友達は酷過ぎる怒号を放つと、門を飛び出して行ってしまった。
この派手な出来事を、誰も見ていないはずがなかった。
校舎や背後を見渡せば、門を出ようにも出られずに棒立ちになる数々の生徒達が、こちらを見下ろしていた。
その視線は、掌や肘に負った掠り傷よりも痛く、また、身に覚えのない事態に胸が引き千切ぎられそうになった。
近付いて来る様子が無い周りの生徒達に、違うのだと訴えかけようにも声が出ない。
唇は震え、舌の動かし方までも忘れていた。
声よりも先に零れる涙を隠しながら立ち上がると、この場から全速力で逃げ出した。



 悪夢を見ているようだった。
生々しく、長すぎる悪夢だったのだと言い聞かせ、翌日も恐る恐る登校した。
友達の性格を知っている。
きっと、お互いに謝ってやり直せるだろう。



 そう信じた自分はまだ、夢の中にいたのだろう。
教室に入っても空気は昨日と同じ――どころか凍て付くものを感じてならなかった。
机がまるで、よく見る占い師が座るようなテーブルに変わっていた。
濃い紫をした派手な布を被せられ、水晶玉の代わりに汚れたハンドボールの球が置かれている。
立てかけられた札には“恋愛相談”とあり、隣にはピンクでハートを散らした“大人の色気指導もいたします”とまで書かれていた。
周囲の笑い声を、耳よりも先に肌で感じて震えた。
これ以上ないほどの鳥肌を立てた腕を掴み寄せ、激しい震えを抑えようとした。
息が、できなくなった。
そしてその先の事を、覚えていない。
学校にいかなくなったとういう事以外に、何も。





 いつの間にか足が止まっていた。
ただ髪が視界に入るだけで、一から十まで鮮明に思い出してしまう。
言い争いが苦手で、自分の気持ちを素直に打ち明けにくい性格は、一人っ子だからなのだろうか。
そう思いながら、俯いた顔を川に向ける。
陽光が降り注ぐ輝かしい光景が、すぐさま癒しをくれた。
このように、風やせせらぎに任せて気持ちを切り替えられるようになったのは最近だ。
高校生はまだ子どもだとはいえ、間違いなく大人になっているのだろう。



 恐怖心が拭われる事はないにせよ、現在の生活は上手くいっている。
その証拠に、初めて真剣な恋をしていた。
ただ、来年は受験に入る。
恋愛をしても離れ離れになるだろう。
なんて、あたかも恋人ができる事を前提に想像しているが、そもそも、家族以外の誰かに素直な気持ちを伝えようとした事はない。


(あーあ……あんなに、人にはアドバイスしてたくせに……)



 花の香りがする髪が、ふわりと風に舞う。
ふいに目を閉じ、顔にかかる髪をのけた拍子の事だった。
石段に視線が向いた途端、直感が瞬く間に確信に変わる。
見間違える訳がなかった。
何故なら、毎日欠かさず眺めている彼だから。