しかし私の咳払いに気が付いたみたいで、男性は一瞬ジロリとこちらを睨みつけてきた。

 だから故意じゃないんだってば。

 ……なんて私の心情なんて理解するはずもない彼は、睨みながら煙草を灰皿に押しつると、そのままスッと立ち上がって無言でBARの外へと出ていってしまった。
 怒らせてしまったのかもしれないけど、それにしても感じ悪い。

「ねぇマスター。そこに座ってた人は何者です?」
「え、何者か……ですか」

 私が突然“何者なんだ”なんて質問するものだから、マスターは返答に困った様子で首を傾げて唸っている。
 まぁそんな聞き方、普通はしないよね。

「そう……ですね。あの方は以前からこの店に来てくださっていた常連さんですね。仕事の関係で引っ越されてしまって暫く見なかったんですが、最近また戻ってきたようでしてお店にも来て下さるようになったんです」
「そうなんだ……」

 マスターの話に相槌を打ちつつカクテルをまた口にする。
 『以前から来てた』って、どおりで常連感があったわけだ。私が知らなくても当然か。

「とても良い方ですよ」
「良い人ねぇ……。さっき一瞬睨まれたからなぁ」
「え、そうなんですか?」

 信じられない、とでも言いたそうに驚くマスター。
 すると突然、思い出したようにマスターは私に訊ねてくる。

「あ、もしかして。棗さまは煙草が苦手でしたか?」