1年後、模型が完成してカンナ研ぎの修行が終わると、オヤジに連れられて重要文化財の修復現場へ行くようになった。そこは待ちに待った夢にまで見た特別な現場であり、今までの仕事場とはまるで違っていた。なんとも言えない木の香りが漂っている上に、黙々と仕事を進める宮大工の息遣いが充満しているのだ。心が震えないわけがなかった。
 こここそ私の居場所だ、と感じた妹は早く一人前になりたいと強く思い、先輩宮大工の一挙手一投足に目を凝らした。目で盗んだ。空中で手を動かし動きを真似た。動きを盗んだ。来る日も来る日も。
 
 ある日、オヤジと設計委員会の学者が口角泡を飛ばして議論しているのを見かけた。思わず耳をそばだてたが、何を言っているのか、よくわからなかった。知らない言葉がいっぱい出てくるのだ。学者は専門用語を次々に繰り出してくる。それに対してオヤジは一歩も引くことなく議論を戦わせている。こんなオヤジを見たことがなかった。宮大工の棟梁として超一流の技術を持っているだけでなく、学者と議論できる知識も持っているのだ。凄いと思うと同時に自らの限界を感じた妹はある決心をした。建築の基本を学び、学者と議論できるだけの知識を身につけることを決めたのだ。
 宮大工の技術だけを磨いても棟梁にはなれない。もっと幅広い知識を、学者と渡り合える専門知識を身につけなければ才高家第23代の棟梁にはなれない。そう悟った妹は躊躇(ためら)わず工学部建築学科の夜間社会人コースに入学した。そして昼は宮大工修行、夜は大学生として寝る間を惜しむ努力を続け、古から伝わる技術を磨くと共に木工から土木工学まで幅広く多くの知識を吸収していった。