「……確かに急やけど、実際はちゃう事も多いと思う。
前からキッカケとか原因は潜伏してんねん。
トラブルはもっと前から起きてんのに気ぃ付かへんのは、いつでも平和な明日が来るからなんやろうな」
彼はただ、本を適当に開いてページを弄っている。
しかし表情は職人のようで、随分と固くなっていた。
勉強家で、将来の事について真剣である事が犇々と伝わるその姿に、彼女は瞼を失っていた。
「でも俺の弟とか、俺も親も、その……自分とかは……」
真剣な表情が戸惑い、名前を呼ぶ恥ずかしさを滲ませて顎だけで彼女を指す。
彼女は、今になって熱さを思い出したような彼の顔から、恥ずかしさを温度としてそのまま受け止めると、口を少し強く結んだ。
「いつも通り平和な明日が来んっていう経験してもうたから……先の事考えれるよ……
もっと、なんか、俺らなりのやり方とか探したらええんかな……」
「私達なりのか……」
彼は言ってはみたものの、いい加減で、漠然としすぎてビジョンが浮かばず頭を掻く。
彼女はその事を考えてはみても、知識がまだまだ足りていない事に気付いた。
そしてやっと、彼は真面目に本を開いた。
手が目的を持って、ページを滑らかに捲っていく。
「どこやっけ……」
呟きながら視線を走らせる懸命さに、彼女はついつい胸を膨らませる。
今度は一体、どんな事を教えてくれるのかと、瞳が震える。
「十八番目のゴール作るとしたら?」
「……SDGsって十七個でしょ? もう一つできる予定なの?」
そんな話題があっただろうかと、彼女は首を傾げる。
彼はすぐに否定すると、数行に目を走らせてから整理をした。
「話題はある。
でも、世界で十八番目に決めてまおうとかそういうレベルの話じゃなくて、独自に決めてやってる企業とか、団体がおるって話」
彼が挙げる例によると、ある飲食店では「心の安らぎ」を。
ジェンダーマイノリティーに属する人達からは「LGBTQ+の権利」を。
ある製品開発をする会社では「全ての人に感動」を。
その他にも「介護」や、国によっては「不発弾の撤廃」を挙げているそうだ。
興味深い話題にのめり込む彼女はあっさり、しかし真剣に浮かんだ一つを宙に見つめる。
あまりにぼんやりとしており、彼は混乱させたのだろうかと数回声をかけた。
「……愛」
「愛ぃ?」
「真心がある世界……違う、人だ。真心がある人に、だ」
「……他の事やっとったら養われそうな気ぃするけど」
いや違うのだと、彼女は小さく首を横に振る。
彼の考え通りでもあるが、それを敢えて十八番目として設定し、視覚化するのだ。