佐々木小夜子は、下駄箱の扉を開けた。

 下駄箱は、真新しく、まだ新品特有の梱包材のような匂いを纏っている。そんな匂いに包まれて収納されている靴は、綺麗に踵を揃えて置いてある。思わずそれに手を伸ばしかけ、小夜子は、はたと気がつき手を止めた。

 危うく変態になるところだった。

 己を律しながら、小夜子は、ポケットに忍ばせていた白い封筒をそっと取り出すと、周囲を見回してから、素早く靴に立てかけた。

 一仕事終え、ホッと息を吐き出した時、背後から声がした。

「副会長。こんな所で何を?」

 ビクリと肩を震わせて振り返ると、声の主は、不思議そうに小夜子を見ていた。取り巻きの一人、細川だ。

「……えっと……」

 小夜子は、慌てて扉を閉めると、下駄箱を背に隠したが、細川は、しっかりと見ていたようだ。

「そこって確か、学校合併で、我が校へ編入となった宮本くんの下駄箱ですよね?」
「……あら? そうだったかしら?」

 小夜子は、内心大いに焦りながら、目を逸らす。細川は、間違いないと言うように、真面目な顔で頷く。

「そのはずです。しかし、副会長はなぜ? ……まさか」

 細川の何かを探るような視線に、小夜子は、平静を装いながらもゴクリと唾を飲む。もしも、小夜子の本心を知られたのなら、口止めの必要がある。

 何より、恥ずかしすぎる。

 耳を赤くしながら、事の成り行きを静かに待っている小夜子に対して、細川は自信満々に言った。

「先ほどの手紙は、宮本君に対する宣戦布告ですね!」
「……えっ? は?」
「あれ? 違うんですか? 副会長は、次期生徒会長と目されていたのに、前校で、既に生徒会長を経験している宮本君という強力なライバルが現れたので、先制パンチがてら、宣戦布告の決意表明書を送ったのでは?」
「え? ああ、そうね。まぁ、そんなところかしら」

 小夜子は思わず、細川のとんでもない勘違いに便乗した。

「やはり、そうなのですね! 私、みんなに伝えてきます。副会長の意思と、決意を!」
「え? ちょっと……」

 呆然とする小夜子を残し、細川は踵を返すと、スカートを翻し、何処かへ駆けていった。細川は、何か勘違いをしているようだが、何はともあれ、己の胸の内に秘めた思いは知られずに済んだ。小夜子は、もう一度周囲を見回し、今度こそ誰もいないことを確認する。

“本日から、一週間後、巌流島の展望広場にて待つ”

 手紙に託した思いを、彼に受け止めて欲しい、そう願いながら、小夜子は素早くその場を立ち去った。