地面に日差しがじりじりと差す中、母さんに「電球買ってきて」と頼まれたて、俺は影が一切ない道を歩く。
初めは、行く気がなかったけど「おつりで、好きなの買っていいよ」と言われて引き付けてしまった。
ものにつられるなんて子供かよ、と五分ほど前の自分にツッコミを入れる。
「ふー」
暑い。本当に暑い。
家から五分歩いた場所にある店内は涼しかった。ささっと、電球を手に取り値段を見てみると渡されたお金の半分もなかった。
だから、高級そうなアイスを手に取り会計を済ませる。そして、店内の涼しさを惜しむように店から出る。
ほんの少し歩いただけなのにもう汗で服がベタベタだ。暑くて外でアイスを食べると気持ちよさそうだなと頭で考えたけど、やっぱり影がある橋の下でアイスを食べようとして移動中だ。俺の家の近くには、結構大きい川がある。その川は、中学生以来行っていなかった。やっと橋の近くについたと思うと、橋の下には、見覚えがある自転車が止められていた。
「あっ」
秋下稔(あきした みのる)のだ。
学校に行くときに、自転車をこいでいるアイツを見かけることが多い。
秋下は、容姿は結構整っていているからモテていて、いつも一人で本を読んでいる。
俺は、女子がどうして秋下が好きなのかはわからない。話しかけやすい方が絶対にいいに決まっている。なのに、『クールでかっこいい』とかで秋下のことが好きらしい。
「ねぇ、稔くんは、なんでここで本を読んでるの?」
稔に声をかけようとして、橋のした方へ近づくと、聞こえるはずがない声が聞こえてきた。
稔くん?
夢だったらこんな悪夢、さっさと醒めてくれと願う。
太陽に照らされて輝く汗が頬を伝ってアスパルトの地面に落ちる。
「ちょっと、無視しないでよ」
また、聞こえてきた声は紛れもなく、クラスの中心人物で俺の好きな人―――、渦島水都(うずしま みと)の声だった。
見たくないという恐怖と純粋に見てみたいという興味が頭の中で戦っている。
結局興味が勝ってしまって二人に見られないように、そーと様子をうかがう。
「読書の邪魔なんだけど。暇ならどっか行ってよ」
秋下は、あきれた声で言いながらため息をついている。
「えぇ、暇じゃないよ。君に会いに来たのに」
水都は、頬杖をつく。不意打ちに言われたせいか、秋下は本から視線を水都に向け、顔を上げる。その顔は、真っ赤に染まっていた。
まさか、秋下が顔を真っ赤すると思っていなかった水都の顔をみるみるリンゴみたいに赤に染まって
いく。
ああ、水都の好きな人って、秋下だったんだ。
自分じゃないことぐらいわかっていたけど、目のまえで好きな人と好きな人の好きな人が楽しそうにしているの見るのでは、負う傷のダメージが違う。
「ねぇ、そんな顔をしてどうしたの?」
聞き覚えがない声が聞こえる。水都よりほんの少し高い。
「無視?私のこと知ってると思うんだけど」
こんな声知らない、と思いながらゆっくり振り返る。
「おっ、やっとこっちを向いた」
後ろにいたのは、水都の友達でクラスのムードメーカ・鷹野陽依(たかの ひより)だった。
「あっ、稔と水都じゃん」
陽依は、目を大きく見開きながら秋下と水都が仲良さそうに笑うのを見て言う。
「へぇ、やっとくっついたのか」
陽依は、水都が秋下のことを好きだったことを知っているようだ。
「おまっ、知っていたか」
「知ってるよ、だって水都に相談されてたもん」
陽依は、ニマニマした顔つきで秋下と水都を眺める。
「・・・いいな」
ボソっと陽依の方から声が聞こえてきた。でも、声が小さすぎて聞きずらかった。
「何って言った?」
「なんでもないよ」
陽依は、ニコッと笑う。俺は、そんな陽依から水都に視線を移す。二人は、顔を赤らめながら楽しそうに会話している。水都って、あんな顔で笑うんだ。見たことがない、俺が知らない顔だった。
「いい顔、するようになったでしょ」
陽依は、眩しそうに水都を見る。だけど、その瞳は寂しげに揺れている気がする。
「稔のおかげだね」
彼女は、そう言って回れ右をする。
「邪魔になるかもしれないから、早くいこう?」
陽依は、友だち思いだと思う。だって、相手が幸せそうに笑っていてそれで自分も笑えているのだから。
「あ、ああ」
俺は、慌てて陽依についていく。
「でも、失恋しちゃったね」
は?
「水都のこと、好きだったでしょ。だから、あんな顔してたんでしょ?」
陽依はニヤニヤして俺の肩をバシバシ叩く。
「でも、あんた結構モテるから、もっとかわいい子のことを好きなると思ってた」
俺の好きなタイプに当てはまる水都。だけど、好きになったきっかけはちゃんとあった。
「俺さ、一度だけ体育大会の練習の時に足くじいて、水都だけ気づいてくれたんだ。それから、黒板を消したり先生の手伝いをしてるところとかの水都の優しさに惹かれた」
「そっか」
陽依は、からかうこともなくただただ、空を見上げる。その横顔はなぜか今にも消えそうで怖かった。
「あのさ、」
「ねぇ!」
話しかけようとしたら、陽依の声でかき消された。
「暇だったら、ちょっと付き合ってよ」
何もしてないから買い物を頼まれれた。ということは、暇でいいんだよな・・・。
「わかった。でも、買い物たのまれていたから、荷物だけ家に置きたいからついてきて」
「んー」
陽依は、俺の家を知らないはずなのにトコトコ家の方向に歩き始める。
「家、知ってんの?」
「あー、んー、まー、ちょっとね」
陽依は、頬をポリポリかいて俺から視線を逸らす。
「早くいくよ、時間は有限なんだから」
俺は、陽依の隣を歩く。チラッと横を見ると陽依は空を見上げていた。
でも、その顔はどこか寂しげで、どうしてそんな顔をするのか気になる。
「ついた、ほら早く行った行った」
俺の家の前に来ると早くして来い、という風にシッシと手を払う。
「おー」
俺は、家に入りリビングの机に買ってきた電球をおいて、階段に上る。
俺の部屋は二階にあって、部屋に入り、ボディーバックを取って家を出る。
「暑い」
家から出てすぐのところで陽依がいた。陰でいたらまだ風があるのに、そんなところで待っているか暑いんだ、と口から文句が出そうになるがその言葉を飲み込む。陽依に文句を言うと後がめんどくさい。
「海にいこうっ!」
は?
海?
なんで?行く意味は?付き合ってやるとは言ったけど、海まで付き合うとはいてない。
今から海なんて結構の時間をかけていくことになる。だったら、また今度でも付き合ってやるのに。
「また、今度行くから」
「今日、行きたいの・・・」
「なんで・・・」
「あと、帰りたくないし・・・」
ボッソと陽依がつぶやく。でも、声が小さすぎて聞き取れなかった。だけど、一瞬、陽依の顔が陰った気がする。
「わかった」
だって、陽依のあんな顔をされたら、断れるはずがなかった。あんな顔をさせているのは、自分のせいでもある気がしたから。だから、海に行っていつもの笑顔に戻してやろうと思った。ただ、それだけだった。どうして、そんなことを言ったのかわからないまま、俺たちは海へ行く電車に乗った。陽依は、もともと誘う気でいたから切符のお金をださなくていいと、言っていたかけどそれは違うと思い、切符は自分で買った。
ガタゴト、ガタゴト
電車には、誰も乗っていなかった。ほかの車両に入るかもしれないが、俺たちの乗った車両は誰もいなかった。なのに、陽依は黙っていた。普通は、誰もいなかったらラッキーと思って、大きな声でしゃべるのが陽依はなのに、黙ったままだった。
「なあ、あとどれぐらい乗るっけ?」
沈黙が重すぎて、俺は変なことを言っていないか考えながら聞く。
「ふっ、あと、二駅だよ」
俺の考えを察したのか、面白そうに笑いながら言う。その笑顔はちゃんとクラスでバカ言っている陽依の笑顔だった。
「そうか・・・」
陽依の笑顔を見れて安心したのか、思ったより口から情けない声が聞こえた。
「そこまで心配だったの?」
「いや別に、そうじゃない」
「ほんとに?」
「そうだ」
「ふっ」
陽依は、人間観察が上手い。だから、嘘をついても一瞬でバレてしまう。
過去に一度、陽依の誕生日にサプライズを仕掛けようとしたけど、結局バレてしまった。だから、サプライズじゃなくて、普通に誕生日会みたいなのをクラスでやったのをなんとなく覚えている。
「着いた」
陽依は、駅からすぐ出て浜辺に走って行った。後ろから見ると子供っぽく見える。
「早くいくよ~」
彼女は、本当に子どもみたいにはしゃぎだす。俺は、はしゃぐ陽依の後をゆっくり歩いていく。
陽依の後をついていくと、瑠璃色の海が見えてきた。
「きれい~」
「・・・きれいだ」
本当に、きれいだった。海も。海に笑みをこぼしている陽依も。
「なあ、なんでここに来たかったんだ?」
「んー、昔ここで自殺しようって考えたことがあったから。しかも、今日がその日」
ゴクリと唾を飲み込む。いつも笑顔で悩み事がなさそうな陽依が死のうと考えたことがあるなんて。
今日頑なに海に来たかったのは、今日が死のうと思って自殺しようとした日だからだ。
「本気で死のうとは思ってた」
「・・・」
何も言えなかった。あいつにも悩み事があるなんて。
「それでね、その時に止めてくれたのが水都なの」
ああ、だからだ。水都の近くには必ず陽依がいたのは。いや、陽依のそばにいたのが水都だったんだ。
水都は、陽依に「死にたい」と思わせないために。
「だからね、水都の好きな人もわかっていたし、稔は私の幼馴染だったから、稔の好きな人もわかっていたんだ」
そうか、だから「やっと、くっついたんだ」って言っていたんだ。
彼女は、俺から視線を逸らして海に目を向けた。その横顔はどこか寂しげだった。
「だからね、水都の近くにいると君がよくこっちを見てることに気付いていたの」
ああ、だから全部を知っているような口ぶりだったのか。
「なんで、死のうと思ったんだ・・・」
聞かない方がいいと思った。だけど、普通に気になった。彼女を追いこめた理由が知りたかった。
もし、今も苦しめられているのなら助けてやりたい、と思ったから。
「んー、親がね。私のことを何度も何度も殴ってくるし、悪口しか言わない。だから、生きる価値なんてとっくにないと思ったからだよ」
陽依は、いつものように笑う。笑ってるくせして、苦しそうに笑う。本当にイラつく。
「さっ、暗くなってきたし帰ろっか」
陽依は、重い空気に空気に耐えられなくなったのか、急に立ち上がり笑顔で話し出す。でも、声が震えている。
「待てよ!」
俺は、陽依の手首をとっさに掴む。掴む手に力が入る。どうして彼女のことでここまで必死なのかわからない。
でも、こんなによわっている陽依をこのまま帰らせちゃいけないって、思った。
「そんなこと、しないで。期待しちゃうよ」
消え入れそうな声でそう言って、俺の手を振り払う。
「バイバイ、付き合ってくれてありがとう」
俺は、何も言えなかった。陽依を追いかけないといけないのに、動けなかった。足に重りがのかったみたいに、重い。
それから、どう帰ったかは覚えていないまま、学校に行く日になっていた。
「おはよー」
教室に早く着たせいか誰もいなかった。はずなのに俺が席を座った瞬間、水都が大きなあいさつをして教室に入ってきた。
「ねぇ、君さ。陽依を泣かせないでくれる?」
えっ。
「陽依さ、昨日ね。私の家まで来て泣いてきたんだよ!?一体なにしたの?」
「えっ、ちょっ」
陽依が泣いた?あの笑顔しか浮かべなさそうなあいつが?
「陽依の気持ちになってよ。君、好きな人いるでしょ?」
「えっ、いたけど・・・、失恋した」
「は?どうゆう・・・」
「俺が好きなのは、水都」
「えっ」
それを聞いてショックで固まる、水都の頬に涙が伝う。
「嘘だ、そんなの、陽依がかわいそうだよッ」
そう言って、しゃがみこんでしまった。どうゆうことだ?陽依がかわいそう?
「だって、陽依が好きなのはッ」
「それを言ったら、陽依がかわいそうだ」
水都の口が誰かの手でふさがれる。手を伝っていくとそこには、秋下がいた。
「そ、そうだね。取り乱してごめん」
水都は、秋下を見て落ち着いたのか、泣いてはいなかった。
秋下がいるなら大丈夫だろうし、二人が付き合っているのなら俺は邪魔になってしまうから、さっさと教室から出ようとドアの方に足を前に動かす。
「ちょっと待って」
声の主がいる後ろを振り返る。声の主は,秋下と水都だった。
「あのね、陽依は・・・」
水都はワタワタして、何を伝えたいのか全然わからない。そこで、秋下が代わって口を開いた。
「陽依を大切にできないなら、陽依に関わるな」
「うん、陽依を傷つけたら許さないから」
二人は、真剣な瞳で言う。だけど、意味がわからない。だって、これを秋下に言われたくない。水都の彼氏なくせに、他の女子について話さないでほしい。
「陽依の過去を知っているなら、なおさらだ」
「うん」
秋下の言葉に、水都は悲しそうに相槌を打つ。
本当に、二人は陽依のことを心配しているのだと思う。
「私は!そんな二人を見ていると、自分が汚く見えるッ!」
教室のドアの方から、よく知っている声が聞こえる。声の持ち主はやはり、陽依だった。
「知らないでしょ!?二人を見ていると、自分はこんなに醜いんだって思ってるってッ」
陽依の声がいつもより高い。声が震えてる。これは、どうみても怒りの震えだ。
「私は、稔と水都が仲良くしているところ見て、いつもいいなって思ったッ」
誰も止めなかった。陽依の悲痛の訴えを。
「知ってるよッ。昨日、稔と水都が仲良くしているところを目撃して失恋していた君の気持ちを知ってるよッ」
「は?」
俺が、水都のことを好きだったと知り、急に稔が目つきを変え睨んでくる。
「二人は優しいから、私と君が結ばれるように思ってたかもしれないれど、君が好きなのは水都なんでしょッ」
そうだ。俺が好きなのは水都のはずなのに、そのはずなのに、なんで泣いている陽依を抱きしめてやりたい、涙をぬぐってやりたいと考えている自分がいる。
「私さえ、いなきゃよかったんだッ、だったら、みんな笑っていたかもしれないのにッ」
陽依の言葉に息ができなかった。その言葉は自分があの時、死ねばよかったと言っているように聞こえる。
いや、陽依がそう思っているんだ。
「そんなことない!そんなこと、言わないで!」
水都は、顔を歪めて声を上げる。自分の助けた人が「死ねばよかった」なんて聞いたらそりゃ、怒るにきまっている。
しかも、今は友達だ。
「私は、陽依を助けたから陽依と友達になれた。だから、私は陽依を助けたことに後悔はないよ」
「そりゃ、そうだ。だって、命を助けたんだもん。でも、私は死にたかったッ」
「っ、陽依!」
誰だって、止めるだろう。でも、俺は止めれなかった。今、止めてしまうと陽依は本音を隠してそのままでいて、いつか心が壊れて俺の前から消えていなくなってしまう気がするから。
「はは、私だけだね。こんなに叫んで取り乱して。もうすぐ、みんな教室に来るからちょっと頭冷やしてくるね」
「おいっ」
「追いかけてくる」
秋下は追いかけようとする水都の手首を掴んで、首を横に振る。その動きは「行くな」と言っているようだ。
「お前がいけ」
「言われなくても行くよ」
俺は、秋下と水都に背を向けて教室を出る。廊下には、登校してきた生徒で賑わい始めていた。
「あいつッ」
陽依ならどこに行く。考えろ、考えろ。あいつなら・・・。
「・・・海だ」
「やっぱり、私も行く!」
後ろから、秋下と水都が見える。たぶん、水都が懇願して秋下が折れて結局ついてくることにしたんだろう。
「じゃあ、ついてきて」
俺は、水都たちがついていきていることを確認しながら海に向かう。
初めは、行く気がなかったけど「おつりで、好きなの買っていいよ」と言われて引き付けてしまった。
ものにつられるなんて子供かよ、と五分ほど前の自分にツッコミを入れる。
「ふー」
暑い。本当に暑い。
家から五分歩いた場所にある店内は涼しかった。ささっと、電球を手に取り値段を見てみると渡されたお金の半分もなかった。
だから、高級そうなアイスを手に取り会計を済ませる。そして、店内の涼しさを惜しむように店から出る。
ほんの少し歩いただけなのにもう汗で服がベタベタだ。暑くて外でアイスを食べると気持ちよさそうだなと頭で考えたけど、やっぱり影がある橋の下でアイスを食べようとして移動中だ。俺の家の近くには、結構大きい川がある。その川は、中学生以来行っていなかった。やっと橋の近くについたと思うと、橋の下には、見覚えがある自転車が止められていた。
「あっ」
秋下稔(あきした みのる)のだ。
学校に行くときに、自転車をこいでいるアイツを見かけることが多い。
秋下は、容姿は結構整っていているからモテていて、いつも一人で本を読んでいる。
俺は、女子がどうして秋下が好きなのかはわからない。話しかけやすい方が絶対にいいに決まっている。なのに、『クールでかっこいい』とかで秋下のことが好きらしい。
「ねぇ、稔くんは、なんでここで本を読んでるの?」
稔に声をかけようとして、橋のした方へ近づくと、聞こえるはずがない声が聞こえてきた。
稔くん?
夢だったらこんな悪夢、さっさと醒めてくれと願う。
太陽に照らされて輝く汗が頬を伝ってアスパルトの地面に落ちる。
「ちょっと、無視しないでよ」
また、聞こえてきた声は紛れもなく、クラスの中心人物で俺の好きな人―――、渦島水都(うずしま みと)の声だった。
見たくないという恐怖と純粋に見てみたいという興味が頭の中で戦っている。
結局興味が勝ってしまって二人に見られないように、そーと様子をうかがう。
「読書の邪魔なんだけど。暇ならどっか行ってよ」
秋下は、あきれた声で言いながらため息をついている。
「えぇ、暇じゃないよ。君に会いに来たのに」
水都は、頬杖をつく。不意打ちに言われたせいか、秋下は本から視線を水都に向け、顔を上げる。その顔は、真っ赤に染まっていた。
まさか、秋下が顔を真っ赤すると思っていなかった水都の顔をみるみるリンゴみたいに赤に染まって
いく。
ああ、水都の好きな人って、秋下だったんだ。
自分じゃないことぐらいわかっていたけど、目のまえで好きな人と好きな人の好きな人が楽しそうにしているの見るのでは、負う傷のダメージが違う。
「ねぇ、そんな顔をしてどうしたの?」
聞き覚えがない声が聞こえる。水都よりほんの少し高い。
「無視?私のこと知ってると思うんだけど」
こんな声知らない、と思いながらゆっくり振り返る。
「おっ、やっとこっちを向いた」
後ろにいたのは、水都の友達でクラスのムードメーカ・鷹野陽依(たかの ひより)だった。
「あっ、稔と水都じゃん」
陽依は、目を大きく見開きながら秋下と水都が仲良さそうに笑うのを見て言う。
「へぇ、やっとくっついたのか」
陽依は、水都が秋下のことを好きだったことを知っているようだ。
「おまっ、知っていたか」
「知ってるよ、だって水都に相談されてたもん」
陽依は、ニマニマした顔つきで秋下と水都を眺める。
「・・・いいな」
ボソっと陽依の方から声が聞こえてきた。でも、声が小さすぎて聞きずらかった。
「何って言った?」
「なんでもないよ」
陽依は、ニコッと笑う。俺は、そんな陽依から水都に視線を移す。二人は、顔を赤らめながら楽しそうに会話している。水都って、あんな顔で笑うんだ。見たことがない、俺が知らない顔だった。
「いい顔、するようになったでしょ」
陽依は、眩しそうに水都を見る。だけど、その瞳は寂しげに揺れている気がする。
「稔のおかげだね」
彼女は、そう言って回れ右をする。
「邪魔になるかもしれないから、早くいこう?」
陽依は、友だち思いだと思う。だって、相手が幸せそうに笑っていてそれで自分も笑えているのだから。
「あ、ああ」
俺は、慌てて陽依についていく。
「でも、失恋しちゃったね」
は?
「水都のこと、好きだったでしょ。だから、あんな顔してたんでしょ?」
陽依はニヤニヤして俺の肩をバシバシ叩く。
「でも、あんた結構モテるから、もっとかわいい子のことを好きなると思ってた」
俺の好きなタイプに当てはまる水都。だけど、好きになったきっかけはちゃんとあった。
「俺さ、一度だけ体育大会の練習の時に足くじいて、水都だけ気づいてくれたんだ。それから、黒板を消したり先生の手伝いをしてるところとかの水都の優しさに惹かれた」
「そっか」
陽依は、からかうこともなくただただ、空を見上げる。その横顔はなぜか今にも消えそうで怖かった。
「あのさ、」
「ねぇ!」
話しかけようとしたら、陽依の声でかき消された。
「暇だったら、ちょっと付き合ってよ」
何もしてないから買い物を頼まれれた。ということは、暇でいいんだよな・・・。
「わかった。でも、買い物たのまれていたから、荷物だけ家に置きたいからついてきて」
「んー」
陽依は、俺の家を知らないはずなのにトコトコ家の方向に歩き始める。
「家、知ってんの?」
「あー、んー、まー、ちょっとね」
陽依は、頬をポリポリかいて俺から視線を逸らす。
「早くいくよ、時間は有限なんだから」
俺は、陽依の隣を歩く。チラッと横を見ると陽依は空を見上げていた。
でも、その顔はどこか寂しげで、どうしてそんな顔をするのか気になる。
「ついた、ほら早く行った行った」
俺の家の前に来ると早くして来い、という風にシッシと手を払う。
「おー」
俺は、家に入りリビングの机に買ってきた電球をおいて、階段に上る。
俺の部屋は二階にあって、部屋に入り、ボディーバックを取って家を出る。
「暑い」
家から出てすぐのところで陽依がいた。陰でいたらまだ風があるのに、そんなところで待っているか暑いんだ、と口から文句が出そうになるがその言葉を飲み込む。陽依に文句を言うと後がめんどくさい。
「海にいこうっ!」
は?
海?
なんで?行く意味は?付き合ってやるとは言ったけど、海まで付き合うとはいてない。
今から海なんて結構の時間をかけていくことになる。だったら、また今度でも付き合ってやるのに。
「また、今度行くから」
「今日、行きたいの・・・」
「なんで・・・」
「あと、帰りたくないし・・・」
ボッソと陽依がつぶやく。でも、声が小さすぎて聞き取れなかった。だけど、一瞬、陽依の顔が陰った気がする。
「わかった」
だって、陽依のあんな顔をされたら、断れるはずがなかった。あんな顔をさせているのは、自分のせいでもある気がしたから。だから、海に行っていつもの笑顔に戻してやろうと思った。ただ、それだけだった。どうして、そんなことを言ったのかわからないまま、俺たちは海へ行く電車に乗った。陽依は、もともと誘う気でいたから切符のお金をださなくていいと、言っていたかけどそれは違うと思い、切符は自分で買った。
ガタゴト、ガタゴト
電車には、誰も乗っていなかった。ほかの車両に入るかもしれないが、俺たちの乗った車両は誰もいなかった。なのに、陽依は黙っていた。普通は、誰もいなかったらラッキーと思って、大きな声でしゃべるのが陽依はなのに、黙ったままだった。
「なあ、あとどれぐらい乗るっけ?」
沈黙が重すぎて、俺は変なことを言っていないか考えながら聞く。
「ふっ、あと、二駅だよ」
俺の考えを察したのか、面白そうに笑いながら言う。その笑顔はちゃんとクラスでバカ言っている陽依の笑顔だった。
「そうか・・・」
陽依の笑顔を見れて安心したのか、思ったより口から情けない声が聞こえた。
「そこまで心配だったの?」
「いや別に、そうじゃない」
「ほんとに?」
「そうだ」
「ふっ」
陽依は、人間観察が上手い。だから、嘘をついても一瞬でバレてしまう。
過去に一度、陽依の誕生日にサプライズを仕掛けようとしたけど、結局バレてしまった。だから、サプライズじゃなくて、普通に誕生日会みたいなのをクラスでやったのをなんとなく覚えている。
「着いた」
陽依は、駅からすぐ出て浜辺に走って行った。後ろから見ると子供っぽく見える。
「早くいくよ~」
彼女は、本当に子どもみたいにはしゃぎだす。俺は、はしゃぐ陽依の後をゆっくり歩いていく。
陽依の後をついていくと、瑠璃色の海が見えてきた。
「きれい~」
「・・・きれいだ」
本当に、きれいだった。海も。海に笑みをこぼしている陽依も。
「なあ、なんでここに来たかったんだ?」
「んー、昔ここで自殺しようって考えたことがあったから。しかも、今日がその日」
ゴクリと唾を飲み込む。いつも笑顔で悩み事がなさそうな陽依が死のうと考えたことがあるなんて。
今日頑なに海に来たかったのは、今日が死のうと思って自殺しようとした日だからだ。
「本気で死のうとは思ってた」
「・・・」
何も言えなかった。あいつにも悩み事があるなんて。
「それでね、その時に止めてくれたのが水都なの」
ああ、だからだ。水都の近くには必ず陽依がいたのは。いや、陽依のそばにいたのが水都だったんだ。
水都は、陽依に「死にたい」と思わせないために。
「だからね、水都の好きな人もわかっていたし、稔は私の幼馴染だったから、稔の好きな人もわかっていたんだ」
そうか、だから「やっと、くっついたんだ」って言っていたんだ。
彼女は、俺から視線を逸らして海に目を向けた。その横顔はどこか寂しげだった。
「だからね、水都の近くにいると君がよくこっちを見てることに気付いていたの」
ああ、だから全部を知っているような口ぶりだったのか。
「なんで、死のうと思ったんだ・・・」
聞かない方がいいと思った。だけど、普通に気になった。彼女を追いこめた理由が知りたかった。
もし、今も苦しめられているのなら助けてやりたい、と思ったから。
「んー、親がね。私のことを何度も何度も殴ってくるし、悪口しか言わない。だから、生きる価値なんてとっくにないと思ったからだよ」
陽依は、いつものように笑う。笑ってるくせして、苦しそうに笑う。本当にイラつく。
「さっ、暗くなってきたし帰ろっか」
陽依は、重い空気に空気に耐えられなくなったのか、急に立ち上がり笑顔で話し出す。でも、声が震えている。
「待てよ!」
俺は、陽依の手首をとっさに掴む。掴む手に力が入る。どうして彼女のことでここまで必死なのかわからない。
でも、こんなによわっている陽依をこのまま帰らせちゃいけないって、思った。
「そんなこと、しないで。期待しちゃうよ」
消え入れそうな声でそう言って、俺の手を振り払う。
「バイバイ、付き合ってくれてありがとう」
俺は、何も言えなかった。陽依を追いかけないといけないのに、動けなかった。足に重りがのかったみたいに、重い。
それから、どう帰ったかは覚えていないまま、学校に行く日になっていた。
「おはよー」
教室に早く着たせいか誰もいなかった。はずなのに俺が席を座った瞬間、水都が大きなあいさつをして教室に入ってきた。
「ねぇ、君さ。陽依を泣かせないでくれる?」
えっ。
「陽依さ、昨日ね。私の家まで来て泣いてきたんだよ!?一体なにしたの?」
「えっ、ちょっ」
陽依が泣いた?あの笑顔しか浮かべなさそうなあいつが?
「陽依の気持ちになってよ。君、好きな人いるでしょ?」
「えっ、いたけど・・・、失恋した」
「は?どうゆう・・・」
「俺が好きなのは、水都」
「えっ」
それを聞いてショックで固まる、水都の頬に涙が伝う。
「嘘だ、そんなの、陽依がかわいそうだよッ」
そう言って、しゃがみこんでしまった。どうゆうことだ?陽依がかわいそう?
「だって、陽依が好きなのはッ」
「それを言ったら、陽依がかわいそうだ」
水都の口が誰かの手でふさがれる。手を伝っていくとそこには、秋下がいた。
「そ、そうだね。取り乱してごめん」
水都は、秋下を見て落ち着いたのか、泣いてはいなかった。
秋下がいるなら大丈夫だろうし、二人が付き合っているのなら俺は邪魔になってしまうから、さっさと教室から出ようとドアの方に足を前に動かす。
「ちょっと待って」
声の主がいる後ろを振り返る。声の主は,秋下と水都だった。
「あのね、陽依は・・・」
水都はワタワタして、何を伝えたいのか全然わからない。そこで、秋下が代わって口を開いた。
「陽依を大切にできないなら、陽依に関わるな」
「うん、陽依を傷つけたら許さないから」
二人は、真剣な瞳で言う。だけど、意味がわからない。だって、これを秋下に言われたくない。水都の彼氏なくせに、他の女子について話さないでほしい。
「陽依の過去を知っているなら、なおさらだ」
「うん」
秋下の言葉に、水都は悲しそうに相槌を打つ。
本当に、二人は陽依のことを心配しているのだと思う。
「私は!そんな二人を見ていると、自分が汚く見えるッ!」
教室のドアの方から、よく知っている声が聞こえる。声の持ち主はやはり、陽依だった。
「知らないでしょ!?二人を見ていると、自分はこんなに醜いんだって思ってるってッ」
陽依の声がいつもより高い。声が震えてる。これは、どうみても怒りの震えだ。
「私は、稔と水都が仲良くしているところ見て、いつもいいなって思ったッ」
誰も止めなかった。陽依の悲痛の訴えを。
「知ってるよッ。昨日、稔と水都が仲良くしているところを目撃して失恋していた君の気持ちを知ってるよッ」
「は?」
俺が、水都のことを好きだったと知り、急に稔が目つきを変え睨んでくる。
「二人は優しいから、私と君が結ばれるように思ってたかもしれないれど、君が好きなのは水都なんでしょッ」
そうだ。俺が好きなのは水都のはずなのに、そのはずなのに、なんで泣いている陽依を抱きしめてやりたい、涙をぬぐってやりたいと考えている自分がいる。
「私さえ、いなきゃよかったんだッ、だったら、みんな笑っていたかもしれないのにッ」
陽依の言葉に息ができなかった。その言葉は自分があの時、死ねばよかったと言っているように聞こえる。
いや、陽依がそう思っているんだ。
「そんなことない!そんなこと、言わないで!」
水都は、顔を歪めて声を上げる。自分の助けた人が「死ねばよかった」なんて聞いたらそりゃ、怒るにきまっている。
しかも、今は友達だ。
「私は、陽依を助けたから陽依と友達になれた。だから、私は陽依を助けたことに後悔はないよ」
「そりゃ、そうだ。だって、命を助けたんだもん。でも、私は死にたかったッ」
「っ、陽依!」
誰だって、止めるだろう。でも、俺は止めれなかった。今、止めてしまうと陽依は本音を隠してそのままでいて、いつか心が壊れて俺の前から消えていなくなってしまう気がするから。
「はは、私だけだね。こんなに叫んで取り乱して。もうすぐ、みんな教室に来るからちょっと頭冷やしてくるね」
「おいっ」
「追いかけてくる」
秋下は追いかけようとする水都の手首を掴んで、首を横に振る。その動きは「行くな」と言っているようだ。
「お前がいけ」
「言われなくても行くよ」
俺は、秋下と水都に背を向けて教室を出る。廊下には、登校してきた生徒で賑わい始めていた。
「あいつッ」
陽依ならどこに行く。考えろ、考えろ。あいつなら・・・。
「・・・海だ」
「やっぱり、私も行く!」
後ろから、秋下と水都が見える。たぶん、水都が懇願して秋下が折れて結局ついてくることにしたんだろう。
「じゃあ、ついてきて」
俺は、水都たちがついていきていることを確認しながら海に向かう。