飲み進め、徐々にほろ酔い気分になっていく頃。
 カラカラ〜と扉のドアベルの合図で、誰かが来たのがわかった。
 入店してきたのはスーツ姿の1人の男性。私が座るカウンターの席から、2つ離れた空いてる所に当たり前のように腰掛けると、マスターが声を掛ける。

「今日はどうしますか?」
「……いつもので――」
「かしこまりました」

 暗黙の了解でお互い伝わっている所を見ると、もしかしなくても顔見知りのよう。薄暗い店内でジロジロ見る訳にもいかないからよくわからないけど、たぶん私は初めて見る顔。何度か来てるけど知らない人だ。
 ってか本当に『いつもの』で通用するなんてね。ドラマでしか見た事がない。

 マスターがお酒の用意をしている間、彼は徐に鞄からノートパソコンを取り出し電源を入れている。ここで仕事をするらしい。
 カタカタとタイピングに集中していると、マスターはロックグラスに入ったお酒を出し、少ししてから彼は今度はポケットから煙草を手にした。

 まさか今ここで吸う……?

 嫌な予感が頭を過ぎるも、案の定ライターで火をつけ煙を吐いている。席は離れていても煙はもちろんこちらにも伝わってくるから、私はこの場からすぐにで立ち去りたかった。

 私は煙草の煙が苦手だから。

 思わず『コホン』と軽く咳が出てしまったのは、わざとじゃない。