蝉が煩い。
梅雨はまだ明けていないが、辺りを見れば、もうすっかり夏を迎えている。
本当は海岸まで行きたかったところだが、堤防で落ち着く事にした。
海開きが近く、ビーチの整備や海の家の準備で人が多くなってきているからだ。
それに、そう賑わっていくのは悪いとは思わないが、海がどのように変わってしまうのかを想像するのが少し怖かった。
夏の前後の時期ならば、澄んだ大海原を見渡せる。
その美しい世界を見られるのなら、迷わず相棒を走らせるのに。



 来るまでの短時間で汗が流れていた。
手早く自転車を停め、時々過ごす橋の下の石段に腰を下ろすと、途中で購入した天然水を開けた。
この時季になると発売される、柑橘の爽やかな味を仄かに含むものだ。



 普段はマイボトルを持ち歩くというのに、うっかり忘れてしまった。
もう少し早く出て来るつもりが、ここ最近の疲れで寝すぎてしまった。
アラームの音も気付かず、家族が出て行く際の声で目が覚めた。
そんな、ぼうっとした頭のままでする準備など、大抵はいい加減になる。



 一気に半分まで飲み干すと、ボトルを地面に置いては読みかけの本を取り出した。
来年は再び受験生になる。
のうのうと過ごしていられる時期が一旦終わろうとするのも、すぐだ。
ならば今の内に気楽に過ごせと、家族やクラスメートに言われたりもする。
どうも、今から受験に取り組んでいる真面目くんに見えているようだが、そうではない。
それをイマイチ理解してもらえないけれど、受け入れてもらおうと熱心になり過ぎる事は控えている。
中学の時ならば、必死に誰かに自分の事を認めさせようとしたものだ。
高校生も子どもとはいえ、大人に近付いているという事だろう。



 こうして人が変わっていくように、環境が変わっていく。
その環境にどのように向き合うかで、更に人は変われるだろうし、いずれ、世界はもっと平和で温かくあれるのではないか。
そんな、具体的な計画もない漠然とした理想を深く考えるようになったのは、ここのところ、授業や教材でより触れるようになったSDGsがキッカケだった。





 栞を挟んでいたページを開いたまま、先に進まず一点を見つめてしまっている。
この本は、受験よりも先を見越して購入した、地球環境の現状を学ぶためのものだ。
そこからどのようなアクションを起こす事ができるのかについても記されている、未来を感じる貴重品だ。



 ただ、授業や教科書で取り上げられる事で馴染み深くなりつつあるテーマも、チャイムが鳴ってしまえば意識もろとも飛んで行ってしまう現状を感じている。



 思い出す予定のない瞬間を、思い出してしまった。
こうなると、読書どころではなくなってしまうのが癖だ。
人通りが少ない今日の堤防は、居心地がいい。
しばし、あまりじっくりと眺める事のない川や、傍で揺れる植物、澄んだ青空に意識的に目を向けてみる事にした。