もしも…あと一回だけ
奇跡を起こせるならば…
あなたは何を望みますか?
甄貴『私が望む事はただ一つです。
誰よりも愛する小龍様にあと一回だけお目にかかりたいのです…。』
そのように切なる願いを呟いたのは、
3ヶ月後に3歳となる息子を育てて未だに鄴城で帰る事の出来ない最愛の君を待ち続けている甄貴…字は桜綾《ヨウリン》でした。
飛龍「…。」
甄貴の隣で空を眺める少年は、
袁紹の次男である袁熙と甄貴の間に宿った愛の証でした。
甄貴「飛龍、貴方は知らないと思うけれど貴方の父親は…」
曹丕「飛龍の父親は誰だって…?
桜綾、そなたは一体…誰のお陰で命を繋いでいられると思っている?」
西暦207年09月15日、甄貴と飛龍が住まう鄴城を尋ねたのは…
甄貴「殿、お渡りになられるなど
私は全く聞いておりませんが…。」
甄貴に〈殿〉と呼ばれ不愉快そうに眉を顰《ひそ》めているのは…
曹丕「我が君とは私の事を呼ばぬのだな…あの頃はあの者を…我が君と呼んでいたというのに…」
治世の能臣・乱世の奸雄と称された曹操の次男であり甄貴にとっては2番目の夫となった曹丕…字は子桓でした。
甄貴「…我が君はこの世でただ一人。
ですから貴方の事は殿とお呼びしているではありませんか?」
曹丕「…私は覇道を受け継ぐために産まれた男ぞ?あの者より私を下に見るなどそなたは一体何様であるか?」
20歳になったばかりの曹丕は、
24歳になった甄貴の事を下に見て…
蔑むような態度を取りました。
甄貴『…我が君ならば…このような態度をなさったりはしないのに…。』
甄貴は今にも泣き出しそうな顔をしながらも曹丕の事を睨みました。
曹丕「私を不快にさせるとは…
まぁ良い、今は帰る事にするが
私の正妻である以上、きちんとした振る舞いをすべきではないのか?」
曹丕は鋭く切れ長な瞳の奥に怒りを宿しながらも鄴城を後にしました。
甄貴『ここは…本当は…我が君の実家だったはずなのに…』
しかし…
今や鄴城に靡く旗は全て曹の旗。
あと一回だけでも良いから…
袁熙に逢いたいと願っても…
甄貴の待つ場所へ袁熙が来たら…
それこそ命を散らしてしまう事になるのでございます。
現実は厳しい事は知っているものの
甄貴の願いは…
甄貴『あと一回、もし奇跡を起こせるのならば…私は我が君に逢いたいのです…。』