「それより、手首大丈夫なのですか?」
「ああ、これ?」

 彼女改め柚香さんはテーピングされた右手を上げた。それにコクリと頷く。

「あたしね、年下のカレシがいるの。テニスバカでさ、練習に付き合っていたら疲労骨折しちゃって。あ、全然気にしなくていいよ」
「昨日テーピングしたばかりだし、1ヶ月は練習休んでね」
 
 柚香さんは笑顔を崩さず首を横に振った。その隣で丘先生は口を尖らしている。

「それで、どうしてふたりとも小さい声なんですか?」

 何か特別な理由があるのだろうか。私と柚香さんと丘先生と椋翔くん、4人だけなら別に静かにしようとしなくてもよさそうなのに。

 困惑していると、柚香さんは目をぱちくりさせた。それから何かを理解したように愕然とする。

「先生、言ってないんですか?椋翔くんのこと」
「あ、忘れてた」

 丘先生はうっかりなのか、軽く頭をかいた。それから口を開く。

「帰りに保健室寄ってくれる?その時に説明するわ。とりあえずここではなるべく小さい声で」
「は、はい。わかりました」

 どういうことだろう。声を潜めながらも頭の中には無数のクエスチョンマークが浮かんだ。でもいずれわかる。今は従っておこう。

 柚香さんは近づいてきて、私の向かい側の席に座った。それから椋翔くんの方に紙を渡した。それは箇条書きのメモのように文字が羅列している。

「なんですか、これ」
「プロットよ。慣れない左手で書いたから読みにくいかもしれないけど」

 柚香さんはそう言いながら眉を八の字に下げた。確かに字は不格好でぐにゃぐにゃしている。読めるのだろうか。椋翔くんの方をみると紙をじっと見つめている。首を傾げたりはしていないので辛うじて読める感じなのだろう。そもそも……。

「プロットって、なんですか?」

 聞いたこともない。異国かどこかの言葉だろうか。

「物語の構想よ。椋翔くん、小説を書くのが好きなの。私も書いてみたいんだけど、この手首はカレシのために使いたい」