『俺には聴覚過敏という症状があり、みんなより耳が敏感です。なので後からわっ!と驚かせたりしないでください。落ちついた声で話かけてくれたらちゃんと話もします。理解しににくて誤解を招くこともあるかもしれませんが、俺は頑張ります』

 で、その字の汚さをケラケラとからかわれたこともあったが、それでも椋翔はなんとか溶け込もうとしていた。櫂冬くんもそんな彼をそばでサポートしてくれて少しずつ居場所を見つけ、馴染めているようだった。
 
 昼休みになると決まって4人で図書室に集まり、笑い合いながら話をするようになった。椋翔は自分が書いた小説を見せてくれるようになり、かつて私が土下座しても見せてくれなかった妄想癖のような会話の部分も見せてくれた。

 椋翔はその時、すごく恥ずかしそうにあたふたしていたっけ。頬は赤く染まり、こんなことを書いてしまった自分をどうしようもなく恥じているようだった。

 やがて時は流れ、7月2日が訪れた。右手首の疲労骨折はすでに完治し、深く残った傷跡はあったものの、痛みはもう感じない。松葉杖も手放し、今では普通に歩けるようになっていた。
 
 丘先生は、そんな私の姿を穏やかな笑顔で見守っていた。まるで、これまでの試練と回復のすべてを優しく包み込むように、励ましと安堵の気持ちがその表情に浮かんでいた。

 その日、椋翔はふと「今日は姉貴の命日であり、誕生日でもあるから一緒にお墓参りに行こう」と誘ってきた。私が「実は今日、私の誕生日でもあるんだけど」と口をとがらすと、その場は思わず笑い声に包まれた。

 電車を乗り継いで田舎町を歩き続けると、やがて静かな墓地が見えてきた。そこは、何の木かはわからないが、周囲を囲むように茂る木々が林の入口を作り出していて、ひっそりとした静寂に包まれていた。
 
 その中に並ぶ数々の墓石のひとつに、錦奈さんの名前が刻まれた墓が佇んでいた。木々の影がそっと差し込むその場所は、静かで穏やかな時間が流れているように感じられ、自然と足がその一角へと引き寄せられた。