「楼桑国の後ろでヴァビロン帝国が糸を引いているのです。ヴァビロン帝国の圧力に抗しきれず、長年の盟約を裏切り、今夜の夜襲をかけてきたのでしょう。王であるシリウス陛下も、兄のヴォーレン殿に幽閉されていると聞きます」
指揮官格の兵が、吐き捨てるようにいった。
「むむっ――」
ダリウスが怪訝そうな表情で、その兵の顔を見すえた。
〝こやつ、どこぞで出おうたことがあったか?・・・〟
左目の下にある特徴的な疵痕を、確かに見た覚えがあったような気がしたのだ。
ケルンという名にも、どこか聞き覚えがある。
老人の目蓋が微かに細められた。
ダリウスは記憶を辿ったが、思い出すことは出来なかった。
「なぜそれを――」
なぜそのことを知っているのかと、歩を止めてダリウスが目顔で詰問する。
まだほんの一部の人間にしか知らされておらぬ、最高機密情報であったからだ。
「はっ、わたしは一旬前に近衛騎士団・百人隊長に任命されましたケルンと申します。近衛の屯所で上官であるルーファ司令と、聖龍騎士団のアルカス閣下が話しておられるのを耳にいたしました。けして盗み聞きではありません、偶然聞こえてしまったのです。もちろんこのことは、誰にも他言はしておりません」
ケルンと名乗った兵士が居住まいを正し、腰を折ってこたえる。
その言は真実なのだろう、彼と行動を共にしてる他の兵たちの顔が驚いているのでわかる。
今夜の奇襲が楼桑国の仕業だということはいまや周知の事実だが、その背景に関する事柄は初耳だったらしい。
〝こやつ嘘はいっておらぬようだな〟
ダリウスは直感した。
そうして、無言のまま眉間に深い皺を浮かべる。
その無言が、ケルンの言葉を肯定していた。