宮本武は、下駄箱の扉を開けた。

 下駄箱は、真新しく、まだ新品特有の梱包材のような匂いを纏っている。そんな匂いとともに、一通の白い封筒がハラリと、武の足元に舞い落ちた。反射的にそれを拾おうとして身を屈めた武は、その姿勢のまま固まった。

 もしやこれは、何十年も前に巷で密かに話題になっていた例の手紙では?

 そんな淡い期待を胸に、武は、その封筒を素早く拾うと、周囲を見回し、慎重に鞄の中へと滑り込ませた。

 まさにその時、聞き慣れた声がした。

「おい宮本。まさか、その手紙は見ないのか?」

 声の主は、下駄箱の陰から、ニヤけた笑みを貼り付け、ひょっこりと現れた。友人の水野だ。

「……何?」

 武は、知らぬ存ぜぬを通してみたが、水野は呆れたように言う。

「何、じゃねぇよ! 手紙だよ。てーがーみ」
「……なんで、お前が知ってるんだよ?」

 武は、大きくため息を吐くと、訝しげに水野を見た。水野は当たり前と言うように、胸を張って言い切る。

「そりゃ、お前の下駄箱を開けたからに決まってるだろ!」
「なんで開けるんだよ?」

 武は、半ば呆れながら問い質す。

「まだ居るかなって確認だよ。確認。そんな事より、手紙だよ。やっぱ、アレだろ? ラブなやつ」
「知らないよ。見てないんだから」
「すぐ見ろよ! なぁ、誰からだよ? 教えろよ!」
「ああ、もう、うるさいな」

 武は、面倒くさそうに水野の相手をしながら、渋々、先程しまった封筒を取り出した。

 封筒の表には、かっちりとした字で武の名前が書いてあった。裏を見る。しかし、そこに差出人の名前はなかった。

「名前ないから、分からないな」
「開けてみろよ。中には書いてあるだろ、名前」

 水野は、武が封筒を開けるまで諦めない勢いで、迫ってくる。仕方がないので、武は、その場で開封し、中の手紙を取り出した。

 そうは言っても、相手のこともあるので、水野には見せず、自分だけで内容を確認しようと手紙を開き、思わず目を大きく見開く。

 そんな武の様子に、水野も横から手紙を覗き込んできた。

“本日から、一週間後、巌流島の展望広場にて待つ”

「どう思う?」

 二人は顔を見合わせたり、再度文面を確認したりして、しばらく悩んでいたが、数分後、水野が口を開いた。

「これって……」
「何?」
「もしかして、アレじゃないか? 果たし状!」
「果たし状!? まさか」
「いや。あり得るぞ。だって、差出人は、アノ、佐々木小夜子だ」

 水野の推理に、武は眉を寄せながら、もう一度手紙を見た。