そんなある日、妹はあることに気がついた。棟梁であるオヤジはまったく作業をしないのだ。誰よりも腕の良い宮大工であるオヤジが何故作業をしないのか不思議だった。しかし、オヤジには聞けない。説明してくれないのがわかっているからだ。だから親しくなったベテランの宮大工に質問をぶつけた。すると彼はにこやかな笑みを浮かべて教えてくれた。
「全体を見るのが棟梁の仕事。小さな一つ一つの仕事をしてはいけない。目の前の仕事に没頭したら全体に目が行かなくなる。職人に任せて、しかし、任せすぎないで、全体がうまくいくように細心の注意を払うのが棟梁の仕事」
 考え込む妹の顔を覗き込むようにして、長い経験を持つ宮大工がぽつりと言った。
「木組みは、人の心組み」
「えっ?」
「棟梁がいちいち手を出していたら作業は進まない。一人一人の大工を尊重して任せる。それができる度量がないと棟梁にはなれない。一番大切なのは棟梁と大工全員が文化財修復の全体設計を共有し、同じ想いで共同作業できるように心を配ることだ」
「だから、人の心を組む……」
 その宮大工は、得心した妹の肩をポンと叩いて作業に戻っていった。