【キマイラ】 ── 獅子の頭と蛇の尻尾を持つヤギ型のモンスター。
 数百年前アレッサンドリーテで甚大(じんだい)な被害を出し、魔道王と呼ばれた当時の王と選りすぐりの賢者たちの数十人、援護する兵士数百人の命を使って封印するのがやっとだったという。

 約400〜500年ほど前に魔王ゼティフォールが世界を支配、その時代の終わりに魔王を倒した四英雄とその勢力の台頭、それに伴い各国で軍事力と魔法技術の革命が起こった。それまでの魔法の技術とは比べ物にならないほど進歩したと言われている。

 そして、キマイラの時代は魔王の時代からさらに100年以上前だと言われているので、現代の魔法や戦闘技術なら当時ほど苦戦は強いられないだろうと言われているものの、詳しい文献が残されていないためキマイラの情報がほとんど無く、対策が立てられないためアレッサンドリーテ軍もなかなか手が出せないのだ。


 * * * * *


「キマイラは復活してから縄張りを広げ、そのせいで住んでいた周辺モンスターが別の地域に移動したり、上手く食べ物を取れず町を襲ったりと、間接的にも大きな被害を出しているの」

 カーミラが渋い顔をしている。

「早めに対処しないとだね……。キマイラ自体もだけど、町を襲ってる他のモンスターも」

 キマイラのヤバさを聞いてメーシャも考え込んでしまう。

「現在キマイラはどういう状況になってるんですか?」

 手が出せないにしても、さすがに完全に野放しでは無いはずだ。

「一応、今はとある遺跡を中心に広範囲に包囲結界を張って閉じ込めてるの。本気で壊そうと思えば壊せるかもしれないし、キマイラの強さが思ったほどではなくて結界から出られないだけかもしれない。でも、少なくとも結界を張って数日間は結界にヒビも大きな損傷もなくキマイラ自体もおとなしくなってるね。
 だから、今のうちに手の空いた兵士が周辺に散ったモンスターを倒したり、街の警護をしたり、ドラゴン=ラードロ戦で使う予定だった兵器をこちらに融通できないか交渉したりしてるところ」

 キマイラは手札も強さも全くの未知数な相手、今はできることを少しずつやるしかないだろう。

「……ねえ、キマイラの結界の近くに転移魔法陣みたいなの設置できないの? ほら、街の中にある、地区同士を行き来できるようなのあるでしょ? それみたいにいつでも転移できれば、もし結界が破れても被害が出る前に戦えるっしょ?」

「確かに…………。転移装置と併用で結界の状態が遠隔で分かるようにすれば、見張りの数を減らしてその分対モンスターにまわせるかも」

「兵士さんが戦う場合部隊で挑むことになるし、どうしても転移に時間がかかるからこの作戦は無理だと思うんだよね。でも、あーしが挑むなら少数……ってか、最悪あーしさえ転移できれば良いから、兵士さんも機械も減らせるんよね。あと、転移ができるならあーしもギリギリまで修業したり、リラックスしたり遊んだりもできるからありがたいかなって」

 メーシャが戦うからこそ実現する作戦だが、実現すれば誰にとっても得になるものだ。
 この国は確かに危機に陥っているが、休める余裕が一切ないわけでは無いし、作戦の合間合間にしっかりリラックスおかなければ、いざ戦いになった時に潰れてしまう。そう言う意味でもこの案は通しておきたい。

「良い考えだと思う。あと、結界を破壊しなかった場合なんだけど、周辺の安全の確保できていたらメーシャちゃんのタイミングで挑んでも良いからね。携帯転移装置はまた後日渡すからそれ使って」

 カーミラがスマホのような機械を操作して現地の兵士たちに連絡を入れる。

「あんがと。その間にギルド覗いたり、巡回関係なく街を見て回ったりしとくし」

 一段落ついたところでメーシャが立ち上がる。灼熱さんやデウスに今回のことを話しておかなければならない。

「……あ、もし鍛冶屋とかで装備を整えるつもりなら、足装備はあけておいてね。また渡したいものがあるから」

 カーミラは少しイタズラっぽく笑った。詳しく言わないことから考えても、どう言ったものを渡すのかは後からのお楽しみというやつだろう。

「……分かった、楽しみにしとくね。じゃあ、またね。ばいばーい」

「カーミラさん、お茶美味しかったです」

 メーシャとヒデヨシが続けてカーミラに挨拶をする。

「はーい。またいつでも遊びにきてね」

 カーミラが立ち上がり、帰ろうとするふたりを執事のおじいちゃんとともに見送った。


 * * * * *


 メーシャたちは先ほどの話を伝えるため、デスハリネズミやバトルヌートリアが働く農場に来ていた。
 今日は焼畑の予定だったため、めずらしく灼熱さんも活躍していたとか。

「つまり、しばらくはまだラードロに挑めないのか……もどかしいぜぃ」

 話を聞いた灼熱さんが苦虫を噛んだような顔をする。
 いちにちでも早くドラゴン=ラードロに挑みたい灼熱さんにとって、この報告は少し受け入れ難いもののようだ。

『まだ戦い慣れてない状態で強さが未知数の相手に挑むのは得策じゃねえし、妥当なところだな。ラードロの件はまあ……灼熱さんの気持ちはすごく分かる。だが下手に刺激して、生きてるかもしれないお姫さんを危険に晒すのは王様も民も看過看過(かんか)できないだろうよ。……今は少しでも力をつけて、身体を休めて、来たる決戦で最大限のチカラをぶつけられるように準備しとこうぜ』

 灼熱さんの気持ちを1番理解しているのはデウスだろう。だからこそ、準備の大切さも1番分かるのだ。

「デウスの旦那……。そうだな、すまねえ。どうしても焦っちまうようだ」

 灼熱さんが少し落ち着きを取り戻す。

「おう。……そうだメーシャ。準備で思い出したんだが、ひとつ頼まれごとしてもらえるか?』

 深刻そうでもないが、軽い口調でもないので、なにかでうすにも考えがあるのだろう。

「頼まれごと? ムチャなやつじゃ無いならいいよ」

 メーシャはのうかのお婆ちゃんが作った、アルミホイルに包まれたオニギリをほおばる。

『魔石ってあるだろ? それをさ、モンスターを倒した時とか、結晶化したやつを道端で見かけた時とかに拾っておいて欲しいんだ。買ったりまでしなくても良いけど、念の為に多く頼む』

 魔石は魔力が結晶化したもので、鉱石のように岩の中にあったり、モンスターの心臓部になっていたりする。
 日常生活では機械のバッテリーのような役割や、魔法を使う時に魔力を肩代わりしたり強化したりと、魔石は何かと欠かせない存在だ。

「良いけど……何に使うの?」

『……いや。できるかも成功するかも分からねえし、なんなら使う機会がない方が良いんだけどな。今の所言えるのは、やべー時にそのまま終わりじゃなくて、せめて一か八かの賭けに出られるようにするアイテムってことだな』

 デウスの言葉は歯切れが悪かったが、本人もまだ試行錯誤の段階で説明が難しいのだ。

「おけ。魔石ね、見かけたらできるだけ集めとくし」

「僕も、お嬢様から見えにくい位置の魔石を探しておきますよ」

「あっしも御二方同様、魔石を集めておくぜぃ」

『助かる。集めたやつはアイテムボックスに入れてくれ。あと、メーシャは俺様にアイテムボックスに干渉する権限をくれ。所有者をメーシャに変えて完全に譲渡しちまったからな。
 もちろん、触れる制限を設けて"魔石のみ"にしてな。それ以上外のモノに触れすぎると、身体の時間が進んで状態を維持できなくなっちまうからよ』

 デウスは一時的に身体の時間を止めて崩壊してしまうのを防いでいる。なので、最低限魔石を加工するだけにとどめておきたいのだった。

「えっと、魔法陣だして念じたらイケたりすんのかな? ……こうかな」

 メーシャは魔法陣を出し、反対の手をかざしながら権限を渡すように念じる。

『……お、来たきた。ありがとな。まあ……普通に勝てるのが1番だが、邪神相手は何が起こるか分からねえからさ。とはいえ、俺様は今こんなザマだろ? 何か出来ることしたくてな』

 デウスの言葉からは、邪神に負けたくないという気持ちと少し親愛のような感情が感じられた。出会ってまだ短いが、それでもメーシャたちのことを大切に思っているのだろう。
 ここは冒険者ギルドシタデル、アレッサンドリーテ支部。シタデルってーのは数多のギルドが協力したり情報交換したり、有事の際はここを砦として戦ったりする拠点だ。そう言う理由だからか、街から少し出たところに建てられている。結界から出てるのは気に食わねーが、シタデルも高級結界を張ってるし軍の砦街から少し出てるらしーから許してやるか。ちなみにこのシタデルはアレッサンドリーテで2番目に大きい。

 そしてオレはベイブ。鍵開けシーフのベイブだ。このギルドのいわゆる門番、兼()()()()()みてーなもんだ。親友のドリンクメイジのマークとオレは昔っからの仲で、地元の後輩から狂犬ブラザーなんて二つ名で呼ばれたりして恐れられてたぜ。

「──で、だ。聞いたかマーク」

 オレはここでハードボイルドにカップを傾ける。当然スコッチだ……と、言いたいところだが、オレはこう見えて下戸(ゲコ)ってやつでな。もっぱら麦茶だ。
 場所はいつもの奥から2番目のテーブル。ここは入口もクエスト受付も見えるサイコーの場所で、オレたちの特等席だ。まー、先客がいたらオレは優しいから譲ってやらなくもない。

「なにがだベイブ。オレは今ポンペインファイターのフロッグと()()()切ってて忙しいんだ」

 マークはフロッグと毎日のように睨み合ってる。ライバルだ。

「今日、新人が入るらしーぜ。オレの情報網によると、ヤツは遠方からやってきた無知なクリーンハンド。つまり、所属ギルドも決まってないって噂だ」

 今日ハーレムギルドのワルターさんとギルドマスターが喋ってるのを聞いたぜ。
 ワルターさんは隣町のトゥルケーゼのシタデルを拠点にしてるが、アレッサンドリーテシタデルのギルドマスターと仲が良いらしい。なんでも、子どもの頃の恩人だとか。……これはギルドマスターとワルターさんが喋ってるのを聞いたヤツだぜ。

「なに?」

 フロッグとの勝負が終わったマークの眉間にシワがよった。
 ようやくオレの話を聞く気になったみたいだ。ったく、世話が焼けるヤツだぜ。

「だから、クリーンハンドの田舎モンが、今日ここで冒険者ギルド登録するって話だ。……で、所属ギルドが決まる前に適正審査と、新人研修があるだろ? だから……」

 新人研修は基本的に先輩冒険者が立候補してやることになってるんだ。理由はふたつ。ひとつめ、新人(ニュービー)にとっては現役の生の技術を学べる。ふたつめ、ギルドにとっては新人を勧誘しやすくなるってこった。
 実際、研修を請け負ったギルドに新人がそのまま入るってことは珍しくないからな。

 そしてオレたちは新人教育がだ〜い好きなんだ。
 勧誘したいワケじゃない。なにも知らない新人ちゃんたちに、()()()()()()()ってのを教える大事な仕事で、そういう慈善事業みたいな人の役にたつことが生きがいなんだよ。
 ちょ〜っと厳しすぎて辞めちまうヤツもいるが、そういうヤツはオレたちがなにもしなくてもじきに辞めちまう。そうだろ?
 だから、時間を有効活用できるしwin-winってこったな!

「じゃあ、()()、してやらねえとな! ガハハッ」


 * * * * *

 
 メーシャは冒険者になるため、アレッサンドリーテにある冒険者ギルドのシタデルに来ていた。

「ほえ〜ここが冒険者ギルドか。外観石造りの立派な砦ってカンジだったけど、中はゲームに出てくる酒場って雰囲気でイイね。なんか流れてる音楽もそれっぽいし」

 砦とはいっても、通常は依頼の受け付けをしたり食事をしたり、一部冒険者はここで寝泊まりしたりと、平常時にはには居住空間としての側面が強いのだ。

「ここはシタデルって建物で、冒険者ギルドの集会所みたいなところみたいですね。ギルドに入るって言っても、目的や方針によって色々なギルドがあって、その中から選択して入るか、もしくは実力や信用を上げて立ち上げるか、考える必要がありそうです」

 大豆ほどの大きさの端末を見ながらヒデヨシが言う。この端末はヒデヨシもこれから必要になるだろうからとカーミラが今朝くれたものだ。
 この世界のスマホのような機械は"パルトネル"と呼ばれ、電力の代わりに魔力でエネルギーを使って動くのだとか。

『無理にすぐ決めなくても、しばらくは無所属として活動して、昇級する時に改めて所属ギルドを決めてもいいぜ』

 冒険者にはランクがあって『星1』からスタートし、クエストをクリアしたりクエスト外でも実績を得たりすると昇級試験を受けられ、その試験に合格すると星の数が増えていく。
 星1は初級者で、いわゆるお試し期間。薬草採取やプルマル討伐、回復ポーションの配達などの簡単なクエストを受けることができ、所属ギルドを決めるのも星2になるまで保留にできる。
 星4までは登録シタデル内のみの試験で昇級できるが、それ以上星を増やしたい場合は本部に赴き専用の試験を受ける必要がある。

「今はなにも分かんないし、所属は後でいっか。そんじゃ受け付け行こっか」


 ● ● ●


「ようこそ、冒険者ギルドのアレッサンドリーテシタデルへ。本日はどのようなご利用でしょうか? クエストのご依頼でしょうか、クエストの受注でしょうか」

 メーシャたちが来たのに気が付くと、受け付けのお姉さんが笑顔で応対を始めた。

「えと、冒険者に登録? したいんだけど、今って大丈夫かな」

「冒険者登録ですね、大丈夫ですよー。おひとりですか?」

「僕もです」

 メーシャの肩の上でヒデヨシが手を挙げた。

「おふたりですね。……ではお名前と、希望動機、あと入りたいギルドの希望があればお願いします」

 お姉さんはパソコンをテキパキと操作しながらメーシャとヒデヨシに質問する。

「名前は"いろはメーシャ"。希望動機は、強いモンスターに果敢に挑む冒険者ってカッコいいな〜って小さい頃から憧れてて、それで今は他のことしてるんだけど、ちょっと時間があったからいい機会だしやろうかなって。今いるところからの許可はあります。入りたいギルドは特になし……かな」

「名前は"いろはヒデヨシ"。メーシャお嬢様がギルドにはいるなら、僕は背中を守りたいなって思いました。入りたいギルドはお嬢様と一緒で特にないですけど、強いて言うなら本業の都合上ずっとクエストを受け続けることは難しいので、ある程度融通がきくところか、自分たちで設立できればなと思います」

「…………はい。ありがとうございます。では、こちらの契約書を確認の上、よろしければ手のひらをかざして頂けますか?」

 お姉さんはパソコンに指をかざしてホログラムの契約書をふたつ空中に出現させ、メーシャとヒデヨシの前にそれぞれ移動させる。

「おぉ〜、ハイテクだ…………あ、読まないと」

 メーシャは魔法技術に感動したが、すぐに気を取り直して契約書に目を通していった。

 内容としては、冒険者どうしで不用意に争わないこと、シタデルの警告が出された場合それに従うこと、クエスト内で手に入れたものは基本的にシタデルに報告すること、トラブル発生時はすみやかにシタデルに連絡の上指示に従って対処、もしくは退避すること、基本的に現在いる国の法に則った行動をすること。

 規約をを破った場合、冒険者から追放、法を犯した場合国と連携し逮捕の上相応の罰を。

 損害を出した場合、基本的には3分の1冒険者負担。残りをシタデルが払う。ただし、悪質な場合は全額負担。やむを得ない場合の損害はシタデルが全額負担する場合もある。

 クエスト中怪我をして動けなくなった場合、シタデルが救助隊を派遣して治療を行う。上記の治療、およびシタデル建物内の回復装置使用は無料。

 死亡した場合、基本的に希望の墓地に埋葬するが、希望がない場合は登録したシタデルの地域の墓地に埋葬する。ただし、死亡したと断定された場合のみ遺体回収班を派遣する。
 財産は家族やギルドメンバーに分配、もしくは冒険者の希望にそって使用する。〜などなど、他にも色々書かれていた。

「──おけ」

「僕も読み終わりました」

 契約書に目を通したふたりはホログラムの契約書に手をかざす。すると、契約書から光が出て手のひらをスキャン。()()()を登録された。
 魔力紋というのは魔力の波長のことで個々で少しずつ違い、指紋よりも偽物を作りにくいのだとか。

「はい、承りました。では、最後に適正審査がありますので別室へお願いします」

 そう言ってお姉さんは立ち上がり、メーシャたちを隣の部屋に案内する。

「はーい。…………ん? 審査ってここでするんですか?」

 案内された部屋にはいくつかの座り心地の良さそうな椅子以外なにもなかった。

「はい、そうですよー。……ではお好きな椅子におかけください。審査をするための魔法機械(マキナ)はこちらです」

 お姉さんは持ってきていたバイザーのようなものをメーシャとヒデヨシに渡す。これを使って審査するのだろう。
 ちなみに、マキナとは魔法で動く機械のことだ。

「ども、ありがとうございます」

「僕のサイズのバイザーもあるんですね」

「そうですね。小さな支部だと置いていない事もあるんですが、冒険者もニンゲンばかりじゃないので色々なサイズを置いているんですよ」

「そうなんですね!」

 ドワーフはニンゲン種より少し頭が大きいし、ホビットは小さめ。それに、住民として認められたモンスターも冒険者になることができるので、色々な大きさが必要なのだ。
 魔法でサイズ変更できないのは、このバイザー自体が高度な術式を組み込んだ魔法機械(マキナ)なので、下手に上から魔法をかけてしまうと不具合の原因になってしまうからだ。

「……装着完了だし〜!」

「あ、ピッタリですね」

 メーシャとヒデヨシはそれぞれイイ感じの椅子に座り、バイザーもつけて準備万端だ。

「──では、審査開始です……!」
 メーシャはバイザーをつけていい感じの椅子に座り、冒険者適性審査を開始した。バイザーを付けると身体が一時的に休眠状態に入り、無意識下で自由に思考したり動いたりできる記憶に残らない特殊な明晰夢を見せ、そこでの言動やパターンを高速で集計する。
 これにより、不正をしたり対策を取られたりすることがなく、冒険者の本来の性質を見抜くことができるのだ。ちなみに、この結果は個人情報なので本人以外に教えることはできない。

 この審査は戦闘スタイルの得手不得手だけでなく、冒険者のサバイバル適性、クエストの受注パターンなど色々なことがわかる。なので、己の才能が分からず苦手な分野に進んでしまい、力が思うようにふるえずに芽が出なかったり大怪我をしてしまったりということが大幅に減った。

 この審査が存在しなかった時期と導入してからでは、一年あたりの死傷者数が数十分の一未満まで減ったと言う。
 世界のトップ技術者が集まると言われる"白雷(ハクライ)"の街で開発された最高峰の技術のひとつである。


 * * * * *


「──はい、終了しましたのでバイザーを外して大丈夫ですよ」

 受け付けをしてくれたお姉さんの声がメーシャの目を覚ました。

「……ふぁあ。あれ、もう終わったの?」

 リクライニングチェアでホットアイマスクをつけてリラックスしていると、時間が一瞬で溶けてしまった……なんて経験はないだろうか。
 メーシャは目を瞑ってから体感1分ほどしか経っていなかった。

「……なんだか、もう少しゆっくりしたい気分です」

 部屋の中に流れる音楽がゆったりと心地いいので、もうひと眠りしたい気持ちを刺激する。

「どれくらい時間経ったんだろ……」

 メーシャはポケットのスマホを取り出して、ギルドに入ったくらいの時間から逆算しつつどれだけ眠っていたかを割り出そうとした。

「あれ、時間ぜんぜん進んでなくね?」

 どう考えても、というか考えなくてもギルドに入ってからほんの10分ほどしか経っていない。契約書を読んでいた時間も含めてだ。つまり、バイザーをつけて眠っていたのは……。

「50秒ほどですね」

「はやいですね!」

 審査の時間の短さにヒデヨシも驚いて跳ね上がってしまう。

魔法機械(マキナ)の計算能力が高く、最低限の情報を手に入れさえすればあとは勝手に集計できますからね」

『ぉおお〜……! どういう魔法陣使ってんだ? ……睡眠系の魔法の応用で、幻惑系を使わなくてもいいのか。光魔法を乱反射させることで連続照射して…………マジか。色んな魔法を組み合わせて、相互作用させることでプログラム量を減らしてんのかぁ〜。俺様ならこのマキナ作れるか? いや、作れたとしてもどっかで閃きのキッカケがないと無理かもしれねえ。こんなクレイジーな魔法陣はそうとうもの好きじゃねえと思いつきもしないだろうな。はあ……開発者と語り合いてぇぜ』

 急に声がして目を見開くお姉さんのこともお構いなしに、デウスは恋した乙女の如くバイザーの技術について呟いてしまうのだった。


 * * * * *


 メーシャが審査を受けているころ、部屋の外でそわそわする3人組がいた。

「そろそろだぞ……。準備は良いかマーク、フロッグ」

 鍵開けシーフのベイブ、ドリンクメイジのマーク、そして孤高のライバルであるポンペインファイターのフロッグ。
 目的はもちろん()()()()でストレス発散……もとい世のための慈善事業だ。

「オレは準備万端だ。新人が部屋から出て、受け付けから解放された瞬間が、ヤツが地獄に落ちる瞬間だぜ……ケヒヒヒヒヒ」

 マークはケヒヒと笑う時に愛用のナイフを舐める。……そして、しっかり拭き取ってから戻す。そのままにするのはサビの原因だからな。

「オイラは…………ダメ……かも……はぐぅ!? お腹が! …………ごめんベイブ、オイラはちょっとトイレに……!」

「は、早くいけフロッグ! オレは別に床掃除なんて好きじゃねんだ! 新人教育よりテメーは自分のお腹をいたわってやれ!」

 ……チッ。思わず叫んじまった。
 ポンペインファイターのフロッグの職業は実はファイターじゃねえ。本当はオレと同じシーフなんだ。
 じゃあ、なんでそんな二つ名を持ってるかって? それはな、ポンポンペイン……つまり()()といつも戦っているからだ。
 ヤツが言うには緊張するとダメなんだとよ。

「……軟弱者めが。しかたねえな、こうなったらこのドリンクメイジのマークがフロッグの分まで新人をぶちのめして……教育してやるかぁあ?」

 こいつはハリキリ過ぎだ。
 せっかく()()()()()きてんのに、あんまりうるさくするとバレて……。

「──マーク! そこにいたのか! 仕事サボってなにしてんだ! ったく、12番席にさっさと()()()()を持っていきやがれってんだ!」

「ふぇっ!? りょ、料理長!? なんでオレの居場所が分かったんだ……? くそっ、すまねえ。オレは一緒にいけねえみたいだ。……オレの分までがんばってくれよ」

 ……マークも行っちまいやがった。
 そうだ、ドリンクメイジの()()()()ってのは、シタデルの食堂のドリンク係ってことだ。メイジの方はまあ、ちゃんと魔法使いで間違いない。
 
 そうなってくると、オレの"鍵開けシーフ"ってのも気になってくるよな? そうだと思ったぜ。
 そうだよ、ご想像通りウラがある。
 オレはシタデルの鍵を持った()()()()係だ。シタデルの鍵を開けるから鍵開けシーフだ。

 ──ウィン……。

 扉が開いた。とうとう新人が部屋から出てきたぜ。

「──じゃあ、まずは研修みたいなのしてから本格的にってカンジか」

「結果が出るまで少し待ってましょうか。カーミラさんから少しお金貰ってますし、何か食べますか?」

 そう、結果はだいたい5分で出る。だから、それまでにオレが研修するぞって声をかけておけば、何も知らねえ新人はそのまま引き受ける。
 本当は受け付けに聞いて手の空いてる相性の良い先輩が呼ばれるんだが、すでに決まっている場合はその限りじゃない。やるなら……この5分が勝負だ。

「やあやあキミたち! 新人さんかな〜? もしかして、研修とかってまだなんじゃない? それに、誰に頼んだら良いか困ってるとおもって……さっ! 良かったら星2冒険者の鍵開けシーフのベイブにお手伝いさせて欲しいな〜なんて」

 決まった!
 この柔らかな口調と、親しみやすい雰囲気、なんといってもチャーミングな笑顔! 前回は笑顔がぎこちなかったからか成功は逃したが、今回は会心の笑顔だぜ、こんにゃろー。

「ん? ああ、先輩冒険者さんか。ごめんね、新人研修してくれる人はもう決まってるみたい」

 な、なぁにぃ〜!? 新人研修が初めから決まってるパターンって、ワルターさん以来じゃねえのか? ああ、ワルターさんとこの……なんだっけ、アメリー? とかいう人もそうだったが、何にしてもイレギュラーだ。
 もしかしたら、この嬢ちゃんと坊ちゃんは手を引いた方が良さそうか?

「……どうしたベイブ? メーシャさんとヒデヨシさんに何かようか?」

 ……この深みのある勇ましい声は……!

「ぎ、ギルドマスタ〜!? い、いえ、もお困りだったら何か手伝おうかな〜って思って……」

 やばい! 声が震えちまう。
 知らないヤツもいるだろうから説明すると、この方はアレッサンドリーテ支部のギルドマスターで星6冒険者のデイビッドさんだ。
 本当は昇級できるが、あまり星を増やすと本部に転勤しちまうとかで6止めしてるらしい。

 しっかし、ヤベーのはそこだけじゃない。
 身長が2m20cm超えのトラ型の獣人で、筋肉だけでも山みたいでヤベーのに、並の冒険者だと着たら体が潰れちまうほど重たい鎧を常に着てるし、しかも戦いの時には身長と同じくらいの大きさの幅が広いバスターソードを使いこなすそうだ。
 この前間違ったフリしてタックルをしかけてみたら、なぜかオレの方が5m吹き飛んだんだ。正直、迫力が凄すぎてオレは関わりたくない。

「気遣いありがとう、ご苦労だったな。だが、今回の新人研修は1回目を俺、2回目をワルターが担うことになっているんだ。俺もあまり暇ではなかったんだが、アレッサンドリーテ近衛騎士団の団長から直々にお願いされてな。なんでも、陛下や王女殿下の次に大切な人物だとか。だからまあ、失礼のないようにな」

 ぅおっと、気を失いそうになっちまった。情報過多だ。
 ただ、デイビッドさんのおかげで命拾いしとようだ。もしあのまま()()……新人イジメをしてたら、オレの首が危なかったってことか。
 つーか、あのニンゲンのお嬢ちゃんとゲッシのお坊ちゃんヤバすぎるだろ。ギルドマスターとワルターさんに騎士団長? 手に負えるわけがない。それに、ちょっとだけ漂ってきたオーラに触れただけで、素人のオレですらタダモノじゃないと確信しちまうヤバさだ。怒らせたら消し飛んじまう。

「いや〜、そうでしたか! ではオレでは力不足ですし、ギルドマスターやワルターさんがいるならここいらで、おいとまさせて頂こうかな? ははは……。では、ええっと……メーシャさんとヒデヨシさんでしたか? 良い冒険者ライフを送ってくださいな!」

 今日のオレの足は生まれて1番俊敏だった。
 あんなところ、あと1秒でも長居しちまったら身体がもたないって。フロッグじゃないけど、トイレに行きたくなってきたしな。


「…………はあ、真っ当に生きようかな」

 まあ、教育つっても1度も成功したことないんだけどな。

 ● ● ●


「…………ベイブのやつ様子が変だったが、トイレか? まあいい、おふたかた……結果が出るまでお暇でしょうし、研修の説明がてらご飯でもどうですか? もちろん、俺がおごるので好きなものを好きなだけ食べてください」

「やったー!」

「お嬢様、何食べましょうか!」

 こうして、メーシャの知らないところでギルドの平和? が取り戻されたのだった。
 メーシャとヒデヨシはアレッサンドリーテのギルドマスターデイビッドから新人研修の説明がてら、シタデルの食堂でご飯を食べることにした。
 メーシャは以前宿屋で食べたものと同じドラゴンステーキ(培養肉)だ。やはり初めて食べた異世界ご飯ということで思い入れがあるのと、今回はかかっているソースが違うということで選ばずにはいられなかった。
 ちなみにドラゴンの培養肉はこの肉は牛や鶏に比べて高価ながら大変人気で、比較的色んな所で食べることができる。

「お〜! チーズソースか〜! いただきま〜す…………あむっ」

 メーシャはテーブルに置かれるや否や、すぐさま大きめに切り分けてひと口。

「ん〜〜〜〜〜〜!!」

 まずはチーズソースの味が舌にダイレクトヒット。白ワインの風味と野菜の旨み、チーズの濃厚なミルクの旨味がハーモニーを奏でる。
 噛むと心地いい弾力が歯に伝わり、それだけで心の内の期待感があふれ出す。そして、噛み切れば肉汁が口いっぱいに広がり、焼き目の香ばしさとチーズソースと混ざり合って相乗効果を生み出す。
 宿屋のものに比べて塩気もスパイスも旨みも強く、それだけならガツンっとしすぎて人を選びかねない。だが、チーズのまろやかさがそんな()()()()()を見事に乗りこなし、鼻を抜ける白ワインの風味が『ひと口』という世界を平定する。
 まるで王道。
 荒くれが何かのキッカケで世に繰り出し、仲間と出会い、誇りを知り、仇敵を討ちはたし、最後には王にまで上り詰める。そんなひとつの英雄譚を聴いたような満足感だ。

「ボクもゲッシが食べられるように改良したドラゴンステーキを選びましたよ」

 ヒデヨシも前回メーシャが美味しそうに食べていたのがうらやましくなり、今回はちょうど自分でも食べられそうなメニューがあったのでこれを選択したのだ。

「いただきます! …………ぉおお!」

 塩気やスパイスは気持ち控えめ。だが、侮ることなかれ。
 ただ量を減らせば確かに食べられよう。しかしそれでは満足感まで減ってしまう。
 ゆえに、限られた材料の中で改良を加えられていたのだ。

「もしかして、この香りって燻製(くんせい)ですか? それに、他にも良い香りが……」

 香草だ。深く香ばしい燻製の風味を、幾重にもなる香草の香りが彩っていた。
 食事とは五感全てを使うものであるが、やはり性質上味覚が1番で他はサポートといった立ち位置に落ち着いてしまう。だが、これは味覚と同じくらい嗅覚も同じくらい満足させてくれるのだ。
 チーズの独特な風味を殺すのではなく洗練させ、肉汁をまるでウイスキーでも飲んでいるかのような豊かさに変えてしまう。
 ヒデヨシの選んだ方のステーキは、メーシャとは違う物語を奏でていた。
 そう、メーシャが王の物語だとするなら、ヒデヨシのステーキは()()()()()
 庶民の出の冴えない少年を導き、みごと偉大なるアーサー王へと変えたマーリンのようなステーキなのだ。

「「美味すぎる!!」」

 ふたりの声が交差してこだまする。
 ドラゴン肉は調理法の数だけ伝説があるのかもしれない。

「…………は、ははは。満足して頂けてなによりだ」

 あまりの感動っぷりにデイビッドは圧倒されてしまう。

「あ、それで説明ってなに?」

 肉によって失っていた冷静さを取り戻したメーシャがデイビッドに本題を訊くことができた。

「……あ、忘れていました。まあ、詳しくは研修中に言いますので軽くですが──」

 デイビッドはある程度かいつまんで説明してくれた。

 まず、研修は2回に分けてするのだが、これは知識や相性、得手不得手が偏り過ぎないようにするための措置なのだとか。今回初日は明日でデイビッド、2日目が明後日でワルターだ。

 そして、研修内容はモンスターの捕獲や討伐のマナーや手順、気をつけるべきことなど。そして、1番大切で忘れてはならないのが『人命最優先』であることであり、討伐やクエストクリアではないこと。
 モンスターを倒すのに気を取られて近隣住民を巻き込んではならないこと。
 クエストクリアを優先して仲間や自分の命を二の次にはしてはならないこと。

 そして、なぜ冒険者がそれらを第一に考えるのか。
 一度のクエストで多くの命を救った代わりに自分の命を落としてしまったら、その冒険者は英雄になり得るだろう。
 だが、生き延びて2回目も3回目も命を救っていけば、英雄にはなれないかもしれないが救える命は命を落とした場合より多くなっていくだろう。
 それになにより、自分自身も冒険者が守るべきかけがえのない命のひとつなのだ。

「──捕獲用魔法機械(マキナ)のレクチャーや準備、シタデルとの連携は後日ですが、今のうちに言っておきたいことはこれくらいですね」

 説明も必要だが、デイビッドはメーシャたちにクエストを受ける時の心構えを教えたかったのだろう。

「ありがとうございます」

「あんがと〜。……あ、そだ。あさって研修してくれるワルターさんってどんな人なの? それと、イヤじゃなければ敬語しなくてもイイよ。先生的な立場の人に敬語使われるのちょっとくすぐったいし」

「……助かる。俺も普段は冒険者とばかり話していて、敬語はあまり得意ではないんだ」

 デイビッドは少し牙を見せて楽しそうに笑った。

「それで、ワルターだったな。あいつは……ひと言で言うなら"努力家"だな。自分に厳しく、他人には優しい仲間思いな人格者だ。見た目がラフなもんだから少し勘違いされやすいフシはあるけどな。だが、あいつの努力は俺が1番知っている」

 デイビッドは優しい目で、そして少し遠いところを見ながら語る。懐かしんでいるのだろうか。

「デイビッドとワルターさんは知り合いなの?」

「ああ、そうだな。10年くらい前、大型クエストで仮拠点にしていた村にあいつが居たんだよ。そこで色々あってな、今は一応……師弟関係みたいなもんだ。自慢の弟子だよ」

 デイビッドははにかみながらそう言った。

「へ〜! シタデル入ってからちょいちょい名前が聞こえてくるからどんな人だろうと思ってたんよ。デイビッドのワルターさんを話す時の顔をたら、もっと会いたくなっちゃったし!」

「ですね! デイビッドさんの戦いとワルターさんの戦いを見比べて、違う所や似てるところとか見たくなってきました」

 メーシャとヒデヨシはワルターに会えるのが楽しみになってしまったようだ。ことっヒデヨシに至っては、なかなか通な楽しみ方をしようとしている。

「……それは恥ずかしいな。今晩は少し念入りに鍛錬するか……」

 苦笑いを浮かべて頭をかいていると、受付のお姉さんがこちらに歩いてきた。予定より少し遅れたようだが、表情から察するに無事結果が出たようだ。

「お待たせいたしました。少し計算が難航する場面がありましたが、結果が出ましたので受付の方へお願いします」

「……じゃあ、俺はここらで退散するかな。メーシャさん、ヒデヨシくん……時間はシタデルから追ってスマホ(パルトネル)から連絡がくるはずだ。また明日」

「うん、また明日〜」

「明日はよろしくお願いします。お疲れ様です」

 デイビッドは軽く手をふって振り向かずにシタデルを後にした。


 ● ● ●


 そして、メーシャとヒデヨシはお姉さんとともに再び受付へやって来た。

「ワクワクしてきた」

「僕は少し緊張してます」

 メーシャもヒデヨシも結果がどうなるかドキドキしていた。が……。

『……だよな、ドキドキするよな。なんか、心臓が口から出てきそうだぜ』

 デウスはそれ以上にガチガチになっていた。

「……なんであんたが1番きんちょうしてんだし。てか、出る心臓は今ないじゃん」

『……それもそうだ。そう考えたらドキドキしたい放題だな。ドキドキし得だぜ。ははっ』

 軽いもんで、こんなやり取りでもうデウスは元気になってしまったようだ。

「では、まず結果から」

 受付のお姉さんがメーシャとヒデヨシに、ダマスカス鋼でできたひし形のタリスマンを渡す。

「"冒険者の資格あり"とみなされました。合格です」

 お姉さんがにこりと笑う。

「やったー!」

「ほっ」

『……っふぁあ! 無意識に息止めてたぜ……』

 メーシャたちは三者三様に喜んだ。

「このタリスマンは冒険者の証で、こちら……冒険者ギルドシタデルアレッサンドリーテ支部が身元を保証するとともに、真ん中のストーンに手をかざすと冒険者さんのクエスト受注履歴やご職業、星の数、組んでいるパーティのメンバーやその現在地がわかる他、救難信号を出すこともできます。……それと、クエスト報酬はタリスマンに直接振り込ませて頂くのですが、そのお金をシタデルや街のATMで現金を引き出すこともできる他、タリスマンを使ったキャッシュレス決済も可能になっております」

「ほえ〜」

「至れり尽くせりですね」

『すごい技術だな…………これの開発者とは朝まで語れそうだぜ』

 そうこうしていると、受付のお姉さんは慣れた手つきでパソコンを操作し、メーシャたちの周りに白い膜……防音結界を展開した。
 読唇術で何を言っているか分からないように透明でなくしているのだろう。ただ、音も異物もヒトも通さない周りから隔絶された空間であるものの、空気や光は結界内にも届いている。

「──では、これよりメーシャさんとヒデヨシさんの審査結果をお伝えいたします」

 
「──まずヒデヨシさん。身体能力ですが、打たれ強くは無く力も種族がら高く無いものの、俊敏で小さいので攻撃を回避しやすく、テクニックや的確に急所を狙って短所をうまくカバーしていました。
 次にスキル面ですが……普通のモンスターに対しての初期スコアは高くありませんでした。炎を吐いたり爪や歯を使っていて倒せはしますが、冒険者の上位30%程度の才能といった所でしょうか。
 ……ただ、ラードロと相対した時にスコアが跳ね上がりまして、格上でも一瞬の隙さえ突くことができれば圧倒できていましたね。それに、その後もう一度普通のモンスターと戦った時に新しいスキルを巧みに使いこなしスコアが一足飛びに伸びていたのも印象的です。
 職業としましては、アサシン、シーフあたりの素早さの要求されるものか、唯一無二の特殊な近接型スキルを使う"トリッカー"というもので登録するのがオススメです」

 ヒデヨシのデータを受付のお姉さんが説明してくれた。
 ちなみにこの職業は、就いたからといって覚えられるスキルが変わるというものではない。

 冒険者のデータベースに登録しておいて、助っ人が必要な時や複数ギルドで協力するときに参照するためのものだ。ただ、登録した職業に対応した訓練を受けることができるので、すぐには決められなかい初心者や、気になった職業があったり、パーティのバランスを考えるために一度職業を変えるなんてこともよくある話だ。


「トリッカーですか?」

 ヒデヨシが首を傾げる。

「はい、トリッカーは先ほども言ったように近接型の希少性が高かったり唯一無二のスキルを持った方が、他の職業の型にハマらない、スキルを活かした戦い方をする場合に名乗ることが多いですね。
 例えば、敵を麻痺させたり毒にしたりする状態異常スキルを活かしたサポートや、特殊な人形を使って戦ったり、手品のようにトランプやコインなどを使って意識外から攻撃したり。
 モンスター種の方が多いんですが……よくあるパターンだと炎や氷などのブレスを吐いてみたり、牙や爪を使った戦いをしたり、珍しいパターンだと身体から溶岩を噴出させたり、姿をドラゴンやゴーレムなどにその都度変化させて戦ったり、翼がある方は貫通力の高い羽を飛ばすなんて方もいますね。訓練される場合はもちろん、ベテランの教官がスキルに応じた戦い方をアドバイスしてくれますよ」

「……アサシンがかっこいいなと思ったんですが、僕のスキルも客観的な視点で知りたいですし……トリッカーにしましょうか」

 ヒデヨシは悩みながらもトリッカーを選択した。

「星1の冒険者の職業は一応"仮登録"になってますので、変えたくなったらこちらに仰って下さい。手続き無しで変更できますからね」

 お姉さんがそう言いながら、パソコンを操作してヒデヨシの職業欄に『トリッカー』と入力する。

「──はい。それでお次はメーシャさんですね」

「きたきたっ」

 今度はメーシャの番だ。

「素の身体能力もさることながら、魔力の総量もすさまじく、こと攻撃系のスキルや魔法に至っては上位0.5%の才能がありました。特殊スキルを駆使してどんな状況でも臨機応変に対応できていて、まさにダイヤの原石です」

 メーシャの才能に対しベタ褒めだったが、それを1番喜んだのはメーシャでは無かった。

『くぅ〜!! っぱ、そうだよな? 初めて見た時から他とはひと味違うと感じたんだよな! へへっ、俺様の審美眼もさることながら運命力の振り幅もすさまじいってな!』

「振り幅がすさまじいって、マイナスもすごそうだけどイイのかっ」

『ことツッコミの切れ味に至っては上位0.5%の才能ってか?』

 今のデウスなら何を言ってもウキウキで喜びそうだ。

「……ただ」

「『ただ?」』

 しかし、そこに不穏な香りのする言葉が付け足される。

「才能に甘んじて無理やり突撃するシーンが散見されました。それに、魔法も特殊スキルも使う時に勢い任せなので、必要量の数倍以上魔力を消費しており、長期戦や強敵と戦う場合倒しきれないとジリ貧で追い詰められていました。
 同じ格上の敵と戦った時、メーシャさんは毎回途中でバテてしまってスコアが振るわないのに、不慣れな状態のヒデヨシさんの方が大幅にスコアが高いなんてこともありました。慣れれば尚更です。
 ……まさに原石。原石のまま放置されている状態ですね。個人的にとてももったいないです。差し出がましいかもしれませんが、メーシャさんはこれからしっかり戦い方を学んでください」

『……つまりメーシャの戦い方は大ざっぱで、後先考えてないってこったな』

「……デウスはせめて『全力で今を大事にしてる』みたいな言い方してよ。こんなの、言葉の切れ味上位0.5%だよ」

 先ほどまでの大はしゃぎはどこへやら、メーシャとデウスはお通夜なみにテンションが急降下してしまった。

「……あ、審査で他に良かった点とか向いている職業とかってなんですかっ?」

 見かねたヒデヨシが慌てて話を進める。

「良かった点ですね。……まずやっぱり欠かせないのが特殊スキルでしょうか。これは前例のない唯一無二の性能で、敵の出した魔法や武器を奪い取って無力化できるのはもちろん、仲間のスキルをタイミングをズラして使って相手を翻弄(ほんろう)したり、手に入れたものを組み合わせてみたりと、手が読めない上に汎用性が高い素晴らしいスキルです」

『……だろうな』

 デウスはもし実体があったらきっとこれ以上ないくらいドヤ顔をしているだろう。湧き上がる嬉しさがまったく隠しきれていない。

「あと魔法の適性も軒並み高く、現状風魔法しか使えないようですが、他にも炎、水、地、雷、闇、光全ての魔法も学べば習得できそうですね。ただ、全てを最高まで成長させるとなると時間がかかりますので、2〜3種類を極めて他の属性に手を出すのもありです。
 それと、やはり身体能力の高さなんですが、ただの回し蹴りが音速を超えて衝撃波を放ち敵を一網打尽にしていました。
 小さな衝撃波を出すだけならさほど難しくはありませんが、ダメージを与えるだけでなく複数の敵を薙ぎ払う威力にするのは高ランク帯の前衛職冒険者でも難しいと言われています」

 メーシャはやはり勇者に選ばれただけあって才能が突出しているらしい。

「……あーしがすごいのは分かったけど、冷静に聞いてるとあーし並かそれ以上にすごい人もいるんだね。世界って広いな」

 上位0.5%ということなら、冒険者が1000人いたらメーシャの他に4人は同じかそれ以上のそれ以上の強さの者がいるわけだ。

「そうですね。メーシャさんはまだ駆け出しでもありますし、才能を引き出したりそれに見合う経験もない現状では、メーシャさんより強い冒険者の方は少なくないでしょうね。とは言っても、メーシャさんも適切な努力をすれば、特殊スキルと合わせて冒険者のトップに立つのも不可能ではないと思いますが」

「そか。がんばんないとだね」

「それで、メーシャさんの職業のおすすめですが……」

 お姉さんはそこでニヤリと笑って焦らす。その表情はどこか、子どもにサプライズプレゼントをする前の親のようだ。

「なになに?」

 その表情に釣られてメーシャも笑顔になってしまう。

「ずばり……"()()"はいかがでしょうっ」

 これが言えたのがよほど嬉しいのか、お姉さんの言葉尻も弾んでしまう。

「勇者……?」

 メーシャはその言葉に驚いてしまう。
 受付のお姉さんはメーシャがウロボロスの勇者だということは知らないはずだったからだ。

「はい。隣国の"コリンドーネ"の貴族サフィーア家の方がひとり勇者と名乗っているそうですが、才能や特異性を考えればメーシャさんだって負けてないはずです。近接も魔法もできて、身体能力も魔力も才能も申し分ありません。特殊スキルもあります。それに……」

 お姉さんはそこまで言うと声をひそめ、結界がしっかりあるのを再度確認して言った。

「不確かな話ですし、騒ぎになるとご迷惑かもしれませんのでここだけの話ですが……審査のデータを見ていたら、メーシャさんが一度だけ虹色のオーラを出したんです。虹色のオーラというのは、昔話とか神話で知ったんですが『ウロボロス様のチカラ』を示しているんだとか。……機械のバグかもしれませんが、メーシャさんは才能もありますし私にはなんとなく本当のような気がするんです」

 メーシャは今まで虹色のオーラは出したことがない。宝珠を手に入れてチカラを解放すれば、もしかするとそのオーラが出せるようになるのだろうか?

「虹色……」

「だから、嫌でなければ勇者を名乗っちゃいましょうよ」

 お姉さんはノリノリでニッコニコだ。

「…………」

 メーシャが少し考えていると。

『メーシャが虹色か。虹色のチカラは()()()()なんだが……もし本当にそうなったら面白えな。それこそ邪神を超えられるかもしれねえ』

 デウスと同じ領域。いや、デウスの協力があるのだから、それ以上のチカラを使えるだろう。そうなればデウスだけでなく、たくさんの人を救うことができるはずだ。

「……そっか。じゃ、いい機会だし"自称"を取り払って大々的に『勇者』と名乗っちゃうか!」

 それで何かが変わるわけではない。しかし、メーシャはひとつ勇者としての覚悟が強まったのだった。
 アレッサンドリーテはずれの荒野。トレントの森から北上し、隣国コリンドーネとアレッサンドリーテを隔てる『煌めきの岩山』手前にある荒野だ。
 近くに砂漠も存在しているため乾燥が強く、街周辺の温暖で緑豊かな雰囲気とはガラッと変わり、植物はサボテンやガジュマルのようなも乾燥に強いものが生え、生息するモンスターは鱗が鉱物でできている"ロックサラマンダー"や額に大きなツノが生えた"ひと角シカ"、ほぼ無害な砂漠ハトなどが住んでいる。

 これらは大して脅威にはならないが、砂漠に近づくにつれて強いモンスターが増えてくる。
 エモノを石化するトカゲの"バジリスク"、体高が3m以上あり突進で魔法装甲車ですら押し返すというサイの"タンクライノ"、爆発するかのごとく突進してエモノを仕留めるライオン"ジェットレオ"、凶暴凶悪で大きく発達した下顎と牙が印象的な肉食鬼型モンスターの"オーガ"など、星4冒険者がパーティを組まなければまず厳しいモンスターばかりだ。

 ちなみに、砂漠はもっとヤバいモンスターがいるので、上記のモンスターもうかつに砂漠に入ればもれなく()()にされるという。
 そして、その砂漠のモンスターすらエサにしてしまう砂漠のヌシが、砂漠の中を泳ぐ盲目のドラゴン亜種である"()()()()()()"だ。
 サンドワームは砂かきのように進化した小さな翼を使い、音速ギリギリのスピードでエモノに近づき音もなく丸呑みにするとか。


「──ただ、今回のターゲットはサンドワームじゃない。生息地外に現れたオーガだ」

 メーシャとヒデヨシは研修のため、ギルドマスターのデイビッドと共に荒野に来ていた。
 デイビッドは今回はモンスターと対峙すると言うことで、前回も着ていた重装鎧に加えて、虎の頭からフルフェイスヘルムをかぶり、背中にはメーシャの胴よりも太い巨大なバスターソードをかけていた。

「そのオーガって縄張りを広げたカンジ? 単体? 複数?」

「オーガって武器を使うんですか?」

 メーシャとヒデヨシは立て続けに質問する。

「質問があるのは良いことだ。確信があるなら良いが、そうでないのに疑問も湧いてこないのは知識不足が原因。つまり、スタート位置にもまだ立っていないと言うことだからな。それに、どんなに経験を積んでも冒険者の性質上初めから確信が持てると言う場面は少ない。むしろ、小さな疑問を放置して命を落とさないよう、毎回謙虚に慎重に、そして大胆にクエストを進めるんだ。分かったな?」

 デイビッドは優しい笑顔でそう言った。そして、荒野の方に顔を向けると続けて。

「……事前に分かっているのは、近くにある集落の家畜が食い荒らされていたことと、その住民がこの近くでオーガを1体見たと言うことだけ。だから、そのオーガが縄張りを広げたかそれとも追い出されたのか、単体での移動なのか群れなのか、武器や戦略を使う知能があるのかも冒険者自身で調べることになる」

「まあ、なんでも最初から全部分かってて敵を倒すだけってのは難しいか」

 メーシャがふむふむと頷く。

「そうだ。だが君たちは初心者だ。故に何をどう調べたらいいか分からないだろう。だから、今回は俺がすでに調べてある。そして、どこをどう調べていくかを教えながらオーガの仮住まいを目指していくぞ」

 これはあくまで研修であり、全てを新米冒険者に任せるのは荷が重すぎるので、実践するのは一部で基本的には説明や現地の空気感を味わうのが目的だ。

「はーい」

「ワクワクしてきましたね、お嬢様」

 ヒデヨシは今回小さなショルダーバッグを背負い、念のために頭には半球状のアイアンヘルムをかぶっている。

「だね。ヒデヨシも油断しちゃダメだよ〜?」

 メーシャはいつもの制服の上に鉄の胸当てと、鉄の腰鎧、それとヒデヨシがかぶっているアイアンヘルムの大きいサイズだ。ちなみにこれらはシタデルの備品であり、冒険者は星2まで無料でレンタルできる。

「それじゃ出発するぞふたりとも」

 デイビッドは手をクイっと動かしてメーシャたちを呼ぶ。

「しゅっぱつしんこー」

「おー」


 ● ● ●


「──ここ、一見わかりにくいが地面の色が少し濃いだろう? 血の跡だ。近くに……ほらあそこ、動物の骨が落ちているのが見えるな。襲った家畜をここまで持ってきて食べたんだろうな」

 デイビッドが草むらの方を指さして言う。

「ほんとだ。でも、依頼者さんの牧場から何キロも離れてるよ? 道具を使って運んだのかな? 手で運べるほどの力持ちなのかな?」

「お嬢様、でも車輪の後とか何か引きずった後は見えませんよ」

「マジか。……あ、よく見ると足跡がいっぱいあるね」

 ヒデヨシもメーシャもヒントはもらいつつも自分の頭で考える。

「よく気がついたな。オーガはとても筋力が発達していてな、牛一頭くらいなら肩に抱えて簡単に数km運べるんだ。
 足跡を見るときに気をつけるのは行きと帰りの数の差、足跡の深さや乱れ、道の通り方だ。同一個体なら道を歩くのも規則化されてあまり乱れがないんだ。深さや乱れは急いでいたりどれだけ踏みしめたかわかる。数の差がある場合は、片方に進む場合もう片方から挟み撃ちにされないよう気をつける。とかだな」

「では、オーガは複数体いるんですね」

「深くはあるけど、乱れてはないから急いでないのか。周囲に逃げるほどの相手がいないのか、それともいないタイミングで決行したか……」


 ● ● ●


 足跡をたどりながらもう少し進むと、天然にできた洞窟が見えてきた。

「下に少ないながらも水が流れているだろ? 長い年月をかけてできた天然の洞窟だ。これを飲み水にして、家畜をエサにして食いつないでいるようだ」

「なんかにおってきたね」

 メーシャが強まるにおいに鼻をつまむ。

「排泄物のにおいだな。だが、それだけじゃない。なにか気付かないか?」

 デイビッドの質問にふたりは考えるが、少ししてヒデヨシが閃いた。

「……血のにおいですか?」

「当たりだ。しかし、家畜の骨があったところと比べて乾いた印象を受ける。新鮮な肉や怪我人はいなさそうだな」

「それで何がわかんの?」

 メーシャが質問する。

「まだ何も。これは後々生きてくるヒントだ。それで、次によく見てみろ……!」

 デイビッドが少し身をかがめ、洞窟の方を指をさした。

「……あ、なんか灰色の2mくらいのツノが生えたやつ出てきたよ」

 メーシャとヒデヨシもデイビッドにならって姿勢を低くする。

「棍棒を持ってますし、周りをキョロキョロしています。それに、何か声を発しています」

「……見張りだ。中に仲間がいるんだ。これで複数いることは分かったな。そして最後……よく見とけ」

 デイビッドの言う通り様子を見ていると、怪我をしたらしいオーガが出てきた。

「でも、怪我は治りかけてるっぽいね。さっきの血のにおいってこれか。でも、この辺じゃオーガって強いんだよね?」

「強い。一体でもな。だが、怪我をしているし、警戒心も強い。これは調べたら分かるんだがオーガは天敵という天敵はいなくてな、見張りをすること自体が少ないんだ」

「じゃあ、縄張りを広げるっていうのには無理があるね」

「では、元の住処を追い出された複数体の群れが、この辺りに移り住んで、エサがないから家畜を襲ったということですかね?」

 ヒデヨシがデイビッドに確認する。

「……ほとんど正解だな。ただ、エサがないわけじゃないんだ。自分たちより強いモンスターに襲われて追い出されたオーガは、再び見つかって襲われないために周囲に誰もいないタイミングを見計らって、静かに家畜をさらいエサにしたってところだな」

「なるほど。……そんな状態で群れが手分けして行動しているとも考えられないし、オーガはみんな洞窟ら辺にいるって考えて良いのかな?」

 メーシャたちは答えにたどり着くことができた。

「正解だ。どんなモンスターがオーガを襲ったか気になるところだが、今は後ろの警戒は解かずに洞窟にいるオーガを倒すぞ。良いな?」

「っし! いっちょやりますか」

「いざ突入です!」
 縄張りから追い出されたオーガは洞窟に移り住んでいた。家畜を襲うために集落に侵入、そして人の前に姿を現している以上、放置していれば家畜を食いきった後人を襲う可能性は高い。
 オーガを奥地から追いやったモノの正体は依然掴めていないが(キマイラが暴れた地域とは別)、まず目の前のオーガを倒して周辺の安全を確保するのが最優先だ。
 そして、その後この洞窟を調べてオーガを追い詰めたモノの手がかりを探す。

 * * * * *

 デイビッドが茂みや岩陰を流れるような忍び足で移動して少しずつ洞窟に近づいていく。メーシャとヒデヨシはまず待機だ。

「グルフゥ……」

 デイビッドがすぐ側まで来ていたが、足音どころか鎧のこすれる音すら出していないのでオーガは全く気がついていない。

「──…………!」

 デイビッドは5m程度の距離まで来たところで足を止め、口を素早く動かして速度アップの魔法を自分にかける。──刹那。

 ──斬!!

 オーガが反応する間も無く袈裟懸(けさが)けに一刀両断。オーガは身体を構成していた魔力が霧散し、核となっていた魔石がドロップ。
 デイビッドは切り抜けとともに勢いをそのままに半周回転して剣とは逆の手で魔石をキャッチ。そして、半周回転しながら勢いを弱め、バスターソードを背中に背負い直した。この一連の流れを、デイビッドは一度も音を立てることなく2秒で完遂したのだった。

「……おお」

 素人目に見てもデイビッドの動きは洗練されているのが分かった。

「……お嬢様、行きましょう!」

 ヒデヨシが感心しているメーシャに声をかける。

 そう、今のは群れの他のオーガに気付かれることなく見張りを倒しただけだ。メーシャたちは見つからずにスニーキングするのは慣れていないため、今回はお手本を兼ねてデイビッドが先陣を切ったのだった。

「そうだった……!」

 そしてメーシャたちの役割は、まだこちらの存在を知らない洞窟内のオーガを急襲することだ。
 ただ、洞窟内で大暴れをしたら中が崩れて仲間ともども生き埋めになってしまうのと、囲まれる心配は少ないものの敵は全て前から現れるので、戦い方を考えなければ押し返される。
 ゆえにそれを踏まえて、立ち回りを考えながら素早く、かつ確実にオーガを倒す必要があるだろう。

「君たちの実力を見せてもらうために、危険と判断した場合を除き俺は手を出さん。あと、今回は研修という事で出口の確保と後ろの見張りはさせてもらうが、本格的にクエストをするようになったら自分でするんだぞ。……では、準備は良いな?」

「はい」

「うん」

「……よし。健闘を祈る!」


 ● ● ●


 メーシャたちは洞窟に突入した。

「ところどころ松明(たいまつ)が置かれていて明るいですね」

 オーガはある程度の知能があり、松明のほか木や石でできた簡易的な武器を作ることができる。

 その武器はヒトが作るものに対して質が低いものの、卓越した筋力や身体能力のおかげで鋼の武具を身につけた戦士以上の破壊力を放つことができる。
 オーガの恐ろしいところはパーティですら1体で返り討ちにしてしまう
 そして、オーガの恐ろしいところはそれだけに留まらず、初心者を抜けた星2冒険者パーティなら1体で返り討ちにできる強さを持っていながら群れで行動し、自分たちの持っているものより優れている武器を手に入れたら迷いなく使うしたたかさもあるのだ。

「……いたよ。休憩してるっぽいね」

 洞窟を進んで少し広くなった場所に、オーガが3体座ってなにやらモンスター語で話していた。

「では行きますよ!」

 まず飛び出したのはヒデヨシ。

「ウガ……!?」

「──毛針マシンガンです!」

 ヒデヨシが自身の毛を硬質化させ、オーガが振り向くや否や連続で発射。デスハリネズミの使っていた技だ。

「グルルゥ!」

 ダメージ自体は低いが足元をぬいつけたり、顔の近くに当たって一時的に目くらまししたり、転倒させたりと、3体とも行動を阻害されて無防備になってしまう。

『うまい! メーシャの出番だな!』

 その隙にメーシャが距離を詰めた。

「貰っちゃうよ。 ──メーシャみらくる! ってね」

 メーシャはオーラの手を伸ばし、オーガの持っている石斧を奪う。そして手に入れたと同時に魔法陣を展開して石斧を出現、流れるように無防備のオーガを切りつけた。石斧は壊れてしまったが1体撃破。残り2体だ。

「グルァア!」

 この間にオーガは体勢を立て直したようだ。

「準備完了です」

 しかし、ヒデヨシも体勢を立て直して2対2の状況になる。メーシャが前に出ている間にエネルギーを貯めていたようだ。

「じゃあ、あーしは左いくね!」

「では僕は右を!」

「ガルルア!」「グルルオ!」

 2体のオーガは同時に目の前の敵に突撃する。

 武器がなくともオーガのパンチは鉄の鎧を貫き、その蹴りは鋼の武器も正面から叩き潰すほど。普通の初心者冒険者であれば手も足も出ないが、メーシャもヒデヨシも初心者と言えど普通の枠に留まらない特異な能力者だ。

「グルル!!」

 オーガは小さな敵(ヒデヨシ)に対し、走りながら身を屈めてスライディングの要領で蹴りを放つ。

「……時すでに遅し。ですよ!」

 ヒデヨシの背中からエネルギーの翼が展開、飛翔してオーガの攻撃を華麗に回避する。そして、エネルギーを集中させてブレードを作り上げ……。

 ──斬!

「グルォオオオ……!?」

 ヒデヨシはオーガを切り裂いて撃破した。

 ● ● ●


「ガルルルォ!」

 後がないオーガは、次の一撃で決めるために全てのチカラを拳に込める。

「……あんま自信ないけど……アレ使うか」

 メーシャの回し蹴り(ジャッジメントサイス)は威力はあるが範囲が広すぎるので使えない。ゆえに、成功するか賭けの奥の手を使うしかない。

「──初級風魔法(ヒュル)!」

 メーシャは風魔法を発動……だが、それだけに終わらない。

「ぅうおおおおおお!!」

 魔法で発生させた風をウロボロスのオーラでコントロール。不安定だが、徐々に形をなしていく。

「ガルルルァア!」

 オーガの拳が今にもメーシャに迫ろうとしたその時。

「……できた!?」

 風の刃はきらめき放つ矛へと変化する。そして──

「うがて…… ──"天沼矛(アマノヌボコ)・雫"!!」

 メーシャの放った風の矛は敵を捕捉。瞬間、音速を超えたスピードの矛がオーガを攻撃する。

「……ウゴオオオォォアアア!?」

 その矛はオーガを貫かなかった。だが、その風は身体を構成していた魔力を無数に拡散。オーガは魔石を残して霧のように消滅したのだった。

「…………初めて成功……したし!」

 新技を習得したメーシャなのだった。
 モンスターは倒した時に身体が残ることが多いが、大きなダメージを与えてオーバーキルしてしまうと身体を構成していた魔力の結合が急速に解かれ、肉体としてではなく元の魔力として霧散してしまう。
 ただ、心臓部であり核となっていた魔石はそれでも残るのと、他にもモンスターが戦いや生活によく使っていた牙や爪、体の核である魔石から離れた尻尾や末端の毛、使っていた武器などは消えずにドロップすることが多い。

 * * * * *


 メーシャたちはオーガ討伐を完了した後、後ろで見張りをしていたデイビッドと合流。これ以上同じような被害を出さないために、オーガを縄張りから追い出した犯人を調べることにしたのだった。

 デイビッドはスキャナーのような魔力機械を出し、オーガのドロップした魔石、武器、ドロップした牙をはじめ、洞窟の壁や地面、そこの空気などを順に読み取っていた。

「ふむ……おかしな反応が出ているな」

 デイビッドが渋い顔で呟く。

「何か変な反応でも出たの?」

 メーシャはデイビッドの持つスキャナーの画面を覗いた。

「傷跡を見て何によって付けられたものかが分かるように、魔石をスキャンするとモンスターが経験した直近の大きな出来事がある程度分かるんだ。それでオーガを追い詰めたモンスターが何か、一応は出たんだが……どうもな」

「……オークって書いてあるね。豚っぽいあのオーク?」

 メーシャがデイビッドに確認する。

「そうだ。基本的にオークはオーガより格下でな。身体もオーガが2mくらいに対して、オークは大きくてもせいぜい1.5m。どちらも魔法が使えず、身体能力はオーガが上だ。
 もしはぐれオーガがいても、オークが群れで行動していても襲ったりはしないんだ。そもそもオークは穀物や虫を食べるモンスターでわざわざオーガを襲ってまで食料確保する必要がない。それに、他のモンスターから巣や子どもを襲われない限り反撃すらせず逃げる慎重さなんだよ」

「じゃあ、1度オーガがオークの巣をを襲ったから反撃にあった……可能性はないんでしょうか?」

 ヒデヨシが首を傾げながら訊いた。

「反撃した可能性はあり得なくはない……が、先程も言ったようにオーガは格上。それに今回のオーガは群れで行動している。いくらオークが群れで行動しようとさすがに敵うはずがないんだ。……いや」

 デイビッドがそこまで言って、ふと何かに気が付いたように『……そうか』と言葉をもらす。次の瞬間、スマホ型魔法機械(パルトネル)をふところから取り出して忙しなく操作して何かを調べ始めた。

「ど、どしたの……?」

 メーシャの言葉も耳に入らないくらいデイビッドは情報の精査に集中していたが、5分ほど経ってからデイビッドが険しい表情で顔を上げた。

「──()()()()()()()か……!」

「オークキング?」

 メーシャが首を傾げる。

「オークが占領していた古い砦がラードロに奪われた話は知っているか? あそこのオークはアンテナを取り付けられた"タタラレ"にされ、ラードロに日夜モンスター実験をされているんだ。そして、今朝シタデルに入った情報によると、とうとう()()()()()()()()の姿が確認されたらしい」

「つまり、普通じゃないオーク……オークキングによってオーガが襲われたってことですか?」

「確定ではないが、十分ありうる。オークには階級があってな、下から普通の"オーク"、知能と身体が少し大きくなった"ハイオーク"……これでもオーガには敵わない。が、その上には"オークキング"が存在する。
 オークキンングは体高が2mを超え、全身をハリのような硬い毛が生え、知能もニンゲンや獣人なみでオークたちの群れを統率できる。それに……オーガの群れどころか、単眼の巨人型モンスターのサイクロプスとすら渡り合える強さなんだ。
 ……最近砦周りが静かだなと思ったが、まさかオークを上位種に進化させていたとはな」

「サイクロプスか……。序盤を越えて良い気になってる初心者に、ケタ違いのダメージを出して中盤の洗礼を与えるヤバいモンスターだね。あれで補助魔法の大切さを知ったよ」

 メーシャの知識はゲームのものだったが……。

「よく調べているな、その通りだ。サイクロプスの攻撃は星4前衛冒険者でもひとりでは受けきれないほど強力。だから、メイジや回復魔法士などが使える攻撃弱体化魔法、もしくは防御強化魔法を使って衝撃を軽減して戦うのが基本なんだ。ただ、補助魔法をかけていてもたまに攻撃が直撃して大ダメージを受けることがあるから、回復魔法も必須と言える」

 どうやらこの世界フィオールでも同じ攻略法のようだ。

「ふふっ、もしかしたらお嬢様のゲーム知識が他にも役にたつかもしれませんね」

 ヒデヨシは楽しそうにメーシャに耳うちする。

「ね」

「では、調査はこれくらいで良いだろう。オークの件は任せてくれ。俺が預かって本部に報告しておく。まあ、アレッサンドリーテ軍も噛んでいるはずだから、そことどう連携とるかも決めないとな。この先どう出るかはまた後日知らせよう。……お疲れ様」

 デイビッドはパルトネルを操作してシタデルにクエスト完了した旨を知らせる。これで後は帰るだけだ。

「……それにしても、君たちなかなか強かったな。さすがにあのカーミラ団長が自慢してくるだけある」

 そういうデイビッドの表情が少し柔らかくなっている。

「自慢してくれてたの? なんか嬉しいんだけど! ……てか知り合い?」

「知り合い……という程ではないが、数年前に1度手合わせさせて頂いてな。あの試合自体は俺が勝ったが、カーミラ団長が鬼のチカラを使っていたらどうなっていたか……。また戦いたいものだ」

 デイビッドは楽しそうに語る。戦い自体が好きなようだ。

「へぇ〜! あーしも見てみたいしお手合わせしたいかも!」

「熟練者の戦い、僕も興味ありますね」

「機会があればな。……そうだ、熟練といえば。メーシャさんもヒデヨシくんも、また暇ができたら俺の所に来るといい。トリッカーや勇者の専門的な技術は教えてやれないが、戦い方の基本や近接戦闘の知識は教えてやれるはずだ」

「おお! ありがたい」

「良いんですか?」

 デイビッドはギルドマスターで多忙の身。それをメーシャとヒデヨシの為に使おうというのだから、ありがたい申し出である。

「構わない。その代わり、強くなったら手合わせしてもらおうかな?」

「じゃあ、早くデイビッドさんを満足させられるくらい強くならないとね!」

「僕も頑張ります!」

「楽しみだ。……お、街が見えてきたぞ」

 こうして初研修を終了したメーシャたちなのだった。

 

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