人との出会いとは不思議なものである。

今まで全く接点のなかった人々がひとつの出来事で出会い、時として人生に大きな影響を与えたりすることもある。

これはそんな僕と彼女の小さな出会いの物語だ。

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僕は学校帰りに家の近くの河原で本を読むのが週間だった。

誰も居ない静かな場所で、風を感じながら本を読む、人付き合いが苦手な僕にとっては最高の場所だ。

夏休みに入り塾の夏期講習に行くようになってからは、ほんとうに毎日のように通っていた。

そんな日々を続けていたある日、僕は彼女に出会った。


その日もいつものように近くに自転車を止め、定位置の橋の下へ向かうと僕と同じ高校の制服を着た女性が本を読んでいる。


珍しいこともあるのだなと思いながらその女性を見つめていると向こうもこちらに気が付き、僕と目が合う。


綺麗なフェイスライン、大きくはっきりとした二重、絹のような黒髪、一目で目を奪われてしまうような美少女だ。


僕は気まずさを誤魔化すためにすぐさま目線を外し、軽く会釈してその場から立ち去った。


全く知らない人ならこんな逃げ出すようなことはしないが、彼女は学校一の美女と言われている白鳥先輩だった。


僕のような人間が関わって良い人ではない、そう直感的に感じた。


すると"こんにちは"と白鳥先輩の方から声をかけてきた。


僕は進みかけた足を止めて、先輩の方に向き直りもう一度会釈した。


そのまま帰るべきか、なにか話すべきなのか分からなくなった僕は地蔵のように固まり再び黙り込む。


「もしかしてここ使うつもりだった?」
先輩が察したように聞いてくる。


「いや、お邪魔になりそうなので大丈夫です。」
要らぬ気を遣わせてしまったと焦って否定する。


「君が嫌じゃなければ隣使う?」
先輩は少し笑いながらそう言った。


僕は申し訳ないなと思いながらも、先輩の好意を無碍には出来ず、人1人開けた距離に小さく座った。


それと同時に持っていた手提げからすぐさま本を取り出し、静かに読んだ。


隣に先輩がいるという状況を忘れるには小説の世界に入り込むしか方法はなかった。


しかしそれも長くは続けられなかった。


遠くでしか見た事がない、みんなの憧れとも言える先輩が僕のすぐ隣にいるのだ。


教室の隅で本を読んで女子と滅多に話すことの無い奴が集中出来るわけがない。


集中力が限界を迎え、本を読む手を止めて先輩の方に顔を向ける。


すると彼女の左眼からは涙が零れていた。


僕は反射的に動き、手提げからハンカチを取り出して先輩に渡した。


先輩はハンカチを渡されるまで気づいていなかったのか、ハッとしたような顔をする。


"ありがとう''と小さな声で言いながらハンカチを受け取り、涙を拭う。


「大丈夫ですか?」


「うん、ちょっと小説の内容に感動して、、これ洗って返すね」


「いやいや大丈夫です。僕が勝手にしたことなんで」

彼女の涙は違うものだとすぐに分かったが僕は深掘りすることはしなかった。それ以上は初めて会った人間が踏み込んで良いものではないと思った。

「君、優しいんだね。、、名前なんて言うの?」


「本郷彬人です。白鳥先輩ですよね?」


「君とどこかで会ってたっけ?それに紅音でいいよ」
先輩は優しい顔に戻る。

「あか,,,紅音先輩は有名なんで知ってました。」
なれない呼び捨てに言葉が詰まる。

「いきなり呼び捨ては難しいか」
先輩は笑いながら言った。


「笑わないで下さい」
"ごめん"と言いつつ先輩はなおも笑っている。
陽キャの距離の詰め方は恐ろしいものである。
だがそれ以上に彼女が元に戻ってくれたことに安堵した。


「彬人君、やっぱり洗って返すからまた明日ここに来て」

笑いがおさまると先輩はそう言って僕の返事も待たずに帰って行った。

僕は唖然としたままその場に固まる。