天界。
そこは、神と天使が棲まう世界。
そこに、天使の最高上位の天使長が神々しく立っている。その神々しい天使長の前で、頭をたれ片膝をついている一人の銀髪の少女がいる。
もちろん、この少女は人間ではない。天使である。
そして今まさに、崇拝している天使長様から直々に天命を授かる。という大事な局面の真っ最中だ。
「よく来てくれました、天使0番。早速ですが、あなたはなぜ呼ばれたのか。お分かりですか?」
透き通った声で尋ねる天使長に、少女は「はい..」と、利発そうな瞳をすっと開け、その答えを言う。
「全くもってわかりません!」
「....よろしい。では、私からおバカな....ウッ、ゴホン!...あなたでも分かるように"簡潔に"教えてあげましょう。」
「はい!嬉しいです!ありがとうございます!長い話しで、なおかつ堅苦しいお話しですと、わたし、眠くなってしまいまして...。」
えへへ、と笑う少女に、天使長は少し怒りで拳を震わせていたが、深呼吸を一つして、「では、」と少女に背中を向けて言った。
「人間界に降りなさい。そこで、信頼できる人を見つけ、その人の力となるのです。」
「はえ?なぜですか?なぜ、そのようなことをしなくてはいけないのでしょう?」
<それはおめえが居ちゃぁ、仕事進まねえし、それどころか仕事増えるし、もう最悪だからだよ...>(小声)
「天使長さま?」
小首を捻る部下に向き直り、天使長はいつもの穏やかな口調で、その疑問に答えてさしあげる。
「それが、天使の運命だからです。天使として生まれたからには、その使命を全うしなさい。」
「運命....」
そう呟く少女の目は、『なんだか分かんないけど、"運命"ってカッコいい...』と物語っていた。
「分かりました!この0番!誠心誠意、全力をもって!天使としての使命を...、いえ!"運命"を全うさせてみせます!」
ぐっと拳を握り、新たな決意をした部下に、天使長は「その意気です。」と称賛の拍手を送る。
「それでは早速、いってきますね!」
「良いですか?使命を全うさせるまで、戻ってきてはなりませんよ。」
「はい!分かりました!見事、使命を果たしたその時は、胸を張ってここに舞い戻って参ります!」
「.........」
天使長は目を瞑り、心から祈った。
<どうか 戻ってきませんように....>
「では!いってきます!」
と。天命を授かった天使は勢い勇んでどこかへ走り去って行った。と、思ったら、数秒後。すぐ走って戻ってきた。
「天使長!!問題発生です!!人間界への行き方が分かりません!!」
*********
薄暗い洞窟内で一匹の大型ドラゴンが咆哮を上げ、冒険者4人を鋭い目つきで睨み付けていた。
戦況は、圧倒的にドラゴンが優勢。
前衛にいるTHE・勇者みたいな恰好の男が、顔をしかめながら言う。
「くそっ!このままだと俺たち全員全滅してしまう!」
そして、その苦悩に問い掛けるは、THE・ヒロイン的な女。職業は魔法使い。
「どうするの!?ガウェイン!」
「...仕方ない。俺が奴の気を引く。その間にメルは特大な詠唱魔法を頼む。」
「っ!ダメよ!危険過ぎるわ!」
そこで、親愛なる勇者様はカッコ良すぎる笑み付きで、こんなカッコ良い台詞を吐く。
「大丈夫。俺には、お前たち、"大事な仲間"がいるから死なねえよ!絶対にな!!」
「!...ばか、もう..。」
少し頬を赤く染め、"大事な仲間"と言われて満更でもなさそうなヒロイン。
「だっはは!ガウェインよぉ、そこは"仲間"じゃなくて"愛すべき女房のメル"がいるから大丈夫。だろぉ?」
これまた、THE・パーティーの盛り上げ役みたいな、屈強な戦士のおっさんが、イケメン勇者の肩に腕をまわしながら、二人の仲をからかう。
「っち、違うよ!な、なに言ってんだよ!」
「そ、そうよ!わ、私達、別に、夫婦なんかじゃ.....!!!!」
「照れんな照れんな!本当のことだろ?なあ!お前も、そう思うだろ?」
と。戦士のおっさんが後衛の後衛の方を振り向く。
「.........」
同意を求められた男は、しかし答えることはなく、ただ黙って俯いてるだけだった。
「なんだよぉ〜?強敵を目の前に、もしかして緊張してんのかぁ〜?」
「日陰。もしかしてどこか体調悪いのか?だったら、メルに回復魔法を...」
「....な...こ.....」
「え?」
「なんだこれはぁあぁあーーーーーーーーーーー!!!!!!!??」
その咆哮は、洞窟内全域に広がり、目の前の勇者パーティーも立ち塞がる強敵ドラゴンも、一斉に目をぱちくりさせた。
「なんなんだこれは!?えぇ!?なんなんですか!?これはぁ!!俺は一体何を見せられてるんですカぁ!?」
「ちょ、落ち着けよ、日陰。どうし、」
未だキーンとする耳を抑えながら、イケメン勇者は日陰に近付こうとしたが、血走った鋭い眼光を向けられたため、それは憚れた。
「くそてめえ!冒険者ギルドでぼっちの俺が可哀そうに思えて、声かけてきたんだろうがよぉ!余計なお世話なんだよ!クソ腹立つイケメェェン!!」
「ちょっと!なんなのあんた!?ガウェインは、あんたを思って...」
「はぁ!?ナンスか!?全て、そいつの言うことは正しいから黙って言う事聞けってか!?そいつぁ、とんでもねえ独裁者様だなぁオイぃ!!!」
「おいおい。なにをそんなにカッカしてんだ。誘われたのが気に喰わなかったんなら、そん時に断れば良かっただけの話しだろ?ここまでついて来たのはお前の責任だ。ガウェインにあたるのは筋違いってもんだぞ。」
さすが。パーティーの中の年長者。ここは大人の対応で日陰を宥めたが、日陰は精神的にまだ幼かった。
「うるせー!」と言って、おっさんの胸あたりをパンチしたが、逆に堅い鎧にダメージ10を与えられた。
「~~~!!!」
「ねえ。何がしたいの、あんた.....」
「大変だ!メル、早く回復魔法を...!!」
すると。そのタイミングで、ボォオッ!!と火の玉が一行の近くに落ちる。
「!!!」
「グルルル.....」
”俺の存在を忘れてんじゃねえ”と言わんばかりに、(というか本当に半分忘れていた)ドラゴンが上から睨みつけていた。
「っくそ!仲間が一人負傷してる時に....!!!卑怯だぞ!」
「こりゃぁ、内輪揉めしてる場合じゃぁねえみてえだなぁ!」
戦士のおっさんが愛用の武器大斧を構えて戦闘態勢に入り、ガウェンは後方の二人に指示を出すべく、振り返って言った。
「メルは詠唱魔法を!!!日陰は····って、あれ?」
日陰が居たはずの所を見た瞬間。イケメンの目が点になった。
なぜなら、その日陰の姿が忽然と消えていたから。
「ど、どこ行っちゃったんだ!?まさか、さっきの火の玉で.....」
「んなわけないでしょ!!大方、ドラゴンの火の玉でビビって逃げたんでしょ!!」
「一人で!?そんな、危険過ぎる...!!!」
「あんたねえ!!どんだけ人いいのよ!!勝手に離脱したんだから、あんなの放っといて良いでしょ!!」
「おい!お二人さん!痴話喧嘩は、そこまでにしといた方がいいみてぇだぞ!次の一手くるぞ!!」
戦士のおっさんの言う通り。ドラゴンは次の攻撃、背中をこちらに見せ、尻尾を大きく振りかぶった。
「!!!!!」
***********
一人、リア充勇者パーティを勝手に抜けた日陰は、早々と洞窟から出て、魔物の森を歩いていた。
「クッソむかつく。なんなんだよ、あれ。おっさんと二人で、イチャイチャしてるリア充を見守る会かよ。
『っち、違うよ!な、なに言ってんだよ!』『そ、そうよ!わ、私達、別に、夫婦なんかじゃ.....!!!!』
ざっっっっっけんな!!!!!!!」
先ほどのリア充二人のマネをして、腹立ち紛れにおもくっそ地面を蹴り飛ばす。
日陰 暗。
中肉中背。黒髪で顔は平均並み。本作の主人公。
学園もので例えるならば、陽キャ達の「今日、カラオケ行かね?」とか騒いでる会話を教室の隅の席で「けっ!」と舌打ちして見てる陰キャ。
「キキキ··」
「グルル···」
「あ?」
腹立ちながら歩いていたせいだろうか。
日陰の負の感情に引き寄せられて、いつの間にか、複数の魔物が取り囲んでいた。
「····え。ちょっと待って。なにこの状況。急すぎない?」
因みに。彼の武器は、レベル低めの短剣のみ。特別強いスキルも持ち合わせてはいない。
ドラゴンの所まで行きつけられたのは、さっきまで怒りをぶつけていた、あのリア充勇者様ご一行のおかげなのである。
彼はただリア充にイラついていた、金魚の糞。
「ちっ。こうなったら、戦うしかねえ!来い!!!おらあ!お前ら全員、俺のサンドバ「ガウア!!」あーーーーーーー!!!!」
威勢良く短剣を構えたが、容赦ない狼に似た魔物の飛び掛かりにより、情けない悲鳴が出た。
「ちょ··、危ないんですけど!!危ないんですけど!!頬、掠ったよ!!?おま···!!!人が話してる時に飛びかかるかね!!?お前らのボスのドラゴンさんは、ちゃんと待ってたゾ!!?」
「キシャーーー!!!!」
「きゃーーー!!!」
今度はガーゴイルの魔物からの引っ掻き攻撃がきたが、これも寸でのところで避ける。
だが。バランスを崩し、地面にドベシャ!!と格好悪く這いつくばってしまった。
「キシャーーー!!!!」
「グルアウ!!!!」
「あーーーーー!!!!」
もうダメだ。終わった。
と。死を覚悟した、その時。
「!!!?」
襲いかかろうとしていた魔物達がピタッと動きを止め、なぜか一斉にその場から退散して行ったのだ。
「····は?なんだ?」
日陰も、何が起きたのか、首を捻ったその時だった。
「!!!」
ゾクッと悪寒がした。
なんだ、これは。
さっき攻撃された時、毒でも入ったか?いや、なにか違う気がする。何か、イヤ~~~~な予感?不快な気分が押し寄せてくる。
とにかく、ここから離れた方が···
と。よろめく体をなんとか立たせた時だった。
「あの、そこの人。大丈夫ですか?」
月の光をバックに、純白な翼をはためかせながら、銀髪の少女が目の前に現れた。
「·····う、」
その幻想的で美しい光景に、日陰は、
「うぼろろろろろ···!!!!」
吐いた。
「えぇぇぇえええええええ!!!??」
思いもかけない反応に、空から舞い降りてきた天使の少女は驚き、パニックになる。
「な...!!え、えぇ!?ど、どうしよう!!え!?だ、大丈夫ですか!!?食べ過ぎ!?乗り物酔い!?それとも、お酒ですか!?二日酔いというやつでしょうか!?背中さすりましょうか!?」
と。少女が日陰に触れようとした瞬間。吐いた人とは思えない俊敏な動きで、少女から間合いを取った。
「!!」
「.....っごめん。なんか、君が近ければ近いほど....気持ち....ウッ、」
「ひっ!!わ、分かりました!!もう触りません!!えっと、わたしはどうしたらいいですか!?」
「とりあえず....ウッ、もう少し.....距離を...」
日陰は、右手で口を抑えながら、左手で少女にシッシッと「向こう行け」のジェスチャーをする。
「なんか、傷つくのですが....。分かりました。もう少し、離れますね....」
と。一歩だけ後ろに少女は退いたが。どうしたことだろう。まだ全然気持ち悪さが抜けない。
なので。そこから、「もう少し離れて、離れて、離れて、離れて、離れて....」を繰り返し、徐々に距離を置いてもらい、少女が豆粒程度くらいに見えるまで離れた頃、ようやっと気持ち悪さが抜けてきた。
「どうですかぁーーーーーーーーー!!!!?」
「...うむ。だいぶ、楽になってきた。だいじょーーぶーーーー!!おーーーーけーーー!!じゃあーーーこのままーーー話そうかぁーーー!!!」
「え!?このまま!?」
「きみはぁーーーーー!!一体全体、何者なんだぁー!!?」
「わたしはぁーーーーー!!!天使でぇーーー!困ってる人の力になるべく天界から降りてきましたぁーーー!!」
「は?天使??」
吐く前に見たあの光景は、やはり幻覚などではなかったのか。
しかし、天使が天界から降りてきたとは、それ、よっぽどのことじゃないか?
あの天使は「困ってる人の力になるべく」とか言ってるけど、それで天使が下界に来るってのはおかしな話しだろ。.....は!もしかして、俺、もうそろそろ死期が近い、ということなのでは.....?なるほど。だから、この体調の悪さか。なるほど理解した。しかし、天使が迎えに来るとは。死神とかじゃなくて良かった。
「....ふ。でもあれだな、なんというか....。クソつまんねえ人生だったな....。」
「あのぉーーーー!!大丈夫ですかぁーー!!?」
お迎えの天使が、俺のことを気遣ってそう叫んで聞いてきた。
俺は、「大丈夫だぁーー!」と返してから、本題を聞いてみた。
「天使ーー!!あと、俺はいつまで生きられるんだぁーーー!!?」
「はえ?」
"あと、いつまで生きられる?"え?一体何の話しでしょうか?両方の意味で分からない。どうしよう。分からないのであれば、聞くしかないです!
「あのぉーー!!一体、何の話しでしょうかぁーー!!?」
「....なるほど。あくまで、とぼけたフリをするってか。まあ、あなたの死ぬ日は〇〇日です、なんて言ったら、人間何をしでかすか分からねえもんな。うむ、知らぬフリをするのは正解だな。」
と。一人納得した時だった。
「ねえ。あなた、天使と喋ってるの?」
突如、森の茂みから、長身の男?が現れ、日陰にそう尋ねてきた。
なぜ"男?"と疑問形なのか。そのいきなり現れた人物は、骨格は男のそれだが、長身に合わせたピンク色の長い髪、その歩み寄る仕草も、男とは思えない妖艶な動きをしているので、ぱっと見、男なのか女なのか分からないのだ。それに、何気ばっちり化粧をしているのも混乱を招く。
「....ダレ?ドナタ?」
「あら。これは失礼~。まずは自己紹介からよね。私、悪魔族のクウっていいまぁ~す。以後、お見知りおきを♡」
最後に、「チュッ♡」と、本人的には可愛く投げキッスしたつもりなのだろう。
だが。声変わりした男の声で可愛く「チュッ♡」とかされても、先ほどの天使とは、また違う気持ち悪さが来ただけだった。
「···あ。ドウモ···」
「なによぉ~。ノリ悪いわねえ。あの小娘天使の時と随分の差じゃないの?ちょっとー。」
ぷーと頬を膨らます悪魔に、日陰はしかし謝るより先に混乱の疑問が出てきた。
「てか、え?お迎えの天使が来たかと思ったら、今度は悪魔??え、なにこの状況?どゆこと??俺の中の天使と悪魔がぁ~~~!!的なこ、ウッ····。」
来た。気持ち悪さが、突然に。
原因は、すぐ分かった。
あの天使が、丁度、日陰達が居る200mくらいの距離の所で驚愕の顔をして立っていたからだ。
「なかなか返事がなくて、しかも、イヤな気がしていると思って来てみれば···。あなた!!!なんなんですか!!?」
「悪魔だけど?なあに?天使のくせに、そんなことも分かんないの?」
「っ!て、天使でも、分からないことがありますから!!」
「いや、天敵の気ぐらい分かれよ。」
「ぅ····気持ち悪····」
因みに、今言ったのは天使ではなく日陰。
「に、人間さん!!大丈夫ですか!?···あのっ、人間さんに何をしたんですか!?なにかしたのであれば、今すぐ止めてください!!!」
「はぁ?ちょっとちょっと。随分な言い掛かりじゃないの~?天使さん。」
すらりと伸びた長身を活かして、オネエ悪魔が小さな少女の天使の方に歩み寄り、凄みを利かせてみせた。
凄まれた少女は、「うっ···」と今にも泣きそうな、というか、顔色が若干悪くなっているようだが大丈夫だろうか。
「だ、だって···!!そうじゃないですか!!ウッ…、に、人間さん、あんなに苦しんでいるし…!!悪魔のあなたが何かしたとしか思えません!!!」
「あぁ?」
ここまでが、悪魔の限界だった。
こめかみに血管が浮かび上がり、近くの木がビキビキビキ!!!と気迫で破壊された。
「ぴっ···!!!」
「悪いことが起これば、いっつもいっつも何かとこっちのせいにしやがって····。これだから、天使ってやつはよぉ~···。いっぺん、痛い目見とくか?」
そう言うが早いか、悪魔の手の平の上に、こぉおぉおぉ···!!!!とヤバイ音をさせながら、赤黒い気功?のようなものが膨れ上がり始める。
まあ、「それ当たったら、ひとたまりもないよね」というのは一目で分かる代物だ。
「は!!!!」
そして。オネエ悪魔は、何一つ躊躇することなく、その「当たったら、ひとたまりもないよね」物を天使に向けて放った。
「!!!!!」
あわや。天使は悪魔の力によって消え失せた。
·····ように、見えたが。
「!ひゃっ!!」
何が起きたのか。
突然、何かに突き飛ばされ、地面に倒れこんでしまった。
「いたた……。一体、なにが……」
と。上半身だけ起き上がらせて、突き飛ばされた前方を見る。
そこに居たのは……
「人間さん……?」
そう。さっきまで、離れた所でゲーゲー言ってた人間さん、日陰だった。
だが、さっきと明らかに違う。日陰の腹のあたり、大きな火傷みたいな傷ができているではないか。
「っどうして····、こんな···」
「わからん。わからんけども……、体が勝手に……動いてた。君のこと、守らなくちゃって……、なんでかわからんけども……そう思、」
そこまで言った直後。日陰は音を立てて倒れた。
「……」
そこは、神と天使が棲まう世界。
そこに、天使の最高上位の天使長が神々しく立っている。その神々しい天使長の前で、頭をたれ片膝をついている一人の銀髪の少女がいる。
もちろん、この少女は人間ではない。天使である。
そして今まさに、崇拝している天使長様から直々に天命を授かる。という大事な局面の真っ最中だ。
「よく来てくれました、天使0番。早速ですが、あなたはなぜ呼ばれたのか。お分かりですか?」
透き通った声で尋ねる天使長に、少女は「はい..」と、利発そうな瞳をすっと開け、その答えを言う。
「全くもってわかりません!」
「....よろしい。では、私からおバカな....ウッ、ゴホン!...あなたでも分かるように"簡潔に"教えてあげましょう。」
「はい!嬉しいです!ありがとうございます!長い話しで、なおかつ堅苦しいお話しですと、わたし、眠くなってしまいまして...。」
えへへ、と笑う少女に、天使長は少し怒りで拳を震わせていたが、深呼吸を一つして、「では、」と少女に背中を向けて言った。
「人間界に降りなさい。そこで、信頼できる人を見つけ、その人の力となるのです。」
「はえ?なぜですか?なぜ、そのようなことをしなくてはいけないのでしょう?」
<それはおめえが居ちゃぁ、仕事進まねえし、それどころか仕事増えるし、もう最悪だからだよ...>(小声)
「天使長さま?」
小首を捻る部下に向き直り、天使長はいつもの穏やかな口調で、その疑問に答えてさしあげる。
「それが、天使の運命だからです。天使として生まれたからには、その使命を全うしなさい。」
「運命....」
そう呟く少女の目は、『なんだか分かんないけど、"運命"ってカッコいい...』と物語っていた。
「分かりました!この0番!誠心誠意、全力をもって!天使としての使命を...、いえ!"運命"を全うさせてみせます!」
ぐっと拳を握り、新たな決意をした部下に、天使長は「その意気です。」と称賛の拍手を送る。
「それでは早速、いってきますね!」
「良いですか?使命を全うさせるまで、戻ってきてはなりませんよ。」
「はい!分かりました!見事、使命を果たしたその時は、胸を張ってここに舞い戻って参ります!」
「.........」
天使長は目を瞑り、心から祈った。
<どうか 戻ってきませんように....>
「では!いってきます!」
と。天命を授かった天使は勢い勇んでどこかへ走り去って行った。と、思ったら、数秒後。すぐ走って戻ってきた。
「天使長!!問題発生です!!人間界への行き方が分かりません!!」
*********
薄暗い洞窟内で一匹の大型ドラゴンが咆哮を上げ、冒険者4人を鋭い目つきで睨み付けていた。
戦況は、圧倒的にドラゴンが優勢。
前衛にいるTHE・勇者みたいな恰好の男が、顔をしかめながら言う。
「くそっ!このままだと俺たち全員全滅してしまう!」
そして、その苦悩に問い掛けるは、THE・ヒロイン的な女。職業は魔法使い。
「どうするの!?ガウェイン!」
「...仕方ない。俺が奴の気を引く。その間にメルは特大な詠唱魔法を頼む。」
「っ!ダメよ!危険過ぎるわ!」
そこで、親愛なる勇者様はカッコ良すぎる笑み付きで、こんなカッコ良い台詞を吐く。
「大丈夫。俺には、お前たち、"大事な仲間"がいるから死なねえよ!絶対にな!!」
「!...ばか、もう..。」
少し頬を赤く染め、"大事な仲間"と言われて満更でもなさそうなヒロイン。
「だっはは!ガウェインよぉ、そこは"仲間"じゃなくて"愛すべき女房のメル"がいるから大丈夫。だろぉ?」
これまた、THE・パーティーの盛り上げ役みたいな、屈強な戦士のおっさんが、イケメン勇者の肩に腕をまわしながら、二人の仲をからかう。
「っち、違うよ!な、なに言ってんだよ!」
「そ、そうよ!わ、私達、別に、夫婦なんかじゃ.....!!!!」
「照れんな照れんな!本当のことだろ?なあ!お前も、そう思うだろ?」
と。戦士のおっさんが後衛の後衛の方を振り向く。
「.........」
同意を求められた男は、しかし答えることはなく、ただ黙って俯いてるだけだった。
「なんだよぉ〜?強敵を目の前に、もしかして緊張してんのかぁ〜?」
「日陰。もしかしてどこか体調悪いのか?だったら、メルに回復魔法を...」
「....な...こ.....」
「え?」
「なんだこれはぁあぁあーーーーーーーーーーー!!!!!!!??」
その咆哮は、洞窟内全域に広がり、目の前の勇者パーティーも立ち塞がる強敵ドラゴンも、一斉に目をぱちくりさせた。
「なんなんだこれは!?えぇ!?なんなんですか!?これはぁ!!俺は一体何を見せられてるんですカぁ!?」
「ちょ、落ち着けよ、日陰。どうし、」
未だキーンとする耳を抑えながら、イケメン勇者は日陰に近付こうとしたが、血走った鋭い眼光を向けられたため、それは憚れた。
「くそてめえ!冒険者ギルドでぼっちの俺が可哀そうに思えて、声かけてきたんだろうがよぉ!余計なお世話なんだよ!クソ腹立つイケメェェン!!」
「ちょっと!なんなのあんた!?ガウェインは、あんたを思って...」
「はぁ!?ナンスか!?全て、そいつの言うことは正しいから黙って言う事聞けってか!?そいつぁ、とんでもねえ独裁者様だなぁオイぃ!!!」
「おいおい。なにをそんなにカッカしてんだ。誘われたのが気に喰わなかったんなら、そん時に断れば良かっただけの話しだろ?ここまでついて来たのはお前の責任だ。ガウェインにあたるのは筋違いってもんだぞ。」
さすが。パーティーの中の年長者。ここは大人の対応で日陰を宥めたが、日陰は精神的にまだ幼かった。
「うるせー!」と言って、おっさんの胸あたりをパンチしたが、逆に堅い鎧にダメージ10を与えられた。
「~~~!!!」
「ねえ。何がしたいの、あんた.....」
「大変だ!メル、早く回復魔法を...!!」
すると。そのタイミングで、ボォオッ!!と火の玉が一行の近くに落ちる。
「!!!」
「グルルル.....」
”俺の存在を忘れてんじゃねえ”と言わんばかりに、(というか本当に半分忘れていた)ドラゴンが上から睨みつけていた。
「っくそ!仲間が一人負傷してる時に....!!!卑怯だぞ!」
「こりゃぁ、内輪揉めしてる場合じゃぁねえみてえだなぁ!」
戦士のおっさんが愛用の武器大斧を構えて戦闘態勢に入り、ガウェンは後方の二人に指示を出すべく、振り返って言った。
「メルは詠唱魔法を!!!日陰は····って、あれ?」
日陰が居たはずの所を見た瞬間。イケメンの目が点になった。
なぜなら、その日陰の姿が忽然と消えていたから。
「ど、どこ行っちゃったんだ!?まさか、さっきの火の玉で.....」
「んなわけないでしょ!!大方、ドラゴンの火の玉でビビって逃げたんでしょ!!」
「一人で!?そんな、危険過ぎる...!!!」
「あんたねえ!!どんだけ人いいのよ!!勝手に離脱したんだから、あんなの放っといて良いでしょ!!」
「おい!お二人さん!痴話喧嘩は、そこまでにしといた方がいいみてぇだぞ!次の一手くるぞ!!」
戦士のおっさんの言う通り。ドラゴンは次の攻撃、背中をこちらに見せ、尻尾を大きく振りかぶった。
「!!!!!」
***********
一人、リア充勇者パーティを勝手に抜けた日陰は、早々と洞窟から出て、魔物の森を歩いていた。
「クッソむかつく。なんなんだよ、あれ。おっさんと二人で、イチャイチャしてるリア充を見守る会かよ。
『っち、違うよ!な、なに言ってんだよ!』『そ、そうよ!わ、私達、別に、夫婦なんかじゃ.....!!!!』
ざっっっっっけんな!!!!!!!」
先ほどのリア充二人のマネをして、腹立ち紛れにおもくっそ地面を蹴り飛ばす。
日陰 暗。
中肉中背。黒髪で顔は平均並み。本作の主人公。
学園もので例えるならば、陽キャ達の「今日、カラオケ行かね?」とか騒いでる会話を教室の隅の席で「けっ!」と舌打ちして見てる陰キャ。
「キキキ··」
「グルル···」
「あ?」
腹立ちながら歩いていたせいだろうか。
日陰の負の感情に引き寄せられて、いつの間にか、複数の魔物が取り囲んでいた。
「····え。ちょっと待って。なにこの状況。急すぎない?」
因みに。彼の武器は、レベル低めの短剣のみ。特別強いスキルも持ち合わせてはいない。
ドラゴンの所まで行きつけられたのは、さっきまで怒りをぶつけていた、あのリア充勇者様ご一行のおかげなのである。
彼はただリア充にイラついていた、金魚の糞。
「ちっ。こうなったら、戦うしかねえ!来い!!!おらあ!お前ら全員、俺のサンドバ「ガウア!!」あーーーーーーー!!!!」
威勢良く短剣を構えたが、容赦ない狼に似た魔物の飛び掛かりにより、情けない悲鳴が出た。
「ちょ··、危ないんですけど!!危ないんですけど!!頬、掠ったよ!!?おま···!!!人が話してる時に飛びかかるかね!!?お前らのボスのドラゴンさんは、ちゃんと待ってたゾ!!?」
「キシャーーー!!!!」
「きゃーーー!!!」
今度はガーゴイルの魔物からの引っ掻き攻撃がきたが、これも寸でのところで避ける。
だが。バランスを崩し、地面にドベシャ!!と格好悪く這いつくばってしまった。
「キシャーーー!!!!」
「グルアウ!!!!」
「あーーーーー!!!!」
もうダメだ。終わった。
と。死を覚悟した、その時。
「!!!?」
襲いかかろうとしていた魔物達がピタッと動きを止め、なぜか一斉にその場から退散して行ったのだ。
「····は?なんだ?」
日陰も、何が起きたのか、首を捻ったその時だった。
「!!!」
ゾクッと悪寒がした。
なんだ、これは。
さっき攻撃された時、毒でも入ったか?いや、なにか違う気がする。何か、イヤ~~~~な予感?不快な気分が押し寄せてくる。
とにかく、ここから離れた方が···
と。よろめく体をなんとか立たせた時だった。
「あの、そこの人。大丈夫ですか?」
月の光をバックに、純白な翼をはためかせながら、銀髪の少女が目の前に現れた。
「·····う、」
その幻想的で美しい光景に、日陰は、
「うぼろろろろろ···!!!!」
吐いた。
「えぇぇぇえええええええ!!!??」
思いもかけない反応に、空から舞い降りてきた天使の少女は驚き、パニックになる。
「な...!!え、えぇ!?ど、どうしよう!!え!?だ、大丈夫ですか!!?食べ過ぎ!?乗り物酔い!?それとも、お酒ですか!?二日酔いというやつでしょうか!?背中さすりましょうか!?」
と。少女が日陰に触れようとした瞬間。吐いた人とは思えない俊敏な動きで、少女から間合いを取った。
「!!」
「.....っごめん。なんか、君が近ければ近いほど....気持ち....ウッ、」
「ひっ!!わ、分かりました!!もう触りません!!えっと、わたしはどうしたらいいですか!?」
「とりあえず....ウッ、もう少し.....距離を...」
日陰は、右手で口を抑えながら、左手で少女にシッシッと「向こう行け」のジェスチャーをする。
「なんか、傷つくのですが....。分かりました。もう少し、離れますね....」
と。一歩だけ後ろに少女は退いたが。どうしたことだろう。まだ全然気持ち悪さが抜けない。
なので。そこから、「もう少し離れて、離れて、離れて、離れて、離れて....」を繰り返し、徐々に距離を置いてもらい、少女が豆粒程度くらいに見えるまで離れた頃、ようやっと気持ち悪さが抜けてきた。
「どうですかぁーーーーーーーーー!!!!?」
「...うむ。だいぶ、楽になってきた。だいじょーーぶーーーー!!おーーーーけーーー!!じゃあーーーこのままーーー話そうかぁーーー!!!」
「え!?このまま!?」
「きみはぁーーーーー!!一体全体、何者なんだぁー!!?」
「わたしはぁーーーーー!!!天使でぇーーー!困ってる人の力になるべく天界から降りてきましたぁーーー!!」
「は?天使??」
吐く前に見たあの光景は、やはり幻覚などではなかったのか。
しかし、天使が天界から降りてきたとは、それ、よっぽどのことじゃないか?
あの天使は「困ってる人の力になるべく」とか言ってるけど、それで天使が下界に来るってのはおかしな話しだろ。.....は!もしかして、俺、もうそろそろ死期が近い、ということなのでは.....?なるほど。だから、この体調の悪さか。なるほど理解した。しかし、天使が迎えに来るとは。死神とかじゃなくて良かった。
「....ふ。でもあれだな、なんというか....。クソつまんねえ人生だったな....。」
「あのぉーーーー!!大丈夫ですかぁーー!!?」
お迎えの天使が、俺のことを気遣ってそう叫んで聞いてきた。
俺は、「大丈夫だぁーー!」と返してから、本題を聞いてみた。
「天使ーー!!あと、俺はいつまで生きられるんだぁーーー!!?」
「はえ?」
"あと、いつまで生きられる?"え?一体何の話しでしょうか?両方の意味で分からない。どうしよう。分からないのであれば、聞くしかないです!
「あのぉーー!!一体、何の話しでしょうかぁーー!!?」
「....なるほど。あくまで、とぼけたフリをするってか。まあ、あなたの死ぬ日は〇〇日です、なんて言ったら、人間何をしでかすか分からねえもんな。うむ、知らぬフリをするのは正解だな。」
と。一人納得した時だった。
「ねえ。あなた、天使と喋ってるの?」
突如、森の茂みから、長身の男?が現れ、日陰にそう尋ねてきた。
なぜ"男?"と疑問形なのか。そのいきなり現れた人物は、骨格は男のそれだが、長身に合わせたピンク色の長い髪、その歩み寄る仕草も、男とは思えない妖艶な動きをしているので、ぱっと見、男なのか女なのか分からないのだ。それに、何気ばっちり化粧をしているのも混乱を招く。
「....ダレ?ドナタ?」
「あら。これは失礼~。まずは自己紹介からよね。私、悪魔族のクウっていいまぁ~す。以後、お見知りおきを♡」
最後に、「チュッ♡」と、本人的には可愛く投げキッスしたつもりなのだろう。
だが。声変わりした男の声で可愛く「チュッ♡」とかされても、先ほどの天使とは、また違う気持ち悪さが来ただけだった。
「···あ。ドウモ···」
「なによぉ~。ノリ悪いわねえ。あの小娘天使の時と随分の差じゃないの?ちょっとー。」
ぷーと頬を膨らます悪魔に、日陰はしかし謝るより先に混乱の疑問が出てきた。
「てか、え?お迎えの天使が来たかと思ったら、今度は悪魔??え、なにこの状況?どゆこと??俺の中の天使と悪魔がぁ~~~!!的なこ、ウッ····。」
来た。気持ち悪さが、突然に。
原因は、すぐ分かった。
あの天使が、丁度、日陰達が居る200mくらいの距離の所で驚愕の顔をして立っていたからだ。
「なかなか返事がなくて、しかも、イヤな気がしていると思って来てみれば···。あなた!!!なんなんですか!!?」
「悪魔だけど?なあに?天使のくせに、そんなことも分かんないの?」
「っ!て、天使でも、分からないことがありますから!!」
「いや、天敵の気ぐらい分かれよ。」
「ぅ····気持ち悪····」
因みに、今言ったのは天使ではなく日陰。
「に、人間さん!!大丈夫ですか!?···あのっ、人間さんに何をしたんですか!?なにかしたのであれば、今すぐ止めてください!!!」
「はぁ?ちょっとちょっと。随分な言い掛かりじゃないの~?天使さん。」
すらりと伸びた長身を活かして、オネエ悪魔が小さな少女の天使の方に歩み寄り、凄みを利かせてみせた。
凄まれた少女は、「うっ···」と今にも泣きそうな、というか、顔色が若干悪くなっているようだが大丈夫だろうか。
「だ、だって···!!そうじゃないですか!!ウッ…、に、人間さん、あんなに苦しんでいるし…!!悪魔のあなたが何かしたとしか思えません!!!」
「あぁ?」
ここまでが、悪魔の限界だった。
こめかみに血管が浮かび上がり、近くの木がビキビキビキ!!!と気迫で破壊された。
「ぴっ···!!!」
「悪いことが起これば、いっつもいっつも何かとこっちのせいにしやがって····。これだから、天使ってやつはよぉ~···。いっぺん、痛い目見とくか?」
そう言うが早いか、悪魔の手の平の上に、こぉおぉおぉ···!!!!とヤバイ音をさせながら、赤黒い気功?のようなものが膨れ上がり始める。
まあ、「それ当たったら、ひとたまりもないよね」というのは一目で分かる代物だ。
「は!!!!」
そして。オネエ悪魔は、何一つ躊躇することなく、その「当たったら、ひとたまりもないよね」物を天使に向けて放った。
「!!!!!」
あわや。天使は悪魔の力によって消え失せた。
·····ように、見えたが。
「!ひゃっ!!」
何が起きたのか。
突然、何かに突き飛ばされ、地面に倒れこんでしまった。
「いたた……。一体、なにが……」
と。上半身だけ起き上がらせて、突き飛ばされた前方を見る。
そこに居たのは……
「人間さん……?」
そう。さっきまで、離れた所でゲーゲー言ってた人間さん、日陰だった。
だが、さっきと明らかに違う。日陰の腹のあたり、大きな火傷みたいな傷ができているではないか。
「っどうして····、こんな···」
「わからん。わからんけども……、体が勝手に……動いてた。君のこと、守らなくちゃって……、なんでかわからんけども……そう思、」
そこまで言った直後。日陰は音を立てて倒れた。
「……」