その夜、匠を寝かせるために添い寝をした。いつもは妻がするのだが、今夜は自分がすべきだと思った。泣かれたら代わってもらわなければいけなかったが、意外にもおとなしく寝てくれた。
 親の背を見て子は育つ、か……、
 呟いた瞬間、オヤジの顔が頭に浮かんできた。厳しい言葉でわたしを指導している顔だった。不器用なわたしを叱咤している顔だった。それが嫌だった。だから反発した。やりたくもないのに親が敷いたレールの上を走るのなんてやってられないといつも思っていた。
 あんなふうにはしたくない。
 オヤジのようなやり方で匠に接するのは論外だった。
 では、どうすればいい?
 すると〈優しくする〉という言葉がすぐに浮かんだが、そんな単純な答えでいいはずはなかった。祖父の立場ならそれでいいかもしれないが、親となるとそうはいかない。厳しいことも言わなくてはいけないのだ。間違った道に足を踏み入れないようにしてやらなければならないのだ。可愛い可愛いと甘やかしてはいけないのだ。しかしそうなるとオヤジと同じになる。一度も褒められたことのない惨めなあの頃が蘇ってきた。
 う~ん、
 寝返りを打ってカーテンの方を向くと、豆電球の明かりに照らされた(ひだ)が陰影を作って物悲し気にため息をついているように見えた。
 そうなんだよな~、
 意味もない言葉が口を衝いた。すると突然背中が温かくなった。匠が寝返りを打ってわたしの背中にピッタリと付いているようだった。何故か親亀の背中に子亀が乗っている姿が思い浮かんだ。
 子亀は親亀の背中を見て育つのだろうか? 
 そんな問いが浮かんだが、卵から孵化(ふか)したばかりのウミガメの姿が思い浮かんだ時、亀は子育てをしないことに思い至った。子亀は生まれた瞬間から一人で生きて行かなければならないのだ。泳ぎ方や潜水の仕方、息の継ぎ方や餌の取り方を一人で学ばなければいけないのだ。そもそも親の存在さえ知らないのだ。
 亀は大変だな~、
 自分は人間で良かったと思った。その時、匠の声が聞こえた。ムニャムニャと寝言のようなことを言っていた。どんな夢を見ているのだろうか? わたしの背中を追いかけている夢だろうか? もしそうだとしたら、匠にはどんな背中に見えているのだろうか? 頼もしい背中だろうか? 頼りない背中だろうか? 目指したい背中だろうか? それとも、見たくもない背中だろうか? そんなことを考えていたら、いつの間にか眠っていた。