「ちょっと、ふたりとも……あっ」
丘先生が慌てた様子で出てきた。廊下は走るなとか言おうとしたんだろうけれど、もうふたりの姿はない。階段を駆け降りていく音が段々と遠くなっていくだけである。
「椋翔くん、大丈夫!?」
丘先生は図書室の中に頭を向けて引き返していった。中を覗いてみると、椋翔くんが椅子に座ったままヘッドフォンのようなものを両手で押さえている。灰色に澄んだ目をきつく閉じて、何かに耐えるように顔を俯かせていた。
何が起きているんだろう。全くわからない。足は床に縛り付けられたように動かないし、心はスクランブルエッグのように入り乱れている。
生徒と久しぶりに話す会話。小さな声。柚香さんの怒声。そして、椋翔くんが苦しむ姿。
非日常な出来事が目の前で連続して起き、夢なのか現実なのかわかりにくくなっていく。この状況を理解しろと言われても到底無理だ。頭の中はすでに混乱の極みに達している。
意識がぼんやりとしてきて、その場に倒れそうになった時、手を引っ張られた感覚がした。顔を上げると椋翔くんがいる。ついさっきまでヘッドフォンのようなものを押さえてもだえていたのにいつの間に正気を戻したのだろう。
「……だ、大丈夫?」
出した声は死にかけのスズメみたいに掠れていた。椋翔くんは私を立たせると、手を離してくれる。それからメモ用紙にペンを走らせた。
『それはこっちのセリフ。俺は慣れてるから心配すんな』
「そうよ、人の心配より自分の心配」
椋翔くんの隣には丘先生が立っていて、眉を八の字に下げている。
「あ、ありがとうございます」
おかげで意識がはっきりとしてきた。一端落ち着こう。深く呼吸すると、混乱はこころなしか収まってきた。
「中入って休んでて。先生は飲み物持ってくるから」
そう言って丘先生は階段を降りていく。
それを尻目に図書室の中へと戻り、閉じたままの本を置きっぱなしにしている席へと腰掛ける。それと同時にふっと体全体の力が抜けた。
背もたれにもたれかかり、目を閉じる。図書室のひんやりとした空気が、熱くなった頭を冷やしてくれるかのように心地よい。 隣からは椅子を引く音がして、目を開くと椋翔くんは座りながら深く息を吐いていた。
その落ち着いた表情にさっきの状態が嘘だったかのように錯覚させる。慣れているのは本当のようだ。
「ねぇ――」
話かけようとすると、彼はメモ用紙とペンを渡された。まただ。ことごとく筆談を強要してくる。
『聞こえすぎるってどういうこと?』
言葉では聞いても、具体的にはわからない。苦しむ姿が一瞬頭にチラついてペンは止まったが、聞かずにはいられなかったためすぐに動かした。
『ごめん、その話はできねぇ』
しかしやはり野暮だったらしい。あとで丘先生にでも聞けばわかるだろう。とはいえ、他に話題を振ろうと考えてもこれというものが出てこない。
丘先生が慌てた様子で出てきた。廊下は走るなとか言おうとしたんだろうけれど、もうふたりの姿はない。階段を駆け降りていく音が段々と遠くなっていくだけである。
「椋翔くん、大丈夫!?」
丘先生は図書室の中に頭を向けて引き返していった。中を覗いてみると、椋翔くんが椅子に座ったままヘッドフォンのようなものを両手で押さえている。灰色に澄んだ目をきつく閉じて、何かに耐えるように顔を俯かせていた。
何が起きているんだろう。全くわからない。足は床に縛り付けられたように動かないし、心はスクランブルエッグのように入り乱れている。
生徒と久しぶりに話す会話。小さな声。柚香さんの怒声。そして、椋翔くんが苦しむ姿。
非日常な出来事が目の前で連続して起き、夢なのか現実なのかわかりにくくなっていく。この状況を理解しろと言われても到底無理だ。頭の中はすでに混乱の極みに達している。
意識がぼんやりとしてきて、その場に倒れそうになった時、手を引っ張られた感覚がした。顔を上げると椋翔くんがいる。ついさっきまでヘッドフォンのようなものを押さえてもだえていたのにいつの間に正気を戻したのだろう。
「……だ、大丈夫?」
出した声は死にかけのスズメみたいに掠れていた。椋翔くんは私を立たせると、手を離してくれる。それからメモ用紙にペンを走らせた。
『それはこっちのセリフ。俺は慣れてるから心配すんな』
「そうよ、人の心配より自分の心配」
椋翔くんの隣には丘先生が立っていて、眉を八の字に下げている。
「あ、ありがとうございます」
おかげで意識がはっきりとしてきた。一端落ち着こう。深く呼吸すると、混乱はこころなしか収まってきた。
「中入って休んでて。先生は飲み物持ってくるから」
そう言って丘先生は階段を降りていく。
それを尻目に図書室の中へと戻り、閉じたままの本を置きっぱなしにしている席へと腰掛ける。それと同時にふっと体全体の力が抜けた。
背もたれにもたれかかり、目を閉じる。図書室のひんやりとした空気が、熱くなった頭を冷やしてくれるかのように心地よい。 隣からは椅子を引く音がして、目を開くと椋翔くんは座りながら深く息を吐いていた。
その落ち着いた表情にさっきの状態が嘘だったかのように錯覚させる。慣れているのは本当のようだ。
「ねぇ――」
話かけようとすると、彼はメモ用紙とペンを渡された。まただ。ことごとく筆談を強要してくる。
『聞こえすぎるってどういうこと?』
言葉では聞いても、具体的にはわからない。苦しむ姿が一瞬頭にチラついてペンは止まったが、聞かずにはいられなかったためすぐに動かした。
『ごめん、その話はできねぇ』
しかしやはり野暮だったらしい。あとで丘先生にでも聞けばわかるだろう。とはいえ、他に話題を振ろうと考えてもこれというものが出てこない。