俺の朝は早い、なんてことはまったくない。
 今日も、俺は遅刻をしないギリギリの時間に起きていた。
 ちなみに、99%の可能性で朝の家には俺以外の人間はいない。
 まれに母がいることがあるが、あいさつくらいで話すことは少ない。
 そんな感じだ。

 俺は誰もいないリビングに向かう。
 朝ごはんは食べない派だ。なので、歯は磨く必要がない。
 俺は、制服へと着替えていく。
 二階の自室で制服に着替えたあと、通学鞄を肩にかけ一階のリビングにある机へと向かった。
 冷蔵庫にあった麦茶のペットボトルを手に取る。
 棚にあったコップ。
 それにペットボトルから、麦茶を注ぐ。
 そして、俺はそれを一気に飲み干した。

「ふぅ」

 俺は、一息つくとコップを台所の流しへと置いた。
 そして、そのまま洗面台へいって洗顔と髭を剃る。
 電気シェーバーで髭を剃り終えれば、洗面台にある鏡を見た。
 顔をタオルで拭きつつ、鏡に移る自分の顔を見てみた。
 俺の顔は、いつもどおりだ。
 イケメンでもなければ不細工でもない。
 普通の顔といったところか。俺は、そのままリビングへと向かい、通学用の鞄を手に取る。

「よし」

 俺はそう呟くと、玄関へと向かった。
 そして、靴に足を通して、玄関の扉を開ける。

「いってきます」

 誰もいない家に向かって俺は言ったあと、扉を閉めて鍵をかけた。

 俺の家から学校まで行くのには、いくつかの手段が許可されているのだが、俺は徒歩だ。
 というのも学校は、俺の家から近い。
 俺の住む家のある住宅街から続く道を進み、大きな通りとの交差点。
 学校は、その付近にある。
 目と鼻の先だ。

 もっとも、俺がこの高校を選んだ最大の理由は、この近さにあるのだ。
 そういうわけで、徒歩でもさほど時間はかからない。

 …自転車ならもっと早い?

 いやむしろ、自転車を置く時間がもったいないくらいの距離だ。
 そんな理由で徒歩通学の俺は、いつもと同じ道を歩いていた。

 周囲には、俺と同じ制服を着た生徒が見える。
 ただ、みんな友達と一緒に登校しているわけではない。
 少なくとも俺には、そんな人はいない。
 もはや、寂しさも感じることもなく、俺はその風景の一部に溶け込んだ。

 ほどなくして学校の校門が見えてきた。

「「「おはようございます。」」」

 校門周辺では、生徒会の生徒らがあいさつをしている。
 彼ら彼女らは、肩に生徒会という腕章をしている。
 朝の挨拶運動というやつだ。
 なんとも、朝からご苦労なことだ。

「おはよう。」

 俺もそこそこに生徒へあいさつして、さっさと進んだ。

 そのまま無意識に俺の身体は、昇降口から廊下や階段。そして自らの教室へと進んだ。
 周囲の青春を感じさせる喧騒。
 俺には関係が無い話だ。
 いや、むしろ俺はそれの背景の一部なのかもしれない。
 俺は、そんなことを考えながら自分の教室の扉を開けた。
 いつもの見慣れた光景が目に入る。
 さっさと自分の席へと着席する。
 そんな席に着くこと数十秒もかからず、ホームルームの時間がやってきた。
 始業のチャイムが鳴った。
 教室の扉が開いた。

「おーし朝礼やるぞー!席につけ!」

 うちのクラスの担任教師が入ってきた。
 今日も代り映えがしない一日が始まる。
 俺は心の中でため息をついた。

 ホームルーム、そして授業が流れるように終わった、その後の休み時間。
 俺は、休み時間に入るや否や、自分の席で頭を机に伏して、寝たふりをしていた。
 これはいつもの動作だ。
 俺は決められたルールのように、この寝たふりを続ける。
 というのも、どこかに行って時間を潰すには、休み時間は短い。
 そして俺には、話しかけてくる友達や恋人は存在しない。

 まぁ、どちらにしても教室で友人同士で話を続けている連中。
 彼らから見れば、俺はこの教室では空気のような存在なのだ。
 
 というよりも、お互いに住む世界が違う。
 おれは彼らを無視しているし、彼らも俺を無視している。
 俺は、彼らのそんな反応にも慣れており、それらを計算に入れたうえで動いていた。
 その結果、この教室の席で寝たふりをするというスタイルが最適解であると導かれたのだ。

 しばらくすると、授業の始まりと休み時間の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
 俺は机からゆっくりと顔を上げた。
 あたかも今まで、寝ていたかのように。
 ま、そんな俺のことを見ている生徒はこの教室にはまるでいない。
 そんなことを俺は知っているのだが、そればかりは続けていた。
 
 やがて、冴えない教師による授業が始まった。
 俺は、教師と黒板をしっかりと捉えている雰囲気を出しながら、授業を受け始めた。

 ちなみに、俺は授業中に寝たふりをするといった愚かな人間では決してない。
 むしろ、授業中は積極中に聞いているふりをしている側の人間だ。
 教師の授業が進んでいくに入れて、教師の声や黒板に書かれるチョークの音が催眠導入剤となって、俺の意識が奪われていく。
 机へ俯いているとは感じさせないように、細心の注意を払う。
 俺は、適度に顔を傾けて教師の方向を向く。
 意識は確実にあちらの世界へと旅立っていく。
 目は閉じていない。
 ただ、俺は何も聞いていないし、理解もしていない。
 真面目に聞いている感じだけはある。
 そんな俺に教師が何もいうことはなかった。

 どちらかといえば、俺が真面目か不真面目かは関係ない。
 教師は、勝手に俺がそういう人間だと思っているだけなのかもしれない。
 もっとも、俺の高校ではこんな授業態度のやつは珍しくもない。
 俺はそんなことを思ったあと、意識がワープするかのように時間が流れていく。
 そして気が付けば、昼休みになった。

 俺は、昼食を取るために席を立った。
 まず、行くのは飲み物を買うための自販機だ。
 とはいえこの時間に学校内で設置されている自販機には、人が多い。
 したがって、俺が向かうのは学校内に設置されている自販機ではなく、学校の外で買うのだ。もちろん無許可である。
 学校の裏にあるフェンスに設置された人ひとりが通れるくらいの小さな扉。

 その周辺には誰もない。そして、この学校裏の扉はダイヤル式南京錠で施錠されている。
 最も、この南京錠の番号を俺は知っていた。 
 というのも、このダイヤルには4桁しかない。
 したがって、俺は暇をつぶしを兼ねて、この南京錠の番号を調べたことがあったのだ。
 1100。
 それがこの南京錠の解除キーの番号だった。

 暇つぶしでロックを総当たりした俺は、実のところ、この番号に行き当たるまで1分も掛かっていない。
 というのも、ダイヤル式南京錠をロックした後に、ダイヤルの数字を滅茶苦茶な数字へと設定しなおす人間はほとんどいない。
 なぜならそれは面倒だからだ。
 精々、ダイヤルのどこか一桁を隣の数字へ変えるくらいだ。
 もっといえば、縦にならぶダイヤルの操作しやすい右端か左端の桁を少しだけ弄る可能性が高いだろう。
 どちらにせよ、ロックされた状態のダイヤル式南京錠の番号は、解除キーから非常に近い番号である可能性が高い。
 そんな推測を立てて、俺はダイヤルの一桁目をグルグルと回した。
 その結果として、憶測通りに、ダイヤル解除キーが1100であるということが分かったのだ。
 俺はそんなことを思い出してたあと、南京錠のダイヤルを1100へ設定する。

 そして南京錠を開けて、フェンスの扉を開けて学校から出た。

 この裏の扉の近くに設置されている自販機へ向かった。
 俺はその中で麦茶のペットボトルを選ぶ。
 値段は、80円。破格の値段だ。
 飲み物を確保に成功した。

 そして、次に食事を用意するためにコンビニへと移動する。コンビニへと向かい、俺は買い物をする。
 俺が手に取ったのは、おにぎり二つだ。
 今日の味は、ツナマヨと鮭。
 そんな俺の食事のスタイルは、このところ変わっていない。

 朝の通学途中にコンビニへ寄って、買ってこい?
 いや、時間がない。
 そしてなによりも、鞄にいれると、買ったおにぎりが潰れてしまう。

 したがって俺は、昼休み中にはコンビニに寄るが、朝には素通りする。
 このスタイルを俺は、この高校に入ってから実践している。
 まあ、それは誇張したことで、外出での買い出しは、比較的最近に始めたことだ。
 なにより、この昼休みに買い出しを行う利点は、他の生徒と接触する機会を大幅に削減できる点にある。
 このスタイルが出来る前までには、学校内での食堂や自販機で生徒の群れの中へ一人で迷い込む必要があった。
 しかし、今のやり方だと、まったく出くわすことがない。
 つまり、周囲の目を一切気にする必要がない。

 それは一匹オオカミを自任している俺にとってはとてつもないメリットだった。

 任務を終えた俺は、麦茶とおにぎりを持ってフェンスの扉へと戻っていく。
 そのまま、フェンスの扉を開けて学校へと戻った。
 その時に南京錠を施錠することも忘れない、俺は迷惑をかけない人間なのだ。
 例えば、この施錠がされていないことで不審者が侵入した場合の責任は誰が取るのだろうか?
 ……どう考えても、俺じゃないな。
 まあ、どちらにしても俺は道義的な責任を回避するために、施錠を行った。

 そして、そのまま人のいない自転車置き場へと向かった。
 自転車置き場の近くにある場所。そこには腰を掛けるにはいい感じの段差があるのだ。
 しかも、そこが初夏から夏にかけて日陰になることを俺は知っている。
 俺は、その段差に腰かけた。

「ふう」

 息をついた。
 周囲には人はいない。
 時折、ここに来る生徒は、100%、この場所を通過点として使用している。
 仮に、その彼ら彼女らが、ここで昼飯を食べている俺の姿を見ても、特に何も思われない。
 似たような場所で食べている生徒はよく見かける。
 そして、俺の存在感は皆無だ。
 それらの結果、校舎の風景の一部として違和感なく俺は認識されるのだ。
 ま、それでも一人で昼飯を食べているのはレアかもしれないが。

 俺はそこまで考えてから、昼ごはんとして持ってきたおにぎりの袋の一つ。
 鮭のおにぎりを開ける。
 ごはんと海苔が分離されているコンビニ特有のおにぎり。
 俺は、手順に従って海苔とおにぎりを取り出した。
 取り出した鮭の入ったおにぎりに、海苔を巻いた。
 そのままおにぎりを口へと運んだ。
 お米と海苔、そして鮭が口の中で合わさる。
 ご飯と海苔。そして、しっとりした鮭の存在を感じる。
 工場で作成されたテンプレな味だ。
 悪くはない。しかしに比べればすべてが霞んでしまう。

 それは、ツナマヨだ。
 そう。次は、この学校生活で一番といって過言ではないほどに、お楽しみにしているツナマヨのおにぎりだ。
 こちらも、海苔とおにぎりを取り出す。
 もはや、この工程は、コンビニのおにぎりの楽しみの一つといえる。
 落とさないように丁寧に、ツナマヨのおにぎりと海苔を取り出す。
 そして、手順通りにおにぎりに海苔を巻いた。
 俺は、完成したツナマヨおにぎりを口の中に放り込む。

 お米とツナマヨ。そして、海苔の感触が合わさる。

「うまい」

 思わず声に出た言葉だ。
 ……いやこれもテンプレな感想か。
 そんなどうでもいいことを考えながら、俺は麦茶のペットボトルを口へ運んだ。

「ふう」

 お米の食感と、ツナマヨの味が口の中から無くなったあと、俺は一息つく。
 そのまま黄昏る。
 
 腰を掛けた俺の目の前には、フェンス越しに住宅街が見えた。
 俺が座っている場所から見える場所は、自動車がようやくすれ違えるくらいの道幅の道だ。
 その周辺に民家が立ち並んでいる。
 車も、人通りもほとんどない。
 俺はそんな景色をただ眺めていた。

「……」

 何かをするわけでもなく、ただ眺めていた。
 昼食を取った直後だということもあり、少しばかり思考がまどろむ。
 そんな俺の意識に割り込んできたのは、スマートフォンのアラームだ。
 俺はスマホを手に取り、アラームを解除する。
 念のためにスマホの時間を確認する。
 もう少しで、昼休みが終わる。

 そして、この場所から移動時間を入れるといい感じで教室に入れる。
 そんな時間だ。
 俺は、スマホをズボンのポケットへしまう。そして、段差から立ち上がった。

教室についた俺は、真っ先に自分の席に着いた。
 時間はいい感じだ。
 もうすぐ授業が始まる。
 教室の扉から教師が入ってきた。
 俺は、機械的に鞄から教科書を取り出す。

 そうしていると授業開始のチャイムが鳴った。
 また、俺の意識が飛び始める。
 深く。暗い底へ落ちていくような気分だ。
 もっとも、これは睡眠ではないのだが。
 どちらかといえば、意識のない機械が行う作業のようなものだ。
 そうして俺の意識は、確実にあちらの世界へと進んでいた。
 何の問題もなく授業が終わり、休み時間を過ごして放課後になった。

 俺は、手短に自分の荷物を纏めて帰る準備を行う。
 周囲には、部活へ向かう生徒や友人と会話している生徒が見受けられる。
 そんな中で、俺は一人席を立ち教室を出た。
 そのまま真っすぐに昇降口へと向かう。
 下駄箱へとやってきた俺は、靴を履き替えて学校の敷地外を出た。