「一人がやったとしても、クラス皆がやったとしても、学校全体でやったとしても、家族でやったとしても、世界はもっと広いからキリ無いし、面倒くさなる事もある。
いつも続けられへん。
お父さんとお母さんだって、実際そこまでしてへん。
仕事とか家の事で疲れて、分別とかお箸の持参とかの準備なんか、洗いもん増えてでけへん――って、言われた」
何かに懸命になるところは、兄弟共に似ている。
ただ、まだ小学生だった弟は人との価値観の違いを感じてしまうと、聞き流すのではなく説得してしまうところがあった。
そんなところもまた、似ていた。
そして友達と喧嘩になり、翌日から友達が寄らなくなってしまった。
数日、何とも無いように振る舞って通学をしていたが、ある日、玄関を出た先で腹痛で蹲って泣いてしまった。
もう、学校にいきたくないと。
高校受験の真っただ中だったが、自分の事もそっちのけに弟につきっきりで勉強を教えた。
自分のせいで弟が学校にいけなくなった、せめてもの責任だった。
だがその一方で、自分の教えが招いた結果を前に、このまま勉強を教え続けていいものかと悩んだ時間も長かった。
その背後では、学校に行かなくてもよくなり、顔色が戻った弟が、変わらず家で社会貢献を続けていた。
「兄ちゃん見て! スーパーでレアなラベルのお菓子見つけたから、買ってもらった!」
嬉しそうに揺らしてくるチョコレートには、フェアトレードの認証ラベルがついたものだった。
貧困のない社会を目指そうと、途上国の人々の支援に繋がるとされる商品だ。
ただ、よくある一般的な商品と違って値段が高く、普及しにくい。
よって、知名度もなかなか上がらない。
そんな商品が存在している事を弟は覚えており、喜んでいる訳だが、台所に立って食事の支度を始めようとする母は、苦笑いをする。
不景気である今、同じ買い物が続くとゾッとする。
そんな様子が隠しきれていなかった。
母を見て、両親を悩ませている事もまた痛感していた。
幸い、理解ある両親だ。
だからこそ、長い間自分の事を責めてきた。
当時ほどではないにせよ、未だにそうだ。
お互い、弟に常に付き添うにも限界があった。
母はパートを辞めざるを得ず、共働きの方が良い筈の計画が狂った。
ハードな労働時間をこなす父は、休日はよく寝そべっている事も多い。
それに苛立ちながら、弟の事で話しをしたがる母の、鋭くなってしまう声もよく聞いてきた。
力無く、本を掌に打ちつける。
(あー……俺……何してるん……)
知らない内に胸が熱くなり、目が震えていた。
暑いのに、血の気が引くように汗が引いていく。
やはり今日は、水族館を断っていて正解だった。
いや、どうだろう。
同行していれば、こんな心境にならずに済んだのかもしれない。
今更何を思ったところでだと、落ちていた視線を川に向ける。
晴れた空をどこまでも流そうとする、清々しい景色に見惚れる。
仄かな緑の香を運ぶ風が髪を揺らし、慰めてくるようで心地よく、ふと、小さく息を吐いた。