デルガ歴二四二一年。その年の九月十七日。

 ここはグラントール王国、魔導体術(まどうたいじゅつ)養成学校のドルゼック学院。
 僕の名前はレイジ・ターゼット。十六歳。ドルゼック学院の学生だ。

「おい、レイジ。お前なんかいらねえんだ。俺ら英雄メンバーから出て行け」
「ボ、ボーラス、何を言っているんだ?」

 僕は呆然とした。放課後、魔導体術(まどうたいじゅつ)の練習前、ドルゼック学院の屋外コロシアムの試合用リング上で、ボーラス・ダイラントにそう言われた。彼──ボーラスは、「春期(しゅんき)学生魔導体術(まどうたいじゅつ)大会・団体戦」の四位メンバーのリーダーで、ドルゼック学院の英雄と言われている。
 魔導体術(まどうたいじゅつ)とは、魔法と武術を組み合わせた、グラントール王国でもっとも盛んな格闘技だ。養成学校もたくさんある。学生も試合をし、パンチや蹴りを繰り出し、相手と闘う。
 
 ボーラスは身長182センチ、体重98キロの巨漢。だが、団体戦四位になって練習をさぼっているので、太り気味だ。もしかしたら今現在、体重は100キロを超えるかもしれない。

「あんたを見てると、イライラするのよねー。レイジ。だってあんたメチャ弱いじゃん」

 そう言ったのは団体戦四位メンバーの紅一点。魔力を込めた蹴り技が得意な、エルフ族のジェイニー・トリアだ。
 ──僕は、「弱い」という言葉に、ギクリとした。
 僕は確かに団体戦メンバーに入ってはいるが、試合には出てない。なぜなら物凄く弱いからだ。身長は158センチ、体重56キロ。僕はチビのヒョロガリだ。

 すると! 何とジェイニーは、いきなり前蹴りを繰り出した。

「う、ぐえ」

 僕の腹に、彼女のつま先が入る。
 僕はリング上に膝をついた。まさか、急に蹴りがくるとは思わなかった。

「はー、弱すぎない?」

 ジェイニーは呆れたように言った。
 僕はリング上に(ひざまず)いた。

 ちくしょう……どうしてこんなことになったんだ?
 
 ◇ ◇ ◇

 ──約四ヶ月前の、「春期(しゅんき)学生魔導体術(まどうたいじゅつ)大会・団体戦」のことをちょっとだけ、話そうと思う。
 だけどその前に、この国の伝説を簡単に説明したい。

 今から二千年前、世界は魔王に支配されていたそうだ。しかし、それを打ち倒したのが、勇者グラントールだ。僕は学校でそう習った。勇者は「魔導体術(まどうたいじゅつ)」という魔法と武術を組み合わせた格闘術を使い、魔王を打ち倒した──。

 これが魔導体術の簡単な歴史だ。

 そして今から四ヶ月前──。デルガ歴二四二一年、五月十五日。

 その日は、「春期(しゅんき)学生魔導体術(まどうたいじゅつ)大会・団体戦」があった日だ。

「ここだ、ボーラス」

 僕は、団体戦のメンバーのリーダー、ボーラス・ダイラントに向かって、パンチングミットを構えた。
 ここは王立競技場の控え室。巨漢のボーラスは、得意の右フックを、僕のパンチングミットに当ててくる。

 バスン!
 
 よし、重いパンチだ。彼は魔法を使うのは得意ではないが、申し分ないパンチだった。ボーラスは、試合でもきっと良い動きを見せるだろう。

「ふん、俺様のパンチで、相手全員、ぶっ倒してやる」

 ボーラスはそう言って、不敵(ふてき)に笑った。

 次は、エルフ族の少女、同じくクラスメイトのジェイニー・トリアが僕の前に出た。耳が長いのがチャーム・ポイント。彼女は得意の回し蹴りで、僕の持ったミットを蹴り上げる。

 バシン! 

 鋭い蹴りだ! 彼女の回し蹴りは、足に魔力が込められていて、威力も強くなっている。

「いいね」

 僕はジェイニーを褒めた。

 団体戦メンバーのボーラス、マーク、ジェイニーは肩を組んで、叫んだ。

「勝つぞ、相手を必ずぶっ潰す!」

 僕らは勝つ──!

 ◇ ◇ ◇

 これが約四ヶ月前の話だ。
 僕には何も落ち度はないはずだ……。ただ、一生懸命、練習パートナーを務めた。それを辞めろ、だなんて。

 さて、僕はさっき、いきなりジェイニーに、前蹴りを腹に入れられ、リング上で悶絶(もんぜつ)した。
 ジェイニーはクスクス笑って言った。

「そんなに力を入れてないけど。こないだ、ミシェールやミリーから笑われちゃった。どうして弱いレイジなんか、英雄メンバーに入れてるんだって」
「ジェイニーが嫌だってよ、レイジ」

 ボーラスは笑って言った。

「お前は普段、自分からは何も喋らない。だから、何考えてるか分からねえんだよ。はーあ、お前を見てるだけで、今度の冬期(とうき)の団体戦、負けそうな気分になるんだよな。お前、メンバーから出ていってくれよ」

 ボーラスは再び言った。ほ、本気なのか、ボーラス? 僕は二年間も、君たちの練習パートナーをつとめてきたじゃないか。今更やめろって言うのか?

「ま、待ってくれ!」

 僕はあわてて言った。

「僕は君たちのために、練習相手をちゃんとつとめてきた。春期魔導体術(しゅんきまどうたいじゅつ)大会の時だって、ミットを持って、君たちの攻撃をチェックした」

 パンチングミットを持つ技術は、強さとは違う、特殊な技術がいる。ボーラスたちのパンチのタイミングに合わせて、ミットを前に出すことが大事だ。そうすると良い音が出て、彼らが気持ちよく攻撃練習ができる。
 僕が二年間の練習パートナーとして、身に付けてきた技術だ。僕はそう説明したが、ボーラスは冷たく言い放った。

「たかがミット持ちに、技術なんてねーだろ」
「いや、それだけじゃない。試合前や練習前のエネルギー食を作ってきているじゃないか」

 僕は春期大会の時、バナネの実、アプルの実など果物のサラダを、家で作って持ってきた。試合前は必ずエネルギーをおぎなった方が良い。もちろん、脂肪分があるものは作らない。

 しかし後輩のホビット族、マーク・エルディンも笑っている。

「先輩、そんなもん、必要ないんスよ。俺らは学院の英雄だよ?」

 そ、そう言われてしまうと、何も言い返せない。でもまさか本当に、二年間一緒だった僕を、メンバーから外すって言うのか?

 ボスウッ

 ボーラスはいきなり僕に、お腹へのパンチ──ボディーブローを繰り出した。僕の体が折れ曲がる。

「ぐへええっ!」

 僕は試合用リング上でうめき声をあげる。ボーラスのパンチは重い。胃液が逆流しそうだ。

「ムカつくんだよ、ペラペラ生意気言いやがって。そういや、お前の代わりの練習メンバーを見つけたんだ」
「な、何だって?」
「ほら、同じクラスに、アルザー・ライオってヤツ、いるだろ。あいつさ」

 アルザー・ライオ! 獣人族(じゅうじんぞく)のヤツか。

「それにな、春期大会の三位決定戦、バカドワーフたちとの試合、お前のせいで負けたんだよ! お前の情報を信じたら、調子が狂ったんだ」

 ボーラスは僕をにらんでそう言った。
 僕のせい? いやいやいや、それはない。だって、ボーラスたちは三人全員、ギルタン学院のドワーフたちにKO負けだった。完全な実力差だ。
 僕のしたことは、ドワーフ族の長所や弱点を調べ上げて、ボーラスたちに伝えたことだ。ドワーフ族は幼い頃から鉱石掘りの仕事をする。だから引き込んだり、つかむ力が強いが、動きは遅い。

「え、栄養食を用意したり、敵の弱点を探るのも、絶対大事だ」
「いい加減にしろや。栄養とか弱点なんて、めんどくせー。あ、そうそう。これ、親父からのプレゼントだ」

 ボーラスは、ポケットから折りたたんだ紙を取り出した。そしてそれを僕の足元に放った。学院長のデルゲス・ダイラントは、ボーラスの父親だ。嫌な予感がする……。
 僕はしぶしぶ、その紙を拾い上げ、広げて読んだ。

「え……ああっ!」

 僕は驚いて声を上げた。

『レイジ・ターゼットへ 貴君(きくん)に【退学】を命じる。貴君(きくん)は努力不足で、ドルゼック学院生としてふさわしくない。我が校の面汚(つらよご)しにならぬよう、速やかに学院を出ていくように。──ドルゼック学院・学院長 魔導体術(まどうたいじゅつ)世界大会・第九十代優勝者 デルゲス・ダイラント』

 ぼ、僕が退学だって? 努力不足だって? 僕はボーラスたちのために、練習パートナーとして努力してきた!

「俺の親父、学院長じゃん?」

 ボーラスは言った。

「レイジが弱くてウザいって言ったら、『そうか』と言って、これくれたんだ」
「こ、これはあんまりだ」
「知らないわよ、バーカ!」

 ジェイニーが暴言を吐くと、僕の背中を蹴った。息が詰まる。

 僕は息を一つつき、試合用リングを降りた。後ろから笑い声が聞こえる。僕は悔しくて悔しくて、ボーラスたちの方を振り返ることができなかった。