『いい。俺は紅椋翔だ。なんか用か?』

 やはり、ずっと探していた椋翔だ。そうとわかった途端、気持ちが興奮する。早まる手を抑えようとペンを動かす。当時は名前の漢字は知らなかったのでひらがなで記した。

『姉のにしなに僕が会いたがってると伝えてくれ』

 紙を渡すと椋翔は一瞬目を見開き、それからこくりと頷いた。俺と錦奈が知り合いだということを聞いてないからだろう。しかし、椋翔はまたペンを滑らせ、渡してきた。

『姉貴も会いたがってたぞ。今日帰りに公園寄るっていってたから行っとけ。話はそれだけだ』
『ありがとう』

 最後の一言にはまた距離を置かれているような感じがした。まるで人と言葉を交わすことすらも嫌っているかのようだ。

 椋翔は小説を書くことに戻り、僕はそれを尻目にペンとメモ帳を置き、図書室を後にする。それからは放課後が待ち遠しくて、うずうずしっぱなしだった。 


 その日の放課後。公園に行くと、俯きながらブランコに乗っている錦奈を見つけた。その顔を覗き込むと、いかにも魂が抜けたように暗かった。

「にしな……」

 初対面の時とはまるで人そのものが変わったみたいで、一瞬本当に錦奈なのかと目を疑った。

 錦奈は矢継ぎ早に質問してくるわけでもなく、ただ幽霊のようにそこにいる。それは初対面の時の俺みたいで、無意識に隣のブランコへ腰掛けた。
 すると錦奈は顔も上げずに呟くように言った。
 
「櫂冬くん、だよね。久しぶり……」

 初対面の別れの時はまるで3歩いたら忘れる認知症の人みたいに僕の名前を忘れられていた。だが、今は思い出してくれている。その事実が嬉しかった。

「この前泣いてた理由、聞けてなかったから会いたくて、気づいたら弟に話してたんだ」