旧校舎に飛びこみ、四階まで一気に駆けあがった。

全速力で走ってきたせいで、頭痛はさらにひどくなっている。呼吸のたびに頭がしめつけられ、めまいのような症状も起きている。

歯を()いしばってゆっくり廊下を進むと、教室の前にナイトがいた。

「ナイト……」

荒い息を整えながら、その名を呼んだ。なにもかもを見透かした顔のナイト。

「思い出した。ぜんぶ、思い出したよ」

「にゃお」

ナイトについて教室に入ると、窓側に碧人が立っていた。

窓に背中を預け腕を組む碧人に、青い光がスポットライトのように当たっている。

「碧人」

「実月」

お互いの名前を呼び合い、そして沈黙。教壇に飛び乗ったナイトが、その場で体を丸くした。

碧人に近づくと、彼はバツの悪い顔になった。昔からそうだった。ウソがバレたときや、ケンカになったときはこういう表情をしていたね。

「わかったよ。碧人、ぜんぶわかった」

「……なにを?」

「ずっと不思議だった。この一年……碧人が部活でケガをしてから、小さな違和感ばかり覚えていたから」

「違和感って?」

碧人はもう目を伏せてしまっている。

「去年の二学期に『あまり話しかけないで』って言ったよね? 急に暑がりになって、ジャージじゃなく夏服しか着なくなった。スマホも解約したって言われた」

「ああ、たしかに」

「帰り道やマンションでは話してくれたけど、引っ越しとか転校とか、段階をつけて私から離れようとしていた。でも、ぜんぶウソだよね?」

もう碧人は、口をギュッと結んで微動だにしない。

「梨央奈は何度も会ったはずの碧人のことを忘れていたし、葉菜は『つき合ってたの?』って過去形で聞いてきた」

それだけじゃない。お母さんも前までは碧人の話を出すたびに、違う話題に変えてきた。あんなに仲がよかった碧人のおばさんの話もしなくなった。

「みんなも碧人の話を避けていた。まるでいない人のように……」

「小早川さんとは普通に話をしているけど?」

「瞳は霊感が強いから。きっと、どこかのタイミングで碧人が私にバレないようにお願いしたんじゃないかな。『普通に接してほしい』って」

碧人が顔をあげた。その瞳までもが、青く染まっている。

「本当にぜんぶ思い出したのなら、言ってみて。ぜんぶの答えを」

「碧人は……」

こみあげてくる涙をこらえて、私は言う。

「碧人は……去年の夏、事故で亡くなった。そして、幽霊になってしまったんだよね?」

景色が波のように揺れてももう迷わない。

心の目を開いて過去を見つめると、あの悲しい夏が音もなくよみがえった。