「長期目標とか、最終的な目標はあまり目にしなくなったり、聞かなくなるでしょ。
すぐ傍にある、取り組みやすい短期目標からクリアしていくものだから、本当に大事な事は忘れがち……
そう、だから近くに設定しておくと、意識しやすいんじゃないかな……」


緑の香が、彼女の髪の香りと相まって彼の顔を撫でた。
川のせせらぎと、風の音。
そこに射し込む仄かな陽光が、この何ともない、ありきたりな時間を素敵にさせる。



 彼が何の言葉も返せないでいる事に、彼女は急かしたりしない。
むしろ、今はこの無言の時間が互いに一呼吸をくれていた。
彼は、彼女の少し赤らめた顔を伏せる様子から、色々な事を短時間で思い切って話てくれているのではないか、と捉えた。



 ふと花開くように、奥深い十八番目のゴールが出来上がる。
この瞬間、まだ、二人でしか共有できていないゴールだ。
沢山のそれらが設けられている中、不思議な事に、その新しい一つをとてつもなく大切にしたくなる。
達成して終わりではなく、持続的に守りたくなる。



 彼は、開いたままの興味深いテーマが載るページに視線を落とした。
やはり、少しでも貢献したい。
手元にある紙と油でできた本があって、夢への道が広がっている。
教育の幅が広がりゆく工程に、やはり自然の力が働いている。



「ええな、それ。俺、やっぱり頑張る。自然、大事にしたいから」



偉そうな事ばかり並べ立ててしまったと思う彼女だが、彼はむしろ、爽やかな笑顔で将来に胸を張る。
その姿が純粋で、カッコよかった。
初恋の相手に抱く気持ちに今、大きな進歩を得ている。
話しやすい彼に、このまま本音まで打ち明けてしまおうかと意識すると、急に喉が詰まる感覚がした。
それはまだ、無理に背伸びをしているという事なのだろうか。
でも、こんなに伝えたいと思った事はなかった。



 本からゆっくりと川を見つめ直す彼の横顔を窺う。
社会を変えようと、自然を守ろうと、自分なんかがふと口にした勝手な目標を受け入れようと、彼はしてくれる。
だから


「君がいるなら……君がいる世界でなら……」

「え?」


彼女は思い切るのではなく、前のめりになるべくして、なる。


「私、君がこの世界にいるなら、やっていけそうだよ」


顔を大きく覗き込まれた事で、華やかな香りが強くなる。
パールの大人びた耳飾りがほんの少し、陽光を受けて光った。
自然によるアクセサリーに光る彼女に目を奪われ、視線をどこへやる事もできずに、焦る。
見つめ合う時間が長く感じるのは鼓動のせいだ。
日頃、鼓動の数など意識しないし、大きく打ち鳴らしてくるような事は、長距離走をした時くらいなものだ。
だがその時のように、あっと言う間に引いていく事はない。
恥ずかしい反面、初めての心地よさに本を握る手が強まる。