王宮内に部屋をあてがわれた私は、王妃付きの女官として働くことになった。
「ミューリ」
読書好きな王妃は、身の回りの世話をしている間にも、最近読んだ本や好きな作家についての話を振ってくる。私の女官への起用は、ここで気の利いた返しができることを期待されてのことだった。
(ふぅ……)
部屋に戻ると、私はベッドに倒れ込む。けれど、このまま寝ることはできない。王妃の話について行けるだけの知識を取り入れるべく、勉強をする必要があった。
(カイルのレッスンを受けていた頃よりハードじゃない?)
専門スキルを期待されての起用には、こういった苦労がつきまとう。
同じく女官仲間の1人も、ファッションセンスを期待されてここに入ったため、常に流行の最先端を見逃すまいと神経をとがらせている。そちらはそちらで大変そうだった。
女官の仕事は思ったよりハードだ。ここへ来て数日間は仕事を覚えるのに必死で、それ以外のことを考えることがほとんどなかった。
仕事を終え、読書をして布団に入る。
目を閉じると、カイルと結婚してからの日々が懐かしく思い出された。
「寂しいな……」
無意識のうちに口から零れた言葉に、自分で驚く。
何を言っているのだろう。私は国王陛下の恋人となるため、カイルは見返りで出世するために結婚したのだ。目標達成まであと少し。私は陛下の愛を勝ち取ることだけを考えて頑張らなければならないのだ。
(今日もくたくた……)
一日の仕事を終え、私は部屋に戻る。寝る前の準備を整えると、私は椅子に座り本を取り出した。
(最近ペースが落ちているから、ちょっとは読み進めないと……)
そう思うのに上下の瞼がくっつきそうになる。文字を目で追おうとしても二重にぶれて見えるうえ、内容が頭に入ってこない。
(勉強、しなきゃ、いけないのに……)
ふっと意識が遠ざかる。それに気づいて慌てて姿勢を正す。幾度それを繰り返したのだろうか。いつの間にか私は眠りに落ちてしまっていた。
遠くでノックの音がした気がした。
(ん……)
身を起こして確認しなくてはいけない、そう思うのに体が動かない。
扉の閉じる音、空気の揺れる気配、衣擦れの音。
(誰か、入って来た?)
やがてベッドのきしむ音が耳に届く。
続いて聞こえてきたのは、低く甘い声だった。
「ミューリ・キサット」
そのたった一言で、私の意識は眠りの世界から引きずり出された。
「へ、陛下!?」
いつの間にか部屋の明かりは消え、月の光が憧れの人の姿を蒼白く浮かび上がらせていた。
「随分と疲れているようだな、ミューリ嬢」
「いえ、滅相もございません」
陛下がいる、私の部屋に、こんな夜更けに。
私のベットに。
その意味が分からないほど子どもではない。
一方で「まさか」「嘘でしょ」という思いがぬぐえない。
十二年もの間、恋焦がれつつもほとんど接点のなかった雲上人が、私を求めるはずなどない。
「驚かせてしまったようだな」
「えぇ、驚きました」
訓練しつくした表情筋が、慣れた笑顔を作り上げる。
「月の明かりが人の姿を持って、私の前に現れたのかと」
頭にしみ込んだ言葉が、なめらかに舌を動かす。
「ふふ、なるほどな」
言ったかと思うと、陛下は私の手を取り、強引に自分の方へと引き寄せた。
「っ!」
雄の匂いの立ち上る逞しい胸。衣服の胸元がはだけ、その肌が直に私の頬に触れる。
「陛下……」
「月の明かりが人の姿を取りし者の相手として、湖の精霊は実に相応しい、そう思わんか」
「え、えぇ……」
戸惑いながらも私はうなずく。
そんな私の様子に、陛下は楽しげな声を上げた。
「落ち着いた物言いをしておるが、これだけ肌を触れ合わせていれば、速い鼓動が直に聞こえてくる。……そなた、怖いのか?」
「……はい」
カイルは言っていた。嘘は言うなと。本当の気持ちを最大限に飾って伝えろと。
(カイル……)
「ミューリ」
読書好きな王妃は、身の回りの世話をしている間にも、最近読んだ本や好きな作家についての話を振ってくる。私の女官への起用は、ここで気の利いた返しができることを期待されてのことだった。
(ふぅ……)
部屋に戻ると、私はベッドに倒れ込む。けれど、このまま寝ることはできない。王妃の話について行けるだけの知識を取り入れるべく、勉強をする必要があった。
(カイルのレッスンを受けていた頃よりハードじゃない?)
専門スキルを期待されての起用には、こういった苦労がつきまとう。
同じく女官仲間の1人も、ファッションセンスを期待されてここに入ったため、常に流行の最先端を見逃すまいと神経をとがらせている。そちらはそちらで大変そうだった。
女官の仕事は思ったよりハードだ。ここへ来て数日間は仕事を覚えるのに必死で、それ以外のことを考えることがほとんどなかった。
仕事を終え、読書をして布団に入る。
目を閉じると、カイルと結婚してからの日々が懐かしく思い出された。
「寂しいな……」
無意識のうちに口から零れた言葉に、自分で驚く。
何を言っているのだろう。私は国王陛下の恋人となるため、カイルは見返りで出世するために結婚したのだ。目標達成まであと少し。私は陛下の愛を勝ち取ることだけを考えて頑張らなければならないのだ。
(今日もくたくた……)
一日の仕事を終え、私は部屋に戻る。寝る前の準備を整えると、私は椅子に座り本を取り出した。
(最近ペースが落ちているから、ちょっとは読み進めないと……)
そう思うのに上下の瞼がくっつきそうになる。文字を目で追おうとしても二重にぶれて見えるうえ、内容が頭に入ってこない。
(勉強、しなきゃ、いけないのに……)
ふっと意識が遠ざかる。それに気づいて慌てて姿勢を正す。幾度それを繰り返したのだろうか。いつの間にか私は眠りに落ちてしまっていた。
遠くでノックの音がした気がした。
(ん……)
身を起こして確認しなくてはいけない、そう思うのに体が動かない。
扉の閉じる音、空気の揺れる気配、衣擦れの音。
(誰か、入って来た?)
やがてベッドのきしむ音が耳に届く。
続いて聞こえてきたのは、低く甘い声だった。
「ミューリ・キサット」
そのたった一言で、私の意識は眠りの世界から引きずり出された。
「へ、陛下!?」
いつの間にか部屋の明かりは消え、月の光が憧れの人の姿を蒼白く浮かび上がらせていた。
「随分と疲れているようだな、ミューリ嬢」
「いえ、滅相もございません」
陛下がいる、私の部屋に、こんな夜更けに。
私のベットに。
その意味が分からないほど子どもではない。
一方で「まさか」「嘘でしょ」という思いがぬぐえない。
十二年もの間、恋焦がれつつもほとんど接点のなかった雲上人が、私を求めるはずなどない。
「驚かせてしまったようだな」
「えぇ、驚きました」
訓練しつくした表情筋が、慣れた笑顔を作り上げる。
「月の明かりが人の姿を持って、私の前に現れたのかと」
頭にしみ込んだ言葉が、なめらかに舌を動かす。
「ふふ、なるほどな」
言ったかと思うと、陛下は私の手を取り、強引に自分の方へと引き寄せた。
「っ!」
雄の匂いの立ち上る逞しい胸。衣服の胸元がはだけ、その肌が直に私の頬に触れる。
「陛下……」
「月の明かりが人の姿を取りし者の相手として、湖の精霊は実に相応しい、そう思わんか」
「え、えぇ……」
戸惑いながらも私はうなずく。
そんな私の様子に、陛下は楽しげな声を上げた。
「落ち着いた物言いをしておるが、これだけ肌を触れ合わせていれば、速い鼓動が直に聞こえてくる。……そなた、怖いのか?」
「……はい」
カイルは言っていた。嘘は言うなと。本当の気持ちを最大限に飾って伝えろと。
(カイル……)