次の日、自分の部屋から外を見ると梅雨は明けたような暑い景色が目に入る。テレビをつけると熱中症に注意という文字がどのチャンネルにも並んでいた。

昨日家に帰ってから、実家に置いたままにした医学書を手に取った。幼い頃に母に買ってもらったものだ。小さい子が読むような本ではないのは分かっていたけど、どうしても欲しいとお願いした記憶がある。

そんな思い入れもあって残していた医学書を持って、いつもの河川敷へと向かう。

「…いつも思うけど、幽霊って暑さ感じないの?」

河川敷に着くとまた日差しを浴びながら佇む彼女の姿に声をかける。

「うん、感じない。むしろ心地いいくらいだよ?」

「幽霊の感覚ってわかんないもんだよね…」

到底、理解できる事はなさそうな返事に彼女も軽く笑う。

「それ、何持ってきたの?」

「医学書。小さい時にさ、母親に買ってもらったんだよね」

「すごいボロボロ…」

「小さい頃は僕にとって宝物だったから。内容は全然読めなかったし理解もできなかったけど、ただひたすら読んでたんだ」

「優太の宝物なんだね」

屈託のない笑顔を見せてくれる彼女を見て、僕も釣られて笑ってしまう。医者になることは僕にとって大切な事だった、だからずっと子供にとって重たかった本でも持ち歩いてた。そんな大事なこと忘れてた。

僕は涼花が事故で亡くなったのをきっかけに、医者を目指したんじゃないか。

涼花がいなくなったのが悲しかった。僕の母や涼花の家族を悲しんでいるのを見て、悔しかった。何も出来ない自分に。だから、こんな事が増えないように涼花みたいな人を助けられるような医者になるんだって、そう心に誓ったはずだった。

それがいつの間にか自分がいい気分でいられることに楽しくなって、見失っていた。

「優太はいい医者になれると思うよ。なんて簡単に言って欲しくないと思うんだけどさ、心の底から私は優太を応援したい。私には応援することしかできないから、空から見守ってるね!的なさ?」

縁起でもない事を、なんて言おうとしたけど彼女はとっくに幽霊でいつかはその通りになってしまうんだろう。

彼女が線香花火の時に言った”ひと夏で終わりませんように”はきっと彼女はこの夏で消えてしまうと察したのはつい最近だ。僕が大学に戻る前にせめて彼女と沢山の時間を過ごしたいと思うようになってからは、あまりにも時間が足りなさ過ぎた。

この夏が終わるまであと半月もない。

「涼花はさ、何かしたい事とかないの?…ほら、親に会いたいとか」

「したいこと、かぁ…親が私に会っても混乱を招くだけだしね。優太が色々付き合ってくれたから、私は大丈夫だよ」

何かを察する様に言葉を返す彼女に僕は何も言えずにいた。あと少しで消えてしまうなら、色々体験をさせてあげたいけど僕には何も思い浮かばない。

「あ、強いて言うなら満点の星空ってやつを見たいかな。ここでも星は見れるんだけど、もっと凄いやつ!」

「抽象的だね…わかった、調べてみるよ」

「ありがとう、優太!」

家に帰ってからなるべく遠くなく、綺麗な星空を見れる所を探した。ネットで何でも調べられる時代、便利だとは思いつつ本屋に立ち寄って旅行本を見たりもした。

ある程度のプランを考えたあとは快晴の日を狙うだけ。