それから、拝殿に誰かが来る度に柱の陰から見ている。あの男性と話をしてみたいという感情が高ぶるなか、カタクリに真実を問いただしてみても上手くはぐらかされ話を脱線させられる。
 数週間後、拝殿にまた男性が来た。
果物や栗などを奉納し、手を合わせて子供を返して下さいと何度も願う。
「お願いします。どうか子供をお返し下さい。責任を持って育てますので、、、、どうか、子供に会うことでもお許し下さい」
それは、聞いていくうちに胸が締め付けられていく内容だった。
 行方不明になった子供に会いたい、話がしたい。それを手伝うことが出来たならきっと、カタクリも本当のことを話してくれるだろうか。

「で、あの男の娘を探したいのか?」
夜、カタクリに言うと怪訝そうな顔をされる。
「だって、、、、可哀想だよ、、、、」一生懸命、拝殿に手を合わせて帰る男性が脳裏を過ぎる。
「もし仮に娘が見付かったとして、お前はどうするんだ」
「勿論、会わせる!」当たり前と言うように胸を張って言うと、カタクリはため息をついた。
「なら、その娘と会わせられない」
 その解答は即ち、カタクリはその子供の居場所を知っているということになる。え、その解釈で良いんだよね?
それに、男性は『子供』と言っていた。それなのにカタクリはハッキリと『娘』と言い切っている。
でもカタクリはこの社から出たことがないって言ってたし、、、、ならその子供は前に話してくれた生き神の少女ということになる。
 だけど生き神の少女はもう亡くなっているから会わせられない。でもカタクリの言い方から会おうと思えば会える、、、、どういうこと?
「あの男の妻と約束したんだ。『この子を幸せにする』って、、、だからあの男とは会わせられないよ」
 アンズを眠らせ、夜風にあたり頭を冷やす。
言い過ぎたと思ったが、アンズが何も知らないまま生きてくれるなら後悔なんてないのと同じだ。
 この十五年間、ずっとあの子の側で育ての親として、友達として見守ってきた。それでも、あの子の心に空いた孤独はきっとオレでは埋めることは出来ない。
 摂社の長押(なげし)に掛けられている物に目を向ける。
古くから使われている面だ。
生き神を神へと祀り上げる儀式では、まさにその役目を負う者がこの面を被る。まだ幼い生き神の子が山に招かれる時も、そしてあの時も、、、。
「、、、、、、」
妙な顔だ。怒り睨んでいるようにも、恨めし気にも、絶望しているようにも見える。
、、、案外これに、表情はないのかもしれない。
 アンズは何も知らない。産みの親だって顔も覚えていないだろう。それにオレだって、アンズに話していないことは沢山ある。
 誰も悪くない。それは分かっているし理解している。
好きだからこそ、悲しませたくないのだ。守りたいのだ。
 あの笑顔を守れるのなら、オレはどんな非道なことも出来るだろう。
 初めて赤子のアンズをこの手に抱き上げた時のことは昨日のように覚えている。少しでも力強く握れば簡単に捻り潰せてしまいそうな人の子。
 オレだって、本人が望むなら父親に会わせてやりたい。それでも、アンズを一度捨てた奴は許せないし、彼奴は正直言って嫌いだ。
 何時か、隠していたこと全てを話せる時が来るのだろうか。
 暗い場所にいた。
目の前には巫女服を着た髪の長い女性が心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
「大丈夫、、、?」
「う、うん」
 赤みがかった瞳は私と同じ、、、。
「ごめんなさい、私の我儘なせいで、、、」いきなり謝罪の言葉を言われても、頭は上手く情報を処理してくれない。
「月峰様は過保護な所もあるから、年頃のアンズは困っているのかな?」
 なんで名前を知っているんだろうか?それに、、、この人、私に似てる。
「あの、、、貴方は誰!?」声を大きくして問うが、女性は答えてくれない。ただ、「もう少ししたら、月峰様がお話してくれると思うわ。それまで、、、」と静かに言うだけだった。
「ねぇ、貴方は帰らないの?」
そう聞くと女性は悲しそうに言った。「うん。、、、私はもう帰れないの」
「、、、え」
女性に触れれば温かさも冷たさも感じられなかった。
「もう私と会うことはないけれど、、、元気でね」
 その言葉を最後にして私は夢から目覚めた。
(あの人は一体、、、)
 目の前には紙と筆がある。
それを文机の上に置いて凝視する。あの男性に手紙を書こうと思ったのだが、何を書けば良いのだろう。
カタクリは男性が持って来た栗を剥いて食べている。美味しそう、、、、私も食べたい。
「ねぇ、カタクリ。何を書けば良いと思う?」書く内容が思い浮かばないので、出窓に座っていたカタクリに助けを求める。カタクリは剥いていた栗を一旦置き、橘を私の方に投げた。橘は昨日、カタクリが境内から実っていたやつを取ってきた。
 橘を手に取り、頭を捻る。これを送れという意味なんだろうか。
「オレもあの男に手紙を出そう。、、、というか墨は?」
「ない!」きっと、前回使用した時に使いきったのだろう。使いたい時に使えない時ってあるよね。
カタクリは部屋を見渡した後、自分の手に目を向けた。
、、、、血で書く、と言い出しそうだ。
「替え用の墨、探すよ」
「そうか」
何処に置いたかな、、、と記憶を辿るが全く思い出せない。
「棚の上に茶色の箱に詰めて保管していたんじゃないか?」
「あ、、、」
茶色の箱は高い棚の上だ。
 棚の上に置いてあった箱をカタクリに取ってもらい、箱を開けると替え用の墨が入っていた。
カタクリの背丈は私より高いから、高い棚の上とかでも届くのだろう。背丈は五尺二寸だった気がする。
「良かった〜。これで書ける」
「どうせなら、男を困らせるか」悪戯っぽそうに口元に弧を描くカタクリ。
 橘を見る。小刀で傷を付けて果汁を(すずり)に絞る。
「、、、よく覚えていたな」
 幼い頃、カタクリが橘の実の汁を使って紙に絵や文字を書き、それを私が当てるという遊びをよくしてくれていた。書かれた文字や絵は透明になって、浮かび上がらせれるまで見ることはできない。
「楽しかったね〜!」
「オレはお前が紙ごと自分を燃やしてしまいそうで、肝を冷やしたよ」
カタクリが肝を冷やすって、小さい頃の私はそんなに使い方が危なかったのかな?
「それだけじゃない。桜の木に登って落ちそうになった時とか、沢で転けた時とか、、、。あぁ、奉納された算額も折ったことあったな」全て心当たりがある。そして全てカタクリのお説教も紐付きでついて来た。
 少し前、社の裏手にある沢で転び、びしょ濡れになって翌日に風邪を引いた。治るまで看病をしてくれたが、治ると一時間近くまでお説教された挙げ句に「しばらく沢に行く時はオレに言うように」と忠告を受けた。
 算額の件は問題をカタクリと協力して解いていたのだが、難しくて投げたら偶然折れてしまった。そういやカタクリは和算が得意なのか結構、私に教えてくれたりもしていた。
「届けてくる。お前は此処にいると良い」果汁で書いた手紙を男性に渡しに行くカタクリ。
隠れてついて行っても良いよね!!
 カタクリが拝殿に行った後、走ったら見付かってしまいそうなので渡り廊下を歩く。拝殿に続く戸を開けようとしたが開かない。
 「、、、あれ?」
 鍵が閉まっている。
カタクリは鍵を開けずに行ってしまったみたい、、、。摂社から拝殿に行くには此処を通らないと拝殿には行けない。拝殿に行けなかったら境内にも出られない。
 (此処の鍵は、、、文机に入れていたはずだから取りに行こう)
 摂社に戻り、文机の引き出しを探すが、紙と筆記具しか入っていなかった。
部屋の中を探すが、それらしい物は見付からない。探し続けていると一冊の本を見付けた。薄汚れた深緑色の、初めて見る本。
 隠すように高い棚に置かれていたそれは、赤色の玉の付いた(かんざし)が挟まれている。そのページを開けると何か書かれていた。
 日付と内容、日記帳かな?
『四月十二日
 マヨイが産気づいたと言っていた。相手はどうやら麓の村に住んでいる男らしい。男とは直接話したことはないが、マヨイが生き神になる前にいた夫だと言う。身籠っているというのは知っていたが産気づいたという報告を受けて当然驚いたし、腹にいる子供が気がかりだ。マヨイ曰く神職には言っておらず、産まれたら男と共に育てるんだとか。そういや一人の男が産婆を呼んで来ると言い、村に下りて行ったな。この二人の問題は色々残っているが、そこは本人達に任せておこう。』
 誰かが書いた日記帳。マヨイという名前は生き神の少女だろうか。内容を見るに少女というより大人の女性、、、。
日記帳に挟まれていた簪に視線を落とす。少し古びているけれど、綺麗な簪だ。
 「綺麗、、、。誰のだろう?」
 もしかしたら昔、この社を訪れた人が置いて行ったのかもしれない。
ちゃんと手入れがされているから、この簪はきっと持ち主にとって大切な物だったのだろう。
 直接確認したことはないけれど、、、カタクリは極力、奉納品以外は外の物を社に持ち込まないようにしていた。
  日記帳の記載者の名前を探したが書かれていない。だが、見慣れた文字の書き方でカタクリだと思う。
拝殿から戻ってきたら聞いてみよう。
 カタクリは少しして戻ってきた。
そして私の手元を見た。
「アンズ、それ、、、、」
「渡り廊下の戸の鍵を探していたら見付けて、、、」
口数が少ない。会話が続かない。カタクリの目をまともに見れない。喉が乾く。
「カタクリ、、、、マヨイさんの夫さんってもしかして、、、あの男性?」
「、、、、そうだよ」私の目の前に座り、諦めたようにため息をついた。
「マヨイさんの子供は死んじゃったの、、、、?」自分でも声が震えているのが分かる。
足を踏み込むべきではない。足を踏み込めばもう戻ることは叶わない。危険を知らせる音が頭の中で鳴り響いている。
「、、、、」
 両者無言。しばらくして口を開いたのはカタクリだった。
「今も元気に生きてるよ」申し訳なさそうに微笑んで私を見る。
 どうして私を見るの?ねぇ、カタクリ、、、、もしかしてその子は私とかではないよね?その子が四月十二日に生まれたなら、私と同じだけど、、、、そんなの偶然だよね?
「全てを知る覚悟はあるか?」
「え、、、、」
 ずっと知りたかったこと。私に関してのこと。カタクリが隠してきたこと。知りたい、でも、知ってしまったらどうなるの?
「知りたいなら教えよう」
カタクリは本気だ。だったら私も覚悟を決めなくてはいけない。私は、、、、私は、、、、
「知り、、、たい」
「、、、そうか」
 ずっと知りたかった真実。この機会を逃せばもう聞けないだろう。
「昔、マヨイという生き神がいた。マヨイは元々、村に住んでいた娘で夫がいた。生き神になってからも交流は続き、何時しかマヨイの腹には赤ん坊が宿っていた」
 話を聞きながら考える。
「赤ん坊は無事産まれたが、男は生き神を(けが)した罪悪感と申し訳なさで、赤ん坊の顔を見ずに走り去ったんだ。そしてマヨイは体が耐えれなかったんだろうな、赤ん坊を産んで亡くなった、、、」
 カタクリは全て見てきたかのような話し振りだった。少し前に言っていた月峰神のことも知っている気がする。
「オレはマヨイと約束したんだ。このことは前に言ったろう?そして、マヨイの子供なのが、、、アンズ、お前だよ」
、、、、、、、、、、。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、えっ?
「し、、、知らないよ。そんなの少しも、、、」
マヨイさんが私のお母さん?そんな夢物語みたいな話ある訳、、、、、、でも全て辻褄が合う。
私に両親がいないのも、私が此処で住んでいるのも、、、全て。
 なら、カタクリは?カタクリも私とあまり年齢は変わらないはずだし、見た目だけなら私と同じ年齢ぐらい、、、。でも、幼い頃から変わらないカタクリの姿。
信じられない。
成長しない人間などいない。そんな考えは次の言葉で消え失せた。
「オレは月峰神だよ」
「!?」
 理解が出来なかった。ずっと一緒にいたのに気が付かなかった。なら私はずっとカタクリに迷惑をかけていたんだ、、、。
どうして、もっと早く気が付かなかったんだろう。十五年間も、ずっと一緒にいたのに、、、。
 今、頭の中にあるのは謝罪の言葉。
「よーしよしよし」
 カタクリはいつの間にか涙を流していた私を抱きしめてくれている。温かい、、、。
「うっ、あっ、、、ごめっ、、、ごめん」
 今までの十五年間、何度もカタクリに聞いた。『何で私には親がいないの?』って何度も聞いた。カタクリはいつも答えにくそうにしていた。きっと、思い出したくないはずだったのに、、、、、、。
「アンズは何も悪くない。子供は一度抱いた疑問は納得するまで知りたがるんだ。落ち着くまで泣くと良い」
背中をさすってくれるが涙が溢れるばかりで止まってくれない。
 カタクリは私の育ての親として一生懸命育ててくれた。そこにきっと恋愛的な感情はない。ただ約束したから育てている、ただそれだけ、、、。
 そう理解すると今までカタクリに抱いていた感情も意味がなくなる、、、。
十五年間、カタクリに一度も言えなかった『好き』を伝えることはもうないだろう。
 しばらく泣いたらアンズは落ち着いたようだった。
「、、、何で私を境内の外に出してくれなかったの?」
アンズはそう聞いてきた。その質問がくるのは予想していた。
「さっきも言ったがオレは人ではない」
「、、、!!」
 やはり、まだ受け入れられるのは難しいようだ。
いきなり神だと言っても訳が分からないだろう。、、、ずっと一緒にいたのなら尚更。
「お前に言葉や文字を教えてやることは出来ても、どうしても人として育ててあげることは出来ない」
 これに関しては正直、賭けだった。
アンズを身無子(みなしご)として村人に託すことも出来た。だが、いずれ秘密は隠し通せなくなる。
 マヨイの子供だと分かり、オレの姿が見えればアンズは生き神として崇められてしまうだろう。案の定、マヨイの血が濃かったのか、アンズはオレの姿が見えていた。それが分かれば生き神として山に招かれ、ずっと此処で生きていくことになる。
 山に招かれた生き神は神の子とされ、生みの親は親ではなくなり、共に暮らすことは許されない。そして神の声がキける道具として利用される。実際にマヨイもそうだった。生き神として山に招かれたのは二十の時だったが、神職からは生き神として身を捧げるのを受け入れさせる為に外と関わりのある物を制限され、境内から出れば生き神の力が失われるとでも思ったのか、社から出るのを禁止した。
境内にも出られない生活。
 果たしてこれが幸せなことだろうか?
「少なくとも神職に見付かっていれば今より窮屈な生活を強いられることになっただろう」そう告げるとアンズは分かりやすい程、青ざめる。
 神職に見付からないように隠れた。
 密告を防ぐ為、村人にも関わらせなかった。
 下山を防ぐ為、柵を作った。
 渡り廊下から此方側には結界が張ってあるから神職には出入りできないのを良いことに、摂社を主な住まいにした。
 全てアンズを守れる精一杯の『優しさ』だった。それが、この子を苦しめていた行為に繋がろうと知りもしなかった。
本当に申し訳ない。
 子供の好奇心というのは恐ろしいもので、成長するにつれて外への憧れを強く抱くようになった。
それは、この地から外の物を近付けようが遠ざけようが、変わらなかった。
アンズを見るとまだ行動範囲の制限に固まっている。
「境内に出られないなら鎮守(ちんじゅ)の社にも出入りできない、、、」
 鎮守の社というのは奥社に行くまでの道だ。アンズが奥社に入ったのは"あの時"の一度だけ。奥社のことを覚えていなくても無理はない、まだ生まれて一日しか経っていなかったのだから。
「じゃあ、この簪は、、、」アンズが自分の手に握っている物を見る。
 懐かしい簪が目に映る。ずっと昔にマヨイから預かった物だ。最近見ていなかったが、本に挟んだまま忘れていたのか。
「お前が持っておいてやると良い」
「、、、良いの?」
「良い。オレは使わないからな、、、好きに使え」
「、、、ありがとう」
(きっとその方が良いだろう、、、)
 アンズは不思議そうに簪を色々な方面から見ている。貰ったのは良いものの、どうやって使うのか分からないみたいだ。
でも、、、簪を貰って嬉しそうだった。
「そういや渡り廊下の鍵って何処にあるか知ってる?部屋中探しても見付からなくて、、、」
「鍵ならオレが持っている」(たもと)から渡り廊下の鍵を取り出す。
 アンズがあの男と接触しないように、わざと鍵を開けずに行った。ついて来ているのはアンズの性格上で分かっていたので、開けられないように文机に入れられていた鍵を回収しておいた。
「カタクリが持ってたの!?」
どうやら、少し意地悪をしてしまったみたいだ。
  カタクリから真実を聞いて数日。少しずつ、本当に少しずつだけど、自分の過去を受け入れられるようになった。
あの男性宛に書いた手紙にカタクリは『橘を頼む』と書いたらしい。
「それ、自分が食べたいだけだよね、、、」
「ああ」
 食べたい物を書いても奉納されるとは限らないし、渡り廊下の隅に積まれている樽酒(たるざけ)をどうにかしないといけないのに、、、、、、。
「流石にさっき話した手紙の内容は嘘だ」
「だよね、、、」
 そんな話をしながら境内へ向かう。
拝殿前にはやっぱりあの男性がいた。辺りを見渡している。誰かを探しているみたいだ。
「、、、君!」
 その男性―――お父さんは私を見付け、駆け寄ってきた。手にはしっかりと握られ、しわくちゃになっている紙。
「君が俺の娘か?」
 、、、何で知ってるの?私と顔を合わせるのは今日が初めてなのに、、、。
「あっ、はい、、、」
「良かった、、、やっと会えた、、、今までごめんな。さぁ、帰ろう」
お父さんは私の手首を引っ張る。
 急なことに驚いて頭の中は疑問符で埋め尽くされていた。お父さんは手を離してくれない。
「い、痛っ、、、」
「手を離せ」
ずっと隣にいるカタクリは普段していない面を付けて、お父さんの腕を掴んでいた。


 五尺程の背丈のある娘の手を引っ張っていると、先程までいなかった少年に腕を掴まれる。
「なっ、、、」
 子供、、、!?いつの間に、、、。何処かに隠れていたのか、、、?
 少年は面を付けていて、顔が分からない。
腕を掴む力が恐ろしい程に強く、指が皮膚を裂き沈み込んでいるのではと錯覚する。
「お前の気持ちも分かる。念願の娘に会えたんだからな」
 そうだ、俺は手紙を拾って、、、その手紙は『お前に罪を償う覚悟があるなら娘と会わせてやる』という内容だった。
罪、、、その単語だけ気がかりだが、、、今はそれよりも。
「お前が反省していないのはよく分かった。、、、この十五年間、お前は何を思って生活していた」
 腕は更にキリキリと軋む。痛みに耐えきれず少女の手を離してしまった。だが、少年が俺の手を掴む力は弱まらない。
「お前がこの子と暮らすようになっても、満足するのはお前だけ。この子が幸せになる未来はみえない。何故ならお前はこの子を愛してはいないからだ」
「、、、娘は此処から出す!子供は実の親と暮らすことが一番の幸せなんだ!」
 少年の言っていることは全て図星だった。俺はこの十五年間、子供のことなど何も考えていなかった。
ただ、周りの目を気にして子供との再会を望んだ。子供を取り返せば、周りから向けられる白い目が減ると思った。
「村で娘を生き神として祀れば、俺はやっと親という肩の荷が下りるんだ!どけ!」
少年の手を振り払わなければ、娘を連れて行けないし、このまま掴まれていたら冗談抜きで骨が折れてしまいそうだ。
「、、、お前は何も分かっていない」
 強く腕を引かれ、膝をついた。
「これはオレがお前に与えた最後の好機だったが、、、残念なことをしたな」
「、、、な、、、」
境内の砂利に手をついたはずが、少し湿った土を掴んでいた。
、、、山の外だ。
先程まで明るかった日はとうに暮れ、周囲に人影もない。
ふと、何かの気配がしたが(やまいぬ)だろうか。
夢かと疑ったが、あの少年に掴まれた痛みはまだ腕に残っている。
 カタクリと父親が何か話している最中、アンズは酷い眠気に襲われていた。何を話しているのか聞きたいのに、意識が飛びそうな眠気に立っているのがやっとの状態だ。
だが、そんな状態で意識を保っているのも限界がきたらしく、アンズはとうとう寝てしまった。

 風が頬を撫でる。草木が揺れる。
アンズはまだ眠たそうな目を擦りながら目を覚ました。
 隣にはカタクリが規則正しい寝息をたてて眠っている。父親と会話していた時に付けていた面は外れていた。
 アンズ達が寝ていた場所は鎮守の社だった。地面には短く切り揃えられた草、所々小さな花が咲いている。鎮守の杜には石段があるけど、柵のせいで途中までしか行けない。
「あれ、、、お父さんは、、、?」
さっきまでカタクリと話していた父親の姿が見付からないことに気付いて、辺りを見渡す。
見渡してもカタクリしかいない。
 それもそうだ。父親はカタクリが山の外に送り返したのだから、、、。そんなことを知らないアンズはカタクリを起こさないようにそっと移動する。
 拝殿や摂社など、境内のあちこちを探すが見付からない。
「何処に行ったんだろう?」境内を探しても見付からないので、摂社に行く。
文机の前に座りながら 、カタクリのことを考える。
 カタクリの行動は、全てアンズを守る為の行為だった。悲しむことがないよう、寂しくないよう、傷付けないように、子供の成長を見守るような感覚でずっとアンズの側にいた。
突然の眠気も、父親との会話を聞かせないようにカタクリが仕組んだことだった。
 しばらくしてカタクリが戻ってきて、父親のことを聞いたら山の外に送り返した。と、ひと言。
「どうしてお父さんと話す時、面をしていたの?」
「姿が見えないというのは不都合だろう」
カタクリは面をしていたら村人でも姿が見えると言う。実際、父親も面を付ける前まではカタクリの姿はおろか、気配さえも感じられなかった。
「でも、表情が分からないよ」
「そうだな」
カタクリは少し笑った。