどうたいじゅつ)の基礎、応用、すべて僕がプログラムを作っています」

 ディーボはすずしい顔で言った。

「生徒の食事に関してもカロリー、脂肪分、すべてチェックして管理。個々の能力は数値化しています」

 恐るべき少年がいたものだ、とルイーズ学院長は思った。

「も、もう分かったわ、ディーボ。さて、今日は、大切なご用があるとか……?」

 ルイーズ学院長は、丁寧に、ディーボに言った。

「宮廷は、私たちエースリートの生徒を、宮廷の保養施設に誘ってくださいました。感謝しているわ。話は、そのことかしら?」
「そんなにのんびりした話ではありません」

 ディーボの目がギラリと光ったようだった。

「魔王が復活するかもしれないのです」
「何ですって?」

 ルイーズ学院長は驚きの表情で、それでいて眉をひそめて、ディーボを見た。
 ディーボは話を続ける。

「もちろん、魔王はまだ復活などしていません。でも、復活するかもしれないと言い出したのは、宮廷の魔導預言者(まどうよげんしゃ)たちです。まだ国民には極秘事項。あなたも周囲に漏らさないようにしてください」

 魔王が復活するかもしれない。この言葉は、グラントール国民、いや全世界の人間に恐怖を与えることだろう。魔王と人類の争いの伝説は以下のように伝わっている。
 二千年前に、魔導体術(まどうたいじゅつ)を体得した「勇者」が「東の果ての国」の不死鳥山(ふしちょうさん)で魔王と対決。激闘の結果、魔王を封印した。
 それ以来、魔王は不死鳥山(ふしちょうさん)に封印されて眠っていると聞く。

 この話は、グラントール国民にとって伝説なのか事実なのか、あいまいなところだ。ルイーズ学院長にとってもそうだった。

 すると、デルゲスが腕組みをしながら口を開いた。

「最近、草原を徘徊する魔物が増えているのも、魔王復活の可能性に関係があるのだろう」
「預言者たちは、なぜ『魔王が復活する』などと言い出したの?」
不死鳥山(ふしちょうさん)の封印石にヒビが入っていたそうだ。この二千年間で初めてのことらしい」

 デルゲスの口調はふざけていない。息子のボーラスはバカ同然の少年だが、この男は体格に似合わず、頭が切れる。
 今度はディーボ・アルフェウス少年が口を開いた。

「ルイーズ学院長、魔導体術(まどうたいじゅつ)は何のためにあるのか、魔導体術(まどうたいじゅつ)の養成学校は何のためにあるのか、分かりますか?」
「……少年少女、国民の心身の育成のため……じゃないかしら」
「綺麗ごとを言っては困りますよ、ルイーズ学院長」

 ディーボは挑むような口調で言った。

「あなたはわかっているはずです。魔導体術(まどうたいじゅつ)について、一般に極秘にされていることを言ってみてください」
「そ、それは」

 ルイーズ学院長は、くっ、と息をついた。

「ま、魔導体術(まどうたいじゅつ)は、魔物との戦争のため……有事のための格闘術……」

 ルイーズ学院長の言葉に、ディーボはニヤリと笑った。