──メーシャが番長になり約半年の月日が経った。
 そしてそれが意味するのは、邪神軍の実験が終わり、今日がウロボロス追撃の日だということだ。もちろん、地球への被害は(まぬが)れないだろう。

 だが、今はこれから起こるであろう危機を微塵も感じさせないとても穏やかな昼下がり。いや、嵐の前の静けさか。


 メーシャは防波堤に座り、たこ焼きを頬張りながらスマホを見ていた。
 なんの変哲もないアミカからの雑談メッセージだ。

『さっき転びそうになったんだけど』

『マジ!? ケガしてない?』

 アミカのメッセージに少し急いで返事をする。

『山田さんがクッションになってくれたの』

 あれからアミカと山田たちは仲良くなり……正確には山田がアミカのふところの広さに惚れこんで一方的に親衛隊になったのだが、よく一緒にショッピングや勉強会、街の掃除などのボランティアまでする仲である。

『良かった……のかな? てか山田っちは大丈夫?』

『怪我はなかったよ』

『よき』

『ほんと! 山田さん護衛だからってそこまでしてくれなくていいのに』

『たしかに。手を出せば支えられるっしょ』

『それもそうだけど、そうじゃなくて!』

 そんなこんなでしばらくメッセージのやり取りをしていたが、話題が一段落したのかスマホをポケットに入れて、ふたたびたこ焼きを食べはじめた。

「む〜……いつの間にかたこ焼き冷めちゃってるし」

 春の暖かさがあるとはいえ、焼かれてからしばらく経てば冷めてしまうのも仕方ない。

「まー……美味しいからいっか! 3月なのに今日は暑いし、冷やしたこ焼きもアリってカンジかな」

 美味しいたこ焼きは冷めても美味しいし、むしろ新境地にたどり着くこともできるのだ。
 そうしてたこ焼きを食べ進めていくと、メーシャはとある異変に気が付いてしまう。

「む? これって…………!」

 ひと呼吸置き、メーシャはその事実が嘘ではないか慎重に確認する。しかし、何度確認してもそれは逃れようのない事実。つまり……。

「このたこ焼き、タコがふたつ入ってんじゃん!!」

 メーシャは喜びで思わず足をジタバタしてしまう。

「つまり今日はツイてるってこと!?」

 小さな喜びにも全力なメーシャであった。

「……ちゅふぁあ」

 メーシャの騒ぎ声に反応したのか、メーシャの横に置いていたケースの中から何やら小さな鳴き声が聞こえてきた。

「"ヒデヨシ"起こしちゃった? おはぴ」

 ケースの中にいたのは元実験用マウスのヒデヨシで、現在はいろは家の家族の一員だ。

 元々ヒデヨシは他のマウスと比べて賢く、人の言葉を少し理解している素振りが見られたのと、ある日ケースを自分で器用に開けて脱走。
以前からよく面倒を見てくれていたメーシャの所にやってきて、わざわざヒマワリの種を持って来てくれたのがキッカケで家族になることが決まったのだった。
 恩返しである。

「てかさ、パパもひどいよね。ヒデヨシにあやしい注射打つなんてさ」

 メーシャがケースからヒデヨシを出し、自分の手のひらの上に座らせる。

 ヒデヨシをこんな所まで連れてきた理由。
 終業式が終わり学校から帰ってくると、メーシャのパパはヒデヨシに黒い液体のようなものが入った注射を打っている所だった。

 ヒデヨシは家族になる時の約束で、"ヒデヨシを実験台にしない"、"ヒデヨシの嫌がることはしない"、"できるだけ一緒に過ごす"などを決めていたのだ。にもかかわらず、ヒデヨシに見たこともない液体のようなものが入った注射を打っているのだから、避難のために外に連れ出すのも無理はない。

 一応、近くの動物病院で診てもらったところ、背中に黒い五角形の模様が浮き出ているものの、命に別状はなくいたって健康そのものらしい。


「ちうちう」

 意味が分かっているのかいないのか判断がつかないが、ヒデヨシは肩をすかしているような動きをする。

「そう言えば、ヒデヨシに注射したやつのこと『スーパー』って言ってたけど、『スーパー』ってなんだし。せっかくなら『ハイパー』にしようよ」

「…………ちう?」

 今回は本当に意味がわからなかったようで、ヒデヨシはしばしフリーズした後首を傾げた。

「それにしても背中の黒い五角形のやつってなんだろね。昨日まではなかったよね?」

 ヒデヨシは近所にもメーシャの友だちにも評判の、純白の毛並みが美しいもちもちのネズちゃんなのだ。黒い模様が出てくれば誰もが一瞬で気付くだろう。

「決めた!帰ったらパパに事情を訊いて、ことと次第によってはごめんなさいさせるし!!」

 メーシャはヒデヨシを乗せているのとは逆の拳をギュッと握り締める。

「ち〜う〜!」

 ヒデヨシがメーシャに向かって拍手を送る。

「……てかさ」

 何か気付いたメーシャはじ〜っとヒデヨシを見つめる。

「今日のヒデヨシ……なんかものわかり良くない?」

 そう、ヒデヨシは今まで拍手なんてしたことがなかった。

「ち……ちう?!」

 メーシャのただならぬ雰囲気にヒデヨシが後ずさる。

「──っし! そういうことなら、じゃあ一発芸やってみよっ!」

 真剣な面持ちから一変。メーシャはニコニコ笑顔でヒデヨシをケースの上のケースの上に立たせ、血も涙もないムチャ振りをした。

「………………ちう!」

 しかし、それを理解したのかヒデヨシは覚悟したような面持ちで一言だけ声をあげた。そして……!

「ちう! ちうち! ちゅーちう!」

 メーシャがカメラを起動したのを確認するや否や、ヒデヨシはキレのある動きで次々にポーズを決めていく。

 片足立ちにダブルピース、逆立ちに、ノーハンド前転など、普通のハツカネズミでは想像できないような行動を次々やってのけたのだ。
 ただ、メーシャのムチャ振りはここで終わらない。


「なら今度は……()()()()()()()()()をヨロシクだし〜!」

「ちう〜〜〜!!?!?」

 ヒデヨシはあまりのリフジンに驚いて飛び上がってしまうが、メーシャは聞いておらず。

「あーし、最近刺激に飢えてんだよね〜♡ でも、これであーしもスーパ……いや、ハイパーセレブに!?」

 メーシャはきらびやかな想像で心がときめいてしまう。

「ちう……? ちうち…………。ちう?」

 ヒデヨシがメーシャのおめがねにかなうギャグを考えていると、少し離れた場所の砂浜で10人ほどの人だかりが何やら騒がしくしているのに気付いた。

「……ん? なんかあっちの方騒がしいね」

 メーシャも気付いたようだ。

「おもしろいことでもあんのかな? それなら、イクしかないっしょ!」

 ヒデヨシを肩に乗せ、メーシャは意気揚々と人だかりのある場所へと向かって行ったのだった。
世界の命運がかかった運命の歯車が動き出したとも知らずに……。