龍神様、龍神様。我らの願いを叶えてくださいませ。澄んだ水を湧かしてください、豊かな土を与えてください。

人々は願った。かつて、災いから豊かな自然を取り戻してくれた龍神様にーー。

◇ ◇ ◇

ーー時は現代

災いから1200年の時が経ち、龍神様がまつわれている水龍神社(すいりゅうじんじゃ)が建てられた。鳥居の両脇には龍の石像が置かれている。

それらは大理石で造られた白龍と黒曜石で造られた黒龍がそれぞれ

その昔、この地を納め人間と生活を共にしていた“あやかし”として語り継がれている。

しかし、いつしか人々は存在を忘れ、龍神をおとぎ話として語り継ぐこととなる。

現代には龍神はおろか、あやかしと呼ばれるものが何処にもいない。完全に忘れられた存在なのだ。

茜色の夕陽の光が龍神たちを鮮やかなオレンジに染める。神社の前では一人の女の子が龍神の石像を眺めていた。


橙花(とうか)今日も龍神様にお願い?」

「ああ…うん。今日は話を聞いて欲しくて」


友人が帰るのを見送り、龍神の石像の前に立って手を合わせた。

現代に生きる高校二年生の橙花はこの神社の長女として生まれた。将来は神主としてを継ぐ立場にある。

理由は定かではないが、代々その家の長女が受け継ぐことになっている。

橙花は幼い頃から龍神たちの昔話を聞いて育った。しかしあやかしや龍神は架空の生き物としか思っていない。それは家族皆同じ考えだ。

だけど受け継ぐ者として龍神の歴史を知らなければいけない。

信じていない橙花だが、不安や悩みがあると決まって龍神の石像に話を聞いてもらう。石だから話すことも動くこともない。

人見知りで内向的な橙花にとっては良き相談相手なのだ。

「龍神様、私の話聞いてくれますか?」


その日嬉しかったこと、悲しかったこと、辛かったこと…家族にも友人にも話せないことはいつも龍神に聞いてもらっていた。心の支えでもあった。

橙花の瞳の色は世にも珍しい、金色(こんじき)。その物珍しさに同世代の者は珍しがり、不気味がった。幼い頃は家族以外話せる人はいなく、孤独だった。

時が経ち、徐々に周りの反応は薄れていき高校生になって初めて心から“友”と呼べる人ができた。

それでも時折不安になる事もある。幼い頃からの習慣が心が安らげてくれる。


(おとぎ話とか龍神とかよりも、私が私らしく生きていければそれでいい…)




「帰ろう」


深いため息を吐いた。


『か……らず……えに…く』


所々かすれていて上手く聞き取ることが出来なかった。気のせいだと思い、立ち去ろうとした。

そのとき、神社の入口近くにある小さな池の水が夕日の光を反射させる。立ちくらんでその場に膝をついてしまった。

視界が眩んでいる。ボヤけていてはっきりと周りが見えていない。

徐々に視界が戻ってきてゆっくりと目を開けると、そこには見たことのない景色が広がっていた。